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2015/11/25(水曜) 22:43

イランの絵画と文学の繁栄(1)

イランの絵画と文学の繁栄(1)

今回は、絵画芸術に触れながら、イランの隣国・アゼルバイジャン共和国によるイランの文化財への侵害について取り上げることにいたしましょう。

 

ミラノ万博で大好評を博したイラン館

エキスポと呼ばれる万博は、文化的、商業的なイベントであり、5年に1度の割合で世界のいずれかの都市で開催されます。2015年の万博は、イタリア・ミラノにて去る10月31日まで6ヶ月間にわたり、「地球に食料を、生命にエネルギーを」というテーマにより開催されていました。開催期間中には、世界各国から2000万人以上がこの万博を訪れています。これらの来場者は、各国のパビリオンを見学した他、それぞれの参加国の食習慣や人々の一般的な文化に触れることになりました。

ミラノ万博の開幕式では、見本市のテーマから建築や一般的な教育、万博の様々な価値観の伝播に至るまでの様々な部門におけるパビリオン賞が、優秀なパビリオンに対して授与されました。さらに、内容と展示デザインの部門でのパビリオン賞も授与されています。因みに、この部門での最優秀パビリオン賞はオーストリア館が獲得しました。また、来場者に対し、大胆な映像と異色な空間構成により迫力あるパビリオンを立ち上げたとして、イラン館が第2位、そしてエストニア館が3位に入っています。

 

物議をかもしたアゼルバイジャン館

半年間に及んだ万博には、いくつかのハプニングもありました。そうした出来事の1つは、イランの国民感情を逆撫でし、反発を引き起こしており、これはイランの隣国アゼルバイジャン・パビリオンで発生しています。

ミラノ万博でのアゼルバイジャン館は、これまでの万博とは異なり、来場者への宣伝を目的としたパンフレットやプレゼントを用意していました。しかし、これらのパンフレットでは、イラン北西部の町タブリーズで生産された絨毯を、アゼルバイジャンの手工芸として紹介するなど、物議をかもす内容が見られました。こうした中、細密画・ミニアチュールというタイトルの高級な書籍が出版されており、表紙のタイトルや序文から、細密画を紹介していることは明らかでした。この書籍は、250ページにわたり、高品質の紙を使用したカラー版で、アゼルバイジャン館の訪問者に対し連日配布されていました。さらに、問題の書籍のページの一部は、訪問者の注目を集めるための特別な工夫がこらされていました。これらの本では、イランという国名を使用せずに、同国北西部の東アーザルバーイジャーン州、西アーザルバーイジャーン州の町タブリーズやオルミーイェ、マラーゲ、アルデビール州の中心都市アルダビールからアルメニアの首都エレバン、さらにアゼルバイジャン共和国の首都バクーまでの地域を、アゼルバイジャン共和国の芸術文化圏として紹介していたのです。

驚いたことに、問題の書籍の一部のページには、イランの絵画や書道の古い書物が、アゼルバイジャンの細密画として提示されています。またそれぞれの写真の上には、イランの大詩人フェルドウースィーの英雄叙事詩『王書』、抒情詩人ハーフェズの詩集、ニザーミーの五部作、英雄叙事詩ギャルシャースブ・ナーメ、インドの説話集『ケリレとデムネ』といった、作品のペルシャ語の名称がラテン文字で表記されています。さらに、こうした書物の挿絵となっている絵画の多くが、イラン北西部の町タブリーズで制作された、あるいは保管されていると説明されているのです。

さらに、絵画の写真に添えられている詩は全てペルシャ語でした。それにもかかわらず、印刷の段階で品質の低い小さなサイズの写真を使用していることから、アゼルバイジャン政府がこの古代芸術のオリジナルの資料を得られず、インターネット上の写真を使用したことが分かります。

アゼルバイジャンでのイラン詩人の不適切な扱い

2年前には、アゼルバイジャン共和国北西部の町ギャンジェにある、イランの詩人ニザーミー・ギャンジャヴィーの墓石に刻まれていたペルシャ語の碑文が破壊された、というニュースが伝えられました。公開された映像から分かるのは、アゼルバイジャン語に翻訳、しかも歪曲された詩が、ラテン文字によるアゼルバイジャン語とペルシャ語によって発表されたことです。この報告によりますと、この詩人の墓が修復される際に、その詩の原文を刻んだ碑文やタイルは取り付けられていなかったということです。

しかし、最も驚くべきことに、アゼルバイジャン共和国の科学アカデミーのニザーミー・ギャンジャヴィー・センターのハリール・ユーソフリーは、これについて次のように語っています。「ニザーミー・ギャンジャヴィーの墓に刻まれていたその詩の碑文は、アゼルバイジャン語のものに取り替えられた。その理由は、この詩人の墓を訪れる人々の中に、墓石に刻まれたペルシャ語の詩を見て、ニザーミ・ギャンジャヴィーがペルシャ詩人だと思い込む人がいるからである」

こうした中で、ニザーミー・ギャンジャヴィーは、ペルシャ語の詩作以外は残していません。この詩人は、イランとアゼルバイジャンに共通するイスラム文化に属するのみならず、人類の文化の中でも偉大な天才とされています。この詩人がペルシャ詩人の代表例であり、その埋葬地だけがアゼルバイジャンとなっていることは、全ての人々に知られています。

 

ここで、次のことに注目する必要があります。それは、アゼルバイジャン共和国は旧ソ連の崩壊とともに独立してからまだ24年しか経っていないにもかかわらず、自国の学校教育の教材の全てにおいて、12世紀から13世紀にかけてのイランの詩人ニザーミ・ギャンジャヴィーを、アゼルバイジャンの詩人として記載していることです。この著名なペルシャ詩人の代表作としては、五編からなる長篇叙事詩で、五部作とも呼ばれる『五つの宝』、その中でも特にロマンス叙事詩『ホスローとシーリーン』、『ライラーとマジュヌーン』、『アレクサンドロス3世の書』、『七王妃物語』などがあげられます。

アゼルバイジャンによるそのほかの不適切な文化的行動の例

アゼルバイジャン共和国は、ニザーミー・ギャンジャヴィーのみならず、そのほかの事例においてもイランの文化遺産に欲望の視線を向けており、国際学会においてそれらを自国のものとして発表しています。過去に、イランの政府や国民の抗議を引き起こした例として、第7回ユネスコ無形遺産委員会でイランの伝統的な首長弦楽器タールの工芸と演奏の芸術を、またイランとアゼルバイジャンにまたがるカスピ海南岸の混合樹林を、アゼルバイジャンのものとして登録しようした事例があり、特に後者はユネスコの専門家の反対を受けています。

さらに、アゼルバイジャンは英雄神話や恋物語、その他の短編物語や詩をサズ(Saz)というマンドリンに似た楽器の伴奏で時には語りかけ、時には高らかに歌い上げるアシクという音楽の技術を、トルコ・アナトリア地方とアゼルバイジャンの文化にルーツを持つという根拠のもとに、2009年にユネスコに登録しました。しかしながら、歴史的な資料によれば、この種の音楽は今から500年ほど前の、サファヴィー朝のシャー・イスマ-イール王の時代に起こったことが明らかになっています。

地域問題の上級解説員サーデグ・マレキー氏は、イランの著名人を自国に関係付けるという、アゼルバイジャンの歴史の捏造について、次のように述べています。

「世界は、大きく変貌している。ついこの間までは、食指を動かし、他国を侵略するという貪欲の主な理由は、地理的な領土の大きさであった。しかし、今日はどうやら、状況の変化により侵略の形式も変化し、領土ではなく、ある国の民族性やアイデンティティや文化などが捏造や歪曲、専横のターゲットにされているように思われる。過去において、イランの領土が貪欲の的であったならば、現在ではイランのアイデンティティを代表し、イランに偉大さをもたらした著名人や文化人、為政者がターゲットになっている。他国民の文化を横取りすれば、自分たちを代表するアイデンティティが形成できるのでは、という考え方が生じている」

重要な部門においては、歴史が各国の国民のアイデンティティの要素となることは明らかです。しかし、歴史に出てくる様々な民族の中で、政治上の自国の地理的な現状が過去の歴史と一致しているような民族は、極めて少ないのが現状です。先に出てきたマレキー解説員は、アゼルバイジャン共和国が自らの歴史的なアインデンティティを求めるなら、それは自国の領土に関連付けることにより見出すべきだと考えています。現在、地域諸国の人々の多くは、歴史的に見てかつてはイラン文化圏にあった人々であり、それらの地域に共通する春の新年ノウルーズの儀式は、このことを裏付けるものです。しかし、政治的な舞台に視点を投じると、それは緊張や抵抗の要因にもなりえます。

アゼルバイジャンに求められるもの

イランが悠久の歴史を持っている一方で、アゼルバイジャンも1つの国家として自らのアイデンティティの定着を求める権利があります。しかし、隣国のイランの文化財に手を出してこの目的を達成することは許されません。イランの絵画という文化遺産も、歴史的な資料の全てが証明する通り、イラン人の国民的な芸術であり、イラン人の画家とペルシャ語の詩文学に属するものです。そして、それはアゼルバイジャンという、成立したばかりの小国や、同国の言語と文化には全く関係がありません。歪曲や捏造をすればするほど、それは偽りのアイデンティティを形成するための無駄な努力となるのみです。

アゼルバイジャンは、歴史を捏造し、自らを望ましい姿に見せるために、ニザーミー・ギャンジャヴィーといった人物やイランの芸術家が、歴史的なプロセスを潜り抜けて自らの作品によりイランの歴史における地位を築き、そこに定着したことを忘れてしまっています。このため、イランのこの著名人がアゼルバイジャンの政治家たちの羨望に答えることができないのは明らかです。また切り離すための手段としてではなく、結びつけるために歴史を活用することのほうが、より正当ではないでしょうか。

 

 

 

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