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2014/08/28(木曜) 17:10

同性愛者による子どもの保育

同性愛者による子どもの保育

社会にとっての健全な世代の育成の大切さ

あらゆる社会にとって、最も重要な目的は健全な世代の育成です。社会の最小単位としての家庭は、次の世代を育む最初の教育機関でもあり、ここでは子供が喜怒哀楽、友情、仲たがい、よい性格、節制、協力、責任感、尊敬などの性質を身につけていきます。家庭環境は、人格形成に非常に大きな役割を果たしており、そこでの伝統や見本、対応や決まりごとは、子どもたちに影響を及ぼします。家庭はまた、子どもたちにとって最も重要な安全地帯でもあるのです。

 

子どもとその現在、そして未来の生活に及ぼす親の役割は、極めて重要です。子どもは、成長していく過程で親の影響を受け、親は子どもにとっての見本となります。子どもの人格は、幼年期にはまだ確立しておらず、幸せ、或いは不幸せな道のいずれをも受け入れる可能性があります。人間の将来が、その人の受けた教育の質にかかっていることから、子どもの親には大きな責務が課されているといえます。そもそも、子どもを持つ親は人間を形成し、完成させる存在であり、親としての最大の貢献は、気高い人間の育成だといえます。これについて、イスラムの預言者ムハンマドは、次のように述べています。

「父親が子どもに授けることの出来る最高の贈り物は、礼儀とよい躾である」

 

家庭と、子どもにとってのモデルとしての両親の重要性

父親は、子どもによい躾をしたいと望むなら、彼らに対し適切な見本やモデルを示す必要があります。父親は、子どもの精神的な完成や威信につながるべく、子どもにとっての誠実さや威信、時間を守ること、身の周りの整理整頓、約束を守ること、寛大さ、勇気、忍耐力といったことの見本とならなければなりません。逆に、無頓着や臆病であったり、悪い癖や精神的な問題を抱えている父親は、子どもの精神状態に悪影響を及ぼします。母親の、子どもの手本としての側面も非常に重要であり、子どもを進歩と後退のいずれにも誘導しうるものです。母親の膝元は、いわば子どもにとって初めての教育を受ける場であり、子どもはここで優しさや知識、モラル、宗教を学び、これらの教えは子どもの記憶に一生残るものなのです。

子どもは、家庭環境において全ての物事を見聞きし、自分の記憶に収めると共に、子どもが理解する物事は、建設的、或いは破壊的という両方の可能性をはらんでいます。このため、子どもの躾に怠慢な親は、大きな裏切り行為を行ったことになります。子どもを持つ親は、社会に大しても責任を負っていますが、それは現在の子どもたちが、将来は大人の男性と女性になるからなのです。

こうした中、何らかの理由で自分の生みの親を奪われ、義理の親に育てられる子どもは、微妙な立場に置かれることから、普通の子ども以上に危険や弊害にさらされることになります。複数の調査から、健全でない家庭で育てられた子どもは、社会にとって弊害をもたらす人間に育ち、こうした子どもは非行に走ったり、社会、政治、民政に従わない傾向が多くなっています。

 

一部の国で既に認められている同性結婚と同性愛者との養子縁組

残念ながら、今日では一部の国において、同性結婚という現象が正式に認められてしまっており、さらにはこうしたカップルによる養子縁組が合法化される事態にまで至っています。現在、世界では20カ国が同性結婚を法的に認めており、さらに一部の国では同性愛者同士の結婚が、正式には認められていないものの、同性愛者が同棲という形での家庭を形成することが可能になっています。こうした中で、世界のおよそ25カ国とアメリカの一部の州は、このような不自然でしきたりにそぐわない行動を合法であると発表したのみならず、子どもの権利や福祉に注目せずに、同性愛者による養子縁組や里子の受け入れを許可しています。

 

同性愛者による保育が子どもにもたらす弊害

同性愛という悪しき現象の合法化もさることながら、同性愛者に子どもを預けることは、純朴な子どもの心と体に、明らかに取り返しのつかない弊害をもたらすことになります。子どもは、神からの贈り物であり、男女の結婚により出生するもので、これは次世代の出生と存続のための、唯一の自然な方法です。このため、男性と女性により結成される家族のみが、子どもの成長と教育に相応しい環境であり、自然の法則に逆らった同性愛者に子どもの保護監督を任せることは、事実上子どもの育成と成長にとって相応しくない下地を整えることになります。同性愛者による逸脱した家庭で育てられる子どもは、モラルや本当の愛情、誠実さ、正しい夫婦関係の見本を学び取ることはありません。そうした親の下での養育は、事実上一方的で欠陥のある不自然なものなのです。

近年においては、一部の西側諸国で同性愛者による養子縁組の受け入れに関する調査がなされており、その結果こうした養育が子どもの権利や成長に、取り返しのつかない悪影響をもたらすことが判明しています。このことから、西洋諸国の一部の思想家は、全ての子どもは積極的に人生を送るために男性の見本としての父親と、女性の見本としての母親を必要としていると考えています。同性愛者は男性であれ女性であれ、自らの誤った生活様式や性的趣向が原因で、実際に子どもの発育に弊害を及ぼします。特に、情緒面での発達やアイデンティティの認識、性的趣向の面で、同性愛者に育てられた子どもたちは問題に遭遇することが多くなっています。

さらに、同性愛者の両親とともに生活する子どもは、社会で差別を受けたり、すげない対応をされる可能性が高くなり、他人との良好な関係を築いたり、それを広げることが出来ないと考えられています。実際に、同性愛者による養子縁組の受け入れは、ごく普通の家庭におけるる関係や概念とは異なるものです。また、ここで極めて重要なポイントは、生みの親が誰であるかを知る子どものアイデンティティ面での権利です。これは基本的人権の1つですが、同性愛者による養子縁組に関する法律により、それは侵害されることになります。

同性愛者が抱える問題点

研究調査からは、同性愛者はうつ病やストレス、緊張といった要素にさらされていることが分かっており、普通の人々に比べて自殺や自殺未遂の件数もはるかに高くなっています。また、一部の調査では、子どもに対する性的な虐待の3分の1から半数は、同性愛者によるものであることが分かっています。さらに、「犯罪、暴力、そして同性愛」というテーマで行われた、性科学研究所によるある調査の結果、アメリカで1970年以降の20年間に発生した集団殺人或いは、連続殺人事件の全ての事例において、少なくとも犠牲者の68%は同性愛者によるものだったということです。また、同性愛者の間では性病への罹患率も非常に高く、そうした疾病の一部の病原体はウィルスであり、他人に伝染する可能性があります。このように、心と体、そして性的な面での問題を抱えている人々に子どもを委ねることは、子どものためを考える、公正で中立な全ての人々から見て、どのような条件をもってしても決して認められません。

 

国際人権規約に反する、同性愛者への子どもの保育の委任

同性愛者に子どもを預けることは、明らかに国際人権規約に反するものです。これについて、1948年に西側諸国により批准された世界人権宣言の第16条には、「成人である男性と女性は、互いをもって夫婦となり、家庭を形成する権利がある」とされています。この条文は、男性と女性による婚姻について明言しています。また、国際法では、子どもは父親と母親1人ずつで形成される、自分の生まれた家族の下で保護監督される権利があると定められています。

1966年に国連総会によって採択された、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第10条でも、子どもの自然な発育を妨げるもの、或いは倫理面や健康面で子どもにとって有害となるものは全て、法的な処罰の対象とされると定められています。また、児童の権利に関する条約の第1条第3項も、何らかの形で子どもに関して行われる措置は全て、何よりも子どもの利益と健康の確保が優先されると定められています。さらに、この条約の第1条の第24項と第29項でも、子どもの身体的、精神的な発達と強化、そして子どもの健康の維持が強調されています。

 

それでは、自由や人権擁護を主張する国々は何故、罪のない子どもの権利を蹂躙するのでしょうか?また、なぜ子どもの幸福や健康に反して、子どもを同性愛者に委ねるのでしょうか。同性愛者が形成する生活環境が、保護者のいない子どもの養育環境に適したものになりえるでしょうか。これらの国々では、子どもは孤児のようなものでしかないために、人権を持つことができないのでしょうか?人としてあるべき道や道徳では、親のいない子どもは普通の子どもよりも手厚い支援を受けるべきだと考えられています。イスラムも、親のいない子どもを厚遇することを特に重視しており、シーア派6代目イマームサーデグは、これについて次のように述べています。

「神の恩恵にあずかり、天国に入りたいなら、親のいない子どもに同情し、優しくするがよい」

 

罪に穢れた同性愛者に、保護者のいない子どもの世話を委ね、子どもの精神状態に大きな弊害を与えることは、果たして子どもの為といえるでしょうか?普通の人間とは性質も違い、モラルや宗教面での価値観に欠陥のある同性愛者に、保護者のいない子どもの世話を任せるべきではありません。法的な手段に訴えて、同性愛といった醜いな現象や、そうした人々による養子縁組の受け入れの合法化を目指すような政府は、人間性や道徳、子どもを初めとする社会の人々の心と体の健康に注目していないといえるでしょう。

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