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2015/08/02(日曜) 20:58

イランの社会派映画の歴史(4)

イランの社会派映画の歴史(4)

前回のこの時間は、1979年にイスラム革命が勝利する前とその後のイランの社会派映画の状況についてお話しました。今回のこの時間も、イランの社会派映画についてお話してまいりましょう。

 

映画を研究する上で重要なのは、社会と映画の関係です。なぜなら映画は、社会の人々の人生を変えてしまうほどの影響を及ぼすこともあるからです。例えば、ハリウッドには、かつて、社会と映画の関係を調査する機関が置かれ、当時の映画によって社会に影響を及ぼす方法が研究されていました。

社会を包括的に捉えれば、映画は、社会の成長と教育に有益な手段として活用されるだけでなく、社会を映し出す鏡になっています。イランの社会派映画は、これまで、多くが個人的な研究に基づいて制作されてきました。そのため、数々の変化を伴って来ました。イランの映画史を見ると、社会と共に歩んできた映画もあれば、社会から取り残されてしまい、完全に誤ったイメージを提示し、誤った方向に進んだものも見られます。こうした映画の監督は、社会を正しく理解しておらず、また経験に頼って社会学的な分析を行おうとはしませんでした。こうした監督たちは、社会を表面的に捉えており、その中には真の精神が存在しません。そのため、彼らの作品をイランの社会派映画の代表作と見なすことはできません。

以前にも触れたように、イスラム革命勝利直後の映画は、社会の混乱した状況や政治問題の影響を受けており、当然、多くの映画が、イランのイスラム革命や他の国の革命についてのスローガンを持ったもので、社会について語っていました。しかし、1980年代にイランイラク戦争が始まると、このような流れはストップし、映画関係者も、他のメディアと同じように、イラクの侵略者に対するイラン国民の聖なる防衛、この強要された戦争の真実を記録しようとしたのです。

この分野で活動していた人々は、人々の間に、勇気を持って偉業を成し遂げるという英雄伝の精神を強化する必要があると考えており、この頃、制作された映画は皆、そのような見方や状況に即したものでした。しかし、戦時下の経済状況では、文化的な活動にそれほどの予算が割り当てられることはありませんでした。そのため、映画制作者や文化関係者たちは、最低限の予算によって芸術作品を創造していました。興味深いのは、この時期に、非常に優れた映画が数多く制作されたことです。それらの売り上げも、現在のイラン映画をはるかに上回るものでした。それは、当時の社会的な状況が、特別なものであり、いかなる基準によっても分析できるものではないということを示しています。研究者たちは、イラン映画が最盛期を迎えたのは1980年代のことであり、イランの歴史に残る映画の多くは、この時期に制作されたと考えています。

1988年のイランイラク戦争の終結後、イラン映画は、恋愛を盛り込んだ社会派メロドラマへと向かい、それと共に、コメディ映画も人気を集めました。この頃、映画は大きな繁栄を遂げました。社会派映画は、スターの養成に向かい、それによって、若いスターが次々に生み出され、それが観客の動員につながりました。例えば、ベフルーズ・アフハミー監督の映画、「花嫁」に出演した俳優は、革命後初の映画スターとなりました。

その後、イランの社会派映画は、新たなアプローチにより、社会的な出来事を取り上げ、恵まれない人々の問題に注目した作品が増えていきました。ラフシャーン・バニーエッテマード、ラスール・モッラーゴリープール、アスガル・ファルハーディといった監督は、イランの社会派映画の発展に貢献した人たちです。彼らの作品の中では、貧困、麻薬中毒、女性の問題などが、社会的な弱者の立場から捉えられています。これらの作品の多くは、研究や調査に基づいて制作されたものであり、中には、ほぼドキュメンタリーに近い作品もあります。

イランの評論家、トゥースィー氏は、これについて次のように語っています。「イランの社会派映画は、革命後、注目に値する発展を遂げたが、誤解されたり、時に不信感を抱かれたりすることもあった。また一時期、非常に保守的な見方も存在し、社会的な問題に近づくことが妨げられたこともあった。だが、社会問題に関しては、経済、教育、文化の観点から論理的な回答を見出す必要があることを、私たちは受け入れなければならず、私たちの義務は、こうした社会問題を認識し、その害悪を防ぐことである」

トゥースィー氏は続けてこのように語っています。「文化と芸術の役割とは何だろうか? そうした問題を解消し、歴史的に正しい状況を提案する以外に、別の責務を考えることができるだろうか? 短期間で文化や芸術の関係者たちが互いに信頼感や共感を抱き、こうした問題を解消し、より理想的な状況を生じさせるためには、慈愛に満ちた見方が必要である。とはいえ、そのためには、スローガンを唱えるだけでなく、その作品に、社会の影響を考え、正しく分析することを加えるべきである。もしそれが実現すれば、明らかに、社会派映画はより高い地位を得るようになり、イランの社会派映画の制作者たちは、成功の頂点へと至ることだろう」

こうした中、イランの社会派映画は様々な出来事を経験し、大衆受けを狙うあまりに、本来の目的から遠ざかってしまうこともありました。こうして、根拠を持たない人々の考え方が、一部の社会的な物語を誤った方向へと導き、観客の満足のみを考えたような映画が公開されるようになりました。映画のラストに道徳的なメッセージが盛り込むことだけに満足していること、様々な出来事や人々の関係について非現実的な姿が描かれていること、これらが、こうした映画の最大の特徴であり、実際、社会派映画の地位を揺るがし、こうした作品の製作者たちを、質を重視せずに売り上げだけを考えて互いに競争するようになりました。

イランの社会派映画は、近年、困難を乗り越え、国内外で注目に値する成功を収め、多くの観客を動因しています。この種の映画の製作者は、今日、イランの人々の社会的な問題に注目するだけでなく、他のどの場所にいたとしても、巻き込まれる可能性のある問題を扱っています。そのため、イランの社会派映画は、世界でも高く評価されているのです。その例が、「ナーデルとスィーミーンの離婚」です。この映画は、昨年、世界的な評価を受け、アカデミー賞の外国語映画賞を獲得し、日本でも「別離」というタイトルで公開されました。この映画を制作したアスガル・ファルハーディ監督は、比較的若い監督の一人で、社会問題を厳しい視点で見つめています。彼の制作した、およそ全ての映画やテレビドラマは、社会問題を注意深く見つめたものとなっています。それにより、彼は、イランのみならず、世界において、社会派映画の監督として知られているのです。

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