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2015/12/23(水曜) 23:08

若さとその活用方法

若さとその活用方法

イスラムの預言者ムハンマドは、教友のアブーザルにこのように語っています。

 

「人生の時を費やすことに関しては、金を費やすよりも吝嗇になるべきであり、それを無料で手放してはならない」

人間の人生の中で、若年期は特別な色と香りを帯びています。イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師の言葉を借りれば、「若さとは大きな恩恵であり、全ての人間にたった一度だけ与えられるものである。それは特定の期限があり、その次期が過ぎると、その恩恵を利用することができる。精神的な安らぎと明るい考え方、規則的な行動を持つ老人は、若い時代をこのような特徴と共にすごした人々である。反対に、疲れ果て、混乱し、余裕がなく、人生に飽き飽きしている老人は、若い時代にそれを蓄えなかった人々である」

人間の若い時代の多くの願いやニーズ、潜在的な能力に注目すると、若者は、自分の人生をどのような事柄により過ごせば、その様々な側面でバランスの取れた成長を遂げることができるかを知っておく必要があります。なぜなら、それぞれの側面において節度を超えてしまえば、人間は幸福の道を閉ざされてしまうからです。

管理や教育の専門家は、余暇というものは、様々な能力の開花に最も適した土台である一方で、多くの逸脱の土台でもあると指摘しています。この二つの相反する結果を招く要因となるのは、この余暇の過ごし方、その活用の仕方です。残念ながら、現代の社会におけるアイデンティティの危機により、若者は迷いに陥り、自らを見失い、余暇を過ごすために、多くが、堕落や逸脱、様々な非行に走っています。人々がどのような活動に勤しむのか、どの程度、これらの活動において自由であるべきなのか、どの程度他人のコントロール下に置かれるべきか、どのような環境でどのような質を伴えばよいのか、これらは皆、余暇の活用方法の一部と見なされています。

余暇は、若者にとって人生で最も美しい時間であり、他の時間とは異なり、心の満足や喜びを増大させるものです。余暇の活動は、その人が、職場や家庭、社会での責務から解放され、好きなことをして体を休めたり、スポーツをしたり、知識を広げたり、人間的な成長を試みたり、様々な能力や独創性を開花させたり、社会に自由に参加したりできる時間です。フランスの社会学者デュマズディエは、余暇の3つの機能について次のように語っています。

「まず、余暇は、労働の疲れや責務を取り払う機会である。また、趣味や娯楽により、新たな空間が開かれ、日常の限られた一連の義務による苦しみや繰り返しの単調な毎日から逃れ、精神的な疲れを癒すことができる。第三に、余暇は人格の成長の土台を整え、毎日の単調な活動から解放し、何かを発明したり、自分や周囲の環境に対する考え方を変える機会を作る」

余暇は最も現実的な概念で、これら3つの機能を果たし、これらの一つ一つと関係のある人間のニーズを満たします。そのため、多くの社会学者によれば、余暇は単に、労働をしない時間というだけではなく、行動に関する義務から解放され、その人が自由に何をするかを選び、様々な能力を成長させたり、平穏や満足を得たりするための時間なのです。

イスラムでは、余暇とは、単調な日常や穢れ、停滞や無意味さとは相反するもので、努力や思想的な活動を活発化させ、知識を増やすための機会です。そこでは、表面的には物理的な活動が行われなくても、思想の輝きと目的の清らかさを伴った内面的な努力、精神的な旅が始まります。この旅の土産は、その後、数週間、数ヶ月、あるいは数年に渡って、人生の夜や昼を輝かせることになるでしょう。そのため、シーア派4代目イマーム、サッジャードは、愛情に溢れた神に対し、このように求めています。

「神よ、私たちのために余暇を定めてくださったのなら、それを健全にしてください。そこで私たちが罪を犯したり、疲れを感じたりしないように。悪を記録する天使たちが、私たちの罪を記録せずに私たちのもとから帰り、善を記す天使たちが、私たちについて記録した善のために喜びますように」

若者たちは、一定の期間に何かを行った後、健全な娯楽によって余暇を過ごす必要があります。健全な娯楽とは、登山、水泳、乗馬、その他、イスラムで推奨されている事柄です。このような娯楽は、一種の技術でもあり、若者の能力の成長を伴うと共に、疲れを癒す効果があり、仕事の能率を高める助けとなります。

反対に、余暇を正しく活用できなければ、若い時代の未熟さが残り、何かを試したり、経験を積んだりする機会を失い、その結果、その人が社会生活に入る際に十分な成長を遂げることができません。これにより、社会の運営計画がうまく進まなくなります。若者の余暇のニーズが注目されなければ、若者は自分が理解されないと感じ、社会に馴染めなくなります。

社会学者によれば、たとえわずかでも、一日のうちの少しの時間を娯楽にあてることにより、様々な活動を行うのに必要なエネルギーが得られます。この娯楽が意味するのは、公園を歩いたり、旅行をしたりすることだけではありません。もっとも、これらは、目的を伴った健全なものであれば、若者の時間を満たす以外に、精神の強化と喜びの増大につながります。情熱や技術、様々な趣味の育成、社会生活の術の習得、宗教的、道徳的な基盤の強化に基づいて、若者に、スポーツや体を動かす活動、読書などの包括的で有益な計画を持つよう勧めることは、彼らのバランスの取れた豊かな人生の実現を助けることになるでしょう。

若者の余暇は、その人格に影響するだけでなく、その人の社会的な成長をも促します。社会活動への参加により、若者は他人との関係を改善し、社会的な進歩を遂げます。若者の多くの進歩は、社会的な進歩と密接に結びついています。なぜなら、もし若者が、最も貴重な能力を持っていたとしても、それを社会レベルで活かせなければ、それほど成功していないと思われるからです。

最も重要な余暇の活動の一つに、集団の計画を実行することがあります。それ自体が、社会生活や社会の発展のための要素であり、人間が集団を知り、新しい友人を見つけ、孤独な生活から解放されるための機会です。私たちもすでに知っている通り、人間の成長の土台作りは、しかるべきときに、その人の社会性が形成されることにあるのです。

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