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2015/01/24(土曜) 19:23

フード章(3)

フード章(3)

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において

フード章の第69節には次のようにあります。
「我々の天使たちが吉報を持ってイブラヒームの許に降り立った。彼らが『平安あれ』と言うと、彼も『平安あれ』と言い、それから間もなく、焼いた子牛を持ってきた」

 

すでにお話したように、フード章では、イスラムの教えに関する問題と共に、神の預言者たちに関する教訓に満ちたいくつかの物語が述べられています。前回は、預言者ヌーフとフードの物語、そして人々を導くための彼らの努力についてお話ししました。今夜はイブラヒームとルートの民についてお話ししましょう。

神の天使たちは、2つの使命を受けて、人間の姿で地上に降り立ちました。一つは、ルートの民に責め苦を味わわせること、もう一つは、イブラヒームに、まもなく妻のサーレにイスハークという名の息子が生まれるという吉報をもたらすことです。天使たちは、イブラヒームの許にやってくると、「平安あれ」と挨拶をしました。彼もまた、それに挨拶を返しました。それからまもなく、もてなしの慣習に従って、天使たちのために焼いた子牛が用意されました。しかしイブラヒームは、その客人たちが、食事に手をつけようとしないことに気づきました。それはイブラヒームにとって、それまで経験したことのないものであったため、驚きました。それで、イブラヒームは彼らに恐れを抱きました。彼らに何か悪い目的があるかもしれないと考えたのです。神の天使たちもそれに気づいていたため、イブラヒームの不安を取り除き、彼にこう言いました。「恐れることはない。私たちはルートの民に遣わされた。つまり、私たちは天使であり、圧政的な民に責め苦を味わわせる役目をつかさどっている。天使は食事を口にしない」 それから天使たちは、イブラヒームに吉報を与えました。「年はとっているが、子供を授かるだろう。イスハークという名前の子供が生まれる。イスハークからはヤアクーブが生まれる」
イスハークもヤアクーブも、神の預言者となりました。

イブラヒームの妻サーレは、自分も夫も年老いているため、もう子供はできないだろうとあきらめていました。そのため、非常に驚いた様子で叫び声を挙げました。「なんということでしょう。私に子供が生まれるのでしょうか。私は老いた女に過ぎず、夫も高齢であるというのに。それは本当に不思議なことです」
天使たちは、ただちに彼女のこの驚きを取り除き、この一族へのこれまでの神の恩恵と、様々な出来事から、神が奇跡的に彼らを救ってくださったことについて語り、こう言いました。「神の命に驚くのか?これまでにも、あなたの一族には神の慈悲と恩恵が注がれてきたし、今後もそうであるのに。
神は、イブラヒームをナムルード王の圧制から救い、業火から彼を助け出した。それは、イブラヒームに、たった一人で全ての偶像を打ち倒す力を与えた、あの神である」

イブラヒームは、恐怖が引くと、今度はたった今耳にした吉報をかみしめ、天使たちによって滅ぼそうとされているルートの民のことを考えました。イブラヒームは、ルートの民について、彼らの責め苦が取り消されるようにするため、天使たちと議論を始めました。イブラヒームは、ルートの民を救うための扉は、まだ開かれていると考えていたのです。そのため、彼らの懲罰を遅らせるよう求めました。なぜならイブラヒームは、忍耐強く寛容で、神へと立ち返る人間だったからです。そのとき、イブラヒームに声が下りました。
「イブラヒームよ、あきらめなさい。あなたの主の命は下された。神の責め苦は間違いなく、ルートの民を襲い、取り消されることはない。私たちの使者がルートの許にやって来たとき、彼はその出現に不愉快になり、動揺して言った。『今日は辛い日だ』」

こうして天使たちは、イブラヒームの許を去り、ルートの許へと向かって行きました。ルートはそのとき、畑仕事をしていました。そこに突然、数人の美しい若者が姿を現しました。ルートは客人たちをもてなしたいとは思ったものの、性的な逸脱に陥っていた民の中に、これほど美しい若者たちが現れることに悩みました。そこで、ルートは心苦しくなり、静かにこのようにつぶやきました。「今日は恐ろしく辛い日だ」

ルートの民は、腐敗と堕落にどっぷりと浸かり、同性愛に陥っていました。彼らは女性に興味を持たなかったのです。ルートは彼らに、神に畏怖を抱き、放蕩をやめて、真理の道に戻るよう呼びかけていました。そして常に、そのような罪による苦しい結果を避けるようにと警告していました。しかし、ルートの忠告もむなしく、人々は反抗をさらに強めていくだけでした。ルートは、人々が、美しい若者の客人たちをもてなす邪魔をし、その若者たちを決して放ってはおかないことを知っていました。信仰心を持たないルートの妻は、この美しい客人たちが入ってくるのを知ったとき、屋根に登り、握手をしたり、火をつけたりして、その逸脱した民の一団に、客人の存在を知らせました。コーランはこれについて、次のように語っています。「ルートの民は、自分たちの目的を遂げたい一心で、急いでルートの許にかけつけた。その民は、以前から醜い行いをしていた」

ルートは家の外に出て、必死に彼らに忠告を与えて言いました。「人々よ、この私の娘たちをあなたたちのために差し出そう。彼女たちは、あなたたちにとって、より清らかである。だから神を恐れなさい。客人の前で私に恥をかかせないように」 それからルートは言いました。「あなたたちの中には、そのような不名誉で恥知らずな行いからあなたたちを遠ざけるような、賢く勇敢な人間が一人も存在しないのか?」

ルートは、このような献身的な努力により、彼らの眠った良心を目覚めさせ、真理の道に引き戻そうとしました。しかし人々は、ルートの呼びかけを拒み、このように言いました。「あなたの娘には興味がありません。私たちがあなたの客人をあきらめることはない」 そのとき、偉大なる預言者は、非常に動揺しました。

フード章の第80節と81節には次のようにあります。
「[ルートは]言った。『私にあなた方に対抗する力、あるいは確かな支えがあったらよかったのに』 そのとき、天使たちが言った。『ルートよ、私たちはあなたの主の使徒であり、彼らにはあなたに触れることなどできないだろう。真夜中に、家族を連れて出発しなさい。あなた方のうち、誰も後ろを振り返ってはならない。ただしあなたの妻は別である。彼女は、彼らと同じ災難に遭遇するだろう。彼らに約束されたときは朝である。朝は近いではないか』」

こうして責め苦の瞬間がやって来ました。彼らの町はひっくり返され、石や泥の雨が降り注ぎ、その町は、未来の世代のための教訓の源になりました。他の人々も、その町の廃墟や跡を目にして、何かを学ぶことができるようにするためです。

ルートの物語は、同性愛は醜い行いであり、真理の道からの逸脱である、という人類への警鐘です。イスラムでは、同性愛は非常に大きな罪と見なされ、イスラムの伝承でも、この行為は強く非難されています。原則的に、不貞や同性愛などの性的な逸脱は、人間の構造や精神に破壊的な影響を及ぼし、その人のバランスを崩します。なぜなら人間は、本来、異性を求める傾向にあり、その傾向は、人間の最も根深い本能であり、人類という種の存続を保障するものだからです。しかしながら、このような傾向を、本来の道から逸らしてしまうような行為は、人間の中に、精神的な逸脱や病を作り出します。

同性愛は、残念ながら、西側の一部の国で見られる現象であり、中には法的に認められている場合もあります。このような異常な行動の蔓延が、彼らの罪や醜さを緩和することはなく、道徳、人間性、健全な社会関係を破壊します。

いずれにせよ、圧制に手を染め、神の命の境界を越え、神の預言者たちの導きを無視した民には、神の責め苦が下るのが一つの掟です。コーランの節は、実際、自分たちは例外であり、関係ない、あるいは、それは昔の民たちに関するものだ、と考えている世界の全ての民族への、警告であるのです。

ルートの民の教訓に溢れた物語が終わり、フード章は、シュアイブとその民のたどった運命など、別の物語も述べています。概して、フード章は、昔のいくつかの民と、彼らの預言者の歴史を語っています。こうした物語はそれぞれが、歴史を通した人類の歩みを示しており、現代の人間にとって、教訓に満ちた点を指摘しています。コーランは、昔の民たちの物語を述べた後、次のように結論付けています。

「これは、我々が汝のために語る、様々な町や村の情報である。その一部はまだ残っており、また一部は完全に破壊された。彼らが自分自身に対して圧制を行ったのでない限り、我々が彼らに圧制を行うことはない」

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