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2015/07/13(月曜) 19:30

ラマザーン月と共に(16)

ラマザーン月と共に(16)

ラマザーン月は、よりよい、より美しい生活を送るために利用できる機会です。イランの人々やそのほかのイスラム教徒の社会史や集団生活の歴史を調べてみると、過去から今日まで、常にラマザーン月は、この美しさや、叡智ある、恩恵溢れる伝統と慣習を具現するための月となってきたことがわかります。共感や協力、友情といった感情を拡大する中で、これらの伝統は人々に影響を及ぼしてきました。これらの伝統の多くには、人間の優れた行動や、すばらしい帰依の例が見られます。時にこれらの伝統は美しく、人間に情熱を与え、その雅やかさにより、人々の心や魂を奮い立たせています。
人間にとっての一部の問題は物質的な問題であり、明らかに政府や、わずかな慈善団体のみが、全ての物質的な窮乏の問題を解決できるわけではありません。1979年のイランイスラム革命の勝利の後に広まった伝統の一つは、人々の物質的な問題を解決するために行われる、支援の集積です。
毎年、ラマザーン月には、夜の熱意ある祝祭の中で、人々の支援が集められます。これはテレビの生放送で行われます。多くの人々はこの祝祭に参加したり、あるいはテレビで祝祭を見たりします。また、この中で、政府関係者や俳優、スポーツ選手など、有名人が出演し、支援を提供し、他の人々に対して慈善行為を奨励します。人々も出来る範囲で、この慈善行為に参加します。
この人々による支援は、通常、注目に値する額に上り、貧しい家庭や孤児、窮乏している人々のために使われます。この支援の一部は、刑務所の囚人を釈放するために、その債務や賠償金の支払いに使用されます。もし、彼らの債務が支払われれば、彼らは暖かい家庭に戻ることができるのです。
ラマザーン月の教えのひとつは、合法的な食べ物に関してです。断食は、断食前の未明の食事も、断食明けの食事も、清浄なものであれば、有益で影響を及ぼすものとなるのです。ラマザーン月の最初の夜に読まれるのにふさわしいとされる祈りの言葉は、次のようなものです。
「おお神よ、断食明けの食事を合法なものとしてください。創造主よ、われわれの糧を合法的で好ましい清浄なものにし、抑圧や罪から清められ、過ちや醜さで飾られることのないよう。神よ、一切の穢れや罪が混ざることのないよう、私たちの食を清らかなものにしてください。」
宗教的な教えによりますと、合法的な日々の糧は、宗教上の成功によい形で貢献します。シーア派6代目イマーム・サーデグは、「合法的な糧を求めるのをやめるべきではない、合法的な糧はあなたを宗教において助ける」と語っています。また、預言者ムハンマドもこれに関して、「40日間合法的な糧を食したものは、神がその心を輝かせ、英知の泉を心から言葉を通じて流れ出させる。」と述べています。
一方、その逆もあり、禁じられた食べ物の影響は40日間体に残り、この期間の個人的な祈りは受け入れられません。確かに、禁じられた食べ物という言葉には、広い意味があり、食べること、飲むことに限られず、盗みや賄賂、詐欺などの方法や、怠けて手に入れたものなど、合法的な方法や戒律によってえられていないものも含まれます。もし、5分の1税や救貧税も払われていなければ、その人の食べ物も禁じられた食べ物にあたります。
合法的な食べ物を手に入れるための努力は、預言者ムハンマドが、次のように語るほど重要なものなのです。「もし仕事し、日々の糧を食すなら、最後の審判の日に預言者の集団に入れられる。神は預言者の報奨をその人に与える」。しかし、糧を手に入れる中での忍耐の存在しない糧に対しては、イマーム・アリーは、このように語っています。「合法的な糧に関して自らを制限し、定められたもの以上の糧もえられない」 シーア派6代目イマーム・サーデグも、これに関して、次のように語っています。「祈りが認められたいと思っているものは誰でも、自分が獲得したものを合法的なものとし、人々の権利を尊重しなければならない。禁じられたものが腹の中にある僕や他人の権利を奪った僕のどのような祈りも、神の元に届けられることはない」
実際、合法的な食事は心身を作る中で深い影響を及ぼし、またすばらしい能力を開花し、決断を行い、よい意志を持つ中で、今後を決定する役割を有しています。イランの優れたイスラム法学者、ハサンザーデアーモリー師は、合法的な糧について次のように記しています。
「口の中に入るパンのひとかけらは、もし法にかなったものでなければ、それは卑しいものを口にしていることになり、そのようなものを食べる人間は、卑しいことを口にするようになる。これに基づき、注意する上で最も重要なこととは、人間の口の中に入るもの、口から出る言葉への注意である」
このため、ラマザーン月によく読まれる祈祷の中には、このような合法的な食への願いがあります。「創造主よ、清らかで法にかなった食べ物を私の糧として与えるよう願う」
あるとき、預言者ムハンマドがモスクにいて、彼の周りを教友たちが取り囲んでいました。ある老人が乱れた服装で、同情心を誘うような様子でやってきました。彼は老いて弱くなっていたのです。預言者ムハンマドは彼に近づき、状況を尋ねました。その老人は、「預言者よ、私は貧しく、空腹だ。食べ物やきるものを与え、私の問題を取り除いてくれ」と答えました。預言者ムハンマドはそれに対して、「今は何ももっていない。しかし、私がある場所にあなたを案内すれば、あなたの問題は解決する」そして彼を娘のファーティマの家に案内しました。老人はモスクから近いファーティマの家に行き、自身の問題をもう一度語りました。ファーティマは「今は家に何もありません」と語りました。するとそのとき、贈り物としてもらったネックレスを思い出し、それを首からはずしてこの貧しい男に与え、言いました。「これを売れば、おそらくあなたの願いはかなうでしょう」。
その貧しい男はそのネックレスを受け取り、モスクに戻りました。預言者ムハンマドはまだ教友たちに囲まれて座っていました。この男は、「預言者よ、ファーティマがこのネックレスを売って、必要なものを満たすよう、私に与えた」と伝えました。預言者ムハンマドはファーティマのよい行いに満足し、「神はこのネックレスを買うものを苦しめることはない」と述べました。預言者の教友の一人、アンマールは、「預言者よ、このネックレスを買ってもいいでしょうか」と語りました。預言者はそれを許可しました。アンマールはこの老人にネックレスをいくらで売るかと尋ねました。この貧しい男は、「パンと肉で私を満腹にし、私に服を与え、家に帰るための1ディナールをくれ」と答えました。アンマールは「このネックレスを20ディナールの金貨と食事、そして服と乗り物で買おう」と答えました。彼は老人を家に連れて行き、彼の腹を満たし、服を与え、乗り物に乗せ、20ディナールを渡しました。そしてネックレスを布に包み、それを召使の奴隷に渡し、「これを預言者ムハンマドに届けてくれ。おまえ自身も彼に譲った」と語りました。預言者ムハンマドは、このネックレスと奴隷をファーティマにあたえました。奴隷はファーティマのところに行き、ファーティマはネックレスを受け取り、この奴隷に「私はお前を解放した」と語りました。この奴隷は笑いました。ファーティマがなぜ笑ったのか、とたずねたところ、この奴隷は、「私はこのネックレスの恩恵に驚いたのです。なぜなら空腹を満たし、衣服を着せて、貧しい男を豊かにし、私を解放し、最終的にはその持ち主の元に返ったからです」と答えたのです。

 

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