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2016/03/02(水曜) 20:17

欧米諸国の一般の若者たちに向けて(14)

欧米諸国の一般の若者たちに向けて(14)

この番組では、イランの最高指導者ハーメネイー師の欧米の若者たちに宛てた書簡についてお話しています。この書簡は、欧米の若者たちに、テロの根源を探り、この共通の問題に関して策を講じるよう呼びかけています。

 

 

今夜の番組でも、この書簡の一部を取り上げてまいりましょう。ハーメネイー師はこの書簡の冒頭で、このように記しています。「フランスで無差別のテロリズムが引き起こした痛ましい出来事は、改めて私をあなた方若者たちとの対話に駆り立てた。私にとってこのような出来事が話をする機会を生じさせるのは遺憾なことだが、実際、もしこのような痛ましい問題が解決策を探る下地や共通の考えにいたるための手段を整えることがなければ、被害は倍増するだろう」

 

ハーメネイー師は欧米の若者たちに宛てた書簡の中で、テロに対する西側のダブルスタンダード、矛盾した政策を批判し、イスラムの目覚めの運動に対する西側のダブルスタンダードについて触れ、イスラエルの国家テロへの支援、地域のテロ支援者と西側の同盟、最近のイスラム世界に対する遠征を西側の政策の矛盾の例だとし、次のように強調しています。

 

「政府の利益を人間的、道徳的な価値よりも優先している限り、暴力の根源を別の場所で探るべきではない」

 

最高指導者は書簡の一部でこのように記しています。

 

「植民地主義の根源は長い年月をかけて、次第に西側の文化的政策の内部に浸透し、静かで穏やかな攻撃を整えていった。世界の多くの国は自らの民族の土着の文化に誇りを持っている。そうした文化は成長する中で、数百年の間、人類社会に十分に栄養を与えてきた。イスラム世界もこうしたことの例外ではない。だが現代において、西側の世界は最新の手段を用いることで、世界の文化を同じものにしようとしている。私は他の国民への西側の文化の強要と独立した文化への軽視は、非常に害のある静かな暴力だと考える。豊かな文化の軽視と、これらの文化の最も敬うべき部分への侮辱が行われている一方で、代替の文化は代替の能力を有していない。例えば、残念ながら西側の文化の基本的な問題となっている「暴力主義」や「道徳的退廃」により、この文化の地位をその発祥地においてすら低下させている。ここで次のような問いが沸いてくる。もし我々が好戦的で意味のない低俗な文化を求めなければ、もし芸術に似た産物としてわが国の若者に流入する破壊的な洪水を阻止すれば、罪を犯しているのか?」

 

これまでの番組では地域の過激派の形成に植民地主義政策が及ぼす影響、さらに他の文化に対する西側の静かな文化的攻撃、その結果についてお話しました。今夜は優位を主張している西側の文化と文明がどれほどその地位にふさわしいのかについて考えてみることにいたしましょう。

 

アメリカの哲学者ウィル・デュラントは、このように述べています。「文明には4つの基本的な柱が存在する。それは政治機関、道徳的慣習、知識や技術の習得における努力、経済問題における予測と用心である」。西側の現在の政治や経済の状況を注意深く見てみると、この二つの基盤が現在揺れ動き、西側の世界が有していた安定が現在はないことが分かります。欧米での差別や経済政策に対する街頭での抗議は、ここ数年激しさを増し、政府の負債の拡大は、西側の政治的、経済的衰退の警鐘を鳴らしています。こうした中、道徳はあらゆる文明の基盤であり、ここからはこうした点から西側の文明を見ていくことにいたしましょう。

 

現在の西洋文明は、おおよそ14世紀末期から始まった過程の産物です。この過程は、中世のキリスト教会の統治の終わり、人類史の新たな段階の開始から成っています。この文明の多くの部分は、中世の特徴に過度に反発したものを示しています。西洋の人々は人類の本能に矛盾する、キリストの改ざんした教義を提示していた教会に対し立ち上がりました。人間の知性や科学に対する教会の反対、金銭的、道徳的腐敗を伴う西洋社会に占める圧迫感は、西洋の歴史に暗黒の時代を刻みました。こうした教会の非合理的な行動は、宗教と関連付けられていましたが、それに対して、西洋の人々は神と人間の地位を区別し、それまで価値の置かれてきた多くのものが無価値なものに取って代わる時代を開始しました。

 

ルネサンス時代、人間の知性と科学に頼ることが誇張した状態をとっていました。西洋文明は新たな科学や技術を用いており、それは日々世俗主義的な新たな動機によって拡大し、次第に新たな市場、さらに原料を必要としました。この必要性は西洋人の注目を他の国に向けさせました。しかしながら西洋は技術や科学の頂点を極めたその速度と同じ速度で、道徳的逸脱や価値観の衰退の坂道を転がり落ちました。このため西洋が他の国に向かうということは、強奪や植民地化、道徳や人間性の境をなくすことを伴っていました。数百年前の植民地主義の恥ずべき歴史は、西側の他国の国民に対する非道徳性の例です。現在も、イラクのアブーゴライブやキューバのグアンタナモの刑務所の出来事は、西側の暴力主義の明らかな例とみなされています。

 

ルネサンス後の西洋の文化において、宗教や神の法規は居場所がありませんでした。いくつかの人間の道徳理念により、道徳における相対主義がこの新たな文化のものとして受け入れられるようになり、これは絶対的な善と悪は存在しないということを意味します。人間がすべての事柄の中心にあり、人間の望みは何においても優り、人間の要求に対して道徳の価値は失われました。個人の自由が最も優れた価値とみなされ、公正は影を潜めました。これは何物も、公正でさえも個人の自由を制限することはできないという意味です。こうした思想は中世の蔑視されていた人々を魅了しましたが、次第に別の側面が明らかになりました。

 

人間の道徳の基盤や価値が崩れたことは、西洋の文明を大きく揺るがしました。家族の崩壊、母や父が不在で育った子供たち、感情の欠落、犯罪や暴力の拡大、殺人を犯す年齢の低下、人間の本質に合致しない売春、同性愛といったものの恒常化、これらが西洋の物質的文化の生み出した結果です。

 

西洋の仰々しい宣伝や物質的な華美はこうした動揺を簡単には感じさせませんが、現在世界の大思想家たちは、西洋文明が衰退していると考えています。例えば1912年のノーベル生理学・医学賞の受賞者アレクシス・カレルは、『人間、未知なる存在』という著書の中でこのように述べています。

 

「西洋の人間は自らが作った世界において、孤独だ。この存在物は今も自らの世界を調整することができていない。私たちは悪い民族である。私たち国民は衰退しており、理性の破たんの嵐の中に巻き込まれている。この社会において、この産業文明において最も高い発展の地位に到達している国民や社会は弱体化し、無力になる。そしてまもなく敗北と破滅に至るだろう。それもまた他者よりもいっそう速い速度でである」

 

あるアメリカの作家は、西洋の文明についてこのように述べています。「この文明は死肉の臭いを放っている。丁寧に、だがすぐに土に埋める時が来ている」

学者のロバート・G・リンガーは西洋文化の衰退を悟ることで、衰退の根源は道徳的腐敗の中にあるとし、次のように述べています。

 

「西洋では宗教への傾倒が減少する一方で、犯罪や治安悪化が拡大している。アメリカ社会の犯罪は、商業や産業の中心都市においては道や公園を夜間に歩くことができないほど増加している」

 

この他にも西洋世界の文明の衰退に関する理論を有する数多くの西洋の学者たちがいます。

 

ドイツの心理学者で、実存主義の哲学者、カール・ヤスパースもまた、文明の衰退理論の支持者で、多くの人に幸福の決められたレベルを保障する目的を持った現在の産業社会は、人間性にとって危険だと考えていました。ヤスパースは、歴史は精神性の中で見出すことのできる目的を追い求めて進む、と考えていました。それは西洋が世俗主義の経験によって距離をとったものです。ヤスパースは西洋人の精神性の危機について触れ、この危機は人間が機械の道具になり下がったことから生じたものだとし、それを自己疎外感の要因だとしています。

 

西洋文明の中には、老朽化のしるしが見えます。なぜなら理性の衰退に向かって動き、人間性に対する科学によって兵器を作り、暴力、殺人が世界で広まっているからです。これは一つの文明の終焉の始まりを意味しています。コーラン第6章アンアーム章、家畜、第44節には次のようにあります。

 

「(助言が功を奏さず、)彼らが彼らに思い起こさせたものを忘れたとき、すべての恩恵の扉を彼らの前に開いた。彼らが(完全に)歓喜して、(それらに心を寄せたとき)突然、我々は彼らを襲い、(厳しい罰を下した。)このときすべての人が絶望した。(そして希望の扉は彼らの前で閉じられた)」

 

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