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2015/07/15(水曜) 10:00

ラマザーン月と共に(17)

ラマザーン月と共に(17)

ラマザーン月の美しい慣習の一つに、説法会への参加があります。説法と訓戒の書である聖典コーランは、人間の内面的な病を治し、美徳を身につけるために神から下されたもので、人間の精神を養う効果的な方法の一つを説法と見なし、多くの節でそれを勧めています。コーランの見地から、人間は生涯において訓戒や助言を必要としており、これについて、老いも若きも変わりません。説法会は人間の精神の状況を変えるための貴重な機会なのです。

 

至高なる神はコーラン第51章ザーリーヤート章、撒き散らすもの、第55節で、預言者に対して、絶えず信者に通知し、助言するよう指示しています。なぜなら、人間への助言、通知は利益のあることだからです。預言者ムハンマドは、実際この方法を人々を導くために使用した他、イスラム教徒に説法会の開催を勧めています。

ラマザーン月の集会への参加により、イスラムの知識が身につき、さらに人生を続けていくための宗教の偉人たちの言葉や助言が思い起こされます。この集会に参加しなければ、人間は神の知識や人間としてのふさわしい道徳から離れることになります。この月に各地で開かれる聖職者による集会は、預言者の真の知識を用い、イスラムの指示や戒律に対する宗教の知識や見識を高めるための絶好の機会なのです。

イスラム教徒の聖典コーランもまた、助言や訓戒に溢れています。説法会の他、信者はこの月に、少なくともコーランの一部を朗誦し、コーランの光り輝く節について考えることで、コーランの多くの助言を活用しようとします。コーランの物語、圧制的な世俗主義者の運命を読み解くこと、また神の預言者たちの生涯の物語を朗誦することは人間が正しく生きる上での道を開き、教訓を与えてくれるものです。これに加えて、こうした日常的な朗誦は、その後もコーランを読むことを継続する下地を整えます。

断食の主なメッセージの一つに、飲食の節制があります。シーア派初代イマーム、アリーは、このように述べています。
「食べることにおいて節度を保ちなさい。なぜならこの行為は浪費からは程遠く、身体にとってさらなる健康につながり、礼拝をさらに促すものだからである」

節度ある飲食は、礼拝を行う上での人間の力の増強につながります。さらに食べすぎによるだるさや心臓・体への負担をなくします。一方、何よりも重要なのは思想の育成と心の浄化です。預言者はこのように述べています。
「腹を空に保つ者は、思考が鍛えられる」
人間の思考が正しい道において鍛えられた時、宗教の知識は光のように、人間の心を清々しいものにするのです。

断食は、思考やその鍛錬のための絶好の機会です。断食している人は、自分がどうあったか、どうあるべきかについてわずかに考えることで措置を講じ、断食の灯火によって道を見つけ、自らを物質的な生活の危険に満ちた山道から守るのです。

現代イスラム法学者であるミールザー・マレキー・タブリーズィー師はなぜ神は自らの客人を受け入れるために空腹を選んだのかということについて、このように記しています。

「ラマザーン月の節食は心を浄化させる良い機会である。なぜなら満腹は脳の働きを鈍くし、人間を精神的な思考における満腹から遠ざけるからだ。こうした中、節食により心が浄化され、憐れみの心を持ち、その心は知識に到達するための準備をする。空腹の中では光が感じられる。空腹の利点の一つは神に対して人間が謙虚になることだ。なぜなら、言動の罪の多くは、満腹や過食から来ているからだ。空腹により、罪が減少し、その結果危機を免れることになる」

ミールザー・マレキー・タブリーズィー師は、空腹の利点についてこのようにも語っています。「空腹や小食の利点の一つは、欲求を抑えることだ。そして睡眠時間を短縮させる。長時間の睡眠は人間の人生を破滅させる。こうした利点を知っていれば、なぜ神が客人を受け入れるために空腹を選んだのかが分かるだろう。神に近づき、知識を得ること以上の恩恵はない、空腹はこうした目的を手にするための最も重要な手段なのである」

ある日、二人の若い男が師匠の元にやって来て、尋ねました。「問題に直面することと、その問題の解決策を見出すことの間にはどれほどの距離がありますか?」。師匠は少し考えてから言いました。「それはその人の膝から地面までの距離ほどだ」。二人の若者は困惑しながら、師匠のもとを去ると、議論を始めました。一人が言いました。「地に座るのではなく、立ち上がるべきであり、個人的に問題の解決策を見出すべきだという意味だと思う。一つの場所に留まり、悲しみを抱えていても何の問題も解決しない」
もう一人は少し考えて言いました。「でも、深い知識を持っている長老の助言にはもっと深い意味があり、そう簡単には説明できるものではない。あなたの言っていることは数千年も前から言われてきたことであり、皆がそれを知っている。師匠の言っていることには別の意味があるのではないか」。二人は師匠の元に戻って、彼に真意を尋ねてみることにしました。師匠は二人の姿を見ると、微笑んで言いました。「人間が問題に直面したときに、まずは自らをゼロの地点に持っていくべきだ。ゼロの地点は人間が生命の創造主の前に跪き、彼に対して助けを求める時である。この地点の後に人は立ち上がり、信念をもって神の導きにより、行動に移すことができる。こうした信念や信仰なくして、何の問題も解決されないだろう。だからこそ、人間が抱えている問題とその解決策には人間の膝と地面ほどの距離があるのだ」

時間厳守、物事に秩序と規律を与えることは、イスラム文明の象徴であり、発展の重要な要素です。イスラム教は完全な世界的宗教として、生活における秩序と計画に多くの重要性を与えており、信者にすべての活動において計画を立て、秩序を持って行うよう、無計画を避けるよう勧めています。イスラムの戒律、義務などもまたこの方向で、イスラム教徒の計画に秩序を与えるために設定されています。

イスラム教において、秩序は、シーア派初代イマーム、アリーが自らの遺言書の中で、すべての信者に語りかけているほど重要性を持っています。イマームアリーはこのように述べています。
「あなた方、すべての子どもたち、血縁者、私の遺言を受ける者すべてに対し、活動の中に敬虔さと秩序を保つことを勧める」
イマームはさらに、自らがエジプトの為政者に任命したマーレク・アシュタルに秩序の遵守に関してこのように勧めています。
「期限が迫っている作業に関して急ぐこと、できることを怠ること、曖昧な事柄に固執することを避けよ。あらゆる事柄を適切に行い、時間厳守に努めよ。」

イスラムの義務を見てみると、イスラムが秩序や規律に注目していることがわかります。5回の礼拝をそれぞれ5回の特定の時間に行うことには、特別な美徳があります。礼拝の時間が定められていること、、集団礼拝においてそれぞれの列が整っていること、共に地に頭をつけて共に座ること、共に立ち上がること、時間前に礼拝を行わないこと、礼拝を時間外に行わないこと、これらはすべて秩序の現れです。ラマザーン月の断食もまた、この月の新月が見えることで始まり、次のシャッワール月の月が見えることで終わります。断食を行う時間もまた、早朝の礼拝の呼びかけから日没の礼拝の呼びかけまでの間であり、もし早朝の礼拝の呼びかけの後、あるいは日没の礼拝の呼びかけの前に食べてしまえば、その断食は無効となります。神が敬虔な人間の崇拝のために設定したこの秩序ある計画は、それ自体が教訓であり、イスラム教徒が秩序を持って、その生活を計画に沿って行うためのものです。

ラマザーン月は、1年間の生活に規律を与えるための最高の期間であり、人間は早朝の礼拝などの崇拝行為において秩序を整える他、個人的、社会的な事柄に規律を与え、その恩恵や効果を得ます。イランイスラム革命の偉大なる指導者、ホメイニー師は、その恩恵に溢れる生涯の中で、常に秩序や計画を個人や非個人の事柄の枠組みに据えていました。それは周囲の人たちが彼の生活の中に秩序や規律を感じることができるほどのものでした。ホメイニー師の支持者の一人はホメイニー師がいかに規律を守っていたかということについて、このように述べています。

「私たちがイラクを旅した際に、イマームアリーの聖廟で、数人の神学生たちと会話していた。その会話が終わった時、彼らは立ち去ろうとして、時計を見たが、みんな時間が異なっていた。聖廟の時計も我々の時計の時間とは違う。こうした中、そこにいたナジャフの聖職者の一人が、興奮した様子で言った。「あなた方の時計を合わせなさい。今はちょうど夜中の3時です」。私たちは驚いて彼を見、「どうして?」と言った。彼はそこを歩いていたホメイニー師を指差して言った。「あの人は毎日、夜中の3時ぴったりに聖廟に来るんですよ」

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