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2016/02/04(木曜) 19:09

世界の半分・イランの古き都イスファハーンを訪ねて(1)

世界の半分・イランの古き都イスファハーンを訪ねて(1)

悠久の歴史を誇るイランには、いくつもの古い都が存在します。中でも、イラン中部の都市イスファハーンは、16世紀末に当時のサファヴィー朝の為政者、アッバース1世によりイランの首都に定められたことから、世界に誇る町としての道を歩むことになりました。

また、イスファハーンは政治の中心地としてのみならず、シルクロードの要衝に位置することから商業の拠点、さらには文化、芸術の都としての地位を確固たるものにしています。当時、この大都市は、世界各地から訪れた商人や外交使節からは、世界の半分とも評されるほど栄華を極めました。今回から2回にわたり、私・山口雅代がイランの古き都、イスファハーンの魅力をたっぷりとお伝えしてまいります。

 

イスファハーンのあらまし

イスファハーンという地名は、もともとは「軍隊が駐留する町」、あるいは「戦いの野営の土地」を意味します。それは、7世紀にアラブ軍がイランに侵入した際、この町が兵士たちの野営のために使用されたことに由来するものです。イスファハーン州の中心都市でもあるこの町は、首都テヘラン、北東部の聖地マシュハドに次ぐイランで第3の都市とみなされ、人口はおよそ200万人ほどです。また、華やかなイスラム建築による建造物や世界遺産が数多く存在し、細密画、手工芸、じゅうたん製造などが盛んな、文化と芸術の町でもあります。このような魅力あふれるイスファハーンに、今回はテヘランから空路で向かうことになりました。

 

アッバース大王の一大プロジェクト・イマーム広場

まず足を運んだのは、世界遺産にも指定され、南北に510メートル、東西に163メートルに細長く伸びている長方形の広場、「イマーム広場」でした。この広場は、ナクシェジャハーン広場、すなわち「全世界の図」という別名もあります。ここには、細かいタイル装飾が施されたスカイブルーのモスクや、イスラム風のアーケードつきの商店街、さらには多種多様な手工芸品などを販売する工房が並び、また馬車も走っています。まさに、この広場そのものが野外美術館とでもいうに相応しく、その壮大な光景に思わず息を呑んでしまうほどでした。時の為政者アッバース1世は、政治、経済、宗教の全てが大集合した最高の広場を造ろうと思い立ち、1598年に着工したものの完成には数十年を要したということです。

 

イスファハーンを代表するイマーム・モスク

この広場で、真っ先に目に付いたのは、南側に佇むイマーム・モスクでした。これは、イランのイスラム建築の最高峰とも言える、サファヴィー朝時代を代表する建造物です。当時の為政者アッバース1世の命により、1612年に着工し、26年をかけて建築されました。4本のミナレットが立つこのモスクは、遠くからでも非常に目立ちます。ですが、まずはそのアーチ型の入り口の天井に施されている、スカイブルーを基調とした細かいタイル装飾が幾何学的に幾重にも連なっている部分が目を引きます。まるで、蜂の巣の内部のように、幾何学的なくぼみが規則正しく連なっている中にタイル装飾が施されており、とにかく見事の一言に尽きます。次に、この壮麗な入り口を通って短い回廊を通り過ぎ、広い中庭に出ました。ここは、大きなアーチの両側に、2段にまたがる小さめのアーチが連なった建造物に取り囲まれています。これらのアーチや壁、天井にもブルーを貴重とした化粧タイルによる見事な装飾が施され、それが延々と続いています。さらに、そうした化粧タイルによる独特の書体のイスラム書道も実に壮観です。これは、アラビア語によるコーランの章句でしょうか。さすが、世界に名だたる観光名所だけあって、沢山の外国人観光客も見学に来ていました。

 

イラン初の高層建築・アーリーガープー宮殿

次に見学したのは、イマームモスクを出て向かって西側にある、アーリー・ガープー宮殿でした。これは、イランで初の高層建築と言われています。18本の柱があるこの宮殿は、外から見ると3階建てに見えますが、実際には6つの階があります。

さて、意を決して中に入り、らせん状に続く階段を上り始めました。この階段は、段差がかなり大きく、しかもブルーを貴重とした化粧タイルが敷き詰められています。いずれの階もとにかく、壁や天井の装飾が大変見事であり、幾何学的なデザインや、アラベスク模様が延々と連なる装飾がびっしりと施され、栄華を誇ったサファヴィー朝の雰囲気が見て取れました。この宮殿の特に重要な見所は、最上階の音楽堂です。音響効果を挙げるため、アーチ型の天井には、イランの弦楽器タール、もしくはセタールかと思われるような形の数多くの穴が、規則正しく設けられています。これがまた、全体として眺めた場合に絶妙な光景をかもし出しているのです。音響とビジュアルという2つの効果を挙げるための、この不思議な装飾に、しばし時間を忘れて佇み、当時ここでどのような音楽会が催されたのだろうかとの思いにふけりました。

外国人旅行者のコメント

それではここで、外国からイスファハーンにやって来た旅行者の方のインタビューをお届けしましょう。

どこの国から来ましたか?

―私は、アブドゥルハミド・ラフマーンと申します。エジプトから来ました。

イスファハーンの町をどのようにご覧になりますか?

―私は、テヘランをはじめとするイランの他の町も訪れたことがありますが、イスファハーンは他の町と比べて、独特の都市計画により街路区画がきちんと整備され、非常に整っていると思います。また、私から見てイスファハーンの最も大きな特徴は、建築技術や多種多様な手工芸などの芸術が非常に盛んであること、そしてイスラム圏にありながらキリスト教会やゾロアスター教寺院などが混在し、平和共存のイメージが感じられることです。また、エナメル細工やじゅうたんなどのイスファハーンの手工芸品は、イランのお土産として最適ではないかと思います。

日本人のリスナーの皆様に、一言メッセージをお願いします。

―私たちエジプト人にとって、日本国民の皆様は兄弟のような存在です。イランには大変数多くの見所が存在しますが、その中でも、イスファハーンの美しさは格別であり、まさにイランの真珠というに相応しいものです。イランへのご旅行の際には是非、イスファハーンを訪れていただき、悠久の歴史と華やかな文化、そして芸術を満喫していただきますよう願っております。

 

王族専用のモスクだった・シェイフロトフォッラーのモスク

さて、今度はアーリーガープー宮殿のちょうど向こう側にある、王族専用のモスク、シェイフ・ロトフォッラーのモスクに足を運んでみました。これもやはり、アッバース1世の命により造られたものですが、その目的は、レバノンの著名な説教師シェイフ・ロトフォッラーを招聘するためだったとされています。このモスクは、王族専用であることから、先ほどのイマーム・モスクよりも小さめで、普通のモスクに見られる中庭やミナレットはありません。しかし、そのドームの内部に見られるモザイク模様は、実に見事なものです。このモスクの装飾の特徴は、絵柄のある化粧タイルではなく、小さなサイズの彩色タイルをモザイク上に敷き詰めることとで独特の模様ができていることです。イランの典型的なモスクは、ブルーを基調としたものが多くなっていますが、このモスクのドームや礼拝堂の内部はクリーム色のタイルが多く使われています。特に、ドームの内部を全体的に見ると、中央部の円形の模様の周りを、外側に向かうにつれてだんだん大きくなる網目が広がっているように見えます。1つ1つの網目の模様の中にも、さらに細かい模様が施され、まさにイスラム芸術の最高峰というにふさわしいものでした。

イスラム風の市場ゲイサリーエ・バザール

さらに、この広大なイマーム広場は、北側にあるゲイサリーエ門が正門となっており、ここから先はゲイサリーエ・バザールと呼ばれる、イスラム風の市場があります。アーチ型のアーケードが続く屋内には、観光客向けに絨毯や手工芸品、イスファハーンの郷土銘菓などを販売する商店が軒を連ねています。その手工芸品もまた、エナメル細工や銀細工、木工細工、ガラス細工、象嵌細工など非常に多岐にわたり、見る者を飽きさせません。このバザールには、イスファハーンのお土産が大集合していると言ってもよいでしょう。

 

この広場の見学の締めくくりに、先ほどから広場の内部で何度も出会っている馬車に乗ってみることにしました。軽快な足取りで走る馬車は、今まで見学してきたモスクやアーリーガープー宮殿、手工芸品の工房の並びの前を通っていきます。かのアッバース1世とその一族たちも、広場の内部を移動するときにはこうして馬車に乗っていたのでしょうか。白馬が引く馬車に揺られながら、しばしサファヴィー朝時代の王侯貴族になったような気分を味わいました。この広場全体を見学してみて、まさにイスファハーンは世界の半分だと実感しました。

次回も、まだまだたくさんあるイスファハーンの魅力をお伝えしてまいります。どうぞ、お楽しみに。

 

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