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2015/07/13(月曜) 23:50

ナッガーリー(3)、グーサーン

ナッガーリー(3)、グーサーン

前回の番組では、ペルシャ語の民俗物語のジャンルの一つ、ナッガーリーについてお話しました。ナッガーリーは、長い年月をかけて、人々の口から口へと伝えられたものであり、イランでは遠い昔から広まっていました。イランで物語を語る風習は音楽を伴うものであり、語り手は「グーサーン」と呼ばれていました。グーサーンによって伝えられた物語の中でも最も古いものは、「ヴィースとラーミーン」という物語で、アルサケス朝時代のものです。

 

グーサーンたちは、アルサケス朝とサーサーン朝の時代に特に活躍し、皇帝や一般の人々を楽しませていました。グーサーンの最大の特徴は、当時の出来事を伝えていたことです。グーサーンの養成方法については資料が残っていませんが、明らかなのは、グーサーンになる条件の一つが、演説の基本に精通していることだったということです。グーサーンについて記されたサンスクリット語の文献では、このことについて次のように記されています。「歌や音楽を作る人は、演説の方法や様々な韻律の原則の全てに精通している必要がある。また、表現の技術に長け、民族独自の語り方やそれ以外の語り方についても精通していなければならない。さらに、流れるような表現により、勝利や戦いの様子を描き出す必要がある」

フランスの学者、メアリー・ボイスは、集めた資料を根拠に、次のように語っています。「演奏家たちの存在は、アルサケス朝時代以前に遡る。ゾロアスター教の聖典アヴェスターの時代の人々は、物語によって人々を楽しませる術を身につけていた」 その昔、多くの物語が詩だったことから、それらの物語は、腕のよい演奏家たちの芸術によるものだったと言うことができるでしょう。メディア王国、アルサケス朝時代、腕のよい演奏家たちは優れた人物と見なされ、当時の出来事を解釈したり、先人たちの成功を伝えたりする人々と見なされていました。

サーサーン朝時代の多くの資料は、この芸術の繁栄を物語っています。ある書物におけるサーサーン朝の社会階級の説明の中には、次のようにあります。「詩人たちは、医師や書記、天文学者と同じ第3階級と見なされていた。当時、別の階級に移ることは不可能であったが、芸術家には家系の束縛がなかったため、容易に別の階級に移ることが可能であった。サーサーン朝の王、バフラーム・グールの時代には、演奏家や歌い手は皇帝と同じ最高の地位にあった。優れた才能を持った者は、第4階級から第3階級へと上がることもあった。演奏家は、皇帝の指示に従わなくてもよかった」

イスラム以前の口承文学は、サーサーン朝の敗北とアラブ人の勝利の後、消滅してしまいました。残っている遺物によれば、アケメネス朝とサーサーン朝の時代に記述された文書が存在し、教育を受けた書記たちが、一つの技術と見なされた書記の義務を果たしていたということです。イスラム以前の書物の一つに、空想に溢れた古い内容の「アルデシール・バーバカーンの経歴」があります。この書物は、演奏家たちの物語を集めたものです。この他、娯楽のために歌われた散文の作品、「1000の神話」は、研究者たちによれば、有名な千夜一夜物語の核となったと言われています。マニ教の作品の中にも、単発的な短編物語が見られます。当時、物語は記述されていませんでしが、語り手は優れた記憶力を持ち、それらを全てを暗唱していました。

ここからは、イランに伝わる物語をご紹介しましょう。今夜の物語は、インドの昔話、ケリレとデムネからお届けします。

昔々のこと。旅の途中で、4人の男が知り合いになりました。一人は王様の息子で、彼の言動には高潔さが溢れていました。2人目は、裕福な商人の息子で、聡明さに溢れていました。三人目は容姿端麗な若者で、誰でも彼を見た者は、その美しさに惹かれずにはいられませんでした。四人目は農民の息子で、大変な力持ちでした。彼らは旅の途中で知り合いになりましたが、当時の例に漏れず、皆、貧しく、身につけている物以外には、何も持っていませんでした。彼らは歩きながら互いに語り合いました。そうしているうちに、日々の糧を得ることについて話が及びました。風に髪の毛をなびかせながら、王様の息子が新しい友人たちに向かって言いました。「何も運命に変えられるものはない」 商人の息子が言いました。「僕は賢さや知性が最も重要だと思う。それこそ、何よりも優れているものだ。問題が起こったとき、それを解決できるのは理性や思考力だけだ」 すると、美しい若者が言いました。「でも僕は、美しさこそ、人間を助けるものだと思う。困難なときにも美しさが人間を救ってくれる」 そこで、非常に強い腕力を持った農民の息子は言いました。「君たちの言うことはもっともだが、努力も必要だ。誰でも努力をし、自分の腕で日々の糧を稼ぐ者こそが、目的を達成できる」

彼らがなおも歩きながら語り続けていると、遠くに町が見えました。彼らは、遠くにそのような景色が見えたことに喜び、町が見えたことで、再び気力を取り戻しました。しばらくして町に着きました。町に入るとすぐに、彼らは疲れと空腹を癒すために休憩することにしました。しかし、誰も金を持っていません。彼らが持っているものと言えば、身につけている衣服だけでした。王様の息子が農民の息子に言いました。「じゃあ、君の言ったことを証明する番だ。君は、全ては努力にかかっているといっていた。だから町に行って、明日まで過ごせるよう、自分の腕力で金を稼いでみたらいい」
農民の息子はそれを受け入れ、その日のために合法的な糧を稼ぎに行こうと出発しました。彼は、町の中では、そんなにすぐに仕事を見つけることなどできないことを知っていたため、町の外に行くことにしました。薪を集め、それを町で売り、その金で自分と友人たちのために食べ物を買おうと考えたのです。農民の息子はすぐに出発し、2つの大きな束になるほどの薪を集め、肩にかついで再び町に戻りました。農民の息子は町の市場に行き、一瞬にして全ての薪を売り尽くしました。売り上げ金を数えると1デルハムあったので、それでパンと食糧を買い、自分のことを待つ友人たちの許に戻りました。そして、町の門の上にこのように記しました。「1日の努力の結果は1デルハムの賃金」

その夜、4人はおなか一杯になって眠りました。翌朝は容姿の美しい若者の番でした。彼は町に行き、その日の食糧を手に入れなければなりませんでした。農民の息子は彼に言いました。「君は美しさこそ、人間を助けるものだと言っているが、その君の美しさを利用して、今日、僕たちに食糧を持ち帰ることができるかな?」 美しい若者は出発しました。町の路地を歩き回りながら、自分の言ったことに後悔していました。どうしたら金を稼ぎ、友人のために食糧を買うことができるというのでしょう。そんなことを考えているうちに、彼は疲れて木陰に座って休みました。するとだんだん、眠気に教われました。その数分後、そこを通りかかった裕福な女性が、木陰で眠っている美しい若者を見つけました。女性は、彼はこの町の人間ではないと考えました。なぜなら、それまで、彼のことを町で見かけたことがなかったからです。女性は彼に同情しました。そして、その若者の美しさを称賛し、召使いに向かって言いました。「彼をうちに招待しましょう。きっと金もなく、腹を空かせているに違いありません」

そこで召使いが美しい若者に近づき、彼を起こして言いました。「さあ、起きてください。あなたの肩には幸福がのっています。私の主人が、あなたを家に招待し、食事を取って休んだらいいと言っています」 美しい若者は、夢を見ているのかと思いましたが、再び男の声が聞こえたので立ち上がりました。すると、目の前に召使いの男が立っていました。召使いは再び、さきほどの言葉を繰り返しました。若者は神に感謝し、召使いと共に女性の家に行きました。彼は友人のもとに帰るとき、女性から受け取った500デルハムで大量の食糧を買いました。そして町の門の上にこう記しました。「1日の美しさの価値は500デルハム」

友人たちは美しい若者を称賛し、料理を作っておなかが一杯になるまで食べました。さて、この続きは、次回お送りします。

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