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2015/07/08(水曜) 15:21

ラマザーン月と共に(14)

ラマザーン月と共に(14)

イスラム暦のラマザーン月は、他の月よりも優れているとされる特別な状況にあり、独自の慣習を有しています。世界各地、とくにイスラム諸国に住むイスラム教徒は、この月、自分たちの文化と共に、それぞれ、ラマザーン月の美徳を最大限に活用した独自の慣習を有しています。その慣習は国ごと、そして町ごとに異なっています。


とはいえ、イスラム諸国で一日の断食を終えてとる日没後の食事には共通点があります。今夜の番組では、ラマザーン月の一部利点についてお話しすると共に、この月の一部イスラム諸国の人々の慣習についてお話しすることにいたしましょう。

イランの人々の明らかな特徴のひとつに、民族や宗教の儀式や慣習を重視するということがあります。このイスラムの国において、ラマザーン月はイラン人の家族が長年維持してきた慣習を伴っています。エフタールと呼ばれる日没後の食事を施すことはこの期間に行われる好ましい慣習のひとつです。彼らはモスクで集団礼拝を行い、多くが二つの礼拝の間にエフタールをとり、毎晩のように願いをかける人から、ナツメヤシやお菓子を受け取ります。実際イランの多くの人が報酬が増すよう、エフタールに客人を招くことを望んでいます。

ラマザーン月の間、多くのモスクや家庭ではコーランの朗誦会が開かれます、男性のコーラン朗誦会はたいていモスクで開かれます。通常日々の礼拝が行われた後、集団礼拝に参加した多くの人々がモスクで輪になって座り、コーランの朗誦を始めます。女性のコーラン朗誦会は多くが女性の宗教家の家か、参加者の家で交代で行われます。コーラン朗誦会、及びその解釈会は、たいてい女性たちが時間のとれる午前中に開催されます。

マレーシアはその人口の多くがイスラム教徒で占められた国の一つです。つまりこの国の60%がイスラム教徒となっています。マレーシアのイスラム教徒はラマザーン月が訪れる前に自らをこの月に備えて準備し、モスクや家の清掃を行います。ラマザーン月が始まると、町の主要な通りは色とりどりの電灯で飾られ、繁華街はラマザーン月の到来を祝す旗が掲げられます。

ラマザーン月になると、マレーシアのモスクは、通常の時期と異なり、一日中開かれています。マレーシアの家族はこの月、コーランを朗誦し、民族衣装を着て、頭には長方形の特別な帽子をかぶります。女性も特別な衣装を着て、頭にスカーフをまきます。マレーシアの家族はまた、互いに贈り物や料理、お菓子を渡しあい、互いの間に愛情や親密さを増しています。

ラマザーン月は自己形成と善行の訓練の月です。偉人たちの言い伝えや残された言葉の中で、非常に強調されている問題の一つは、他人に対する良い対応です。この問題の重要性は、断食している人間が喉の渇きや空腹により、時に忍耐を失い、結果として精神的、社会的な混乱に対してほとんど力を持たなくなる時に明らかになります。夏の暑さや日中の長さの中で断食をし、夜遅くまで起きて朝は早起きするために睡眠不足になっているにもかかわらず、不穏に対してふさわしい対応を示す人は、必ず報酬を得るでしょう。

シーア派6代目イマーム、サーデクは、このように述べています。
「他人に対する良い対応は物事を易しくする」
そしてこのように述べています。
「ある日、イスラムの預言者ムハンマドがモスクにいると、アンサールと呼ばれるメディナの支援者の少女がやって来て、後ろから彼の服を引っ張った。預言者は何か用があるのだと思って、その場から立ち上がった。しかし少女は何も言わない。預言者も彼女に何も言わなかった。その後も二度三度と同じことが続き、預言者は何度も座ったり立ち上がったりした。ついに4度目に預言者が立ち上がると、少女は彼の後ろから、服を破って持っていってしまった。人々は彼女を咎めて言った。『神の報いをお受けなさい。三度も神の預言者を立ち上がらせ、何も言わなかった。一体どういう意味があったのか?』。彼女は答えた。『私たちは家に病人を抱えています。親戚が、預言者の服の切れ端をとってくれば、彼が来てくれて病気が治るからと私を行かせたのです。失礼なことだとは思いましたが預言者は気づいても何も言いませんでした。それで私はそれを実行することができたのです』」

信者の最大の望みの一つは、来世で慈悲深い神が、預言者の傍らにいられるという恩恵をその人に施すというものです。この恩恵を受けるためには、道徳的に善い行いをすることです。言い伝えでは、預言者はこれに関してこのように述べています。「私のもとで最も愛すべき人、あなた方の中で私に最も近い人は最後の審判の日に最も品行方正で、謙虚な人である」
すべての人を美徳に呼びかけるイスラムの預言者とイマームたちは、この美徳の突出した例でした。

ラマザーン月の効果の一つは連帯です。それは地球の東から西まで、イスラム世界の各地に住むイスラム教徒が関わっているものです。すべてのイスラム教徒は、ラマザーン月が彼らを、宗教儀式の一つ、イスラムの義務の一つを実践させるために集め、団結させていると感じます。この美徳に溢れた月において、すべてのイスラム教徒は自らを統一の取れた共同体だと見なし、唯一神の服従と献身を体現します。モスクはラマザーン月になると礼拝者と断食者で溢れ、この月の特別な礼拝はイスラム教徒の生活に新たな美しさをもたらし、誰もがこの喜びと美しさを感じることができるのです。

最近イスラムに改宗したドイツ人女性は、断食によってイスラムの教義の美しさや精神性を行動の中で実感しました。彼女は次のように語っています。

「ラマザーン月の中で、イスラム教徒の間の団結と連帯感は、私を非常に魅了し、また私自身もこの連帯を感じました、礼拝を行い、自らを神に近づける一方で、喜びを感じ、夏の暑さすらも感じませんでした。私は完全に私の断食が神に受け入れられたと確信しました。なぜなら私はそれを全身で感じていたからです」

断食は特定の期間に飲食を控えることであり、日没後の食事もまた決まった時にとります。モスクはこの月になると礼拝者や断食者で溢れます。この月においてイスラム教徒の連帯はさらに明らかな形で現れます。この月は共通の信条を有していることに加えて、コーランが下された月でもあります。その書物は、イスラム教徒のすべてがよりどころにし、あらゆる時代や場所に生きる上での指示書となってきました。イスラム教徒はこうしたものを享受することで、宗教的な統一を生きる上での基盤とするでしょう。これはイスラム教の世界観や永遠性を物語るものなのです。この宗教は、信者たちを互いの兄弟であるとし、優越性を清らかさと敬虔さの中に見出しているのです。

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