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2015/07/02(木曜) 17:02

ラマザーン月と共に(10)

ラマザーン月と共に(10)

今回は、断食の効能の一部についてご紹介すると共に、ラマザーン月に行なうことが奨励されている一部の慣習についてお話することにいたしましょう。


現代の社会における人々の最大の問題は、彼らの精神力の弱さです。このことにより、多くの問題が生じていますが、これに対し、ラマザーン月は人間の精神力を強め、人間の内面に精神性をよみがえらせます。敬虔な人々は、この月に神と自分の関係を強化します。この精神力により、人間の中に潜む利己的な考え方が抑制されて、他人のことを考えるようになり、彼らに親切な対応を心がけるようになります。テヘランにあるアッラーメ・タバータバーイー大学で教鞭をとる心理学者のフォトッヴァト博士は、断食は自分に対する認識を高める最大の要素であるとし、次のように述べています。
「1ヶ月間の断食により、人間は自分が今まで気づかなかった現実に気づかされる。言い換えれば、ラマザーン月には人間の持つ非物質的な側面が明確になり、身体的なニーズ以外のニーズに気づくことになる、ということである。このことにより、物質的なニーズをより簡単に脇に追いやることができるようになる。いずれにせよ、物質的、身体的なニーズは二の次でよいと言う人は、寛大で物事を大目に見ることができ、信用できる人だと考えられる」

イスラムの最も重要な目的の1つは、人間の内面を清め、且つその人の外的な要素を社会的な規範や人間的な価値観に適合させることです。この点において、断食はイスラムの主要な原則の1つとして、人間形成や人々の団結、連帯に大きな影響を及ぼしています。社会学者は、断食を社会的な同調や連帯の要素と見なしていますが、その理由は、断食が人々の間の共感や協力を生み出すと共に、社会的な団結の強化につながることにあります。
ラマザーン月には、人々の宗教信仰が強まると共に、彼らの精神的な安らぎも増します。それは、彼らが常に神を自分の力強い後ろ盾や支援者と見なし、生活の場において神のみに助けを求めるからです。社会学者や心理学者の見解では、ラマザーン月により社会の健全性や誠実さ、正直さの度合いが高まり、その結果社会の活性化や家庭と社会的な組織の間の社会的な信用が強化され、そしてモラルに外れた言動や社会的な弊害が少なくなると考えられています。
断食は、人間としての尊厳を確証し、人間であることや人間らしさ、敬虔であることの源となります。当然ながら、人々の間の不足不満や、互いから離れ分散する傾向も減ります。互いに許しあうこと、親類縁者と行き来が増えること、不和対立が減少することは、断食による恩恵の一部です。さらに、一般の人々向けに断食終了後の夕食を振舞う場が設けられることは、社会的に弱い立場にある人々をいたわると共に、貧しい人々の痛みを分かち合い、社会的な親睦や団結を促すことになります。これらは全て、ラマザーン月に社会的な弊害を埋め合わせることに帰結します。さらに、恵まれない人々に1日の断食明けの夕食を振舞うこと、任意の施しや、断食月の終了に際してフェトリーエと呼ばれる寄付金を納めることも、恵まれない人々に社会の人々の温かさを実感させるものです。このことにより、彼らは経済的な問題に直面していながらも、自分が決して孤独ではないことを実感するのです。

ラマザーン月は、コーランが下された月であり、神の恩恵と慈悲、そして贖罪の月でもあります。このため、この月は人間が1年を通して忘れていた、必要とされる慈善行為の多くにとって大切な時期です。時間を大切にする敬虔な人は、神がいつもにも増して降り注いでくれる恩恵と善良さに溢れたこの月に、より多くの恩恵にあずかり、過去に自分ができなかったことの償いをするのです。
ラマザーン月の習慣の1つに、親をなくした子どもたちに配慮するというものがあります。これについて、預言者ムハンマドの教示と忠告には、次のように述べられています。
「人々よ、親を亡くした他人の子どもたちに目をかけ、親切にするがよい。そうすれば、あなた方の孤児たちも、他人から親切にされるであろう」
孤児とは、自分の生みの親の恩恵を受けられない子どもを指し、彼らを守り助けるのは、神のみです。神は、こうした子どもたちの権利を尊重しており、彼らに親切にするよう強調しています。これについて、コーラン第93章、アッ・ゾハー章「朝」、第6節では預言者ムハンマドに向かって次のような呼びかけています。
"神は、孤児のあなたを見付けられ、庇護なされたではなかったのか"
神は、この節において幼少期に自分の生みの親を亡くし、神以外に身寄りのなかった預言者に対し忠告を与え、彼自身も孤児たちに目をかけ、慰めるよう勧告しています。また、この章の第9節には、次のように述べられています。
"だから、汝も決して孤児たちを虐げてはならない"

ここで、神の命令に決して逆らうことなく、神の恩恵を忘れることがなかったという、預言者ムハンマドならではの倫理的な特徴に注目すると、神は預言者に忠告を与え、他のイスラム教徒たちが彼を模範に据え、彼らにその命令を実行させるよう促したことが分かります。その理由は、コーラン第33章、アル・アハザーブ章「部族同盟」、第21節において次のように述べられています。
"預言者ムハンマドは、あなた方、特に、神と救いの日に希望を抱いている人々にとって、よい見本である"
イスラムの伝承においても、親のいない子どもたちを大切にすることが強調されています。これについて、シーア派初代イマーム・アリーは次のように述べています。
「親を亡くした子どもたちに愛の手を差し伸べる全ての人に対し、神はその人が孤児の頭髪1本に手を乗せるごとに、1つのご利益を与えてくださる」

ここで、次のような言い伝えをご紹介しましょう。
ある日、預言者ムハンマドはメディナの路地裏で、何人かの子どもたちを見かけました。彼らはある小さな子どもを、父親がいないことを理由にののしり、お前には父親がいないが自分たちの父親はこんな人物だ、と心無い言葉を浴びせています。すると、ののしられていたその子どもは泣き出しました。そこで、預言者ムハンマドはその子どもに近づき、なぜ泣いているのかと尋ねました。
すると、その子どもは次のように答えました。「僕のお父さんは、ウフドの戦争で死んじゃった。お母さんも、別の人と結婚したから、僕は1人で寂しいんだ」 預言者ムハンマドは、悲しみにくれたこの子どもの言葉を聞き、その子をなで、次のように言いました。「今、私がお前のお父さんになってあげよう。私の奥さんがお前のお母さんになり、私の娘ファーティマは、お前のお姉さんになるのだ」
この言葉を聞いて、その子どもは喜び、大声で叫びました。「ほら、皆。これで分かっただろう。僕のお父さんとお母さん、そして姉さんは誰よりも素晴らしい人たちなんだ」

礼拝をする者、または罪を犯さない者も含め、僕たちに対する神の壮大で無償の恩恵の1つは、神の宴の月であるラマザーン月です。この月に過ぎ去る時間は、普段の月の何倍にも相当し、神の慈しみの扉は、全ての人々、特に罪を犯す僕たちに対して開かれています。神は、ラマザーン月に、再び僕たちに神の慈悲と恩恵にあずかれるようなチャンスを与えているのです。
自らの生活に穢れを抱えている人は、断食により自らの魂を洗浄することができます。そして、自らの内面を清め、神に赦しを請うことができるのです。シーア派の偉人たちは、これについて次のように述べています。
「ラマザーン月には、多くの罪が赦される。このことは、過去に過ちを犯し、自分の内面的な欲求に負けた人にとって大きな吉報である。言うまでもなく、この聖なる月に神のために断食をし、自らの過去の過ちを悔いて赦しを請う罪びとは、神の赦しの対象となるだろう」
預言者ムハンマドも、ラマザーン月の美徳について次のように述べています。
「ラマザーン月は、神の月、そして赦しの月である。この月は、多くの罪が赦され、神の責め苦から解放される月である。神は、ラマザーン月に哀れみの扉を開き、罪を犯した僕たちを赦してくださる」

最後に、次のような伝承をご紹介しましょう。ある時、イスラエルの民を干ばつが襲い、多くの人々が苦しみに陥りました。そこで、預言者ムーサーは、人々に対し、祈祷を捧げ雨乞いをするためにトゥールの山に行くよう呼びかけました。神を信じる敬虔な人々の群集ができ、祈祷が始まりました。ところが、長時間にわたる祈祷や贖罪の祈りを行なっても、空からは1滴の雨も降ってきません。いくら祈りを捧げても無駄でした。そこで、預言者ムーサーは神に対し、なぜ自分たちの祈りが聞き届けられないのかと問いかけたのです。すると、次のような答えが返ってきました。
「あなた方の中に1人、若き罪びとがいる。その者が、あなた方の願いが天に届かない妨げになっている」
預言者ムーサーは、群集の方を振り返り、このことを人々に知らせ、次のように述べました。「今、聞いたように、罪を犯したその若者は、自分でも分かっているだろうから、すぐにこの場から立ち去るがよい」 すると、ムーサーが話し終えないうちに、雨が降ってきたのです。ムーサーは驚き、次のように述べました。「神よ、我々の中に祈りが聞き届けられないよう妨げている若者がいると仰ったのではないですか?彼はまだ、この群集の中にいます」 すると、次のような答えが返ってきました。
「ムーサーよ、お前が群集に向かってそのことを告げたとき、その若者は恥じ入り、立ち上がってそこを立ち去ろうとした。我々は、僕たちの恥じ入る姿を見るに忍びない。だから、その罪を善なるものに転換したのだ。この雨は、この群集の祈りではなく、あの若者の苦悩の結果なのである」

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