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2015/10/19(月曜) 17:55

アル・イスラー章

アル・イスラー章

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において
アル・イスラー章夜の旅は、コーランの17番目の章で、メッカで下されました。この章は、預言者ムハンマドの天界飛行に触れ、その夜の旅と、イスラエルの民の物語について語られているために、「イスラエル」とも呼ばれています。

 

「慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において。神は清らかで無謬の存在であり、僕[であるムハンマド]を、夜の間にマスジェドルハラームから、周囲に祝福を与えたマスジェドルアクサーへと一瞬にして旅させた。それは、自らのしるしを彼に示すためである。まことに神はすべてをよく見聞きなさる方である」

この章の第1節は、預言者ムハンマドの天界飛行のきっかけとなった、カアバ神殿・マスジェドルハラームからアクサーモスクへの夜間の旅について述べています。この旅は、たった一晩のうちに行われ、当時の人類の可能性では普通に考えれば不可能なことで、完全に常軌を逸していました。コーランの節や伝承によれば、預言者の天界飛行は、間違いなく実際に起こった出来事です。そのため、神は一夜にして、預言者をメッカにあるマスジェドルハラームから、パレスチナにあるアクサーモスクへ、そこから天へと移動させました。預言者はその夜、天界と創造の奇跡を目にし、非常に高い知識を手にしました。

一部の伝承によれば、預言者ムハンマドは、アクサーモスクで、イブラヒーム、ムーサー、イーサーといった偉大な預言者と共に礼拝を行い、その際に導師を務めました。その後、預言者ムハンマドの天の旅はそこから始まり、7層の天を次々に旅しました。そして天において、それまで見たことのないような場面を目にし、預言者や天使たちに会いました。また、天国と地獄を目にし、天国の人々の居場所とそこにある恩恵、また、地獄の人々の責め苦を目にしました。預言者はその光に溢れた世界で、神に近づき、最高の精神性に至りました。そこで、世界の創造主である神から語りかけられ、至高なる神から、重要な指示を受けました。この旅については、多くのことが語られています。この天界飛行の中で、5回の礼拝が預言者に義務付けられ、大天使ジブライールが預言者と共に、この礼拝を行いました。この礼拝は、世界のイスラム教徒が、夜と昼を通して5回行う宗教義務となっています。

預言者はこの旅の中で、広大な世界における神の偉大さの痕跡を目にし、至高なる神に祈りを捧げ、神の預言者たちと会った後、その夜、まだ日が昇らないうちにメッカに戻り、そこで朝の礼拝を行いました。預言者は天界飛行の中で、完全に意識がはっきりしており、それを単なる精神的な旅だと考える一部の人々に反し、それは肉体的、物理的なもので、預言者の魂も肉体も、この旅に参加しました。この夜間の旅は、神が、自らの偉大さを預言者に示し、それらを目にさせることで、さらなる偉大さを身につけ、人々を導くための用意を高めさせようとしたものでした。言い換えれば、天界飛行の目的は、この物質的な世界に対する人類の理解力を高め、人々の前に新たな展望を広げることにありました。シーア派6代目イマーム、サーデグは、天界飛行が起きた理由について、次のように語っています。「神は決して特定の場所を持たない。また特定の時間にも限られない。だが神は、預言者に天界を旅させることで、天使や天上界の人々への敬意を抱かせ、その驚異的な偉大さを示し、戻った後に、それを人々に語らせようとした」

天界飛行から戻った後、預言者はベイトルモガッダスに行き、そこからメッカに向かいました。預言者は道の途中でクライシュ族のキャラバンに出会いました。彼らはちょうどラクダを見失ってしまい、探しているところでした。神の預言者ムハンマドは、メッカに戻った後、人々に、この旅の重要な出来事を語って聞かせました。しかし、クライシュ族は、それまでと同じように、預言者を否定しました。預言者はメッカとベイトルモガッダスの間で起こった出来事、クライシュ族のキャラバンがラクダを見失ってしまったことを話しました。それからまもなく、アブーソフィヤーンのキャラバンが現われました。彼らは、預言者の言葉が正しいことを証明していたのです。

アル・イスラー章の第2節から8節は、イスラエルの民の歴史を物語っています。第4節から先は、この民の2回の堕落と反抗を述べています。
エ「我々は聖典の中で、イスラエルの民に対し、『あなた方は2度、地上で腐敗を行い、はなはだしく高慢になり、反抗するだろう』と宣言した」
その先の節では、イスラエルの民のたどった運命が2つの段階に分けて説明されています。

「最初の約束がおとずれ、あなた方が腐敗や流血、圧制や裏切りを行っているとき、我々は力のある戦う僕たちをあなた方の許に送り、あなた方の行いを理由に、あなた方を打ち倒させるだろう。この戦士たちは、あなた方を探し出すために、あらゆる家や町を探して歩く。この約束は必ず実現される。それから再び、あなた方は神の恩寵に授かり、彼らに勝利するだろう。また、多くの富や子孫によって強化され、我々はあなた方を、敵の数よりも上回らせる。もし善を行えば、それは自分たちによいことをしたのであり、悪を行えば、それは自分たちに悪いことをしたことになる。そこで、2度目の約束が訪れる。そのとき、新たな力強い戦士たちがあなた方に勝利する。彼らは大きな災難をあなた方にもたらし、あなた方の表情には、深い悲しみが溢れることになる。彼らはアクサーモスクに入る。彼らは初めて入ったときと同じように、自分たちが支配下に置いた全ての土地を破壊する。それでもなお、罪を悔い改め、立ち返る扉は閉ざされていない。それでもなお、神はあなた方に慈悲をさずける可能性がある。だが、もしあなた方が、再び腐敗に陥り、優越主義に走るのであれば、我々もまた、再び怒りを下すだろう。[これは現世の懲罰であり、]我々は不信心者のために、地獄を辛い牢獄とした」

"イスラエルの民の反抗や腐敗は2度に渡る"とされていますが、それがどの歴史的な出来事を指しているのかについては、研究者の間で様々な見解があります。しかし、いずれにせよ、イスラエルの民は歴史の中で、多くの出来事を経験してきました。そして今も、シオニストと呼ばれるこの民の過激なグループが、反抗や腐敗、侵略を行っています。彼らはパレスチナの領土を強奪し、そこに住む人々を追い出し、パレスチナ人の男女や子供を殺害しています。また、いかなる原則や法も守っていません。

コーランによれば、イスラエルの民の堕落と彼らの失敗を伝えることは、単に出来事を伝えるためのものではなく、圧制や堕落が、神の御前で放置されることはないことを知っておくようにという教えとなっています。この節が未来の人々に伝えているのは、正しい道を選べば、救われ、栄誉を得ますが、反抗すれば、悪い運命が待っている、ということです。いずれにせよ、あらゆる共同体の善い行い、悪い行いの結果は、彼ら自身に返ることになるのです。

コーラン第16章アン・ナフル章蜜蜂、第9節と10節には、コーランが、最も確かな道へと導くものであることを明らかにし、善を行う敬虔な人々に、偉大な報奨という吉報を知らせ、来世を信じない人々には、責め苦を約束しています。

アン・ナフル章の第11節では、人間の性急さに触れ、人間は善を求めるように、性急さや無知のために悪をも求めるとし、それは人間が常に急いでいるためだとしています。このように、この節は、人間は元来、性急な生き物であるとしています。性急さは、人間の行動や思想にとっての害悪です。より多くの利益の獲得を急げば急ぐほど、そのすべての側面に注目することができなくなります。またそれにより、本当の善を見分けられなくなり、時に反抗的な本能によって真実を変えられ、善ではなくて悪を追求してしまうことがあります。実際、不信心の理由の一つは性急さによって善と悪を誤ってとらえることにあるのです。

次の節は、夜と昼の創造と、その恩恵、世界の清算の存在に触れています。こうして人間に、神のことを知り、自らの行いの結果に注目させています。

「我々は夜と昼を2つのしるしとした。それから夜のしるしを消し、昼のしるしを光とした。それによって、あなた方の主に恩恵と日々の糧を求めて[努力]させ、年月を知ることができるように。我々はすべてのことを明らかに述べた」

創造の秩序において、夜と昼は実際、計画を立てるための手段であり、容易に理解できる自然の暦です。創造世界のすべてが、暦や数字を軸に動き、この世界のどれも、そうした計算なしには存在していません。当然のことながら、人間もこの秩序の一部であり、計算なしに生活することはできないのです。

 

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