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2015/09/01(火曜) 18:34

困窮している人への支援や親切

困窮している人への支援や親切

今回は、イスラム的な生活様式における、困窮している人への支援や親切についてお話することにいたしましょう。


前回お話しましたように、他人に親切にすることは、本質的、常識的な行動として、すべての人々に認められています。特にイスラムをはじめとする啓示宗教は、この美しい行動を非常に重視しています。本当の信仰心を持つ人や善意ある人は、いつの時代においてもこのよい道徳を身につけるよう努力してきました。神自身も、創造世界を善良なものとして位置づけており、人類を寛大に赦すとともに、人類にもこうした善良な人間となるよう求めています。

全ての社会は、1つの大家族のようなものであり、彼らの間の主要なつながりは愛情や感情により成り立っています。彼らを集め、つなぎ留めているのはまさに、人々の愛や優しさ、親切な行動なのです。もっとも、誰もが他人に親切にしたいという傾向を持つわけではありません。他人に親切にしたいと思う人は、信仰心という性質を持っているか、恵まれない人々の苦しみを知っている人です。明らかに、他人の痛みを理解できない人は、他人の痛みを和らげようと考えることはありません。ですが、恵まれない人々の苦しみを体験した人は、常に他人のこうした苦しみを和らげたり、解消することに努力します。このため、シーア派7代目イマーム・カーゼムは、次のように述べています。
「困難や苦しみを味わったことのない人にとって、善行や親切には価値がない」

イスラムでは、どのような思想や法律よりも、社会的に弱い立場にある人々を支援し、その物質的、精神的なニーズを満たすことが奨励されています。また、イスラムの伝統やその他のイスラム法源でも、恵まれない人々に幸福を与えるのは社会である、という指導が数多く行われています。イスラム社会では、互いにニーズを満たしあうことがすべての人々の義務とされています。即ち、イスラム社会の人々は皆、巨大な組織の一部であり、この社会を形成する人々は、自分の生命や幸福を維持する責務があるとともに、他人に対する責務も請け負っているのです。
イスラムは、困窮している人々のニーズを満たし、問題を解消することを基本的な計画の1つであるとしており、この重要な計画を実行する人の現世と来世における報奨に触れるとともに、全ての人々は能力に応じて責務が定められているとし、他人のニーズを満たす方法について述べています。イスラムでは、救貧税や、ホムスと呼ばれる5分の1税などの金銭的な義務に加えて、裕福な人々の義務が別途に定められています。このため、裕福な人々に対しては、必要或いはそれに近いニーズを満たした後には、無駄遣いをやめ、自分の持っているものを、弱者のために使うことが奨励されています。

コーラン第65章、アッタラーグ章、「離婚」第7節では、恵まれない人々を助けることの必要性について、次のように述べられています。
"莫大な富を有する者は、施しを行うべきである。また財力の乏しい者は、神がその人に与えたものの中から施せばよい。神は、その人が与えられた能力以上のものを求めることはない。神は、困難の後に安らぎを授けられる"
また、コーラン第2章、アル・バガラ章、「雌牛」第273節では、社会における恵まれない人々について知る必要性と重要性について、次のようにあります。
"あなたがたの施しは、神の道において困窮した状態に置かれている、恵まれない人々のためでなければならない。彼らは、移住や聖なる戦いのためにそれほど収入がなく、旅をして財産を手にすることができない。また彼らは非常に控えめであることから、知らない者は彼らは不足を感じていないと考える。あなたがたはその表情から察しなければならない。彼らは、しつこく人びとに施しを求めない。あなたがたが神の道においてよいものを施せば、神は必ずそれを熟知されておられる"

預言者ムハンマドとその一門が、他人への支援や彼らのニーズを満たすことについて述べている伝承からは、恵まれない人々を助けることの必要性や重要性が分かります。これについて、預言者ムハンマドは次のように述べています。「信者たちは、互いに兄弟である。彼らのうちの一部は、他の人々の必要を満たし、神もまたその人たちの必要を満たしてくださる。信者たちの行動のうち、最高の行いの1つは、誰かが敬虔な人を喜ばせ、或いはその人の空腹を満たしてやり、悲しみを吹き払い、借金を肩代わりし、その人に衣服を与えることである」
コーランの節や数々の伝承において論証されているように、宗教上の同胞や恵まれない人々のニーズを見たし、問題を解消することは、イスラム的な生活様式における1つの価値観や一般的な文化となるものです。このようにして、全ての人々は困窮している人々のニーズを満たすよう努力します。これについて、シーア派初代イマーム・アリーは、教友クマイル・イブン・ズィヤードに対し、次のように述べています。
"クマイルよ、自分の家族に対し、高潔さを身につけるよう努力し、暗い夜であっても人々の必要を満たしてやり、彼らの問題を解消するよう指示せよ。神に誓って、災難や困難に遭遇したときに、速やかに支援すれば、神はその善行を財産とし、そうでなければ、神は誰にも喜びを与えることはない"

イスラム文化における恵まれない人々を助ける方法の一つは、社会的な助け合いです。こうした助け合いは、イスラム社会の構成員である信者により行なわれ、全ての人々が自分のできる範囲で、他の人の必要を満たし、宗教上の同胞をいたわり、親切にするのです。このような助け合いは、コーランやその他のイスラム法学の文献にも述べられており、その例として自発的な献金や他人への親切、献身が挙げられます。こうした原則に基づき、裕福な人々の資産が減り、貧しい人や恵まれない人への支援が行われたり、或いは公共の利益のために消費され、富が一部の人々のみに偏ることなく、公平に分配されることになるのです。その結果,社会に同胞の精神や親密感が生まれることになります。全体的に、イスラムは社会における貧困の撲滅に向けた努力を一般的な責務と見なしており、貧困撲滅という考え方や、飢餓に苦しむ人の空腹を満たすことを、その原則の1つとしています。
イスラムは、恵まれない人や社会的に弱い立場にある人を助けるべきだと述べるだけでなく、ほかの人々にもこれを奨励するよう呼びかけ、貧困や災いをなくすための人々の行動の基盤を築き、恵まれない人々に救いの手を差し伸べる運動を起こすのです。これに基づき、コーランは宗教を否定する人の特徴の1つとして、貧しい人々や恵まれない人々の状況に無関心であることを挙げており、第107章、アル・マーウーン章「必需品」、第1節から3節において、次のように述べています。
"あなたは、宗教を否定する者を見たか。その人こそは、親のいない子どもを冷たくあしらい、また貧者に食物を与えることを勧めない者である"

このことから、本当のイスラムに対する信仰心に目覚めた人なら、決して貧しい人や恵まれない人の状況に無関心ではいられないといえます。。信仰心とは、人間の内部に燃え盛り、無頓着や無関心の原因を根絶する炎のようなものなのです。

 

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