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2015/04/15(水曜) 23:38

3人の兄弟(1)

3人の兄弟(1)

これまでの番組でも、2回にわたって子守唄についてお話ししてきました。子守唄は、正式な詩人によって作られたものではなく、母親たちが、愛情をこめて歌っていたものであるため、文学的な構造は整っていません。子守唄には様々な内容が含まれており、イランの子守唄のほとんどは、子供がすくすく育つようにという母親の願いや理想、また言葉を教えたり、コーランを読み上げたり、巡礼に赴いたり、その子のために人生のパートナーを見つけたり、といった事柄を歌ったものです。母親たちは、自分の全ての願いを、子守唄の中で子供にささやき、そのような願いを胸に抱いて、その子を育てていくのです。

 

愛する子よ、私の花であってほしい、私の美しい鳥であってほしい
夜には私のそばにいて私の心を満たしてほしい
そして学校に言って偉人から学んでほしい

母親は、このような願いと共に、子供の健康を祈っており、実際、子守唄の中で、そのことも歌い、子供の健康を神に求めています。
花よ、眠りなさい、花よ、眠りなさい
私の花よ、眠りの中でも目覚めの中でも、どうか病気にならないで
病気になってしまったら、神よ、どうかお守りください

この他、子守唄に含まれる内容は、父親が旅に出ていて、その旅からの帰還について歌ったものです。このような内容は、イラン各地の子守唄に広まっており、家族や社会の状況、イランの家族の生活様式を物語っています。このような子守唄は、人類学者にとって、イラン各地の人々の生活を知るための研究材料となっています。

可愛い子よ、父は兵役に行った
可愛い子よ、父が行って私はひとり
可愛い子よ、父は旅に出た 決意を持って
可愛い子よ、父は去った、神と共に
可愛い子よ、父は旅の支度をして
可愛い子よ、父は去った、けれど心配しないで
可愛い子よ、知らせが来た、父が旅から帰ってきた

このような子守唄は、夫婦の間の愛情の結びつきに触れると共に、家族の構成や、両親の義務を示しています。父親は生活を支えるために家を離れ、時には旅に出なければなりません。また母親は家の中を守り、子供たちを育てる責任を負っています。

ここからは、イランに伝わる物語をご紹介しましょう。今回ご紹介するのは、千夜一夜物語から、「3人の兄弟」のお話です。

ある所に、3人の息子を持つ商人がいました。3人の息子の名前は、サリーム、サーレム、ジョウザルで、商人は一番下の息子であるジョウザルを心から可愛がっていました。そのため、サリームとサーレムはジョウザルに嫉妬し、彼に憎しみを抱いていました。商人は年老いていて、自分が死んだ後、サリームとサーレムがジョウザルに嫌がらせをし、彼に遺産を渡さないのではないかと心配していました。そのため、死が訪れる前に自分の財産を、息子たちに分けておくことにしました。こうしてある日、友人や知り合いを家に集め、彼らの前で、自分の財産を4分割し、そのうちの3つを息子たちに、残りを自分と妻のために取っておくことにしました。

それから幾日も経たないうちに、商人がこの世を去りました。サリームとサーレムは、父から受け取った遺産に満足せず、ジョウザルの財産を奪おうとしました。彼らの間で対立が生じ、二人の兄たちは弟を訴え何度も裁判所に足を運ばせました。彼らはそのために多くの費用をかけましたが、その努力は実らず、財産が底を尽きてしまいました。
こうしてある日、彼らは無一文になりました。そのとき、彼らは母親の所に行き、母親を殴り、父が残していた金を母から力ずくで奪い、去って行きました。ジョウザルが家に帰ると、母は泣きながら、2人の息子に何をされたのかを話しました。ジョウザルは母を抱きしめ、優しく言いました。「悲しむ必要はありません。彼らは神から、悪い行いの報いを受けることになるでしょう。あなたは私と暮らせばいい。私が仕事をして金を稼ぎます」 母親は落ち着きました。ジョウザルは魚を獲る網を用意し、それで漁に出かけることにしました。

ジョウザルは毎朝早く起きて網を持ち、海岸に出かけ、魚を採ってそれを売り、その金で自分と母親の生活を守っていました。彼らは質素ながらも、平穏な生活を送っていました。しかし、無職のサリームとサーレムは遊び歩き、母から奪った金を費やしていました。しかしある日、その金も底をつき、物乞いをするようになりました。サリームとサーレムは、はだしで路地をうろつき、人々の家を訪れては食べ物を恵んでもらっていました。時には母の家に来て、食事を懇願することもありました。

母親も彼らのために心を痛め、家に食べ物があれば、彼らのために出し、「早く食べてここを去りなさい。もしジョウザルが来て、あなたたちがいるのを見れば、怒り出してしまうから」と言っていました。サリームとサーレムは食事を終え、ジョウザルが帰ってくる前にそこを去って行きました。ある日のこと。ジョウザルが予定外で家に帰ってきたとき、兄たちが食事を取っているのを目にしました。母は恥ずかしくなって下を向きましたが、予想に反し、ジョウザルは腹を立てませんでした。それどころか、優しく兄弟に挨拶をし、言いました。「よくきてくれました。私たちのことを思い出してくれるなんて。あなたたちに会えて嬉しいです」 兄弟は恥ずかしくなって言いました。「弟よ。私たちもお前や母に会いたかったのだが、以前の自分たちがお前にしたことが恥ずかしくて、会わせる顔がなかった。私たちは悪魔に騙されていたのだ。今は昔のことを後悔している」

弟は兄弟を胸に抱き、言いました。「私はあなたたちのことを憎んでなどいません。ここに留まり、私たちと一緒に暮らしましょう」 母親は喜びました。ジョウザルのために神に祈って言いました。「息子よ、あなたは本当に私を喜ばせてくれました。あなたが神の満足を得られますように」 こうして兄弟は仲直りをし、サリームとサーレムは母親の家で暮らすようになりました。ジョウザルは毎朝早く起きて漁に出かけていきました。魚を取り、それを売り、その金でパンや肉を買い、家に持ち帰りました。

こうして1ヶ月が過ぎました。サリームとサーレムはジョウザルの家で食べて眠るだけで、何もしませんでした。ある朝、ジョウザルがいつものように海岸に行き、網をかけてそれを引くと、網には魚がかかっていませんでした。ジョウザルは別の場所に移動し、再び網を投げ、魚がかかるのを待ちましたが、今度も一匹もかかりませんでした。また別の場所にも行ってみましたが、今度も網は空っぽでした。こうしてジョウザルは夕方まで海岸に留まり、魚を釣ろうとしましたが、無駄でした。海には一匹も魚がいなくなってしまったかのようでした。とうとうあきらめ、網を肩に担ぎ、一匹の魚も取れないまま、悲しみを抱えて家に向かいました。

道の途中で、パン屋に付きました。そこでは多くの人が、パンを買うために長蛇の列を作っていました。彼は人々から離れた場所に立ちました。パン屋はジョウザルに気づくと、「パンがほしいのか?」と彼に声をかけました。ジョウザルは黙ったままです。パン屋は彼の空っぽの網に気づきました。そこで、パンと金を少しジョウザルに与えて言いました。「さあ、これらを持っていくがいい。明日、その代わりに魚を持ってきてくれないか」 ジョウザルは恥ずかしそうにしながらも、パンと金を受け取り、歩き始めました。その金で肉を買い、パンと肉を家に持ち帰り、母に渡して夕食を作ってもらいました。

翌日、ジョウザルはいつもよりも早く目覚めました。魚の網を手にし、海岸に行きました。一度ではなく、何度も、網を海に投げ入れましたが、魚は取れません。夕方まで海岸を歩き回り、魚を捕ろうとしましたが無駄でした。こうしてまた、希望を失い、空っぽの網を持って家に向かいました。また途中でパン屋に着きました。パン屋はジョウザルに気づき、彼に声をかけ、再び、パンと金をくれて言いました。「そんなに落ち込むことはない。明日はきっと、魚が取れるだろう。そうしたら、ここに来て、それらを償ってくれればいい」 しかし、その翌日も、ジョウザルは魚をとることができませんでした。パン屋はその日もまた、パンと金を貸してくれ、そのためにジョウザルは、母と兄弟のために、その日も夕食を用意することができました。こうしてさらに4日が同じように過ぎ、ジョウザルはその間ずっと、魚を獲ることができませんでした。

7日目の朝、ジョウザルは自分自身に言いました。「漁をする場所を変えなければいけない。今度はガールーンの池に行こう。そこでなら、網に魚がかかるかもしれない」 こうしてジョウザルは、ガールーンの池に向かいました。

 

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