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2015/02/22(日曜) 21:42

ISISの思想

ISISの思想

「テロ組織ISISとは?」では、ISISというテロ組織が生まれた経緯について、またISISはどのような思想を持つどのようなグループなのかについて見ていきます。

 

ここ数日、世界のメディアでは、シリアやイラク、さらにリビアでのISISの犯罪が伝えられています。アメリカを筆頭に、西側やアラブの国々は、「ISISを根絶する」と主張しています。しかし、彼らの空爆にも拘わらず、ISISは依然として、シリアやイラクで犯罪を続けています。

この番組では、ISISがどのようにして生まれたのかに始まり、この組織の思想や活動方法、暴力的な行動や犯罪、このグループと他国との関係、対ISIS国際連合の目的、その他、このグループに関する問題について検討していく予定です。

アメリカが主導する対ISIS国際連合の真の目的は、果たしてISISを消滅させることなのでしょうか?なぜこの連合は、今の時期に結成されたのでしょうか?また、40カ国が動員されなければならないほど、ISISは強大な組織なのでしょうか?なぜアメリカ政府は、ISISの消滅には長い時間が必要だと繰り返し強調しているのでしょうか?彼らの目的がISISの消滅であることを信じてもよいのでしょうか? 常に移動を続けるテロ組織を、空爆によって消滅させることなどできるのでしょうか? なぜISISは、イスラムのスローガンを叫びながら、シオニスト政権イスラエルとは敵対していないのでしょうか?

これからお送りするこの番組の中で、これらの質問への回答を中心に、ISISが誕生した経緯、この組織の犯罪や暴力的な行動、それに対するアメリカなど西側諸国の反応、そして対ISIS連合結成の目的についてお話ししていきます。

中東は、何年も前からテロの問題を抱えていました。しかし、この暴力的な現象は、最近、中東地域の最大の危機となりつつあります。現在、この問題に悩まされていない国は、中東にはほとんど存在しません。一方で、テロ組織の結成や活動には、中東諸国やそれ以外の国の政府が関与していることが容易に分かります。ISISは、これまで世界に存在したテロ組織の中でも、最も暴力的で理にかなわず、それでいながら献身的な組織です。ISISが行っている犯罪は、通常、民族浄化のための戦争の中で見られるものです。しかし、それらのどれも、ISISの暴力的な行動ほど、大規模で複雑なものはなかったでしょう。そしてこれらはどれも、寛容を象徴とするイスラムの名のもとに行われています。

歴史によれば、イスラム教の拡大に大きな役割を果たしてきたのは、イスラムの預言者ムハンマドの美徳です。実際、預言者ムハンマドは、完全なイスラム教徒の象徴、模範であり、このような完全な人間の存在は、イスラム教と預言者ムハンマドの正しさを証明しています。こうして、わずかな時を経て、最小の流血と戦争により、アラビア半島の大分部にイスラムが広がりました。イスラム教は、このような寛容な預言者の存在により、日常のことのように、また娯楽として人間の首を切ることができる、ISISのような無知で残忍な信者を持つことができるとも言えます。

残念ながら、偉大なる神の預言者たちの信者は、預言者が亡くなった後、次第に神の教えの代わりに、自らの個人的な解釈を据え、その宗教の歴史を捻じ曲げました。ムーサー、イーサー、その他の神の預言者の道は、こうした信者たちによって逸れていってしまいました。こうした逸脱がなければ、人類は違った運命をたどっていたことでしょう。

イスラム教も、その例外ではありません。預言者ムハンマドが亡くなった後、イスラムも個人や集団に都合のよい解釈や逸脱に陥りました。預言者ムハンマドの後継者として、シーア派初代イマーム、アリーが為政者となったとき、イスラム社会の3つのグループが、アリーとの戦いに立ち上がりました。そうしたグループの一つが、ナフラヴァーンという戦いで出てきたハワーリジュ派です。彼らは預言者と聖典コーランに関する勝手な解釈により、イマームアリーに対して反乱を起こしました。現在の一連の過激派の流れは、このハワーリジュ派として捉えることができます。

ハワーリジュ派やタクフィール主義の根には、彼らが宗教を暴力的に解釈していることがあり、イスラム教徒が彼らと同じ考えを持たないことを、不信心の罪と見なし、殺害します。また、ハワーリジュ派とタクフィール主義に存在する、民族的な偏った考え方では、彼らに近い人々でさえ、敵対されます。そのため、過激派の模範は、全てのイスラムのすべての宗派を非難するハワーリジュ派の行動にあると言えるでしょう。現代の暴力的で偏った行動は、イスラム初期のハワーリジュ派の行動の結果と同じように、イスラム教徒の弱体化につながることでしょう。

ISISは、サラフィー主義のタクフィール思想を持つグループであり、彼らの思想は、ムハンマド・イブン・アブドルワッハーブらの思想に根差したもので、その最大の支持者は、中東地域やそれ以外の地域の一部の政府、つまり、現在、中東でISISとの戦いを謳っている政府です。ISISの誕生の経緯を見れば、サウジアラビアと一部のアラブ・西側諸国の政府の関与が、より明らかになるでしょう。

ISISは武装勢力であり、タクフィール主義の過激な思想を持つサラフィー主義に含まれ、シリアやイラクに、いわゆる『イスラム政府』を樹立しようとしています。このグループは、2006年10月15日、イラクの武装グループによる会合の後に結成され、この会議で、アブ・ウマル・バグダディという人物を指導者とすることが決定されました。

ISISの誕生のきっかけは、2003年のアメリカによるイラク侵攻後の情勢変化に遡ります。アメリカの攻撃は、アルカイダ系のグループや、新たな状況に反対する旧バース党勢力など、イラクで多くの武装グループが誕生し、彼らが活動を行う状況を整えました。これらの武装グループは、資金や人材を集め、アメリカ軍やイラク政府軍と戦おうとしました。こうしたグループの中でも代表的なのが、2004年に誕生した、アブ・ムサブ・ザルカウィを指導者とするタウヒードとジハード集団です。

ザルカウィは、アルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓い、イラクの聖戦アルカイダ組織を結成しました。この組織は、イラク各地の市場での爆弾テロ、モスクやイマーム廟の破壊など、残忍で大規模なテロ作戦を行いました。こうしてテロ活動を拡大し、イラクで最強のテロ組織となり、多くの地域で影響力を高めていきました。
アナ2
2006年、ザルカウィは、アブドルラシド・バグダディを指導者とするムジャーヒディン評議会を創設しました。この年、アメリカ軍によってザルカウィが殺害されると、アブー・ハムザ・アル=ムハージルがその後継者となり、2006年末には、アブ・ウマル・バグダディを指導者とするイラク・イスラム国が結成されました。

イラクでのISISの最大の努力は、政府に反対する勢力を連帯させることにありました。中でも最大の勢力は、バース党の残党勢力と一部の部族勢力です。そのためISISは、イラクの旧サッダーム独裁政権の残党勢力を伴ったアルカイダ系の組織であり、イラクでテロを行うことによって、内戦や宗教的な対立を引き起こそうとしています。

人々の抗議や不満の拡大により、イラク政府は、部族の勢力を総動員し、アルカイダの影響力や支配を縮小させました。2010年のアブ・ウマル・バグダディの死により、このグループによるイラクの情勢不安は大幅に減少しました。それにも拘わらず、アブ・バクル・バグダディがこのグループの指導者となったことで、イラクで新たな段階のテロ作戦が始まりました。この続きは、次回のこの番組でお話しすることにいたしましょ

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