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2015/06/07(日曜) 17:30

アボルヘイル(1)

アボルヘイル(1)

間違いなく、イラン・イスラム的神秘主義思想は、イランの文化的な文学におけるもっともすばらしい遺産で、今日もイラン人の誇りの根源であり、精神的なものに飢えている世界に、貴重な遺産を提供しています。確実に、イランの名声に対する神秘主義者の役割は、イスラムの神秘主義を豊かにする中で、輝きを放ってきました。もし、イランの優れた神秘主義者が、イスラム神秘主義から削除されれば、この分野において優れた人物は残らないと思われます。

これらの時代を築いてきた人物には、現在のイラクに当たる領域では、ハッラージやシャバリー、ジョネイド、当時のホラーサーン地方では、バーヤズィード、ハラガーニー、アボルヘイルなどが挙げられます。また、もしペルシャ語文学から優れた神秘主義思想の作品を排除すれば、イランの文学も大変貧しいものとなります。なぜなら、ペルシャ語文学の豊かさや能力は、神秘主義者の偉大な作品に負うところが大きいからです。
アボルヘイルは西暦10世紀に生まれた、現在のイラン北東部を含むホラーサーン地方の神秘主義哲学者であり、イスラム教の伝承、ハディースの学者です。彼は、967年にホラーサーンのミーハナという村に出生しました。アボルヘイルは1048年、81歳に故郷のミーハナで死去しています。
アボルヘイルが成人期の大半を過ごしたホラーサーン地方は、トルコ系の王朝ガズナ朝の支配下にあり、その拠点は現在のアフガニスタンのガズナにありました。ガズナ朝の王は、西はイラン、東はインドにまで広がる強大な王権を生み出しました。アボルヘイルの晩年、ホラーサーンは中央アジアからセルジューク朝の一族に率いられ、攻め込んだトルコ系の遊牧民に支配されました。
アボルヘイルの父は薬屋を営んでいた神秘主義のシンパで、当時の神秘主義哲学者と交流を持ち、集会を開催していました。アボルヘイルも少年期からこの集会に参加していました。このため、彼は当初から父親や友人を通じて神秘主義哲学に親しんでいたのです。
アボルヘイルは初等教育を故郷ミーハナの師の下で学び、文学や宗教学、アラビア語文学の初歩について学んだ後、現在のイラン北東部トルクメニスタンとの国境にあるサラフスに赴き、法学やコーラン解釈、ハディース学を学びました。若い頃は、ハラガーニー、バシャル・ヤースィーンなど、当時の有名な神秘主義哲学家や優れた学問の師から学び、当時の正式な学問、つまり法学やハディース学、コーラン解釈学などにおいて傑出した存在となりました。
アボルヘイルも、本質的な能力や家庭で受けた教育、彼の精神的な師の教えの影響により、子ども時代、少年時代から神秘主義哲学に大きな興味を持つようになりました。このため、彼は学問をやめて修行と隠遁の道に入り、神秘主義の道を自らの仕事としました。このときから、アボルヘイルは説教師として多くの弟子を教えるようになったのです。
現存する史料によると、アボルヘイルは集会での説教や演説で、常に自分の詩や、彼の前の時代の詩人の詩を引用し、これによって自身の演説に特別な熱情を持たせていました。彼が吟じた詩は1500行以上といわれていますが、その多くは彼の以前の時代の詩人のものだということです。アボルヘイルはこれらの詩を自分の言葉の中で暗誦していましたが、彼は自分が述べる内容の証明として、あるいは自身の演説をより明確に説明するために、それらの詩を利用したのです。
アボルヘイルの著作を研究対象とする全ての研究者は、彼がイラン初の神秘主義詩人で、また自身の思想を詩の形で表した最初の神秘主義哲学者であり、この点からサナーイーやアッタールなどのイランの高名な神秘主義詩人にも先んじる存在だったとしています。アボルヘイルに関係があるとされる詩の中から、彼の詩を抜き出すのは大変難しいことでした。なぜなら、多くの研究者は彼の詩は非常に少ないと考えているからです。
イランのこの高名な神秘主義者に関して、最も多くの研究を行った有名な現代の研究者シャーフィイー・キャドキャニー教授は、アボルヘイルの詩と、イランの詩人、とりわけ神秘主義詩人の中での彼の位置づけに関して、次のように考えています。「アボルヘイルのものとされる、これほど多くの4行詩やそのほかの詩すべての中で、明らかにアボルヘイル自身のものなのは、そのうちの幾つかに過ぎない。しかしそれでも、彼は偉大な詩人の中の筆頭に値する。彼はペルシャ語文学史の中でもっとも有名な詩人の1人で、神秘主義詩の基礎を築き、最も美しい神秘主義的な4行詩の作者である。そして彼は、イランの大詩人で哲学者でもあるオマル・ハイヤームと共に、四行詩の完成度を高めた。彼は清らかさや自由な思想を教えた、もっとも偉大な教師の一人である」
アボルヘイルは、詩人である以上に詩の愛好家で、詩とともに暮らし、多くの詩を記憶していたと考えられています。アボルヘイルの子孫が編集した彼の人物伝によれば、彼は5、6歳のころから詩を愛好するようになり、最後のときも詩とともにあったとされています。彼は、神秘主義思想を説明し、これに関して必要な教えを弟子たちに提示するため、詩を活用していました。彼が用いた詩は、たいていの場合、口語による歌か、簡素な4行詩でつづられていたため、全ての人々がその意味を理解していました。彼の言葉を集めた著作、『神の唯一性の秘密』には、このような詩が数多く収められています。
アボルヘイルには、さまざまな栄誉が与えられています。その一部は彼が人間心理に精通し、洞察力に優れていることで、これは神から与えられた才能の恩恵によります。この性質は、偉大な神秘主義者の性質の1つであり、相手の心の中に隠れているものを読み取ることです。神秘主義者によると、洞察力を持つ人は信仰からより多くの利益を得ることができるということです。洞察力は、アボルヘイルの生涯において非常によく現れています。アボルヘイルの人物伝によると、彼は子供のころから驚くべき聡明さを持っており、人々の師として導きを与えていたときにも、大抵相手が何を考えているかを言い当てることで、さまざまな人々を驚かせていました。彼はその名声の多くを、驚きに値する業績を成し遂げる人物として、自らの能力により獲得したのです。
キャドキャニー教授は次のように記しています。「アボルヘイルのもっとも大きな栄誉は人々の思考を見抜いていたその洞察力による。これにより、ほとんどの人々、とりわけ一般の人々は、彼が奇跡のような能力を持っていたと考えていた。一般の人々は、聖なる人が神の特別な恩恵を与えられていることを示す奇跡や偉大さを授かっていないとは、まず信じられなかったのだ」
アボルヘイルに従う人々は、彼の家族のほか、商売やそのほかの仕事を行っていながらも、彼を慕い、精神的な人生の原則に従う必要があるのを自覚している、彼の支持者たちでした。アボルヘイルは、入門者を神秘主義の道に導くため、10の戒律を記しました。この10の戒律は実践的な18の戒律から選ばれたもので、彼自身が修行時に守っていた事柄でした。貧しく弱い人々を助けること、宗教的な戒律を学ぶ中での余暇の過ごし方、修行の実践方法や人々に対する奉仕などが、これらの戒律の一部でした。

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