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2015/12/27(日曜) 21:21

女性問題とこれに関するイランの映画監督のアプローチ(2)

女性問題とこれに関するイランの映画監督のアプローチ(2)

今回も前回に引き続き、1979年のイスラム革命後の女性を扱ったイラン映画についてお話しすることにいたしましょう。

 

1980年代の初め、イラン映画における女性の役は、ある程度一部の伝統的信条に基づいた決まった形になっていました。多くの女性は母親であり、悲しみを誘うメロドラマの中で、自分を犠牲にして他者を支えていました。多くの映画では、女性の虐げられた姿が描かれ、彼女たちは男性中心の社会で、発言することも信条を明らかにすることもできませんでした。その当時の多くの映画では、結婚は離婚に至らず、女性たちは譲歩したり、犠牲になったりすることですべての過ちや罪をかぶっていました。しかしながら、現実の人生はこのように一様なものではありません。家族や女性の様々な形が存在し、彼女らは深刻な問題に直面し、問題に対して様々な対応を見せています。

このため、監督たちは次第に女性たちの現実の人生を描くようになり、勇気を持って彼女たちの問題を提示しました。これらのうちで最も優れた作品に、アリー・ジェカーン監督の『雌馬』があります。雌の馬は、ある村の女性の人生を象徴しており、夫が死んだ後、自分と子供たちの生活を営む上で、多くの問題に直面します。彼女の財産は雌の馬だけで、兄弟がその馬を彼女から奪おうとします。女性は兄弟との、生と死の闘争に近い熾烈な争いに入って行きます。

映画『雌馬』は、辛い現実の物語によって、文化的、経済的な貧しさを、母親の立場にある一人の女性の人生の困難な問題を扱うためのテーマにしています。この映画は国際問題を提示している他、その当時のイランの秀作の一つとして提示されています。

『雌馬』の後、次第に映画制作者は、作品の中でよりはっきりとしたテーマの提示に向かうようになり、女性の経済的な独立の必要性、強制的な結婚において女性が犠牲になるのを防ぐこと、さらには再婚における彼女らの問題への注目について語っていました。この流れは、1990年代に拡大し、イラン映画は商業的にも、思想的にも女性問題に注目を寄せるようになりました。とはいえ、思想的な映画として知られる非商業的な映画は、女性の経済問題以上に精神的な問題に注目を寄せていました。例えば、ダリユシュ・メフルジューイー監督の映画では、女性の問題をある窓口から眺めており、それは他の監督の作品にはおおよそ見られないものでした。

メフルジューイー監督は、『ハームーン』という作品の中で、男女の違い、自らの精神的な空白を生めるための男女の努力を取り上げています。しかしながら後の作品の中では、女性問題のみに目を向けています。これにより、この作品は女性映画として並べられ、この階層への社会の注目を集めました。メフルジューイー監督は実際、日常の物語の枠内で自らの哲学的思想を語ることで、女性を表面的なメロドラマから解放し、人生における女性の真剣な役割について見る者に思い起こさせようとしたのです。

メフルジューイー監督のほかにも、女性問題に大きな注目を寄せた監督がいました。メヘディ・ファヒームザーデ監督の『妻』という作品は、1990年代の優れた作品の一つで、妻の職業的地位に対する夫の嫉妬を描いています。映画は、男性優位の独裁から解放されるための女性の努力を皮肉をこめて描いており、近代化される社会における男性の懸念を物語ろうとしています。この作品と共に、アブラヒーム・モフターリー監督は、『ズィーナト』という映画により、女性の社会的活動の必要性を指摘しており、誤った信条を問題視しています。この映画は、ズィーナトという名前の女性の現実の人生に基づいて制作されており、彼女は辺境地で自らとその周囲の人々の人生を変えようと努力します。

とはいえ、この時代、女性映画監督もこの分野に参入し、自らの問題を真剣に提示しました。ラフシャーン・バニエッテマード監督は、女性を中心とした作品を制作することで、彼女らを様々な状況の中に置き、これを理由にして様々な社会問題を映画の中で扱いました。『ナルゲス』、『青いスカーフ』、『町の下で』、『オルディーベヘシュトの女性』は、この監督の女性を主人公に据えた作品です。

イランの映画史は、社会派映画における女性問題の提示が、女性の状況の改善のみを目的にしたものではないことを明らかにしています。世界の他の国と同様、イランでも一部の人々がフェミニズムを支持、奨励し、それをイランのイスラム女性の社会にとっての手本として提示しようとしています。世界の映画におけるフェミニズムは、二つの側面を有しています。一つは、女性の能力や肯定的な特徴を誇張していることで、残念ながら月並みで低俗なものに終わっています。フェミニズム映画のもう一つの側面は、男性を糾弾し、マイナスの特徴のすべてを彼らに関連付けていることです。イラン映画ではこうした流れはある段階において影響力を及ぼしましたが、わずかな作品が制作されたのみでした。

ターミーネ・ミーラーニーは、映画界でフェミニズムの流れを先導する映画監督の一人であり、ほぼすべての作品がこうした傾向を持っています。この監督の作品では、男性はほとんど注目されていないため、一部の評論家は彼女を男性差別者とみなし、その作品を強く批判しています。ミーラーニー監督の作品の中の男性はすべて、粗野で冷酷、利己的で嘘つき、怒りっぽく信用に足らない人物であり、妻や子供、親戚を悩ませる存在となっています。

ミーラーニーのフェミニズム映画もまた、女性の権利を支持する標語を投げかけてはいますが、多くが興行的に失敗しました。誠実さや現実的な見方を映画の最終的な目的とし、他国の思想家の空虚な見方にとらわれることなく女性問題を扱うような作品のみが観客の心をひきつけることが出来るのでしょう。

女性映画監督のフェレシュテ・ターイェルプールは、女性問題への過激な見方を否定し、フェミニズムと女性の社会参加の関係に関して、次のように語っています。

「私は西洋で成長したフェミニズムを信じていない。女性の状況はそれぞれの社会の文化によって意味づけられていると考えている。私たちの社会における女性の社会的発展とは、アメリカやヨーロッパの女性と類似していることを意味しない。賢明な、どの女性も、社会や文化、社会関係、前後の世代において、どのように理想的な存在となりうるかを知らなければならない。西洋の社会における女性の自由は全く現実的ではない。実際、西洋では男女の間に多くの差別があるが、プロパガンダによってそれを無視し、女性を男性と同権であるかのように触れ込もうとしている。西洋のメディアは女性の状況を広める上で圧制を行い、さらにイランやイスラム教徒の女性の真の人生を無視している」

イランの革命後の映画における女性問題を総括するとしたら、1980年、90年代において、女性問題に関して異なった傾向が広まり、この問題に関して様々な視点から映画が制作されたと言えるでしょう。このため、様々な傾向の映画が制作され、様々な見解を提示する上でのイラン映画の能力を示すことに成功しました。その映画は、革命前の灰の中から出てきたもので、成熟し、人気の頂点に達しました。それは明らかに、様々な見解に耐える力を有し、若手映画制作者のために経験の機会を与えるものです。革命後の数十年においてイラン映画が成長した最大の理由は、こうした見解の自由と忍耐なのです。

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