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36年前の1979年2月11日、イランイスラム革命が勝利しました。その日から現在まで、イスラム革命の敵はイスラム社会の統一を標的にし、イスラムの目覚めとイスラム共同体の団結の源としてのイスラム共和制を問題に直面させようとしました。 … …
アメリカは、これまでの36年間、イラン・イラク戦争の中で旧サッダーム政権を支援し、不公平な制裁を行使し、イランに対する経済封鎖を行い、イランを問題に直面させるために、人権やテロなどの手段を利用してきました。アメリカ政府は、あらゆる種類のテロに反対していると主張する一方で、裏側ではイランの反体制テロ組織MKO・モナーフェギンやアルカイダ、イラン東部の国境地帯の …
1979年のイランイスラム革命の勝利はイスラムの新たな姿と、宗教に基づく自由主義の動きを示しました。
ソーシャルネットワークやインターネット空間は、世界の人々、とくに若者たちに新たな影響をもたらしています。それは長所と短所を併せ持っていると言うべきでしょう。グーグルでは毎分およそ70万件の検索が行われており、毎分およそ一億6800万件の電子メールが送られ、ワッツアップでは毎日およそ190億件のメッセージが寄せられ、240億件のメッセージが交換されています。こ …
先月21日、報道各社は重要なニュースを発信し、人々に大きな衝撃を与えました。この重要なニュースとは、イランのイスラム革命最高指導者であるハーメネイー師が欧米諸国の若者に宛てた書簡です。ハーメネイー師は、最近フランスでテロ攻撃が発生し、西側諸国がイスラムの悪いイメージを提示した後で、父親のように親密に、そして誠実で論理的に欧米諸国の若者に対し、イスラムに対して …
1月21日、イランイスラム革命最高指導者、ハーメネイー師が欧米の若者に向けてメッセージを送りました。世界から多くのニュースが伝えられる中で発せられたこのメッセージは、イスラム世界に対する攻撃とイスラム教徒の問題に関するもので、インターネットサイトやデジタル通信に掲載され、世界の多くの人々の関心をひきつけました。 … …
発展を続けるイランの学術(革命週間に寄せて)1979年のイラン・イスラム革命の勝利は、イラン国民にとって新たな時代の幕開けとなりました。この新たな時代は、覇権主義体制からの解放と独立という点のみならず、イラン国民の進歩や学術的な発展から、特に重要となっています。 … …
フランス・パリでのテロ事件は、ヨーロッパにイスラム恐怖症やイスラム排斥の波を広げています。一部のヨーロッパの政府は、このテロ行為をイスラム教徒の社会とは切り離してみていますが、西側のメディアはいわゆる表現の自由を支持し、この出来事について別の解釈をしており、依然としてこの意見に反対するための映像を流しています。イスラムは暴力的で過激な宗教ではなく、コーランの …
今から1400年以上前、世界は乾ききった大地のように、無知という暗雲と暗闇を吹き払い、渇望を満たすために特別な恵みの雨を待ち望んでいました。その頃、地上は偏った考え方や無意味な信条、迷信が渦巻く乾ききった砂漠と化していたのです。忘れえぬあの日の夜、神の思し召しにより、遂に恵みの雨が降り注ぎ、乾いていた大地を潤し、アラビア半島のヒジャーズ地方の砂漠に、預言者ム …
今回は、イラン南部・ペルシャ湾方面への旅行記の最終回をお届けいたします。   世界最長を誇る「塩分の結晶の洞窟」 これまで、ゲシュム島にある様々な景勝地や名所旧跡をご紹介していまいりましたが、今回はこの島の見学コースで最後に訪れた景勝地であり、世界で最も長い「塩分の結晶の洞窟」から始めたいと思います。この洞窟は、通称「塩の洞窟」とも呼ばれ、ゲシュム市内からは …
今回も前回に引き続き、私・山口雅代がペルシャ湾に浮かぶゲシュム島の見所についてお伝えしてまいります。ゲシュム島は、イラン南部のクラレンス海峡を隔てて、本土の港湾都市バンダルアッバースの対岸に位置しており、イラン本土には見られない景勝地や独特の雰囲気が見られます。 … …
ペルシャ湾と聞いて、皆様はまずどのようなイメージを持たれますでしょうか。石油を運搬するタンカーが頻繁に往来し、またイランをはじめとする多数の国の油田やガス田が存在するペルシャ湾は、どちらかといえば工業や産業地帯といったものを連想させるかもしれません。しかし、実際にはペルシャ湾はエメラルドグリーンに輝き、楽園のような雰囲気を漂わせるとともに、行楽やリゾート地と …
今回の番組では、イエス・キリスト、イスラム教でも預言者とされるイーサー・マスィーフの美徳についてお話しすると共に、その信者たちがイーサーの教えに忠実に行動していない現在の状況についてお話しすることにいたしましょう。 … …
今から1233年前のイスラム暦203年サファル月30日、イスラムの預言者一門でシーア派8代目イマーム、レザーが殉教しました。この偉大なるイマームは、イスラム暦148年(西暦766年)にサウジアラビアのメディナで生まれ、父であったイマーム・ムーサーカーゼムの殉教後、イスラム教徒を指導するイマームの地位につきました。 … …
2014/12/21(日曜) 23:04

預言者ムハンマドの基準

イスラム暦サファル月28日は、最後の預言者ムハンマドが死去した日に当たります。現在、預言者ムハンマドの死去から1400年以上が経過していますが、いまだにこの偉人の名前とその足跡は、心に情熱を生み出します。毎日、全世界で15億人以上のイスラム教徒が礼拝する中で、信仰を告白し、彼を祝福し、彼の贈り物であるその教えに従っています。 … …
2014/12/13(土曜) 10:26

楽園への道

この数日、シーア派3代目イマーム、ホサインを敬愛する多くの人々が、世界各国から、歩いてイラク南部にある聖地カルバラに向かっています。足は腫れあがり、瞳は涙で濡れ、胸を熱情で溢れさせています。1400年前のイマームホサインの一門と同じように、人々は、イマームホサインが殉教してから40日目のアルバインに際し、彼に追悼を捧げようとしています。 … …
今から66年前の1948年12月10日、国連総会は世界人権宣言を採択し、この日を世界人権デーと名づけました。
CIAが、反イラン映画「アルゴ」の内容の誤りを認める CIA・アメリカ中央情報局は、1979年に起きた在テヘランアメリカ大使館の占拠事件の35周年記念日の4日後に、この事件を扱った映画「アルゴ」には誤りが見られると表明しました。今から35年前に、テヘランのアメリカ大使館員6名がカナダ大使公邸に向かっていましたが、これをもとにしたハリウッドの伝説がこの映画で取 …
第二次世界大戦後、人権擁護を求める声が高まり、1948年に世界人権宣言が採択されると、人権問題のために適した土台が整いました。世界人権宣言に加え、国連は、一般的、国際的なレベルで、人権に関する数々の取り決めを採択しました。しかし、実際は、人権を扱う各機関が政治的な行動を取り、その機能を十分に発揮できていません。そうした行動は、主に、植民地主義の大国やシオニス …
イランのイスラム共和制が持つ、決して揺るがない価値観は覇権主義との戦いです。これに基づき、イランの人々は特定の日に圧政の排斥と、世界的な抑圧に対するイラン国民の団結を示す行事や式典を行います。今年は、イラン暦アーバーン月13日の専制主義との戦いの日が、イスラム暦モハッラム月の追悼週間と、この月の10日のアーシュラーの日と重なっており、実際にこのアーシュラーの …