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2016/01/31(日曜) 21:46

アボルハサン・ナジャフィー博士

アボルハサン・ナジャフィー博士

この番組では、イランの文学者、作家、言語学者であったアボルハサン・ナジャフィー博士に追悼を捧げ、彼の功績についてお話ししています。

 

偉大であった

現代の人であった

全ての開けた地平線とつながっていた

水と大地の声をよく理解していた

ありのままの姿だった

そして彼は、繰り返されるみずみずしい雨のようだった

(ソフラーブ・セペフリー)

今回の番組では、イランの文学者、作家、言語学者であったアボルハサン・ナジャフィー博士に追悼を捧げ、彼の功績についてお話ししましょう。

アボルハサン・ナジャフィー博士は、非常に質素に暮らし、ひっそりと亡くなりました。彼は、伝統と革新を完全に理解する文学者で、現代文学をよく知り、文学的な独創性や思想を理解するとともに、古典文学にも造詣の深い人物でした。彼はまた言語学者で、完全に学術的な精神を持ちながら、文学的な独創性やその力を知り、文学的な知識を、文学の創造と混同して捉えてはいませんでした。ペルシャ語の古典文学に精通し、その分析において新たな主張を行う一方で、世界の現代文学を学び、世界を代表する文学者となり、イランの優れた現代作家の指導者でもありました。

ナジャフィー博士は、多くの翻訳や本の執筆により、文学を愛する人々に、西洋の物語や戯曲、現代と過去のペルシャ文学の扉を開きました。彼はまた、多くの著名な文学者に影響を与えたため、イランの現代文学を代表する人物となっています。

アボルハサン・ナジャフィー博士の作品を見ると、彼が何に関心を持っていたかがよく分かります。彼の作品には、「ペルシャ語における言語学の基盤とその応用」や、「間違えて書いてはいけない、ペルシャ語の困難な文法」、あるいは、「ペルシャ語の口語辞典」といった完全にアカデミックなものもあれば、翻訳も見られます。翻訳には、ウジェーヌ・イヨネスコ、アルチュール・アダモフ、ナタリー・サロート、アラン・ロブグリエといったフランスを代表する作家の作品があります。ナジャフィー博士の研究作品におけるペルシャ語は、その翻訳におけるペルシャ語とは異なるものですが、読み手はそのすべてにおいて、ナジャフィー博士の平易なペルシャ語に触れることができます。ナジャフィー博士の研究作品とその他の作品の違いは、文章における言葉の正確で注意深い選び方にあります。

ナジャフィー博士は、その生涯の多くを、校正やその原則をまとめる作業に費やしました。彼はイランにおける技術的、学術的な校正の基盤を打ち立てた人物です。彼は、ペルシャ語が軽視され、損なわれていることに苦しみ、民族的な決意と努力が、それを解消するための道だと考えていました。ある時彼は、「ペルシャ語が軽視され、ラジオやテレビ、インターネットが書くことを大きく損なっている時代、現代の若者たちは書くことを怠っている。言語を正しく書かせるための道を見出すことが、校正者の使命である」

優れた校正者であったナジャフィー博士は、自身の経験を、「間違えて書いてはいけない」という本に集約しています。この本は、「ペルシャ語の困難な文法」というサブタイトルで、1987年に初版が発行され、その後、何度も増刷されました。ナジャフィー博士は、この本を、イランで最も古い出版社である大学出版センターと協力していた際に執筆しました。この本は、長年に渡るナジャフィー博士のメモを集めたものです。

「間違って書いてはいけない」、この本は、現代のペルシャ語の使い方に見られる誤りのリストです。ナジャフィー博士は、その本の中で、多くの作家が書く際に躊躇するペルシャ語の文法や言葉の使い方に関するむずかしさ、問題について分析しています。

この本を書くのに多くの労力を費やしながらも、ナジャフィー博士は自身の作品を批評し、その欠点について述べています。ナジャフィー博士によれば、この本は実際、すべての期待には応えきれていない、ペルシャ語のむずかしさを語り切れていないと語っています。そして、この本では主に単語を扱っているが、重要なのは言語の使用方法、つまり、ペルシャ語の文章の作り方が問題に直面していることだとしています。ナジャフィー博士は、この本の二度目の校正のためにさらに多くの文例を集めました。そのため内容は3倍になり、彼自身、「完全に異なる本」になったと語っています。

私たちが本を手に取ってページを開くとき、その本のページごと、一行一行に何日が費やされ、どれほどの歳月がかけられてそこにたどり着いたことかは知る由もありません。「ペルシャ語口語辞典」は、ナジャフィー博士が20年を費やして完成された作品です。ナジャフィー博士は、テヘランの人々が日常的に使う言葉、構成、表現をこの本に集めました。彼は地方の表現や方言は扱わず、例文を選ぶ際、イスファハーン出身の近代作家、モハンマド・アリー・ジャマールザーデの2冊の本は例外として、1921年以降に書かれ、出版された作品、そして、テヘランで生まれたり、テヘランで育ったりした作家の作品を使用しました。この文化に見られる現代文学の特徴に注目すると、この本は、ペルシャ語の現代文学に大衆文化がどれほど影響を及ぼしたかを知りたい人のためのものになっています。この本は、2002年の年間最優秀図書に選ばれました。

ナジャフィー博士は、フランスで学業をおさめました。彼は言語学を選び、この分野での教育にたずさわりました。彼は「ペルシャ語における言語学の基盤とその応用」という本の中で、簡単な言葉を用いて言語学の問題を説明しています。ナジャフィー博士は、ペルシャ語には欠陥があるとは考えていませんでした。なぜなら、ペルシャ語の哲学を深く理解し、その長所と短所を知り、ペルシャ語の潜在的な可能性が十分に活かされていないと考えていたからです。

ナジャフィー博士は、英語などの西洋の言語でさえ、最初から今のような形ではなかったとし、その学術的な言葉が作られるには、言語自体が持つ潜在的な可能性が利用されたとしています。また、ペルシャ語はおよそ1200年の歴史があり、簡単な案内があれば、この1200年に書かれたものを読み、理解することができるが、英語はおよそ1400年前のものはほとんどの人には理解できず、それを新たな言語として学ぶ必要があるとしています。

翻訳も、ナジャフィー博士の障害における重要な活動の一つでした。彼はフランス語からペルシャ語への翻訳で出版活動をはじめ、その当初から、その時代と後の時代のモデルとなりました。彼の非常に美しく正確な翻訳により、フランスの20世紀の文学がイランの人々に紹介され、それ以上に美しく書くという問題と共に、文学的な翻訳の真の意味が、文学社会に提起されました。

多くの翻訳者が、翻訳方法において、ナジャフィー博士にならっています。彼は学術的、文学的な書物の翻訳と、それ以外の書物に大きな差を設けています。ナジャフィー博士によれば、翻訳者は翻訳の際、その全ての瞬間において読み手の立場に立ち、紙の上にもたらすものが理解可能かそうでないかを見るべきだとしています。こうして、「作家がもしその言語で語ったなら、という前提で、それを紙の上に書き起こす」という一連の作業が生まれました。

イランの著名な言語学者、研究者、校正者、文学者、翻訳家であり、フランス文学のペルシャ語翻訳の第一人者であったアボルハサン・ナジャフィー博士は、1929年、イラク南部のナジャフで生まれました。彼は、ペルシャ文学・言語学院の会員でした。その文学・学術活動の中心は、文学作品の翻訳、校正、言語学研究、ペルシャ語詩の韻律研究の分野でした。彼は長年に渡り、毎週金曜日になると、文学を愛する人々や仲間たちを自宅に招き、会合を開いていました。数ヶ月病床に伏していましたが、2016年1月22日、86歳でこの世を去りました。

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