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2015/08/12(水曜) 21:34

ナッガーリー(4)

ナッガーリー(4)

今回もペルシャ語の民族文学のジャンルの一つ、ナッガーリーについてお話してまいりましょう。

 

イランでは、はるか昔から、音楽と詩の融合が見られ、皇帝や一般の人々のために、歌や音楽と共に物語を語る人々がいました。このような優れた楽人たちは、初めはグーサーンやホンヤーギャルと呼ばれていました。グーサーンたちは旅芸人として町を回り、物語や詩を語り聞かせていました。アケメネス朝とサーサーン朝時代、物語の語り手や演奏家は非常に重視され、「アルデシールバーバカーンの経歴」や、「1000の伝説」といった書籍は、イスラム以前の最も重要な作品と見なされています。サーサーン朝時代、物語の語りは一つの職業であり、このときから、少しずつ、偉大な物語作品が生まれていきました。シリア語に翻訳され、アヌーシールヴァーン王に進呈されたと言われる、恋愛物語「ヴァーメクとオズラー」という物語は、イランがアラブ人に征服される前、2種類の文学を有していたことを示しています。一つは、韻文、一つは散文で、それらによる書物は非常に数多く存在しましたが、そのほとんどが今は失われてしまっています。

アヴェスター語、ソグド語、パフラヴィー語の文書には、民族的な伝説が数多くありますが、登場人物の関係が曖昧です。これについて参照できる重要な文献は、「ボンダヘシュ」と「ディーンキャルド」の2つです。ボンダヘシュは、パフラヴィー語の重要な歴史書、宗教書であり、サーサーン朝時代から残っているもので、最終的にまとめられたのは、9世紀のことでした。この本の中には、サーサーン朝時代までのイランの歴史や地理に関する情報がのっており、英語、ドイツ語、フランス語に翻訳されています。この本の中では、イランの古い神話とイスラム期の伝説が融合され、それらを分けるのは非常に難しくなっています。しかし、研究者たちは、古い資料をもとに、一部の物語の手がかりを見つけることが可能です。イランの英雄叙事詩・シャーナーメにあるフェルドゥースィーの物語のほとんどは、イスラム以前に関するもので、ボンダヘシュは、イランの大詩人フェルドゥースィーが、シャーナーメを書く際に参照した資料のひとつでした。ディーンキャルドも、9世紀にパフラヴィー語で記され、イランの伝説に関する情報を提供しています。

物語の語り手たちと伝統の関係は非常に重要なものです。物語を語るナッガールは、民族独自の伝統を保護する役目を担っていました。彼らは詩を暗誦し、それを口から口へと伝えていました。物語を語る方法は、イスラム後に現在の形に変化し、宗教的なナッガーリーと宗教的な要素のないナッガーリーの2つのグループに分かれました。宗教的な要素のないナッガーリーは、実際、他の文学ジャンルのナッガーリーで、その多くは英雄物語のナッガーリーとして知られています。イスラム以前、アルサケス朝時代に書かれた韻文の作品であるヴィースとラーミーンのような文学ジャンルは、ナッガーリーの形で提示された物語のひとつです。ヴィースとラーミーンの原作はパフラヴィー語で、その後、現代ペルシャ語の韻文になりました。ナッガールは、物語を語る上で最小の間違いもなく、様々な出来事を次から次へと語っていき、聞き手の興味をひきつけます。

ここからは、イランに伝わる物語をご紹介しましょう。今回の物語は、前回に引き続き、インドの昔話、ケリレとデムネから、4人の男たちのお話です。

前回もお話したように、4人の男が旅の途中で知り合いになりました。一人は王様の息子、2人目は商人の息子、3人目は容姿の整った男性、4人目は腕力の強い農民の息子です。彼らは皆、貧しく、それぞれが日々の糧を稼ぐことに関して、それぞれの理想と主義を持っていました。彼らは空腹を抱え、疲れ切った頃に町につき、町の近くに滞在場所を決めました。それから、毎日、自分の主義にそって、町に行き、他の友人たちのために日々の糧を稼ぐことになりました。一日目は、日々の糧を稼ぐには、努力と労働だと考える農民の息子の番でした。彼は町のはずれに行き、まきを集め、それを町に持っていって1デルハムで売り、その売上金で友人たちのために食べ物を買いました。彼は町の入り口の門にこう記しました。「1日の労働の結果は1デルハム」

2日目は容姿端麗な若者の番でした。彼は美しさこそ、人間の役に立つものだと考えていました。彼は町に行きましたが、仕事は見つかりませんでした。しかし、裕福な婦人の目にとまり、彼女からもらった500デルハムを持って友人の許に帰りました。この若者は、町の門にこう記しました。「1日の美しさの対価は、500デルハム」 さて、物語の続きです。

3日目に入りました。今度は商人の息子の番でした。友人たちは彼に言いました。「今日は君の賢さによってもてなされる日だ。君が言った通り、賢さと知性に匹敵するものはない。さあ、その主張を証明し、知性によっておいしい食事にありつかせてほしい」
商人の息子は町に向かいました。彼は海岸を歩きながら、自分に任された使命について考えていました。すると、遠くの港に停泊する大きな船が見えました。その船には、値段の高そうな商品が積んでありました。彼がそこに近寄っていくと、数人の町の商人がいました。彼らは互いに陰謀を企て、船の中にある商品を非常に安く買おうとしていました。みんなで一緒に低い価格を提案し、その商品の持ち主が、その値段で売らざるをえなくなるように仕組むことにしたのです。彼らはみんなで一緒に売り手のところに行き、自分たちの値段を提案しました。しかし売り手は受け入れませんでした。商人たちは言いました。「私たちの値段はこれ以上、上げられません。今のところはこの辺にして、もう少ししたら戻ってくることにしましょう。もしかしたらそのときには同意してくれるかもしれませんから」

このときの一部始終を見ていた商人の息子は、商人たちが去っていくと、商品の持ち主のところに行き、言いました。「私がそれら全てを、彼らが提案した値段よりも高く買い取りましょう。つまり、10万デルハムで買い取ります。ただし、その代金は、昼まで待ってください」 商品の持ち主はそれを受け入れ、商品を商人の息子に引き渡しました。それから1時間後、先ほど交渉をしていた商人たちが戻ってきました。彼らは、商品の持ち主が、自分たちの希望する値段で売らざるを得なくなるのを期待していましたが、その意に反し、商品を全部、売り払ってしまったことを知りました。商人たちは、一体誰が買ったのかと知りたがりました。そのとき、一人の若者が名乗り出て、「商品を20万デルハムで売る、もし買いたくなければ、別の町に行って売るつもりだ」と言いました。商人たちは仕方なく、その値段で商品を買い取りました。若者は10万デルハムを売り手に渡し、残りの10万デルハムを利益として手にしました。そして、食糧を買い、友人たちの許に急ぎました。彼は町の門のところにこう記しました。「1日の知性の対価は、10万デルハム」
友人たちは皆、この賢い男を称賛し、その日は翌日まで皆で楽しく過ごしました。

4日目が始まりました。今度は王様の息子が、町に行って友人たちのために食糧を持ち帰る番でした。友人たちは王様の息子に言いました。「君は、運命こそ、何にも優るものだと言っていた。だから今日は町に言って、君の運命を試してきたらいい」 王様の息子は友人たちに行って来るよと言い、町に向かいました。偶然にも、その日の朝、町の王様が亡くなり、兵士や人々が、埋葬式を行うため、王様の特別な墓へと向かっていました。王様の息子は、目的もなく、その集団についていきました。人々は皆、嘆き悲しんでいましたが、王様の息子は何の感情もわかずに、ただ彼らを見ていました。その町の王様がなくなったことは、彼にとって何の意味もなかったからです。王様の息子は、今日の食糧をどのように稼ぐかだけを考えていました。そのとき、王様の息子が悲しそうにしていないのを見た兵隊の隊長が、腹を立てながら彼に近づいてきて言いました。「おい、お前は一体何者だ? なぜこんなに悲しい日に涙一つ見せず、王様に敬意を払おうとしないのだ? きっとお前はスパイだろう」 それから、数人の役人に彼を捕らえるよう命じ、王様の息子は手足をしばられて投獄されてしまいました。

翌日、長老たちが集まって、亡くなった王様の後継者を選ぶことになりました。亡くなった王様には王座を継がせる息子がいませんでした。そのため、自分たちの中から誰かを選び出さなければなりませんでした。しかし、誰が提案されても、そのたびに皆、あらゆる口実を設けては誰かが反対しました。少しずつ、彼らの言い争いが激しくなり、とうとう宮殿に大きな声が飛び交い始めました。そのとき、前日に若い王様の息子を捕らえた兵隊の隊長が部屋に入ってきました。隊長は長老たちに言いました。「この議論は、なるべく静かに秘密裏に行った方がいいでしょう。なぜなら、昨日、王様の埋葬式でスパイを捕らえたからです。今は宮殿の牢獄にいます。あなたたちの騒ぎ声が彼の耳にも届いてしまいます」

 

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