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2015/12/27(日曜) 22:07

人間と生活環境の関係

人間と生活環境の関係

今回も、前回に引き続き、人間と生活環境の関係についてお話することにいたしましょう。

 

前回お話しましたように、イスラム的な生活様式では、人間は自然の存続に対して完全に責任を負っており、人間がこの恩恵を利用するには一連の枠組みや決まり事が存在します。既に知られているように、人間とその他の全ての存在物の生活環境としては、家庭内に始まり、路地裏や通り、公園、野原や森林、川岸、さらには、教育、文化、研究施設、サービス機関、役所や宗教施設に至るまでの場所も含まれます。

健康的な生活環境は、社会の健全さと密接に関係しています。人間の体についても、病気や怪我の治療よりはその予防や衛生が大切だとされるように、損なわれた環境を修復するよりも、健康的な空間と適切な生活環境の維持が重要とされています。生活環境を健全な状態に保つこと、即ち大地や空気、水、土壌、海洋、砂漠、山地や平原、動植物やその他の存在物といった、自然環境の権利を守ることは、人間や社会の存続と密接につながっているのです。

宗教の教えにおいても、生活環境を汚染することは禁じられ、汚染された場合これを浄化することが奨励され、義務付けられています。これについて、イスラムの預言者ムハンマドは次のように述べています。

「神は清らかであり、清潔であることを好まれる。だから、自分の生活する場所をきれいにするがよい」 

この伝承からは、次のような点が明らかになります。例えば、自分の体や住居、職場、学術的、文化的、宗教的な活動を行う場所を清潔に保つことは、人間が地上における神の代理人として、自らの行動様式を宗教的な伝統に合わせ、神が好む清潔さに関心を向けるべきだという理由によります。もう1つの点は、預言者のこの命令が、いつでも何処でも通用し、包括的なものだということです。即ち、すべての人は、人生のどのような時期にあっても、自分の体や住居、職場を汚れから守って清潔に保ち、汚れた場合にはこれを清掃しなければなりません。

イスラム教徒は、生活環境を神からの預かり物と見なし、これを汚さないよう清潔に保つことを重視すべきだとされています。シーア派6代目イマーム・サーデグは、次のように述べています。

「空気が清潔で水が豊富に存在し、土壌が肥沃で植物を植えることのできる土地に住むことは、快適である」 

この言葉においては、単に生き延びることではなく、生活する場所の快適さについて述べられています。その理由は、貧しい国で飢饉に襲われている人々は貧困や病気の中で生きており、健康的な生活状態にないからです。こうした人々は、生きていることの恩恵にあずかっておらず、同時に死んでもいない状態で生活していることになります。しかし、衛生状態の良い適切な環境条件と経済条件を有している社会の人々は、健康的な生活を営んでいるといえます。

 

宗教の偉人たちの言動や生活様式においては、生活環境が重視されており、例えばイマーム・サーデグは預言者ムハンマドについて、次のように語っています。

「預言者ムハンマドは、戦士たちを戦場に送り出すとき、彼らに対し、やむをえない場合以外には、木を伐採しないよう諭していた」 

彼のこうした要請は、木々が健康的な生活環境に効果を及ぼしていることによるものです。イスラム教徒は、樹木を植えてこれを保護すべきだとされています。それは、樹木が空気を浄化して健康的なものにする上で効果があることによります。

 

イスラムが木を植えることや種まきを重視しているのは、これらの行動が最も聖なる、そして最善の行動の一部とされているからです。預言者ムハンマドは、ある伝承において木を植えることを知識の獲得やモスクの建設、また書物を著すことに等しい有益な行動と考えていました。木を大切にし、保護することは非常に重要であり、これについて預言者ムハンマドは次のように述べています。

「水を必要としている樹木に水を与える人は、敬虔な信者の喉の渇きを潤すに等しい」

さらに、ある伝承において、預言者ムハンマドは、メディナの近郊にあるウフドの山について、次のように述べています。

「これは、我々を愛し、我々が愛しているウフドの山である」 

この言葉は、私達が自然を大切にしなければならないと同時に、自然もまた神の恩恵を私達に与えている、という事実を物語っています。このような英知により、生活環境の保護が意味あるものとなります。このため、イスラム教徒や神を愛する人々は、海を汚さず、また野山を破壊することもありません。預言者ムハンマドのこの言葉が意味するのは、私達が鉱産資源やその他の山の恩恵を正しく利用すべきであるということです。自らを地上における神の代理人と考えるなら、決して生活環境を汚染することはありません。

宗教の教えによれば、環境を清潔に保つことは、人間の身体上、精神上の衛生に対してのみならず、人間の日々の糧が増えることにも効果があります。これについて、シーア派2代目イマーム・ハサンは次のように述べています。

「生活環境を不潔にせず、これをきれいに清掃すること、食器類を洗浄すること、これらの恩恵による実りは人間にとって必要である」 

イマーム・ハサンのこの伝承では、日常生活における衛生の効果として、人間の精神の清らかさと生活環境の衛生の2つを指摘しており、現世における人間の行動は非常に大きな影響があるとしています。宗教の教えでは、社会や人々が健康的でさわやかな木々や草花の自然について考えず、これを汚染し、また環境汚染に対して沈黙すれば、神の恵みを失うと考えられています。これについて、イスラムの預言者ムハンマドは、次のように述べています。

「次に挙げる3つの人々は、3つの許されない行動をしたために、神の恵みから遠ざっている。1つは、公園といった公共の場所を汚す人である。2番目のグループは、水の配給を妨害する人、即ち順番を守らない人である。3番目のグループは、他人の通行を妨害する人である」

世界の出来事は、かなりの度合いで人間の行動にかかっています。すなわち、人間が神に従えば、人間には神の恵みの扉が開かれ、神に従う道から脱線し、迷いに陥り、偽りの思想や腐敗した動機に汚染された場合,腐敗した社会が出現し、それは大地や海にも広がって、人々を不正や戦争など、破滅へと導くことになります。これについて、コーラン第42章、シューラー章「相談」、第30節では、次のように述べられています。

“あなた方に降りかかる全ての災いは、あなた方自身が行なった行為によるものである。しかし、それでも神はその多くを赦される」

コーランでは、預言者ヌーフが箱舟を造った際に人々を襲った嵐や、民族サムード族に下された稲妻、アード族を滅ぼした災いも、こうした災いであるとされています。特に環境破壊をはじめとするマイナスの出来事における好ましくない行動の影響は、コーランの他にも預言者一門であるイマームたちに伝承において述べられています。たとえば、シーア派5代目イマーム・ムハンマドバーゲルは、次のように述べています。

「社会が罪を犯すときには、神はそれまで降らせていた雨を、その年は降らせず、果てしない砂漠や海、山を下される。洞察力のある者よ、忠告を受け入れるがよい」

 

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