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2015/03/05(木曜) 00:50

ジャムシード王とタツノオトシゴの子供の物語

ジャムシード王とタツノオトシゴの子供の物語

今回も前回に続き、ペルシャ語の民俗文学のジャンルの一つについてご紹介しましょう。

 

口承文学は、その国の文化の重要な支えであり、豊かな文化をもたらします。イランは昔から、多くの民族が行き来する場所であり、豊かな民俗文学を有してきました。幸いにも、イランの民俗文学は、一部が記録されており、マタル、マサル、動物が出てくる物語、タラーネ、物語、ナッガーリーと呼ばれる語り、マルスィーエと呼ばれる哀歌、英雄物語など、様々な種類があります。この番組では、そのうちの3つのジャンルであるマタル、マサル、そして動物が出てくる物語についてお話してきました。今夜は、タラーネについてお話しましょう。

タラーネは非常に古い単語です。研究によれば、ペルシャ語では昔から、民謡がタラーネと呼ばれてきました。このタラーネは、歌い手たちの名前が明らかではなく、最も古い形のペルシャ語の詩を想い起こさせるものである可能性が高くなっています。そのため、完全に異なる起源を持ち、それらの内容も非常に多岐に渡っています。愛を表現したもの、風刺、子守唄、物語、遊び、詩、その他、個人や社会の感情を伝えるための歌などがあります。

タラーネは、リズム、韻、内容、スタイルの4つの点から分析することができます。古代ペルシャ語の古いタラーネや現代ペルシャ語のタラーネについては、多くの研究が行われて来ました。こうした研究の中でも、フランスの中東学者、エミール・バンヴェニストやドイツの中東学者、ワルター・ブルーノ・ヘニング、ロシアのユリイ・ニコライエヴィッチ・マルといったヨーロッパの学者の見解、そしてマレコッショアラーイェ・バハール、サーデグ・ヘダーヤト、パルヴィーズ・ナーテル・ハーンラリーなどのイラン人の学者の見解は、価値が高く、ロシアのマル博士は、現代のタラーネに見られるリズムを、アヴェスター語やパフラヴィー語による古代の詩のリズムを理解するための鍵であるとしています。イランのナーテル・ハーンラリー博士は、タラーネのリズムは、単に、音節的、韻律的なものではなく、音節の長短やアクセントも、タラーネのリズムの根本をなす2つの要素だとしています。

ハーンラリー博士は、タラーネの音節の長短は、決まりきったものではなく、リズムに合わせて、長い音が短く、また短い音が長くなるとしています。タラーネでは、リズムや音楽的な調子に合わせて音節が増えたり減ったりします。このように音節が増えたり減ったりすることは、そのタラーネのリズムを生み出す一定の基準に基づいています。

ここからは、ジャムシード王とタツノオトシゴの子供の物語をご紹介しましょう。この物語では、民俗物語の特徴である、普通では考えられない行動と、恩を忘れない動物たちが出てきます。

昔々のこと。あるところに、ジャムシードという名の王様の息子がいました。ジャムシードは10歳のとき、母親をなくし、継母の手で育てられました。ジャムシードは、母の死を嘆き悲しみ、落ち込んでいました。息子のことを心から愛していた王様は、息子を喜ばせようと手を尽くしました。しかし、王子は全く何に対しても興味を持たず、ただ母親のことばかり考えていました。

ある日のこと。一人が王様に言いました。「息子のためにタツノオトシゴを見つけてくれば、彼は夢中になって、母親のことを忘れるでしょう」 王様は大臣に対し、ジャムシードのためにタツノオトシゴを探してくるよう求めました。大臣もそれを受け入れ、2人の召使を海岸に行かせ、タツノオトシゴを探させることにしました。召使たちは、海岸で適当な場所にかくれ、タツノオトシゴが産卵のために顔を出すと、それを捕まえて王様の宮殿に持ち帰りました。王様は、タツノオトシゴが手に入ったことを聞くと喜び、大臣と召使に十分な褒美をさずけました。

タツノオトシゴは、水の代わりに果物のジュースやバラ水を飲み、藁やこやしの代わりに砂糖やサフランを与えなければなりませんでした。また、このタツノオトシゴは、人間の子と同じ言葉を話しました。ジャムシードは、父親がどんな動物を見つけてきたかを聞くと、大喜びで、タツノオトシゴを見ようと駆けつけました。ジャムシードは、タツノオトシゴとすぐに仲良くなりました。そして、タツノオトシゴのためにきれいな住処を作り、水の中に金でできた台と砂糖を入れる器を用意し、タツノオトシゴが海の中よりも快適に暮らせるようにしました。そして、タツノオトシゴに近づくことを誰にも許しませんでした。ジャムシードは自分で彼に餌をやっていました。

ジャムシードは、毎朝、勉強部屋に行く前には、まずタツノオトシゴの様子を見に行きました。昼や夕方、勉強部屋から帰ってくると、何よりもまず、タツノオトシゴのもとに行き、彼を撫でてやりました。王様は、ジャムシードがタツノオトシゴに夢中になり、母親を失った悲しみを忘れていくのを見て安心し、自分の任務に精を出すようになりました。また一方で、ジャムシードは毎日成長していきました。王妃はある日、自分の義理の息子が、立派な若者に成長しているのを目にしました。そこで彼に嫉妬し、彼を亡き者にしてしまおうと決めました。こうして、数人の召使を呼び、彼らに相当の賃金を与えました。そして、ジャムシードが毎日勉強部屋に通う道の途中に落とし穴を掘り、その壁には、毒を塗った槍と剣を刺し、落とし穴の上をじゅうたんで隠すよう命じました。ジャムシードがそこを通ったら、穴の中に落ちるようにし、そうして彼を殺してしまおうと考えたのです。

召使たちはそれを実行しました。ある日、ジャムシードが勉強部屋から帰り、タツノオトシゴの許に行くと、彼が涙を浮かべています。ジャムシードは慌ててどうしたのかと尋ねました。全てを聞いていたタツノオトシゴは、ジャムシードの継母が何をたくらんでいるのかを話しました。ジャムシードは言いました。「悲しむようなことじゃない。別の道を通ることにすればいい」 それから、用意していた砂糖をタツノオトシゴに与え、まったく危険のない道を通って部屋に戻りました。

遠くからジャムシードの様子を見ていた継母の王妃は、ジャムシードが別の道を通ったのを見て、別の方法を考えることにしました。ジャムシードが勉強部屋に行くとき、毒を用意し、彼の夕食に入れました。ジャムシードはいつものように、まずタツノオトシゴの様子を見に行きました。するとまた、彼が涙を流しています。ジャムシードは今度もどうしたのかと尋ねました。タツノオトシゴは言いました。「王妃が今度は、あなたの食事に毒を入れました。今夜、あなたを毒殺しようとしています」 ジャムシードは、今夜は食事を口にしないから、安心してほしいと約束しました。ジャムシードはそう言うと、自分の部屋に戻っていきました。さて、夕食が運ばれて来ました。ジャムシードは一口分を取って猫にやりました。猫は一口食べた途端に死んでしまいました。ジャムシードは、夕食には全く手をつけませんでした。

朝になりました。召使たちが前夜のお盆を運んでくると、継母は、ジャムシードが一口も食べていないのを目にし、誰かが自分のたくらみを彼らに知らせているに違いないと考えました。彼女はまず、召使たちを疑いました。しかし、すぐに彼らの仕業ではないことに気づきました。すると突然、ある考えが浮かびました。「きっと、あのタツノオトシゴに違いない」 継母は、タツノオトシゴに対する憎しみを募らせ、何としてでもタツノオトシゴを殺し、自分の目的を果たそうと考えました。継母はすぐに、召使を医者のもとに送りました。召使は医者に言いました。「王妃が病気のふりをするので、彼女を診るふりをして、彼女の枕元で、この病気に効くのは、タツノオトシゴの心臓と肝臓だと言ってください」 召使は十分な報酬を医者に渡し、うまくいったらさらなる報酬があると約束しました。

王妃はベッドに横になり、苦しそうなふりをしました。ベッドの下に乾いたパンを置き、寝返りをうつたびに、それらが音を立てたため、そばにいた人たちは、彼女の骨が音を立てているのだと考えました。また、サフランとターメリックを顔に塗り、いかにも具合が悪い風を装っていました。また、王様のもとには、王妃が病気なので、すぐに医者を連れてきてほしいと伝えさせました。医者がやって来て、王様も医者も、王妃の枕元に立ちました。王妃は王様を見ると、寝返りを打ち、パンが崩れる音が響きました。王様は心配になりました。医者は、王妃を診察してから言いました。「難しい病気です。タツノオトシゴの心臓と肝臓があれば、きっと良くなるでしょう」 王様は言いました。「分かりました。ジャムシードが勉強部屋に行ったら、タツノオトシゴを処理させ、その心臓と肝臓を妻のために調理させましょう」

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