このサイトは更新されていません。新サイトはこちらです。 Parstoday Japanese
2015/09/15(火曜) 21:40

イスラム教徒が他人と付き合う方法(1)

イスラム教徒が他人と付き合う方法(1)

今回のこの時間も、イスラム教徒が他人と付き合う方法についてお話することにいたしましょう。前回まで何回かにわたり、近隣の人々や病人、恵まれない人々への対応の方法について説明し、イスラムの教えがこれらの人々へのいたわりを強調していることについてお話して参りました。


今回は、イスラム的な生活様式における、イスラム教徒でない人々への対応の方法についてお話することにいたしましょう。

イスラムは、優しさと愛情の上に成立している宗教であり、社会関係においてこのことを強調しています。この重要な原則は非常に強調されており、イスラム教徒でない人々もイスラム教徒の優しさや親切を受けるべきだとされています。イスラムは、他人の権利の尊重、ほかの宗教の信者をはじめとする全ての人々に善良に振る舞うこと、平和的共存を指示しています。このことは、イスラム社会やイスラム体制のもとで暮らしている人だけでなく、それ以外の人々にも適用されます。イスラムは、その出現当初から、平和共存のスローガンを掲げて、そのメッセージを世界の人々にアピールしてきました。これについて、コーラン第3章、アール・イムラーン章、「イムラーン家」第64節では、啓典の民に対し次のように呼びかけています。
"言うがよい。「啓典の民よ、我々とあなた方の間の共通の言葉のもとに集え。我々は、神以外のものを崇めず、何ものをも神と同等のものと見なすことはない。また、我々は神を差し置いて、他のものを神として崇めることはない」 それでももし、彼らが背を向けるならば、言うがよい。「我々が、神に服従し背かないことを証明せよ」"

預言者ムハンマドやイスラムの先駆者たちが、ほかの宗教の信者たちとの平和共存をこれほど奨励していることは、イスラムがイスラム教徒以外のいずれの人々とも決して戦争をすることなく、また彼らを排斥しないことを示しています。イスラムの先駆者たちが、イスラム教徒以外の人々との関係について奨励していることとは、公正さ、平等の原則を守ること、彼らの権利を尊重すること、ほかの宗教の信者を苦しめないことなどです。もっとも、彼らが約束違反や裏切りといった行動に出た場合はその限りではなく、イスラムはこれに断固たる態度をとり、騒乱を鎮圧するよう指示しています。これについて、コーラン第3章、アール・イムラーン章、「イムラーン家」第99節には、次のように述べられています。
"言え。「啓典の民よ、あなたがたは何故神への信仰心に目覚めた人々を神の道から遠ざけ、この道を捻じ曲げようとするのか。あなたがたはこの道の正しさを示しており、神はあなたがたの行いを知っておられる"

シーア派初代イマーム・アリーは、エジプトの為政者に任命されたマーレク・アシュタルに宛てた書簡の中で、次のように述べています。
"もし、あなたと敵との間に契約が結ばれた、或いは、その敵に保護を与えるという約束をしたならば、その約束を守り、その契約により自らを守るがよい。なぜなら、世界の人々はあらゆる対立を抱えており、約束を守ることといった宗教的な美徳のいずれをめぐっても、こうした意見の一致が見られないからである。イスラム教徒に加えて、無明時代の多神教徒たちでさえも、これを守っていた。なぜなら、約束を破ったことの結果を身をもって体験していたからである。このため、決して約束を破ってはならず、約束違反を許してはならない"
イマーム・アリーはさらにマーレク・アシュタルに宛てた別の書簡において、次のように強調しています。
「マーレクよ、優しい人であれ。慈愛の眼差しで、人々を見よ。獰猛な猛獣のように彼らの命や財産を奪ってはならない。あなたの兄弟たちの命令は、イスラム教徒というあなたの宗教上の兄弟か、或いは別の宗教の信者ではあっても、あなたと同じ人間に対するもののいずれかであるからだ」

イスラムは、啓典の民をイスラムと一神教信仰にいざなう際に、礼儀を守り、敵対や頑なさ、不貞を避けて、言葉遣いに気をつけることに特別の注意を払っており、信者たちに対し、口論を避けるよう求めています。これについて、コーラン第29章、アル・アンキャブート章「蜘蛛」、第46節では次のように述べられています。
"また啓典の民と議論する際には、抑圧的な態度をとらなければ口論すべきではない。そして言え。「わたしたちは、自分たちとあなたがたに下されたものを信じる。私達の神とあなたがたの神は、いずれもアッラーであり、同じである。わたしたちはかれに従っている」
コーランのこの節では、啓典の民をいざなう方法について触れ、預言者たちに対し、最も素晴らしい態度で話し合うよう求めています。コーラン解釈の専門家の見解では、最もよい方法の議論とは、相手に敵意を抱かせたり、遠ざけるような方法や、相手の自尊心を傷つける言葉遣いを避けて、双方が真実を明らかにすることなのです。

預言者ムハンマドの言動は、イスラム教徒でない人々への対応においても、イスラム的な生活様式における最高の見本です。イスラムを信じていない人に対する預言者ムハンマドの言動に視点を投じてみると、イスラム教徒でない人々への理知的な対応が見えてきます。しかし、ここでは、そうした彼の言動に触れてみることにいたしましょう。
啓典の民に対して預言者ムハンマドは寛大に接していました。一部の人々が預言者ムハンマドやイスラム教徒に対し恨みの感情を抱いたり、妨害を行ったにもかかわらず、彼はそうした人々の宗教上の自由や人権をも尊重していたのです。預言者ムハンマドは、イスラム教徒でない人々による嫌がらせや中傷を受けながらも、神に対し彼らの権利が守られるよう祈り、そうした人々を幸せに導くよう求めていました。
預言者ムハンマドの目的が、戦争や敵対ではなく、人々へ指導だったことから、この道においては彼の忍耐が大いに示されました。彼は、多神教徒を導く際に数多くの嫌がらせや醜い対応にも遭遇しました。しかし、預言者ムハンマドはそれでも、多神教徒たちへのいざないを止めることなく、精神病の患者を癒す、同情心に溢れる医師のように彼らのもとに足を運んだのです。これについて、イマーム・アリーは次のように述べています。
「預言者ムハンマドは、自ら病人のもとに駆けつける巡回医師のような存在である。傷を癒す軟膏がやって来たようなものだ。彼は、自分自身という薬を持って、さ迷える、そして忘れられた病人を探している」
預言者ムハンマドは、メッカの心を病んだ多神教徒たちのもとに自らかけつけた巡回医師でした。彼らの一部は、預言者ムハンマドに石を投げつけ、そのため彼は時にはメッカを去って山岳地帯に逃げたほどでした。その時には、彼の妻であるハディージャと、娘婿のイマーム・アリーが預言者を探しに行き、彼の傷の手当をしていたのです。しかし、その時にも預言者ムハンマドは、こう語りました。
「創造主なる神よ、彼らをお赦しください。なぜなら、彼らは無知だからです」
外国勢力との友好関係の構築は、預言者ムハンマドが他国との関係や、信条面での反対者に接する際にとっていた方針でした。その第1の理由として、イスラムは人間の本質に即した宗教であり、人類が有する自然的、人間的な感情に決して逆らうことがないことが挙げられます。第2に、預言者ムハンマドは友好的、平和的な関係を築くことで、彼の信仰に反対する人々とも、建設的で前向きな対話や議論ができると考えていたことです。
預言者ムハンマドの基本的な目的は、イスラムに敵対する人や多神教徒たちを導き、修正することでした。このため、敵と戦争せざるを得ない時でも、まずは彼らをイスラムへといざない、彼らがイスラムに入信した場合には和解しています。イスラム暦8年にサウジアラビア南西部の町ターイフで勃発した戦争では、イスラム教徒たちが長期間にわたって、当時この町に住んでいたサギーフ族を包囲しました。しかし、彼らが預言者ムハンマドの下に使者たちを送り、イスラムに入信してからは、彼らと和解しています。

預言者ムハンマドは、イスラムとその預言者にも激しく敵対していたユダヤ教徒とも、和解の約束を取り交わし、敵対しなければ命を助けられ、イスラム教徒と共存できることを約束しました。しかし、ユダヤ教徒のガイヌガ族がこの約束に違反し、イスラム教徒を殺害したときには、ガイヌガ族と戦争となりました。しかし、彼はそれでも、戦争を始める前に彼らを市場に集め、次のように呼びかけています。「ユダヤ教徒の諸君、神を恐れよ。クライシュ族に起こった出来事があなた方にも起こらないよう、イスラムに入信し、自分の命を守るがよい。あなた方もご存知のとおり、私は神の預言者であり、このことはあなた方の書物にも記されている。神の明白な印は、あなた方にある」 約束を破ったユダヤ教徒に対する預言者ムハンマドのこの立場表明からは、彼が戦争や流血を最大限に阻止しようとしていたことが伺えます。
こうした同情と寛大さにより、預言者ムハンマドはメッカを征服した後、以前に預言者を殺害しようとしていたアブー・スフィヤンといった宿敵と対面したとき、彼らに重い懲罰を与えようとはしませんでした。また、復讐しようとはせず、復讐と戦争開始の日を叫び、アブースフィヤンを懸念させていた一部の教友に対し、この日をカアバ神殿の日とし、彼らの身の安全を保障しました。こうして、預言者ムハンマドの好ましい倫理と建設的な行動により、多くの人々がイスラムに魅力を感じるようになったのです。

Add comment


Security code
Refresh