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2015/08/23(日曜) 19:49

プーラーン・デラフシャンデ監督

プーラーン・デラフシャンデ監督

これまでの番組では、イランの社会派映画についてお話して来ました。今週から、イランの社会派映画の監督をご紹介していくことにいたしましょう。

 

イランの映画制作者で女性研究者のプーラーン・デラフシャンデは、1951年、イラン西部のケルマンシャーで生まれました。彼女は1979年のイスラム革命前に映画を学び、まもなくテレビで活動を始めました。その当時、彼女は「ペスト」というこの危険な病気に関する映画を手掛け、その後、イランの地方音楽や各地の伝統行事に関する作品を制作しました。彼女は、テレビでの活動を行っていた際、女性や雇用、クルドの伝統工芸に関するドキュメンタリー番組を監修し、これらはテレビのドキュメンタリー分野で優れた作品と見なされています。

デラフシャンデの眼差しは常に社会問題に向けられていました。イスラム革命の直後にも、この分野を追い求め、自動車工場の経済の停滞を描いた『車輪が回る』というドキュメンタリー映画を制作しました。また、『ショウキャラーン』という、女性、男性、子供の麻薬中毒と、その予防策、さらには麻薬密輸の問題を取り上げた17話から成るドキュメンタリー作品も制作しています。
デラフシャンデは、これまで9本の映画を監督しました。彼女はこれまで、国内の映画祭で数々の賞を獲得し、イタリア、アルゼンチン、北朝鮮の映画祭でも受賞しています。

プーラーン・デラフシャンデは、革命後の映画の健全な空気を作り出すことによって、映画監督として活動した女性の一人で、その初めから、社会問題、家庭や社会における青少年の問題に注目を寄せていました。彼女は、社会派映画は、青少年時代の問題を扱う最も効果的な手段、社会レベルでのこうした問題を取り上げるための下地であると見ています。

映画におけるデラフシャンデの活動は、1986年の『関係』というメロドラマの制作によって始まりました。物語は、耳の不自由な少年の人生における不安とその周囲の人々との関係について描かれており、大規模な調査・研究により、様々な事柄が提示され、観客を考えさせる作品となっています。この少年の教師の影響力のある存在が、映画の評価点の一つとなっており、映画と観客の間の関係作りにおいて重要な役割を果たしています。

デラフシャンデは、この映画が成功裏に上映され、観客の支持を得ると、『幸福の小鳥』を監督しました。この映画は、精神的なショックから、話すことができなくなった少女の物語で、彼女はある教師の努力によって、通常の生活に戻ります。この映画の優れた点は、主人公の少女の演技です。これは彼女にとって初めての演技であり、賞賛に値するものとなっています。

『埃の中を通って』と『失われた時』は、このあとに制作されたデラフシャンデの作品であり、その中では感情的な要素への傾倒が強く見られ、この傾向が、ある程度この作品にダメージを与えています。彼女はその後、侮辱的な反イラン映画に対抗して、『国境なき愛』という映画をアメリカで制作しました。デラフシャンデは、その映画の中で、移住後、文化的な違いのために多くの問題に直面し、麻薬密輸グループに撒きまれていく家族の関係を描いています。

デラフシャンデは、ほぼすべての作品において、社会や若者に関する問題を取り上げています。彼女は、『風の中の蝋燭』と『ずぶ濡れの夢』という二つの作品の中で、家出した若者のグループの間で蔓延る麻薬の問題を扱っており、社会学者に解決策の提示を呼びかけています。デラフシャンデは、次のように語っています。
「社会派映画は、人間の尊厳と現実を述べるものであるにもかかわらず、残念ながら時々、こうした事実を語る際に様々なタブーがあり、それらに近づいたり、それを破ったりすることによって、私たちはレッドライン・譲れない一線に直面する。しかしながら、社会派映画は問題に近づき、社会の合間に隠れている大きな問題を掘り出し、それが極めて危険なものであること、それらの解決のために策を講じるべきであることを示す機会となるべきである」

デラフシャンデは、自身の作品の中で、麻薬中毒などの問題を辛らつに語っており、この調子は、彼女の作品の影響力を高めています。例えば、『風の中の蝋燭』という作品には、3つの社会階層に属する3人の若者が出てきますが、彼らは麻薬中毒におかされており、法に反する行動をとり、自信を傷つけるだけでなく、社会の害悪となっています。彼らの過去を見ていくと、その一連の行動が家庭の不安定な状況と、社会の犯罪グループとの関係にあることがわかります。私たちは、実際、犠牲者としての彼らに対し心を痛めるのです。デラフシャンデは、これについて次のように語っています。
「大都市の生活は、大きな社会的害悪を伴っている。映画は、一つのメディアとして、この社会的害悪に耳を傾け、その一部を映像にすることができる。映画や映像メディアは、市民の文化の向上に効果的な役割を果たし、建設的な見方によって、市民が都市空間の生活とその周囲の環境に注意深くなり、社会の法規を守るような状況を整えることができる」

プーラーン・デラフシャンデは、社会派映画の制作によって、国内映画の強化を促した制作者の一人です。彼女は次のように語っています。

「私は、制作されるすべての映画は、その国の国民としてのアイデンティティーに基づくべきだと考えている。映画、文化、文明、文学、慣習、宗教、すべての教義や教育の特徴は、その中に世界の一部を含んでおり、こうした場合、他の国の人々にとっても魅力的な芸術として提示されることができるだろう。公正や平等、支援、友愛といったことを語る際には、実際、人生の意味について語っているのであり、この意味は、あなた方の国の人々の視点から、映画という手段を通して、他の人々に移転されるのである」

デラフシャンデは、自らの映画制作において、社会的な責務のモデルに従い、社会問題を調査することで、家族の基盤を脅かす危険について伝えようとしています。この方法は、苦々しい現実を語っているにもかかわらず最も良好な形で、表面的なスローガンを伴うことなく、希望の光を与え、改革の道において歩みを進めることはそれほど困難なことではないと、伝えています。

プーラーン・デラフシャンデの作品に共通するのは、彼女が家庭環境の中で社会的、心理的な内容を提示していることであり、これらの作品はある意味で、家族制度の社会的な損失を知るもの、あるいは家庭の社会的な心理を知るものであると言うことができるでしょう。彼女の映画制作の経歴は浮き沈みを伴うものですが、いずれにせよ、確固たる本質を維持しています。
彼女の最新作『少女たちは叫ばない』は、迷信にとらわれ、それから解放されようとする年若い少女の物語です。この映画は子供ではなく、大人に向けられたものとなっています。

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