このサイトは更新されていません。新サイトはこちらです。 Parstoday Japanese
2015/07/18(土曜) 00:05

人間の再生、断食明けの祝祭

人間の再生、断食明けの祝祭

この番組では、イスラム教徒の断食明けの祝祭に際し、この祝祭の恩恵についてお話しします。

 

イスラム暦のラマザーン月が終わり、シャッワール月に入りました。シャッワール月1日は、断食明けの祝祭の日です。1ヶ月に及ぶ断食を終え、この日は喜びに溢れた祝祭の日です。

今回の番組では、この断食明けの祝祭の様々な特徴や恩恵についてお話ししましょう。

イード・フェトルと呼ばれる断食明けの祝祭は、イスラムの大きな祝祭の一つです。1ヶ月間、飲食や多くの悪い行いを控えてきたイスラム教徒は、今、神にその報奨を求めます。シャッワール月1日の断食明けの祝祭には、断食が解かれ、敬虔な人間は日中にものを食べることができるようになります。フェトルという言葉は、アラビア語で食べることや飲むことを指し、「飲食を始めること」も意味します。

祝祭の日の朝、明るい雰囲気が町を包み、人々は神への称賛と感謝を口にします。

様々な年齢の人々が肩を並べて立っています。体が浮いたように感じ、敬虔さと神への服従の雰囲気に包まれます。これは、真の敬虔な人々が味わう、1ヶ月間に及ぶ断食の報奨です。人々は、一年の他の時期にも、大小の様々な罪によって、自分たちの生活が穢されないよう望みます。

イスラムは、肉体的な側面を超えて行動するような人間を作ろうとしています。それは、他人や恵まれない人への奉仕、援助の中に、神への礼拝を見出すような人間です。言い換えれば、断食明けの祝祭の後、人間は、よりよい社会を作り、恵まれない人々の状況に配慮するために、神に好まれる行動や努力を心がけます。このような人間は、それまでの人間とは異なり、より幅広い理解力を持って生活します。神への服従の精神により、優しく穏やかな感情を持つようになります。断食により、貧しい人々の苦しみを知った人は、宗教的な試練によって手にした、目的のあるまなざしによって行動します。そのため、その人の安定が増し、忍耐とバランスが成長します。このような人間は、内面に深い変化を感じ、完成や向上へと向かいます。断食明けの祝祭の日の朝、人々はこの日の喜捨を行い、神の名を唱え、礼拝を行うとき、個人的な問題を超えて他人のことも気遣い、利己主義を離れることを誓います。

神は、創造の初めから、全ての人間に成長という恩恵を与えています。しかし、人間自身が、自分の行いによって、そのような成長の力を失ってしまいます。シーア派6代目イマーム、サーデグは、「罪は重りのようなものであり、それらの存在によって空へと飛
ぶことが妨げられる」としています。

今日、イスラム諸国は、それぞれの文化に従い、特別な伝統や慣習によって、この共通の宗教的な祝祭を祝っています。イスラム諸国では、この日に壮麗な礼拝が行われ、特別な料理が作られ、身だしなみが整えられ、親戚や知り合いを訪問し、子供たちがプレゼントを受け取ります。神の慈悲と赦しへの希望に溢れた喜びは、イスラム教徒の心を互いに近づけます。

イランのシーア派最高権威、ジャヴァーディ・アーモリー師は、断食明けの祝祭の日のイスラム教徒の集団礼拝などの動きは復活を想い起こすものだとし、復活の一部が断食明けの祝祭の日に具現されるとし、次のように語っています。

「この月に断食を行い、宗教義務を果たした人のうち、神から報奨を得る人には3つのグループがある。一つ目、この月の義務をきちんと終わらせ、夜通し祈祷を行った人は、天使から、火から救われるという報奨を得る。また、天国にいくために断食月の義務を遂行した人は、慈悲深い天使から天国に行くという報奨を得る。三つ目のグループは、神にいたるために礼拝を行った人々で、彼らは神へと立ち返り、神から尊厳と愛情という報奨を得る。神から愛される存在となったとき、地獄に落ちることを免れ、天国の美徳に授かる。そのため、断食明けの祝祭の日に受け取る報奨は、非常に重要であり、1ヶ月だけでなく、ほかの11ヶ月の問題をも解決できるものである」

イスラムの祝祭は、他人と一体となって喜び、他人の運命に影響を及ぼすとき、壮麗なものとなります。断食明けの祝祭の壮麗さは、ザカートと呼ばれる喜捨とこの日の礼拝において明らかになります。フェトルのザカートとは、敬虔な人間が、至高なる神に服従し、その恩恵に感謝を表して、恵まれない人々に与える贈り物、施しです。ザカートとは、成長、発展、善や清らかさを意味します。そのため、礼拝と同じように、精神を強化し、魂を清め、他人との絆を強める要素となります。

実際、断食明けの祝祭の重要な教えの一つは、イスラム社会においてイスラム教徒が力を強め、イスラムを中心に据えることに注目することです。全てのイスラム諸国で調和を取りながら行われる断食明けの祝祭の礼拝は、イスラムの連帯と団結の象徴と見なされます。特に世界の大国がイスラム教徒に敵対し、厳しい攻撃を行っている現在の状況ではなおさらです。世界の利己的な大国は、メディアの力を借り、これまで以上に、他国の国民を支配し、イスラムのイメージを歪めようとしています。このような状況の中で、イスラム世界は、自らの偉大さと力を示す機会を必要としています。断食明けの祝祭の礼拝では、イスラム教徒の大勢の男女が、信仰に溢れた心と強い意志により、イスラム教徒の力を示します。この力は、断食月によって培われたものです。礼拝者たちは、清らかな心と決意に溢れた表情で、唯一の神の前にひれ伏し、共にあらゆる支配や圧制を否定します。この礼拝の際に唱えられる「神は偉大なり」という言葉は、イスラム教徒の反覇権主義の精神を示しているのです。

Add comment


Security code
Refresh