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2016/01/27(水曜) 17:48

イラン映画における女性

イラン映画における女性

今回も、イラン映画における女性についてお話してまいりましょう。

 

社会の様々な分野における女性の参加と責任の受け入れは、社会の重要な問題と見なされています。女性は世界の人口の半分を占めており、この半数は、社会、文化、政治、経済のそれぞれの分野で積極的な参加を見せ、才能を開花するための下地を整えるべきでしょう。現代社会における女性の拡大する参加は、女性を社会情勢における重要な要素の一つに変えており、この影響力ある存在が正しい基盤や原則に基づいて整えられなければ、社会的な能力は開花されず、男女ともにあるべき立場を見出すことはないでしょう。

1979年のイスラム革命後、映画は国内外でその質を向上させ、イランは映画制作国の一つとして知られるようになりました。明らかに、こうした成長や向上において、イラン映画の中の女性の役は無視できないものでした。というのも、女性たちは男性と肩を並べて、国産映画の成長を促し、自らの役を脇から中央へと引き出していったからです。これまでの番組では、革命前の数年間、映画の中の女性の描写がどれほど不適切で低俗だったか、革命後の数十年で、こうした描写がどのように修正されていったかについてお話しました。今夜はカメラの裏側の女性、イラン映画を職業とする女性について取り上げてまいりましょう。そして第7の芸術と呼ばれる映画においてイラン女性がどれほど活躍しているかをお話しましょう。

映画はイランの社会的な歴史の中で、文化的な分裂が高まっていた中で登場し、この芸術・産業の基礎は西洋から入ってきました。しかしながら、原則として、そのテーマは、脚本家、監督、編集者といった人々の頭の中から出てきたものです。革命前には活動の機会を与えられていなかった若手の映画関係者数十名の存在は、イランのニューシネマの最大の成果となっています。彼らの参入は実際、社会の価値観に対する新たな見方を生じさせ、この映画のテーマを変化にさらしました。しかしながら、このプロの映画制作者の長いリストの中で、多くの女性監督の名前も見ることができます。彼女たちは革命前には、基本的にこうした映画脚本家や編集者、カメラマンのような職業につくことはありませんでした。

こうした中、このような女性の存在は、社会の他の分野への彼女らの大規模な参入とは切り離されてはいませんでした。統計を参照すると、1956年のイランの職業についている女性の人口はおよそ170万人でしたが、現在は500万人に上っています。映画関係の職業を持った女性の数も、こうした社会の全般的な状況と女性の社会進出の結果でした。革命前、彼女たちは大半が役者として活躍していましたが、その中のわずかのみが映画の吹き替え作業などを担当していました。こうした女性たちはほとんどが、低学歴でした。以前はこの分野での専門性を有していませんでした。

女優とメーキャップ以外、女性が映画関連の職業で目覚しい活躍をすることはなく、革命前には女性監督によって作られた映画は2,3本程度でした。しかしこうした流れは革命後、大きな変化を迎えました。およそ95%のイランの女性映画制作者が、中等、あるいはそれ以上の学歴を持ち、このことはこの階層にとっての特権と見なされています。こうした中、映画関連の職業で女性の数が多いのは依然として俳優で、その次はメーキャップ、そして監督となっています。また、撮影、音声、編集、脚本、舞台、衣装は、イランの女性が男性の同僚と共に活動を行っている職業です。

ファリヤール・ベフザードは、イランの女性監督の一人で、児童映画を制作していました。彼女は、イラン映画が、特に女性の問題に関して、宗教的価値観を強調していることに触れ、「こうした中、世界の映画の多くのスタイルにおいて、女性は装飾的な存在として使われている」とし、「今も女性はふさわしい形で描かれていないが、これほどまでに方針が変更され、努力が行われてきたのは、映画の中における女性の健全な存在のための道を整えてきた革命によるものである」と語っています。

女性の社会活動における多大な努力と人生を描いた映画『ズィーナト』のモデル、ズィーナト・ダリヤーイーさんは、女性問題の解決における映画の影響力について触れ、「ズィーナトのような作品の制作は、能力ある女性の前に横たわる一部の障害を取り除き、女性の人生におけるこうした問題を取り除く上での下地を整えるものだ」と述べています。

革命後、女性の利益に従ってとられた措置の中で、効果のある要素に、映画に関する政策と政府の支持、女性問題の提示に対する建設的で健全な見方があります。例えば、2008年に作成された、映画の中の女性の存在の改善政策と原則の実行規約を挙げることができます。イランイスラム文化指導省は、この規約を「禁欲社会」の計画の方向で作成し、その目的は、映画の中の女性のふさわしい存在、生活の様々な場面におけるイスラムの観点から見た女性の地位、人物像、権利、役割に対する社会の意識を高めることだとしました。この規約は3章から成り、その中で、映画の中に女性をどのように登場させるかについて書かれています。また、宗教文化の象徴、社会の道徳的、心理的な不可侵を保障するものとしてヘジャーブを正しく使用すること、映画の本質としてセックスと暴力を扱わないこと、女性の権利を守るものとしてのイスラム法の戒律や原則に疑問を抱かせないようにすることなどが指摘されています。

ここ数十年で映画制作に従事するイラン女性の数が増加した要因の一つは、映画を学ぶ教育機関が増えたことです。この教育機関は関心ある若者たちを取り込み、映画やテレビの世界に向けてプロを養成し、映像作品の質を向上させました。

イスラム革命勝利後、国内の大学の拡大により、女性は芸術の様々な分野で学びました。統計によれば2002年から芸術の全分野で学ぶ女子短大生の数は、男性の二倍となり、学士課程では卒業生の3分の2が女性となっています。これにより、イランでは女性が芸術の分野で学んだり職についたりする上で何の制限もないことがわかります。しかしながら重要なのは、芸術が、女性を道具として使用するための口実になってはならず、女性の芸術活動と芸術分野での彼女らの誤った使用の間の違いが認識されなければならない、ということです。

イスラムにおけるヘジャーブ・イスラム的装いの着用の指示は、イランの芸術や映画の世界に女性が参加する上で、重要な事柄の一つです。イスラムの聖法では、映画に女性が登場するのは禁じられていませんが、ヘジャーブを身につけ、イスラム法を守ることによってのみ境界や規範を明らかにすることができます。このため、映画の中に設けられている規範は、こうした原則に基づいているのです。

行動、環境、人々への対応、あらゆる要素における女性のキャラクター作成が、こうした原則に基づいており、女性を道具として使用することにつながるすべての事柄が禁じられています。こうした中で、女性の人格は、後退することなく制限もされません。これにより、女性自身が深みを持った、また一人の人間としてプラスやマイナスの面を持った人物として描かれます。こうした中で、映画作家たちは、自らの利益を排し、男女を正しく描き、どちらにも敬意を払う作品を制作することができるのです。

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