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2015/05/05(火曜) 19:34

人づきあいの位置づけ(2)

人づきあいの位置づけ(2)

今回も前回に引き続き、人付き合いについてお話することにいたしましょう。


前回お話しましたように、人付き合いはイスラム的な生活様式における、最も重要な教育的アプローチの1つです。これは、親戚内の団結を促し、社会的な改革にも重要な役割を果たしています。

ペルシャ語で人付き合いを示す、セレ・ラヘムという言葉は親切や友情を表す、セレという言葉と、親戚や関係者を意味するラヘムという言葉から成り立っています。つまり、このセレ・ラヘムは、親戚や近い人々に対して親切にすることを意味します。この素晴らしい伝統は、あらゆる種類の支援の中で示されることができます。前回は、人間と社会にとっての人付き合いを必要不可欠なものにしている、本質的な理由についてお話しました。
イスラムは、親戚や家族同士の関係を深め、活性化することを強調し、注目すると共に、人付き合いや自分に縁のある人への気配りを宗教的な価値観の1つとして義務付けています。また、このことは神を崇拝することに等しいと見なされます。これについて、コーラン第4章、アン・ニサーア章「婦人」、第36節には次のように述べられています。
"神のみを崇め、神以外のものを神と同等のものと見なしてはならない。そして、自分の両親や親族に親切にせよ"

人付き合いは、崇拝行為であるとともに、最も美しく素晴らしい宗教的なプログラムの1つです。宗教的な行為の動機となる場合にこれを実施することは、人間的な価値観や社会的な習慣において宗教を強化するための重要な行動とされます。機械化された現代の生活では、日常の雑事に追われることから、この素晴らしい習慣を実施する時間がなくなることもあります。ですが、人付き合いは倫理的な基盤を強化し、精神的な欲求を満たし、善行を広める上で重要な役割を果たしていることを知るべきです。
人付き合いは、社会的な結びつきを強化し、安定させる効果があることから、宗教的な義務の1つと見なされ、望ましい社会を築くイスラムの基本的な教えの1つです。一部の伝承では、人付き合いは宗教信仰を強め、最高の真理に近づく効果があるとされます。シーア派初代イマーム・アリーは、これについて次のように述べています。「神の僕たちよ、日々の礼拝や人付き合いによって信仰の土台を強化するがよい」
正しい行為として他人と付き合うことで、目に見える効果が得られるだけでなく、神からの物質的、精神的な恩恵に恵まれることになります。確実に、帰属意識を維持し、相手を尊重して相いの義務を守ること、こうしたつながりを深めるための全面的な努力は、神の恩恵の引き寄せることになります。その恩恵により、最後の審判の日に神の恵みと赦しが得られます。シーア派6代目イマーム・サーデグは、互いに訪問し合うことの効果について、次のように述べています。
「人付き合いにより、行動が清らかになり、財産が増え、困難が解消されると共に、最後の審判の日に神との決済がしやすくなり、寿命が延び、性格がよくなり、寛大になり心持がよくなる」
また、イマーム・アリーも子どもたちに対し、次のように述べています。
「自分の親戚を大切にするがよい。なぜなら、彼らは翼のような存在であり、彼らの存在があってこそ高く飛ぶことができるからである。また、あなた方は、彼らから生まれたものである。また、彼らは助けてくれる存在であり、共に敵と戦い勝利を収めることになる」
コーランや多くの伝承の中で、人付き合いが強調され、勧められていることで、親戚を初めとする人付き合いが非常に重要であることがわかります、イスラム法学の文献においても、人付き合いが必要不可欠であり、また親戚が仮に神を信じない人であったとしても、それは付き合いをやめる理由にはならず、またこのような場合でも付き合いは好ましいものであり、逆に彼らを導き、迷いから救うことになるとされています。

人付き合いは、様々な形で行なわれます。人付き合いや親戚を助ける方法の1つは、彼らの命を救うことです。人付き合いの最大の役割は、身の回りの人の安否を気遣うことです。これは例えば、周りの誰かの生命が危険にさらされているときを指し、この場合にはイスラムの戒律に従い、その人を守ることを意味します。神の預言者ムハンマドは、これについて次のように述べています。
「人のために自らの命や財産をかける人は、神から100人の殉教に相当する報奨が与えられる」

金銭的な支援も、人付き合いの1つです。自分の周りに、恵まれない人がいる場合、その人に対する経済的な配慮が必要になります。これは、人間の本質に根源を持ち、イスラムもこの点を強調しています。例えば、コーランでは自分の周りの人への経済支援は、経済的な義務の1つと見なされています。イマーム・アリーも、これについて次のように述べています。「神から財産を与えられた人は、自分の周囲の人々を支援すべきである」 さらに、人付き合いのもう1つの方法には、周りの人に対する精神的な支援があります。例えば、親戚や友人の誰かがアドバイスを必要としているときには、その人に必要な助言をすることが求められます。
一部の人は、イスラムが人付き合いを強調するのは物質的に恵まれた人に対し手であって、金銭的に恵まれない人は他人に配慮することは出来ず、このよい習慣を実行できない、と考えているかもしれません。しかし、そうした考え方は誤っています。なぜなら、人付き合いの目的は周りの人々と愛のある関係を築くことだからです。誰かの家を訪問して近況を尋ねること、電話をかけたり、Eメールやショートメッセージを送ること荷より、親切を施し、他人から親切を受けることになります。イマーム・アリーは、次のように述べています。「たとえ、挨拶を一言交わすだけであっても、親戚や他人と付き合うべきだ」 また、時には喜びや悲しみを分かち合うことも人付き合いの1つとなります。冠婚葬祭の儀式に参加することは、他人をいたわることになり、親戚を初めとする人間関係を深めるのに効果的です。

最低限の人づきあいとは、彼らに嫌がらせをしないことだと言えるでしょう。他人の陰口や誹謗中傷、彼らの不幸を喜ぶのを自制すること、また彼らの生活に何かと干渉しないこと、あら捜しをしないことは、人付き合いの最低のマナーです。自分の周りの人に金銭的な支援ができなくとも、せめて彼らを苦しめないようにすることはできるはずです。これについて、イマーム・サーデグは次のように述べています。
「人付き合いにおける最高のマナーは、他人を苦しめたり、嫌がらせをしないことである」 人付き合いは、人間にとって価値ある効果と意味を持っています。その最大の効果は、寿命が延びることです。これについて、シーア派4代目イマーム・サッジャードは、次のように述べています。
「自分の寿命が延び、日々の糧が増えることを望むなら、人付き合いをすべきだ」
イスラムでは、人付き合いが奨励されていると同時に、血縁関係を切ったり他人に配慮しないことは、強く非難されています。コーランでは、特に血縁関係を断ち切る人は非難されており、第47章、ムハンマド章、「ムハンマド」第22節と23節において次のように述べています。
"あなた方が神の命令に背くなら、あなた方は地上で腐敗行為を行い、血縁関係を断絶するだけだろう。神はそのような者を、恩恵から遠ざけ、彼らの目と耳をふさがれた"
また、イマーム・サーデグは次のように述べています。
「私は、死を早め、人々を去らせる罪を逃れ、神に救いを求める。そうした罪とは、血縁関係を断絶すること、両親を苦しめること、彼らに対し親切に接しないことである」

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