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2015/04/05(日曜) 17:38

イランの青少年向け映画の歴史

イランの青少年向け映画の歴史

今回も、イランの青少年向け映画が、どのように形作られたのか、その歴史を見ていくことにいたしましょう。

 

イランの青少年向け映画の制作者たちは、初めから子供たちの教育という側面を、何よりも重視していました。それは数多くの肯定的な結果を伴い、イランの児童映画が、イスラム革命当初から教育手段と見なされ、世界の映画界でも注目を浴びるきっかけとなりました。とはいえ児童映画は、喜びや興奮、躍動感や愛情を伴うものでなければならず、ファンタジーの要素を適切な形で盛り込むことで、その魅力を増し、見る者をひきつけることができます。イランの児童映画は、独自の特徴を持ちながら、短編や物語から始まり、その後、長編アニメや映画の形を取るようになりました。

青少年向けの優れた映画を見分けるとすれば、そこには大まかに分けていくつかの特徴が存在します。それは、子供の心理学的な原則が守られていること、表現がシンプルであること、複雑なシンボルによる表現がないこと、ファンタジーの要素が効果的に盛り込まれていること、そして子供の集中力を考えた長さであることです。イランを代表する児童映画の監督の作品を見ると、こうした作品は、総体的な基準を守ると共に、何よりも、子供たちの性質や特徴を考慮したものであることが分かります。

イランでは、イスラム革命後、社会や政治の状況がそれまでと比べて大きく変化しました。否応なしに戦争に巻き込まれたイランは、多くの青少年を抱ええていたため、彼らにとって適切な映像を制作することが必要でした。この頃のテレビ番組は、社会状況に沿って制作され、当然、子供向けの番組の中では、ファンタジーの要素が少なくなり、事実に基づいたものが多くなりました。しかし一方で、この頃の児童映画の製作者たちは、時期や状況を見て、青少年の視聴者を新たな空想の世界へと惹き付け、作品を制作していました。

「パタールと小さな夢」、「人形泥棒」、「シャングール・マングール」、「リーリーホウザク」、「赤い泉の秘密」といった映画は、この頃に、そのようなアプローチによって制作された映画です。これらの作品に存在するファンタジーは、子供たちの興味や興奮を引き起こすような内容でした。これらの映画は、子供たちの空想を描き、彼らを夢の世界へといざなう力を持っていました。イランの著名な映画評論家、アフマド・ターレビーネジャード氏は、これについて次のように語っています。

「フォークロアや伝説、神話の中には、イランの若者たちの社会問題や歴史、希望を与えるような甘美な物語が存在し、それらは希望を持った映画制作者の助けによって、子供たちのために明るい世界を作り出すことができるものだ。イランでは、1980年代から90年代にかけて、そのような努力がなされ、多くの優れた作品が制作された」

ターレビーネジャード氏は、この頃のイランの映画制作者は、青少年向けの作品について中庸な解決法をとったとしています。青少年向けの映画は、事実を盛り込みながら、わずかながらの悲しみや喜びをその中に織り交ぜていました。「マジードの物語」は、そのような作品の代表的な例です。

「マジードの物語」は、テレビシリーズで、興味深いストーリーのために、その一部が映画化され、イランで公開されました。これは、マジードという少年の物語で、苦しい生活を送りながらも、それが独特の風刺を持って描かれており、イランで人気のあるテレビドラマの一つでした。

児童心理学では、子供時代を幼児期、児童期、青年期の3つの段階に分割しています。それは、人間の人生において、この時代がいかに重要であり、変化を帯びやすい時期であるかを物語っています。様々な形で語られるイランの物語を見ると、それらが系統立てられており、それに基づいて、幾つかのアニメーションや映画が制作されていることが分かります。

映画「シャングール・マングール」は、イランの古い児童文学作品の一つで、他国の児童文学でも、様々なタイトルで出されています。もともとの物語は、3匹の子ヤギの物語で、彼らは母ヤギがいない間に、狡猾な狼に騙されてしまいます。2匹の子ヤギは狼に食べられてしまいますが、3匹目は逃げることに成功し、母親にそのことを伝えます。母親は勇敢にも計画を練り、狼と対決することで、子ヤギたちを生きたまま、狼の腹の中から救い出します。物語の最後では、子ヤギたちが、気づかぬうちに陥る可能性のある危険な状況に気づき、無事に幸せに暮らします。

アフマド・ベフバハーイー氏は、イランの児童映画の脚本家でした。彼は「シャングール・マングール」の児童映画化について、次のように語っています。「この物語を、人形劇としてテレビシリーズにしたとき、子供たちは自分の想像力の助けを借りるものだということに注目すると、狼の恐ろしさをことさらに強調する必要はないと考えた。それからは、子供たちが緊張する場面が続いたが、視聴者は狼の動作を楽しみ、それを笑っていた。また別のシーンでは、狼は笑いを誘う行動を取ったが、児童の興味をそそることはできず、それに興味を持ったのは幼い子供たちだけだった」

この脚本家が、このようなことを語った目的は、特に幼い子供たちの想像力が非常に強く、物語の内容を信じられるような形で描けば、好ましい結果が得られるということを伝えることにありました。このように、芸術家の責務は、この想像力を掻き立て、それを持続させることのみにあると言えます。イランの児童映画の多くで、こうした努力がなされています。幼児向けの映画、「ネズミたちの町」、「ゴルナール」、「ノホディ」、そして児童向けの映画である「おじいさんたちの学校」、「世界で最高のお父さん」、「虫のおばさん」は、そうした作品となっています。

実際、イランの映画制作者たちは、子供たちの想像力を掻き立てることに成功し、革命前の児童映画に比べて、大きな歩みを遂げました。特に、アニメーション映画の分野で活動する製作者は、より大きな成功を収めています。ヴァジーホッラー・ファルド・モガッダム、アブドッラー・アリーモラード、ファルホンデ・トラービーは、革命後に、青少年向け映画の制作で活躍した人たちであり、非常に優れた作品を作りました。彼らがイランの古い文化や文学をモチーフに、イラン・イスラムの物語を芸術的な映像にしたことで、多くの人々がそれにひきつけられ、イラン・イスラムの文学や文化が再認識されるようになりました。それにより、2000年代には、若い映画制作者が、イランの物語の映画化に向かい、「ホルシードとジャムシード」、「不死鳥の心」、「テヘラン1500」、「最後の使徒」といった映画が制作されました。近年では、イランの英雄の人生や物語に基づいたコンピュータゲームも制作され、世界的にも成功を収めており、それは過去の映画制作者たちの努力の賜物であると言えます。

イラン映画では、子供向けに想像力を重視することが特に注目され、優れた児童映画が制作されてきました。これらの作品は、興行成績では振るわなかったかもしれませんが、高い質を有しており、暴力的なシーンは少なく、子供の特徴を知り、彼らを教育することを目的に作られています。これらの作品は、イランの青少年向けの物語を含むものであり、この地の過去と現在の文学と密接に結びついています。

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