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2015/08/19(水曜) 20:00

創造の世界

創造の世界

今回の番組でも、学者や宗教学者が神の存在を証明するために提示した様々な理由についてお話してまいりましょう。

 

思想家たちは神の存在を証明するために、生命の世界は、最初は存在せず、ある時から始まった現象である点を強調しています。言い換えれば、創造の世界はもともとあったものではなく、ある時期に創造されたのです。これについて証明するために科学の世界を訪れることにしましょう。

物理学には、世界は寿命があり、それが尽きるとすべての原子は分解、破壊される、という原則があります。この原則を用いることで、物質世界の寿命は永遠ではなく制限されている、という結論に達することができます。ここで、次のような疑問が浮かんできます。限りある命を持つものは最初から存在したのでしょうか?

老いや消耗の原則により、年月を重ねれば、多くの原子は分解されていきます。例えば太陽は一日におよそ3千億万トンの重量を失います。つまり毎日この太陽を形成する物質を原子の分解により光と熱のエネルギーに変えているのです。明らかに、この状況の継続は、太陽の完全な消滅とすべての物質のエネルギーへの変換につながるでしょう。とはいえ、エネルギーへの物質の恒久的な変換は、太陽に限られず、世界を構成しているすべての物質はこうした特徴を有しています。つまり、次第に分解、崩壊され、エネルギーに変わっていくのです。これ自体、世界を構成している物質が遠い時代、あるいは近い時代に生じたもので、ある一定の期間が過ぎた後に消滅するものなのである最高の理由です。言い換えれば、世界のエネルギーは消滅しつつあるものなのです。つまり次第に非活動的な形に変わっていくのです。

簡単な例を挙げて、この問題を説明してみましょう。お湯の入った大きな容器が部屋の中央に置いてあります。お湯の温度は周りとは異なっていることにより、この容器は活性化エネルギー源となります。つまり周囲の空気を暖め、上部に持っていくのです。その後、周囲の冷たい空気がその場所に入り、空気の整然とした流れが容器の周囲やその上部に作り出されます。しかしながらエネルギー源が周囲の環境に自らの熱を伝え、次第に冷めると、空間のすべての温度が一様になる時が訪れます。このとき、容器は死んだエネルギー源の形で現れます。太陽、宇宙空間、その他のエネルギー源もまたこれと同じです。時間の経過により、そのエネルギーを失い、現在の活動の代わりに死に向かう単調な動きをとります。それがまさにエネルギーの寿命が尽きる日なのです。

いずれにせよ、人類の最も正確な科学データに基づけば、この世界には終わり、終点があります。消耗や原子の分解の原則はこの世界に終わりがあることを裏付ける最高の証拠です。明らかに終わりのあるものには必ず始まりがあります。こうして物質世界は創造されたものだという結論に達します。なぜなら私たちが目にしてるものはもともとあったのものではなく、後に生じたものだからです。世界は初めは存在せず、後に生じたというとき、それはある原因がそれを生じさせたということを意味します。このため、原因、それを生じさせるものが必要となります。これに関して、物質主義の思想家と宗教家の間に、意見の相違はなく、世界には起源があり、その存在はそれ自体から起こっているとしています。しかしながら、物質主義思想は、起源あるいはもののおこりを物質、宗教思想はそれを神だとしています。その結果、永遠の源の存在を信じることは、宗教と物質主義の間の共通の事柄となっています。こうした中、この2つの思想の違いは、もとの源が知性や見識を有しているのか否かという点です。

物質主義者はこの世の起源を物質だとしており、それを知性や理性のないものだとしています。その一方で、宗教を信仰する者たちは、世界の起点は、英知、尽きることのない知性を有しているとしています。神を信仰する者たちの論理では、物質には自分自身を創造する力はありません。さらに、自らを支配する法規を設けたり、特徴を自らに与えたりといった能力もありません。創造は明らかに、以前から生じていた、永遠の非物質的な要因によって行われたのです。

それは創造の力を有し、物質を作り出すことのできるもので、物質世界の特徴を知り、それを物質的な現象に与えることができます。創造の驚異についての調査もまた、非物質的な要素が私たちの想像の域を超えた知性を有し、こうした驚異を創造し、その法規を調整しているという事実を物語っています。

ここで、創造の驚異についての事例を再度取り上げましょう。物質はある時消失する現象としてこの世界を創る要因となりえるのでしょうか?人間の目の構造と眼球の水晶体、網膜、瞼は目の創造主が光の反射や水晶体に関する物理的な法則を完全に熟知していたことの証明にはならないでしょうか?人間の血液の構造を見ても、完全に多様な金属から計算されて作られていることがわかるでしょう。その中でわずかにでも変化が生じれば、人間の生命システムに混乱が生じてしまいます。これ自体、その創造主が化学的な組成やそれぞれの金属の特性を完全に知っているということの確かな現われです。人間、動植物の体の細胞の構造は、複雑で神秘に溢れていると同時に、優美で正確なものであり、人間や動植物の生態学に関するすべての法則を熟している要因によるものです。太陽系の惑星の質量、距離、動く早さの間にある特別な関係性は、この偉大なシステムを生じさせたものが、引力と遠心力の法則をすべて知っていることを表しているのです。

このことから、この世界の存在物の中にはそれぞれ、最も小さな粒、つまり原子から、最も大きな銀河まで、驚くべき正確さと秩序が用いられており、それは創造主が世界のすべての法則や秩序を熟知している証です。つまりこの世界は英知ある存在により作られ、その性質には無というものはないのです。

概して、人間を神を知ること、生命への正しい理解に導く道はたくさんあると言うべきでしょう。このため、この目的に達しようとする人は自身の思考能力に従って、様々な方法を研究することで、創造主の存在の理由を見出すことができるでしょう。思想家は推論や知的な方法で、神秘主義者は発見、直観的な方法で、一部の人たちは本能や内面的な方法で、誰もが神を理解するのです。この方法において必要な唯一の事柄は、注目、思考、探求、そして真実の理解です。

神を知る方法はそれぞれが論理的で価値あるものであり、知性の下地や神への信仰を人々の中に生じさせます。しかしながら実際、神を知る最良の方法は、人間をより簡単に、より確かに信仰に向かわせることです。このような歴史物語があります。「糸を紡いでいる老女に、神をどのように知れば良いかと尋ねました。彼女は少し考えて、小さな紡績の機械を止めて言いました。「私がこの輪を動かさなければ動かぬ。この世界にも輪を回すものがいる。その輪はその回し手によって作られたのだ」

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