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2015/06/30(火曜) 17:54

ラマザーン月と共に(8)

ラマザーン月と共に(8)

今回は、ラマザーン月と断食の効果についての理解を深めると共に、この月に親のいない子どもを尊重する伝統について考えていくことにいたしましょう。

 

ラマザーン月の到来と共に、全世界のイスラム教徒は断食を行い、それまで以上に神に対する宗教的な行為の実施に力を入れます。ここで、おそらく多くの人々の間には、断食により長時間にわたって飲食を控えることは、体の健康に害を及ぼすことはないのか、という疑問が生じてくるのではないでしょうか。
健康は、恩恵の1つであり、その重要性は全ての人々にとって明らかです。イスラムも、人間社会における個人的、社会的な全てのニーズに応えており、この問題を特に重視しています。シーア派初代イマーム・アリーは、人間にとっての大きな恩恵として、3つのものを挙げています。その1つは健康であり、断食は主に体の病気の治療や健康に大きな役割を果たしています。イスラムの多くの伝承では、断食が肉体にもたらす効果について説明されており、これについてイスラムの預言者ムハンマドは次のように述べています。
「健康な体を維持する為に、断食をするがよい」

人間の胃などの消化器官は、非常によく働く体の器官の1つであり、人間が1日3回食事を摂るごとに、ほぼ休みなく食べ物を消化し、栄養分を吸収し、老廃物を排出するという作用を行っています。しかし、断食により、この消化器官が休み、消耗から守られ、新しいエネルギーを得ることになるのです。さらに、ラマザーン月以外の時期に、あらゆる理由で体内に蓄積されていた脂肪分が、年に1ヶ月間の断食を行うことで、副作用なしに段階的に燃焼され、これにより体の負担が軽くなります。このため、断食は最高の治療法とされています。
ラマザーン月は、祈祷の月ですが、祈祷には一連の習慣や条件があります。一方では神の力の偉大さへの注目から、そしてもう一方では人間が他の人やものを必要としていることから、人間は神の御前に進み出て、その偉大な恩恵により自分のニーズを満たしたいと思うならば、祈祷の儀礼を守る必要があります。即ち、他人のところに言って何かを頼みたいなら、前もって段取りを取り、礼節を守り特別な方法で要求を満たすものであり、神の元に赴く場合も儀礼や原則を守る必要があります。これらの儀礼において重要なことは、祈祷をする人はまず、神に対して希望を抱いていなければならない、ということです。祈祷を捧げる人は、自らの全身全霊を捧げて祈祷をすべきであり、また神は全てをお見通しであり、人間の言動の全てを監視していて、全ての要求を最短時間で叶えることが出来る、ということを知っておく必要があります。
神の御前に頭を垂れ、神の家であるカアバ神殿の方向に顔を向ける際には、清らかな心と誠実な意思表示、そして禁じられているものに穢されていない精神が必要になります。

ここで、ある伝承をご紹介することにいたしましょう。
イスラエルの民のある男が、子どもを授かりたいと思い、3年間神に向かって祈りを捧げました。ところが、自分の願いが聞き届けられる兆候が全く見られなかったため、神にむかって、次のように述べました。「神よ、あなたには私の祈りの声が聞こえないのでしょうか、それとも、私があなたのお側にいるにもかかわらず、私の願いをかなえてくださらないほど、私はあなたから遠ざかってしまったのでしょうか?」
すると、その男はある日の夜、夢の中で次のようなことを聞かされました。「あなたは3年間、無駄口を叩き、穢れた心と意思表明により、私達の名を呼びました。もし、自分の願いがかなって欲しいなら、自分の口舌を制御し、神のために心を清め、自分の意思表明を善良なものにすべきです」 そこで、この男は夢から覚めると、自らの決意を固め、夢のお告げの中で命じられたことを実行しました。その結果、1年後にこの男の願いがかなえられたということです。

他人のために祈ることは、人間的な美しさや人間性、そして利己主義をやめることなどの美しい側面の1つです。他人の問題を解決するため、事実上その人にとってよいことを求め、他人の問題の解決を優先させる人は、実際に利己主義的、自己中心主義的な考えを改めて、神の満足に近づいたことになります。こうした状態での祈祷や願い事はかなえられやすくなるのです。

願いごとがかなえられる上で効果のあるもう1つの要素は、それが集団的に行なわれることで、このことが示しているのは、イスラムが社会や集まりごとを重視している点です。この哲学の1つは、祈祷をする集団の人数が多くなればなるほど、神の注目を惹きつけ、願いごとを実現に近づけるということです。それは、祈祷のために集まった人々がそれぞれ、何らかの美徳を持っており、そうした人々が集まって祈祷することは、1人で祈祷するよりも効果的で、神の注目をひきつけるからです。
ラマザーン月に見られるもう1つの好ましい伝統は、親を失った子どもたちが大切にされることであり、コーランの節やイスラムの伝承には、彼らに関する教示が数多く存在します。たとえば、預言者ムハンマドは、次のように述べています。
「神は、親と引き離されたという理由から、孤児たちに親切にすることを奨励している。このため、親をなくした子どもたちを保護する人々は全て、神から守られる」
また、ラマザーン月には、イスラム教徒は平常月よりも孤児たちに注目し、このチャンスを利用し、こぞって親のいない子どもの支援や食物の提供を行います。神もまた、イスラム教徒に対し,善行には10倍の報奨を約束してくださっています。

ここで、次のような伝承をご紹介しましょう。
昔々ある日のこと、アブドルジャッバール・モストウフィーという男が、1000ディナールという、あるまとまった金銭を携えて、メッカ巡礼に行こうとしていました。この男が現在のイラク中部の町クーファの路地を歩いていると、建物の壊れている場所に行き当たりました。よく見ると、1人の女性が何かを探しています。すると、突然彼女は死んだ小鳥を見つけてそれを素早く拾い上げ、自分の着ていた服の中に隠し、家に帰っていきました。アブドルジャッバールは、その時ふと、この女性の後をつけていって、彼女が何をするかを見てみようと思いました。そこで、彼はこの女性の後をつけ、進んでいくと、彼女の家に行き当たりました。この女性は、すぐさま家の中に入っていきました。
すると、彼女の子どもたちが嬉しそうに走り寄って来てこう言いました。「お母さん、私たちに何を持ってきてくれたの?私たちは、おなかがぺこぺこよ」
すると、その女性は言いました。「お前たちに、鶏肉を持ってきたから、今すぐに焼いてあげるわね」
アブドルジャッバールは、この会話を耳にし、さめざめと泣きました。そして、近隣の人々にこの女性の状況を尋ねると、彼らは、あの女性は夫が殺害され、孤児を何人も抱えていると述べました。アブドルジャッバールは、そこで、少し考えてから、彼女の家の扉を叩き、自分の持っていた1000ディナールの金銭を彼女に差し入れ、引き返しました。
彼はその年、クーファの町にて水運びの仕事に従事し、メッカ巡礼には行きませんでした。メッカ巡礼のシーズンが過ぎたとき、巡礼の旅に出かけていた一団がメッカから戻ってきました。人々は、急いでこの一団を出迎えに行きました。アブドルジャッバールも、この一団を出迎えました。すると、この一団に近づいたときに、ある見知らぬ人物が前に進み出てきて、挨拶をし、次のように述べました。
「アブドルジャッバールよ、あなたが私に1000ディナールをお預けになったあの日以来、私はあなたのことを探しておりました。さあ、あなたの金銭をお受け取りください」
彼女はそう言うと、アブドルジャッバールに袋を渡して立ち去りました。アブドルジャッバールが袋を開けてみると、なんとその中には1万ディナールの金銭が入っていたのです。その時突然、天空から次のような声が聞こえてきました。
「あなたは、1000ディナールを神の道において施した。今我々は、その10倍のものをあなたに授けた。そして、天使たちを遣わし、あなたが死ぬまでこれから毎年、あなたをメッカ巡礼に連れて行くよう手配してある。よく覚えておくがよい。我々は、善良な行いを決して見過ごし、報われないままにすることはないのである」

 

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