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2016/01/07(木曜) 17:42

ユネスコ創造都市ネットワーク(1)-イラン中部の手工芸都市イスファハーン

ユネスコ創造都市ネットワーク(1)-イラン中部の手工芸都市イスファハーン

ユネスコのボコバ事務局長は最近、ユネスコ創造都市ネットワークに新たに加盟した、世界の47の都市に対し祝辞を述べました。彼女は、これらの都市名を挙げ、次のように述べています。

 

「このネットワークに新たにほかの都市が加盟することは、世界が恒常的にバランスの取れた持続可能な発展を遂げる上で、価値ある機会である」

「ユネスコ創造都市ネットワーク」の創設は、ユネスコの計画の1つであり、持続可能な発展というアプローチによるものです。これは、2002年から計画がスタートし、2004年に加盟国の承認により最終的に採択されました。今回は、イラン中部の都市イスファハーンがこのネットワークの認定都市に選ばれたことに因み、イスファハーンの手工芸についてご紹介することにいたしましょう。

 

ユネスコ創造都市ネットワークの沿革と認定基準

ユネスコ創造都市ネットワークを採択したユネスコの目的は、各都市の文化的な新しさや発展の速度の原動力としての創造性を紹介することです。規約により、このネットワークに加盟する都市は、その都市の活動における精神的な指標となる文学、食文化、クラフト・フォークアート、音楽、メディアアート、デザイン、映画という7つのうち1つを有する必要があります。

2004年から現在までに、ユネスコ創造都市ネットワークには世界の116の都市が加盟してきました。今回、イランからは初めてイスファハーンと、北部カスピ海沿岸の都市ラシュトがこのネットワークへの加盟を果たしています。イスファハーンは、手工芸とフォークアートの町として、またラシュトは食文化の町として選ばれました。これらの都市は、33カ国の中で認定されています。

 

創造都市ネットワークへのイスファハーンの加盟までの過程と今後

イスファハーンは、様々な文化的基準を有しています。この文化的、歴史的な都市は2011年に一度、イラン北東部ネイシャーブールと南部シーラーズの2つの都市とともに、ユネスコ創造都市ネットワークの認定候補になる前に、ICCN・国際無形文化都市連合に加盟しています。芸術を中心としたイスファハーンの歴史により、この町のユネスコ創造都市ネットワークのクラフト・フォークアートの分野での認定の手続きが速やかに進められました。

このネットワークへの加盟は永久的なもので、これに加盟した都市はユネスコの基準に沿って活動する必要があります。即ち、このネットワークに加盟したという意味で、情報の共有における大きな可能性を手に入れることになります。例えば、ラシュトは食文化の分野でのこのネットワークへの加盟都市があるスペインやイタリアのような、世界のほかの2つの地域と情報交換ができるのです。実際、その最も重要な目的は、このネットワークに加盟している各都市が互いに交流することなのです。

このネットワークに加盟する創造都市は、世界規模での観光業の発展のための良好な環境を見い出し、観光客が集まる場所となります。これらの都市は実際に、文化面で最も素晴らしい都市として、ユネスコに登録されているのです。

 

イスファハーンの歴史とあらまし

イスファハーンは、テヘランから435キロ離れたイラン中部に位置しています。標高はおよそ1570メートルで、東部と北部は砂漠に隣接しており、西部と南部はザグロス山脈につながっています。イスファハーンの50キロ北にはキャルキャス山脈が、また南西にはザルドクー・バフティヤーリーという山があります。この山を水源とするザーヤンデルードなどの河川が存在していることから、イスファハーンの町が形成されることになりました。

1591年、アッバース1世の命によりサファヴィー朝の首都がテヘランの西にあるガズヴィーンからイスファハーンに移されました。この時代に、イスファハーンの人口は100万人に達し、商業や文化の中心地として急速に発展します。サファヴィー朝時代は、イランにおいて都市開発や建築がこの上ないほど発展し、完成した時代でした。実際に、イスファハーンでイランの建築芸術の発展がきわみに達したのは、イラン北西部アーザルバーイジャーン地方にあるジョルファーの町から来た芸術家たちによります。

イスファハーンは、イランにおけるイスラムの文明と文化の首都とも呼ばれています。サファヴィー朝の歴代の為政者に注目されたこと、また勤勉なイラン人芸術家の努力により、イスファハーンでは数多くの傑作が生まれました。サファヴィー朝時代のイスファハーンには、最もきらびやかなモスク、壮大な広場、最も壮麗な橋や街路、最大規模のバザールや学校、隊商宿が造られたのです。これらの建造物は全て、芸術の最高峰を極め、堅固で機能的であり、そのうちの一部は、時にはこれが人間の造ったものであるとは信じがたくなるほど、きわめて壮麗で完成度の高いものとなっています。

手工芸のあり方について

手工芸は、あらゆる国の人々の趣向や芸術を示し、先祖の芸術と技術を物語るものです。手工芸は過去の全ての時代において、盛んに行われていました。機械が出現していなかった、あるいは現代ほどに広まっていなかった時代には、手工芸は人間の建設的な創作活動や才能の全てを支援していたのです。このため、現在あらゆる民族や部族の手工芸を見れば、その民族が工芸技術のどの段階にあったかが理解できます。

工芸家の創造能力や創造的精神、そして彼らの芸術作品の創作への関心により、イランは非常に古い時代から現在まで常に、手工芸品の生産において特別な位置づけにあり、世界で名声を博していました。そのため、有識者の多くは、イランをアジアや世界の手工芸の3大拠点の1つであり、その多様性では世界最大と考えています。

イスファハーンの手工芸について

イスファハーンの手工芸は、過去数世紀にわたり、世界におけるイランの人々に特有の芸術の代表とされてきました。このため、イスファハーンはイランの手工芸の発祥の地と言っても過言ではありません。その理由は、芸術や趣向、勤勉さ、節制という、イスファハーンの職人気質の特徴により、イスファハーンの手工芸品はイラン国内に多くの顧客を抱えているのみならず、この町の手工芸に関心のある外国人や外国人観光客からも求められているのです。

イスファハーンの伝統的な経済は、絨毯や絹織物、彫刻、銅細工、象嵌細工、錦織,金糸縫い取り、絵画、陶芸、エナメル細工、金属加工、トルコ石を使った細工、銀細工、化粧タイル製造、ペルシャ更紗といった手工芸に基づいてきました。実際、世界の都市の多くでは手工芸の数が限られているのに対し、イスファハーンには実に196種類もの手工芸が存在しています。イスファハーンは世界で唯一、多様な手工芸が存在する都市であり、この町の人々は手工芸により収入を得ています。なお、この町の手工芸のうち102種類はユネスコに、また190種類は国の無形文化財に登録されており、このことはイスファハーンが手工芸の分野で高い可能性を有していることを示しています。

イランには、15の系統に分かれた370種類の手工芸が存在しており、そのうち196種類がイスファハーンで行われています。このため、イランにおいて手工芸で最も優れた都市はイスファハーンということになります。現在、イスファハーンには数十の大規模な手工芸工場、さらに8000に上る個人の工房があります。さらに、ユネスコに提出された統計によりますと、ユネスコに登録された全世界の602種類の手工芸のうち、およそ3分の1がイスファハーンのものとされています。

歴史が物語る通り、イスファハーンの手工芸も世界各地の手工芸と同様に、当初は人々の日々の暮らしのニーズを満たすために生まれたものでした。こうした中、イスファハーンの手工芸は今から500年ほど前のサファヴィー朝時代から変化し始めたのです。当時のイランの哲学者シェイフ・バハーイーは,イスファハーン市内にあるナクシェジャハーン広場周辺の芸術家や職人を集めて組織化し、手工芸品の大量生産に一大変化をもたらしました。こうして、銅細工の鍛冶師や布地商人、絨毯職人、象嵌細工師といった市場が形成されていったのです。このような状況により、サファヴィー朝時代から400年以上が経過した現在、イスファハーンでは3万人以上の手工芸職人が存在します。

イスファハーンは、観光客が手工芸品を買い求める際にイスファハーンの工芸職人の熟練度を披露する計画が実施されています。このため、手工芸の工房の多くは、手工芸の販売店の傍らにあります。心を沸かせるイスファハーン市の手工芸は、市内のナクシェジャハーン広場とこれに隣接したゲイサリーエのバザールで扱われ、この町の職人の芸術の輝かしい側面と多様性を物語っているのです。

 

 

 

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