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2015/09/19(土曜) 17:39

イランの二都市の国際工芸都市への認定

イランの二都市の国際工芸都市への認定

WCC・世界優秀工芸協議会の正式な発表により、イラン中部の都市イスファハーンと、北西部の都市タブリーズがそれぞれ国際工芸都市、そして国際絨毯都市に登録されました。最近、インドで開催されたこの組織のアジア太平洋地域会合で、イラン人の専門家が参加し、専門的な審議が行なわれた結果、この2つの都市世界優秀工芸協議会に認定されたのです。


2015年、国際工芸都市の候補に上がっていたのは、僅か6つの都市に留まり、イスファハーンとタブリーズは、手工芸や手織り絨毯に関する特徴と特別な状況を理由に、初めて同時に国際工芸都市に登録されました。この栄誉を得たことによる重要な結果としては、イランの手工芸の国際的な地位の向上、世界市場の発展、イランの手工芸国際舞台への進出に向けた下地の準備、観光業の発展、そして今回登録されたこの2つの都市への訪問を希望する観光客の増加が挙げられます。

イラン中部にあるイスファハーンは歴史的な都市であり、イスファハーン州の中心都市であると同時に、総面積ではイランで第3位、人口の点でもテヘランと北東部の都市マシュハドに次いで第3位となっています。イスファハーンは、16世紀にイランの首都となって繁栄し、その名残は今尚残されています。この都市には、数多くの歴史的建造物が存在しており、そのうちの一部は既にユネスコの世界遺産に登録されています。
イスファハーンは、美しいイスラム建築や街路、二階建ての橋、宮殿、独特のモスクやミナレットが存在することで知られています。このことから、イランの文化ではイスファハーンは「世界の半分」と称されています。イスファハーンの都市計画は、非常に多様性に富んでおり、文化、経済、社会のあらゆる分野に、人々が積極的に参加しています。この町には、最もきらびやかなモスク、壮大な広場、壮麗な橋や街路、最大規模のバザールや学校、隊商宿が造られており、それらは全て芸術的に最も完成されており、美しさと華やかさ、機能の高さを極めています。そして、これらのものは決して言葉で表現できるものではなく、とにかくこれらを自分の目で確かめることに尽きます。
イスファハーンは、世界の各都市と姉妹関係を結んでいます。それらの都市には、中国の西安、マレーシアの首都クアラルンプール、イタリア・フィレンツェ、ルーマニアのヤシ、スペイン・バルセロナ、アルメニアの首都エレバン、クウェート、ドイツ・フライブルグ、キューバの首都ハバナ、パキスタンのラホール、ロシア・サンクトペテルブルグ、セネガルのダカール、そしてレバノンのバールベックです。
イスファハーンの手工芸は、数世紀にわたってイラン民族の純粋な芸術の代表として世界に知られています。このため、イスファハーンをイランの手工芸の発祥地と呼んでも過言ではありません。なぜなら、勤勉さや熱意、芸術性、感謝の心といった、イスファハーンの職人の精神的、思想的な特徴により、イスファハーンの手工芸品はイラン国内で大量に買い求められているのみならず、外国人の旅行者や工芸に関心のある人々の間でも求められているからです。
イスファハーンの伝統的な経済は、絨毯や絹織物、象嵌細工、寄せ木細工、錦織、細密画、冬季、エナメル細工、金属製品、トルコ石によるモザイク、銀細工、タイル、プリント更紗の製造などの手工芸によるものです。手工芸は、イスファハーンの人々の経済のみならず、イランの国の経済にも大きなウェートを占めています。イスファハーンで製造された手工芸品は、経済面での重要性もさることながら、芸術面や多様性の点でも、イランのその他の手工芸と比較して高く位置づけられています。
イスファハーンの手工芸は、16世紀のサファヴィー朝時代、アッバース1世の治世に繁栄を極めました。また、ガージャール朝時代には衰退したものの、今から100年ほど前の立憲革命の時代以降は再び盛んになっています。全体的に、イスファハーンの手工芸のデザインは、絨毯や金属細工、タイルなども含めてサファヴィー朝時代の装飾のデザインの影響を受けており、イスファハーンで手工芸のデザインに携わる人は、自らの技能や感性に応じて、古い作品からヒントを得て、それに創作を加えて、より美しいものを作り上げます。

今回、国際手工芸都市に選ばれたもう1つの町タブリーズは、イラン北西部・東アーザルバーイジャーン州の中心都市です。この町は、イラン北西部、そしてアーザリー語を母語とする人の地域の最大の都市です。また、この地域における行政、通信、商業、政治、産業、文化の拠点としても知られています。タブリーズは、西暦1500年ごろにはサファヴィー朝の首都が置かれており、世界で5番目に大きい町として知られていました。この町はまた、ガージャール朝時代には最も重要で近代的なイラン最大の都市でもありました。
タブリーズは文化的、商業的な交流が盛んであり、また数百年に渡って経済の中心地であったことから、この町では社会的な組織が発達しました。さらに、ロシアやオスマン朝の領域に隣接しており、また東西を結ぶ交易ルートの要衝にあったことから、特にガージャール朝時代に急速に発展しています。このため、イランの国家レベルでの発展や新たな文明開化の動きは、タブリーズから始まっており、思想運動や社会、経済、技術面での変化などは、イランの他の町で起こる前に、タブリーズで起こっているのです。
タブリーズは、世界の13の都市と姉妹都市の関係を結んでおり、そのうち4つはトルコの都市です。トルコのイスタンブール、イズミル、コンヤ、エルズルムの4つの都市のほか、ベトナムのホーチミン、中国・武漢、アゼルバイジャン共和国の首都バクー、オーストリアの首都ウィーン、ロシア・カザン、クロアチア・ザグレブ、パレスチナ・ガザ地区、ベラルーシのモギリョフ、そしてタジキスタンのホジャンドが、タブリーズとの姉妹都市です。

タブリーズは常に、特に絨毯、陶器、宝飾、銀細工といった手工芸の主要な中心地であり続けてきました。タブリーズの最も重要な輸出品は絨毯とされています。タブリーズの絨毯は、デザインの美しさや品質の高さにより、世界的な名声を博しており、この輸出はイランの外貨収入源のかなりの割合を占めています。
タブリーズにおける絨毯産業の歴史は、サファヴィー朝時代以前に遡ります。当時から現在まで、タブリーズはイランの絨毯製造の中心地の1つとして、世界で知られています。タブリーズ産の絨毯は、この70年間においては主に草花や樹木を基調としたデザインを初め、動物や狩猟、樹木の枝葉、風景画、コーランの章句、幾何学的なデザインが多く見られ、最も小さいサイズから最大規模のサイズに至るまで、様々な大きさのものが製造されてきました。
タブリーズ製の絨毯においては、最近数十年間で新たな創作が行われ、絨毯はこの町の知名度をさらに高めています。現代のタブリーズ製の絨毯における新たな特徴の1つは、平面上に遠近法を使用したデザインが用いられていることです。また、背景に色彩を加えることも、タブリーズの絨毯製造におけるもう1つの変革の1つです。絨毯の中心的なデザインに合った色彩を背景に使用することで、図案と背景の間に美しいスペースが生まれるのです。
タブリーズの絨毯に見られるもう1つの新たな工夫は、色彩により陰をつけていることです。同じ系統の色をふんだんに使用し、影をつけることで、全体として見た時に奥行きが感じられます。暖色と寒色の間のバランスや、草花の間に影が存在することで、図案が立体的に見え、織りこまれている草花が本物らしく見えるため、美しさが倍増します。この絨毯の製造職人は、特に現代において、あらゆる美しい図柄を利用しており、1枚の絨毯という限られたスペースにおける色彩の鮮やかさは何よりも、絨毯を買い求める人々の注目を集めています。

終わりに、次の点を付け加えておきたいと思います。それは、イラン文化遺産・手工芸・観光局の手工芸部門により最近、手工芸の分野で特に優れたモデル都市を紹介する計画が立てられていることです。この計画は、「全ての州に1つの国際的なブランドを、全ての都市に1つの全国的なブランドを」というスローガンの下に企画されました。この計画の第一歩が、イスファハーンとタブリーズという2つの都市の、国際手工芸都市、国際絨毯都市への認定だったということです。明らかに、この計画の最高の結果は、イランの芸術や文化が世界に紹介されることであり、それはイランの芸術家を世界で然るべき地位に押し上げるとともに、観光客の誘致と、イランの外貨収入の増加にも、大きく貢献するのです。

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