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2015/11/05(木曜) 17:46

イランの詩人サアディの作品のユネスコ記憶遺産登録

イランの詩人サアディの作品のユネスコ記憶遺産登録

今回は、イランの大詩人サアディの作品全集が、ユネスコの記憶遺産に登録されたことにちなみ、この偉大な13世紀の詩人について詳しくご紹介することにいたしましょう。

 

 

サアディ全集が、遂にユネスコ記憶遺産に登録

第12回ユネスコ記憶遺産選考委員会は、先月4日から6日にかけて、世界61カ国から登録申請のあった81件のうち、イランの詩人サアディの作品全集と、イスラム世界の地理に関するアラビア語の書物『マサーレク・アル・ママーリク』の2つを登録しました。このニュースは、全世界の有識者や、多少なりともサアディについて知っている思想家にとって、非常に喜ばしいものです。なぜなら、イランの学者や文学者の作品は、地理的な国境を越えており、もはやイランだけのものではなく、世界の宝と考えられているからです。

モロッコ出身の著名な旅行家イブン・バトゥータが、「中国でも、船頭たちがサアディの詩をペルシャ語で口ずさんでいた」という記述を残してから、数百年が経過しています。しかし、彼の名声は今なお世界各地に広がり、その思想は人々の手から手にわたっているのです。

今なお世界で知られるサアディの名作

サアディは、長年にわたり世界各地を旅し、様々な階層の人々と話し、行動を共にし、様々な風俗習慣や宗教に触れて数多くの経験を積んだ後、生まれ故郷であるイラン南部の町シーラーズに戻りました。サアディの2つの名作である『果樹園』と『バラ園』は、今なお緑溢れる瑞々しさを保ち、長年が経過してもその心に響く深いな名言は、塵ひとつ残ることなく輝いています。

サアディは、『果樹園』そして『バラ園』という、訓戒的ながらも甘美な物語や、心を動かす抒情詩により、世界に永遠の作品を残しました。その作品は、故郷シーラーズにある彼の墓地、数多くの碑文や書物にまで及び、ペルシャ語圏の人々に読まれているのみならず、彼の詩は、今なお世界に轟いているのです。

全ての評論家の間では、サアディは社会的な改革者であるとされています。ここで言う改革者とは、見識があると共に先進的で、社会におけるモラルの退廃や不公正の拡大を常に懸念する改革者を指します。サアディの2つの作品『バラ園』、そして『果樹園』は、理論的、実践的な哲学の講座のようなものと言えます。サアディは、この2つの著作において、倫理学や政治学の宝や方策を、読者の心に響くように集大成しているのです。結論として、サアディの言葉は重厚で優雅であり、善良でユーモアがあります。

17世紀のヨーロッパの人々は、サアディの作品やその高潔な思想に親しんでおり、この詩人の作品に非常に関心を持っていました。そのため、欧米諸国では文人や高尚な趣味を持つ人々の間で、サアディの作品の翻訳版を読んだことのない人はほとんど存在しません。サアディは、自分の生まれた地域や国、さらにはアジアにおいてのみならず、全世界で特別な名声を博しています。彼の残した言葉は、様々な人々に語られています。

 

サアディの作品の特徴

為政者に対する忠言において、サアディはしばしば政治思想家マキャヴェリと比較されます。マキャベリは、国王の善悪を国家統治における成功の基準とは見なさず、政治における勝利と敗北を基準としています。これに対し、サアディは現実的な視点により、モラルや賢明さに基づき、また一方的な捉え方を回避して、為政者の前におかれた鏡のようになって詩作し、彼らが自分の行動を省みて教訓を得るようにしたのです。彼は、王族や支配者に対し、政治や裁判、人々の統治において善良であるよう呼びかけています。サアディは、為政者のみならず様々な人々、来世を信じる人々や世俗主義者に対しても、その行動の善悪に気づかせているのです。

サアディの思想の中心は人間です。彼の名作『バラ園』、『果樹園』、そして抒情詩や頌詩、説教が含まれるそのほかの詩集も、人間に関するものです。サアディは、散文詩集である『バラ園』において、あるがままの姿の人間について語っており、韻文形式の作品『果樹園』においては、人間とその社会のあるべき姿について語っています。サアディはまた、人間は自分のありのままの姿を認識しなければ、あるべき状態になることはできない、と考えています。

散文作品『バラ園』について

サアディの著作『バラ園』は、人間の現状と現実の生活について述べており、一方の『果樹園』は、人間にとっての理想の場所や倫理について語っています。また、この作品では社会のあるべき状態や、人間としてあるべき姿が描かれています。タイトルになっている果樹園とは、サアディが考える真理の世界であり、そこに存在するのは、真実を語り、聞き入れるということのみなのです。

サアディの作品が世界的なものとなった理由の1つは、個人的、社会的な生活の秘密や詳細の全てを、この作品の中に求めることができることにあります。サアディが語る言葉は、社会的、倫理的な教訓であり、決して古くなることはなく、常に従うべき教えなのです。19世紀のイギリスの詩人アーノルドは、サアディを古い時代と新しい時代の両方に属する人物と見なしています。また、彼は『バラ園』の翻訳版において、サアディを自分たちの時代の全ての人々にとっての友人、かつ相談役であるとし、誰もサアディの教えに従うことを恥じたり、恐れたりはしないだろう、と述べています。

欧米人から見たサアディの言葉の芸術と思想

アジアの人々にとってサアディの持つ言葉の芸術が、理解できる、また熟考に値するものであることはともかく、ヨーロッパ人にとってのサアディの魅力は、時間や地理の制約のない彼の自由な思想です。世界的な理想を物語る、その独特な理念とは、全人類の連帯であり、これは1人1人の人間が自らを正して初めて実現される、とされています。

サアディの人道的な思想は、世界の偉大な作家の多くの作品に反映されているのみならず、自由を求める人々や革命家にも影響を及ぼしています。18世紀のフランスの数学者ラザール・カルノーは、為政者の品行と托鉢僧の倫理と称するものに感銘を受け、自由を求める思想家や革命家に加わりました。そして、フランス革命におけるその努力により、大カルノー、そして勝利の計画者との称号を与えられています。彼は、サアディとその思想に魅了され、サアディを称える目的で2人の息子をサアディと名づけました。彼の孫も、同じくサアディと名づけられています。このサアディ・カルノーは、1887年にフランス大統領に就任した人物であり、彼も、自分の長男をサアディと名づけています。

アメリカの偉大な作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローも、サアディに魅了された人物の1人であり、自らの本質を考える際に、サアディに対し次のように語りかけています。

「私は、600年後のサアディの再来である」

 

19世紀の思想家エマーソンは、次のように述べています。

「サアディは、世界のすべての国の国民の言葉で語っており、彼の言葉はホメロス、ダンテ、シェークスピア、セルバンテス、モンテーニュの残した言葉と同様に、常に新しい」 エマーソンは、サアディの名作『バラ園』を、新約聖書のような聖典と見なしており、この著作にこめられた訓戒は、国際法として通用する、と考えています。

アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンは、『果樹園』を非常に高く評価しました。彼は、その一部をイギリスの著名な聖職者ジェレミー・テイラーから聞かされたとき、これはきっと、ユダヤ教の聖典トーラーの失われた部分に違いない」と語ったということです。サアディの、忍耐や満足に関する物語は、18世紀の人々に感銘を与えました。そのため、彼らはこの物語を天から下されたものと思い込み、彼らにとっては、この哲学的な思想が、イランのイスラム教徒の思想家のものであり、ペルシャ語からラテン語に翻訳されたものであることは、とても信じがたいことだったのです。

サアディを世界的な存在に押し上げた要素

サアディを、世界的に人気のある存在にしたのは、彼の言葉の美しさと深い理解であり、それによりこの偉大なイランの詩人は、人間と人間性を提示しています。サアディの言葉は、人間の本質にかなったものであり、現代の文学評論家は、読者に歓迎される文章は個人や社会に期待にこたえるものであると考えています。現代の世界は、サアディを必要としており、その理由は文化と文明の交流が必要であり、サアディとその作品、そしてそこに収められた言葉が、こうした世界のニーズにこたえるものだからなのです。

 

 

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