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2016/01/10(日曜) 23:20

ナッガーリー(10)

ナッガーリー(10)

今回もペルシャ語の民俗物語のジャンルの一つ、ナッガーリーについてお話しすることにいたしましょう。

 

物語の語り手であるナッガールたちが典拠とする資料は、それぞれの物語のジャンルによって異なっています。英雄物語を語るナッガールたちは、記述されたもの、ナッガールたちによって語り継がれたもの、そして口承で伝えられたものを書物の形にしたもの、この3つの作品をもとにしています。現在、イランで見られるナッガーリーの大部分は、イランの偉大な叙事詩人、フェルドウスィーの代表作、シャーナーメの物語をもとにしています。シャーナーメのテーマは、イランの古代史からアラブの侵入までの時代を扱っており、イランの歴史に関する最も重要な作品となっています。シャーナーメを語ることは容易ではありません。シャーナーメの語り手たちは、大抵、詩人や文学者です。研究者たちは、ナッガールたちがシャーナーメを語ろうとしたのは、特にサファヴィー朝時代の人々の勇敢な精神を強化するためだったとしています。サファヴィー朝時代には、戦争に参加し、戦いの精神を有したトルコ系の遊牧民、ギジルバシュと呼ばれる騎兵集団がいました。そのため彼らは、シャーナーメを語るナッガールたちにとって、常に物語のよき聞き手となっていました。

ナッガーリーの第二の資料は、どこにも記録されておらず、口から口へと伝えられたものです。このようなスタイルがいつから始まり、どのように発展したのかは分かっていません。しかし、すべての研究者は、こうした言い伝えが、筆記や文学体系が生まれる前から存在していたという見解で一致しています。ナッガッリーについては、サファヴィー朝時代以降の情報が明らかになっています。サファヴィー朝のイスマイール王に任命された人々、彼の後継者、神秘主義哲学者、修行僧たちが、この儀式を広めました。当時、ナッガールたちは、人々の興味をひきつけるために、宗教の偉人たちの美徳について語った詩を読んでいましたが、それは「マナーゲブハーニー」と呼ばれています。ガフヴェハーネと呼ばれる喫茶店の和気あいあいとした環境の中で、お茶やコーヒーを飲みながら歌や楽器の演奏を聴こうとする人々の雰囲気が、ナッガーリーの普及を促しました。ナッガーリーは、人々がイランの文化や歴史を知るための場所であり、ガフヴェハーネは、その中心地となったのです。

サファヴィー朝のアッバース1世の時代、イスファハーン、シーラーズ、ガズヴィーンなどのイランの多くの都市には、数多くのガフヴェハーネが存在していました。様々な階層の人々がそこに集まり、興味のあるシャーナーメの詩を聞いたり、友人に会ったりして、楽しいひと時を過ごしていました。彼らは特に、シャーナーメを語るナッガーリーたちに敬意を払っていたのです。

ここからは、イランに伝わる物語をご紹介しましょう。今回は「リーゼ・ミーゼ」というお話です。

昔々のこと。貧しい男が、妻と3人の子供と一緒に暮らしていました。この男が持っているのは、牛1頭だけでした。ある日、その牛を殺し、胃袋を取り出しました。その胃袋の中をきれいにしながら、男は誤って、その胃袋を穴だらけにしてしまいました。胃袋が使い物にならなくなってしまったと分かったとき、男にある考えが浮かびました。そこで、それを妻に渡して言いました。「泉にいって、その胃袋の中一杯に水を入れてここに持って来い。もし水を汲んでこなかったら、この家には入れないからな」

何も知らない哀れな妻は、泉に行って胃袋を水で満たそうとしました。しかし、その中には一杯の器分も水が溜まりません。妻はとうとう疲れきり、その胃袋を持って家に帰りました。妻が家に着くと、扉が閉まっています。妻は扉を叩いて言いました。「なぜ扉が開けてくれないのですか?」 夫は言いました。「水は持ってきたのか?」 妻は言いました。「あなたが胃袋を穴だらけにしてしまったのだから、水が溜まるわけはありません」 夫はなおも扉を開けずに言いました。「もし胃袋一杯に水を満たして帰ってこなかったら、家には入れないと言ったはずだ」

夫のことをよく知り、それ以上何を言っても無駄だと分かった妻は、再び泉に戻りました。しかし雪が降ってきて、とても寒くなりました。少し進んだだけで凍えそうになりました。そこで、すぐに胃袋を真ん中から2つに裂き、それぞれを足に結んで再び歩き始めました。こうして歩き続け、妻は山の近くにたどり着きました。するとそこに、細い煙が立ち上っているのが見えました。そこで妻が煙の方に進むと、非常に美しくきれいな洞窟を見つけました。そこはまったく洞窟のようではなく、まるで人が住む家のようでした。妻は中に入り、辺りを見回しましたが、誰もいません。しかし、かまどの上には鍋があって、肉が煮えています。凍えそうだった妻は、かまどの近くに座り、休むことにしました。

妻は温まってくると、そこにあったスプーンを取って、鍋の汁を少しすくい、体の中を温めました。妻はそのときになって、この洞窟の持ち主は一体、誰なのだろうと考えました。そこで、その辺を見回してみると、洞窟の奥に小さな窓を見つけました。妻は片隅にかくれました。辺りが暗くなってきました。もうすぐ洞窟の持ち主が帰ってくるころでしょう。見つからないように、もっとよい場所に隠れなければなりません。洞窟の主がどんな人かを確かめる必要があります。すると、どこからともなく声が聞こえました。「ラクダたち、馬たち、羊たち、子牛たち・・・」

妻がそちらを見ると、動物たちの群れが洞窟に近づいてきます。群れは洞窟につくと、それぞれの場所にゆっくりと去っていきました。しかし、その群れを率いている人間の姿はありません。あっけにとられていると、動物の角ぐらいの大きさの小人が、ヤギの角の上に座り、洞窟に近づいてくるのが見えました。ヤギが洞窟の入り口に着くと、その小人は、ヤギの角から降りて小さな動物の皮を広げ、そこに座って壁によりかかりました。小人は突然、周りを見回して言いました。「人間の匂いがする。人間の匂いがする」 しかし、小人がいくら探しても、人間の姿は見当たりません。しかし、洞窟のどこかに誰かがいるということは分かりました。そこで大きな声で言いました。「誰でもいいから、姿を現しなさい。あなたは人間ですか、それとも精霊ですか?または妖精かもしれません。さあ、早く姿を現しなさい。絶対に危害を加えることはありませんから」

妻は暗闇から姿を現して言いました。「私は人間です。あなたの家をどうこうするつもりはありません。この山の中で道に迷いました。そこで、あなたの家で暖まらせてもらうことにしたのです」 卵のように頭がつるつるの小人は妻に向かって言いました。「あなたは私の母親のような人です。そして私はあなたの息子のようなもの。私も一人ぼっちです。どうぞここに留まってください。私は昼間は動物を放牧しに出かけます。あなたも家の中を掃除したり、食事を作ったりしてください」 妻は喜び、その提案を受け入れました。小人は毎日、羊を殺し、その肉を鍋の中に入れて火にかけていましたが、それからは家のことを妻に任せて出かけて行きました。そして夕方になると肉がよく煮え、2人で座って夕食を食べました。こうして数日が過ぎました。

ある日、妻は自分の家と生活、子供たちのことを思い出しました。子供たちのことが懐かしく思い出され、小人に向かって言いました。「私には家があり、子供がいます。彼らに会いたくて仕方がないので、家に戻りたいと思っています」 小人は賛成しました。妻は肉と食事を持って、自分の家に向かいました。こうして家にたどり着きました。

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