siasi http://japanese.irib.ir Fri, 20 Oct 2017 16:08:56 +0900 ja-jp イスラム革命の永遠の業績 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/62662-イスラム革命の永遠の業績 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/62662-イスラム革命の永遠の業績

 

現在、イランのイスラム革命の勝利から37年が経過します。イスラム革命後の世代は、この革命について知りたいと考えています。イスラム革命がなぜ起こったのか、この革命が生まれるきっかけとなったスローガンは今も生きているのか、革命当初の理論は今も存続しているのか。体制の安定期に革命的な思想を持ち続けることは必要なのか。革命後の37年、若者世代を中心に、多くの人の中には、このような疑問が浮かんでいます。その答えは、イスラム革命の永遠の業績の中に探ることができるでしょう。

根本的に、革命は、それが起こった社会の中に根本的な変化をもたらします。しかし、革命が存続するか否かは、その革命の影響が続くかにかかっています。イスラム革命は、独立、自由、イスラム共和制をスローガンに生まれました。このような思想は現在も、イスラム体制におけるイスラム革命の理念として残っています。イランのイスラム革命のこの特徴は非常に明らかであり、世界の多くの虐げられた人々は、イスラム革命をモデルに、自分たちの理想や理念を実現することができると考えています。この革命は、世界の圧制下にある多くの人々の間で、革命運動が生まれるきっかけとなっていると言えるでしょう。

このような影響力は今も続いており、それを、中東や北アフリカ諸国で起こったイスラムの目覚めの中に見ることができるでしょう。イスラム革命に関する研究者は、この革命の影響を、政治、経済、文化の3つの分野で説明しています。これらの影響はそれぞれが、さまざまな分野での変化につながっており、革命の研究者らは、それを構造的な変革と呼んでいます。

一部の研究者は、こうした影響や変化を分析する中で、新たな政治的、社会的生活スタイルを提示するという意味で、「革命の輸出」という言葉を使っています。イスラム的な生活スタイルの提示は、政治的な思想に変化を生み出す上で、大きな重要性を有しています。社会問題の研究者たちは、世界における競争の分野の一つは、生活スタイルの支配をめぐるものだとしています。イランのイスラム革命は、そのようなスタイルを提示し、そのために闘いました。そしてこのモデルは現在、革命の永遠の業績のひとつとなっています。

イスラム革命は同時に、覇権主義国の政策の前に、永遠に残る効果的なモデルを提示しました。イスラム革命の重要な目的の一つは、覇権主義大国の支配を否定することにあります。世界の大国がイスラム教徒を支配しようとする大きな目的の一つは、彼らを文化的に支配し、国民的、イスラム的な価値観を否定させることにあります。

イスラム諸国の歴史、非イスラム諸国による彼らの資源の略奪の歴史を見ると、この支配が何世紀にもわたって続けられてきたことが分かります。イスラム教徒の価値観や信条を嘲笑する、イスラムを迷信や偏った思想であるように見せる、それがこの文化的な支配のための方法でした。

西側の植民地主義者は、こうした方法を用いて、イスラム教徒、特に若者たちをイスラム的なアイデンティティに失望させ、イスラム世界の分裂を煽りました。イスラム教徒の思想家たちでさえ、圧制からの解放と発展の道を、マルクス主義や共産主義に見出し、西側の民主主義体制に従う政府の樹立こそ、人類の発展であると見なしていました。このような雰囲気の中で、イスラム革命は、宗教的な価値観に基づく民主主義体制という形で、革命前までは新たな世界の体制の中でまったく知られていなかった、「政治的な精神性」のモデルを提示しました。

このような政治的なモデルは、覇権主義や植民地主義の壁を破り、覇権主義体制に「ノー」を突きつけました。イランのイスラム革命は、現代の多くの革命は運動とは異なり、独裁の中に埋もれることはありませんでした。このような変化は、植民地主義者を受け入れなければ、独裁に陥ると考えていた資本主義や自由主義の対極にありました。

イスラム革命は、国内の独裁から解放されるために、外国の支配を受け入れる必要はないということを行動で示しました。イスラム革命は実際、独裁からの解放を求める国々に、第3の道を示しました。この革命により、イスラムの価値観が実現される下地が整いました。このような大きな業績は、永遠の動きにつながりました。

こうしたことから、独立、自由、公正、発展、献身の精神といったイスラム革命の理念が永遠のものになったのです。

文化的、社会的な問題とは別に、イスラム革命の永遠の業績のひとつは、政治的なものにあります。それは当初から、地域や世界に根本的かつ大きな変化を与えました。イスラムとイスラム的なイデオロギーがイランの革命に果たした役割とは、政治的なイスラムという言葉を段階的に広めたことでした。イスラムはイランで政治に取り入れられ、偉大な革命によって傀儡的な独裁政権を崩壊させ、代りにイスラムの価値観に基づく統治体制を打ち立てることになったのです。このような変化は、政治的な独立が、イランにおける外交政策や統治の最も重要な指標として実現した中でのものでした。「東でもない、西でもない、イスラム共和制」というスローガン、「独立、自由、イスラム共和制」というスローガンの実現は、このような理念がイランの外交政策に根付いていることを示しています。

イスラム革命の勝利により、イランは真の独立を果たし、アメリカへの依存と追従の鎖を断ち切りました。実際、革命の原則的で重要な政策の一つは、外交政策において、東と西の2つの大国への依存を断ち切り、独立を強調することでした。そしてそれはまさに実現されています。

イランのイスラム革命は、国内外において多くの業績を残しており、40年近くが経過した今も、その力を失っていません。これらの業績は、世界におけるイランの地位を優れた重要なものにしています。これらの業績はまた、大国の戦略的な政策や政治的な見解に大きな影響を及ぼしています。実際、イスラム革命は、イスラム世界の解放運動に注目に値する影響を及ぼしています。この革命により、植民地主義政府に対抗するための、各国の国民の抵抗や闘争の精神が強化されました。

イスラム革命の業績は、この革命とそれに基づく統治体制の本質を反映しています。このことから、これらの業績が正しく理解されれば、イランのイスラム体制に関する西側メディアのプロパガンダに対する盾となるでしょう。そのため、イスラム体制に対する敵の穏やかな戦争での戦略的な目的の一つは、多くの問題を誇張し、革命の業績を価値のないものに見せ、イスラム体制は機能していないように示すことにあります。

イスラム革命の敵の戦略は、人々、特に若い世代に未来と統治体制の本質への希望を失わせるため、イランの社会的な状況を暗いものに描くことです。しかし、この革命は、37年が経過した今もなお、生き生きと影響力を保っており、「国民の力」と「独立追求」を原則に、覇権主義的な政策を否定し、世界の自由を求める人々にインスピレーションを与えています。イスラム革命は、40年近くが経過してもなお、各国の革命運動に影響を与えていると言えるでしょう。

]]>
世界の情勢 Mon, 29 Feb 2016 18:55:04 +0900
サウジアラビアにおける死刑の状況 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61768-サウジアラビアにおける死刑の状況 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61768-サウジアラビアにおける死刑の状況

 

サウジアラビアは、昨年153人の死刑を執行しました。戦うシーア派聖職者ナムル(ニムル)師は、ほかのシーア派の人物3名とともに、1月2日に処刑されました。このシーア派指導者は2014年、サウジ政府関係者を批判したという罪状で、死刑となりました。しかし、彼の死刑執行は、数回にわたり延期されました。

このシーア派指導者は、およそ2年前に逮捕され、非公開の裁判が行われた後、サウード王家に対する忠誠心のなさなどといった疑わしい容疑により、死刑を求刑されました。彼は、サウジアラビアの少数派である、シーア派の人々を排除していたとして、サウジ政府を批判していた人物の一人でした。この聖職者の処刑は、イスラム教徒の間に怒りと嫌悪の波を引き起こし、イスラム世界のイスラム法学者や、さまざまな国際的な政治関係者、人権活動家が、この処刑を理由に、サウジ政府を非難しました。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナル・アメリカ支部の中東問題専門家のモック氏は、次のように語っています。「サウジアラビアで行われている死刑執行は、そのほとんどが疑わしい裁判と理不尽な容疑により行われている」モック氏は、サウジアラビアの裁判制度に関して、次のようにも語っています。

「サウジアラビアの裁判制度は、国際的な基準が欠如している。公正でない判決、容疑者に対する拷問による供述、理不尽な行動、弁護士の利用制限、これらは、サウジアラビアの裁判制度の特徴であり、国際基準に反している。サウジ政府はすべての反対意見を、テロ活動と解釈している。サウジ政府はシーア派指導者の処刑は国を守るために行われたと主張しているが、この指導者が無実なのははっきりとしている。サウジ政府が行っているのは、イスラム教徒の民間団体の政治的反対者を弾圧するために、死刑をテロ対策として利用しているのに過ぎない」

サウジアラビアは死刑執行数で世界第3位となっています。これらの死刑のほとんどは、麻薬など暴力的でない罪に関係しています。モック氏によれば、サウジアラビアはここ近年において、最大の死刑王国になっているということです。

サウジアラビアの死刑執行のほとんどは、公開処刑、しかも斬首の形式で行われ、容疑者はほとんどの場合、公正に裁かれることなく、当局も、死刑執行を決定する前にも、このことを死刑囚の家族に伝えることはありません。サウジアラビアの死刑宣告は、神聖さが侮辱されたり、麻薬などが使用された際に言い渡されます。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの報告によりますと、サウジアラビアは未成年にも死刑を執行するということです。さらに、サウジアラビアはこれまで、貧しい人々や移民、外国人に対して、不適切な刑罰を押し付けてきました。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東研究員、コーグル氏は、次のように語っています。「昨年と今年にサウジ政府によって死刑となった人物のおよそ半分は移民だ。サウジ人以外の人々への対応に関して、サウジアラビアの刑事裁判制度には、多くの問題が存在し、通訳の問題、サウジ王家と部族的な関係がないという事実などは、審理の結果に影響を及ぼすことになる。またサウジアラビアでは、死刑が執行された後も、死刑囚の遺体は公衆の面前にさらされる」

インターネットサイト「ミドルイースト・アイ」は、報告の中で、サウジアラビアの死刑囚の一部は、逮捕時に未成年だったり、精神疾患を患っていたと強調しました。このウェブサイトの報告の一部では、サウジアラビアは1月2日、テロに関与したという理由で、47人の死刑囚の処刑を発表したと伝えられています。このうちの、シーア派指導者を含む4人はサウジの東部州出身の人物でした。残る43人のうち、彼らの一部は2003年から2006年の間のサウジ国内でのテロ攻撃に関与した、あるいはそれを計画したことで訴追されていました。この43人のうち、4人は窃盗により告訴されていました。

サウジアラビアは、これらの死刑囚の処刑がどのような形で行われたのか表明していませんが、首都リヤドの刑場の警備員は、ミドルイーストアイに対し、死刑の執行に関して次のように語りました。「それは虐殺だった。血や切断された体の一部がいたるところに見られた。リヤドで何人が処刑されたかは確認できなかったが、死刑執行は朝から始まり、夕方まで続いていた」

人権擁護団体は、サウジアラビアにおける未成年の処刑に関する問題を提起しています。死刑に反対するキャンペーンは、サウジ当局に対して、ナムル(ニムル)師のおいを含む、3名の18歳以下の死刑囚の処刑を停止するよう要請していました。サウジアラビアで逮捕された人々、特に子供は、取調べと裁判の過程で、公正に裁判を受ける権利を組織的に侵害されることになります。この明確な侵害は、横暴な逮捕や、逮捕時における非人道的な行動や拷問などのすべてにおいて含まれています。サウジアラビアの裁判官は、被告に対して数百回の鞭打ち刑を宣告します。また、これらの裁判官は、子供などすべての人々に対して一時的な禁固刑や終身刑を言い渡す権限があります。逮捕された子供は年の若さを考慮されることなく、成人と同じように裁判を受け、刑罰を受けるのです。

サウジアラビアでは、明文化されている刑法がまったく存在しません。この国の裁判官は個人的な見解に基づき、完全に非文明的な判決を出しています。このことは刑法が大規模に悪用される可能性を大きくしています。特に、「国王の信頼に背こうとした」といった罪状は、これまで以上に刑法を悪用する道を広げています。

残念ながら、ほとんどの犯罪事件において、容疑が確定されず、逮捕者は裁判の最終段階まで、逮捕された罪状を知らないまま拘束されているという状態です。ほとんどの場合、弁護士を活用することが不可能であることに加えて、審理中に証拠などを提示するのは禁止されています。一方で、サウジアラビアの裁判制度の最も重要な問題とは、訴追を行うために理由なく長期間にわたり拘束することです。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのウィットソン中東・北アフリカ局長は次のように語っています。

「サウジアラビアは一日に47人を処刑することで、恥ずべき2016年の始まりを迎え、昨年も史上最多の死刑囚を出し、いわば刑場と化した。この行動は、単にサウジアラビアの人権に関する歴史上の汚点を作り出すきっかけとなっている」

人権団体にとって、困難なのは、透明な裁判制度が存在しないサウジアラビアの死刑の増加の理由を見つけることです。アムネスティ・インターナショナルは、サウジアラビアの死刑宣告は、そのほとんどが明確な形で抗議を示した人物に対する復讐であり、これらの死刑執行は、もし反対者がサウード政権を脅かすために街頭に殺到すれば、その代償を支払うことになる、という明らかなメッセージを含んでいる、としています。

アムネスティ・インターナショナルによれば、サウジアラビアでは、2015年1月に死亡したアブドラ国王の時代の末期に、死刑や死刑宣告が増え、その悲劇的状況は、サルマン国王の即位後、さらに深刻化しました。物議をかもしているのは、サウジアラビアが2013年、3年間、国連人権理事会の理事国に選ばれ、大きな批判があったにもかかわらず、この理事会の独立専門家会議の議長に選出されたという事実です。アムネスティ・インターナショナルは、この選出を批判し、もしサウジアラビアが人権理事会の理事国であれば、ハイレベルの人権基準と、その支持を守るべきだとしました。

人権機関がサウジアラビアの人権状況に関して常に警告を発しているのにもかかわらず、サウジは人権規約に基づいて国際的な問題に直面することは決してありませんでした。サウジアラビアが内部の構造や人権を無視しているのは、地域情勢が不安定で、アメリカやイギリスなどの西側政府の支援があるとサウジが確信している結果なのです。サウジアラビアにとってもっとも深刻な懸念とは、地域が安定化した場合に、国際社会がこの国の内部構造に注目することです。一方、サウジアラビアは自国の人々を長期的な脅威と感じており、まさにこのために、この国の中東政策はほとんどが国内の潜在的な危機を隠蔽するためのものであるといえるのです。

]]>
世界の情勢 Mon, 25 Jan 2016 16:51:35 +0900
サウジアラビアの対イラン政策 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61624-サウジアラビアの対イラン政策 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61624-サウジアラビアの対イラン政策

 

イランのザリーフ外務大臣は、パン事務総長に対する書簡の中で、サウジアラビアにおける一部の政治家は、地域全体を危機に追い込むことを決意しているとしました。ザリーフ大臣はまた、イランは緊張を高めたいとはまったく思っておらず、サウジアラビアが論理的な道を進むことを希望しているとして、「サウジは過激なテロリストへの支援を続け、対立を拡大するか、あるいは近隣諸国との良好な関係を選び、地域の安全に建設的な役割を果たすか、どちらでも可能だ」と述べました。

サウジ政府関係者はイランとの関係を断絶するために、多くの性急な行動をとりました。彼らは地域の内外に対して、ほかの国の支援により、証拠や理由を提示し、自身の挑発的な行動を隠し、自身の行動による責任にもかかわらず、イランにその責任をなすりつけようとしました。彼らはこれにより、数千人の巡礼者が死亡したメナーの惨事、イエメンにおける空爆、シリアのテロ組織への支援に関する、国際的な責任を回避する機会を整えようとしました。

確かに、これ以前にも、イランとサウジアラビアの政治的関係は悪化していました。1987年、イランとサウジアラビアは、イラン人275人を含む巡礼者402人が死亡した惨事を受けて、断交しました。イランの核計画が問題として提起されたときも、サウジアラビアは、シオニスト政権イスラエルや西側諸国に同調し、懸念を表し、イランは地域を危機に陥れたと主張しました。ウィキリークスによって公開された文書は、サウジ首脳陣が、イランの核計画を理由にイランに対して厳しい態度を取り、軍事力を利用するよう、アメリカに対して要請したことを示しています。

2011年にも、サウジアラビアはバーレーン政府の政策に抗議する人々に対抗し、シーア派の人々を弾圧するために軍隊を派遣しました。イランはバーレーンの抑圧された人々の権利を支持していましたが、サウジアラビアはイランをバーレーンで暴力を拡大したと非難しました。

サウジの一連の行動は、イランに対する行動が以前から計算されたものであることを物語っており、その目的は、イラン政府に対する挑発です。サウジ政府関係者は、イランはサウジのシーア派指導者の処刑に反対する、侵略的な立場をとったと主張しています。サウジ政府はこの主張は国際的な体制に反対する重大な脅迫だとしました。サウジアラビアのジュベイル外務大臣は、ロイター通信のインタビューで、イランは通常の国家や政府であるのか、あるいは革命であるのか決定すべきだとしました。サウジアラビアはこれ以前にも、先月にアメリカ・ニューヨークで開催されたシリアに関する協議にイランが出席していることを理由に参加しないことを表明しました。

サウジアラビアのメナーの惨事への対応と、イランのサウジアラビア政府代表部における事件を比較すると、この2つの事件に対する対応において、深く考えるべきダブルスタンダードが明らかになります。数人の頑迷な人物によるサウジアラビア政治代表部への攻撃の映像は、サウジ政府関係者にとっては、初めて行われた、正当化できない挑発行為だったのかもしれません。しかし、これに関する見解や判断は、イランがこれに関して立場をはっきりさせていないときには、一方的なものとなります。

イランの政府関係者は、はじめにこの事件に疑惑が存在し、容疑者が関与していたことを強調し、次に、直ちに、この事件に対して遺憾の意を示し、この事件の容疑者を訴追しました。これに関しては、イランの大統領、内務大臣、司法長官などが行動し、容疑者を逮捕し、この事件に対する取調べを行っています。

しかし、サウジアラビアは、イラン人巡礼者多数を含む6000人以上の巡礼者が死亡したメナーの惨事に対して、完全に逆の行動を取りました。巡礼者が死亡した国は、この惨事の原因の究明を求めるだけで、サウジアラビアは惨事の諸側面を調査するために調査委員会を結成し、その調査結果として、巡礼者が死亡したのは運命によるものだとしました。

サウジアラビアはこの問題に関しても、一方的に行動し、行方不明者の安否の確認を求める人々すべてを、「内政干渉」や「国の独立や主権に対する脅迫」として非難しました。この単純な比較は、多くの現実を示しています。こうした中、サウジアラビアは他者が持たない国際的な権利を自国だけが有していると思っているのか、という疑問が浮上しています。

消極的な挑発行為は、サウジアラビアの地域における戦略的政策となりました。この挑発行為は、ペルシャ湾岸協力会議、アラブ連盟の定例会合や緊急会合の開催など、さまざまな方法や理由で追求されています。このアプローチは、1月9日にサウジアラビアのリヤドで行われたペルシャ湾岸協力会議や、エジプト・カイロで行われたアラブ連盟会議などにおいて繰り返されています。

ペルシャ湾岸協力会議の参加者はテヘランのサウジアラビア大使館やイラン北東部マシュハドのサウジアラビア領事館での事件を検討し、イランをこの事件の責任者であるとして、これをテロ事件としました。ペルシャ湾岸協力会議とアラブ連盟は決まりきった声明を出し、このような行動は地域と世界における平和と安全の利益になるものではなく、善隣外交と内政不干渉の原則、主権の尊重に反し、地域における危機を助長し、危険なものにするとしました。

しかし、これらの国はこの協議の中で、毎回、ペルシャ湾の島のイランの主権に対して行われている、アラブ首長国連邦の以前からの中身のない主張により、これらの島の領有権問題を提起しています。これらの国の見解では、サウジの扇動行為と過激派テロ組織に対する支援や訓練、資金援助、彼らの地域の諸国の安定を揺るがすための挑発行為は、正当な行動だとされています。

この立場は外交の点から、通常の行動とすることができるのでしょうか。あるいは、サウジアラビアがイランの面目を失わせるために起こした騒動に関して、深く考えるべきではないのでしょうか。ペルシャ湾岸協力会議は、初めからイランに対する介入を目的に結成され、8年間のイラン・イラク戦争の中で、イラクのサッダーム政権に対する支援をまったく惜しむことはありませんでした。

サウジアラビアは、アメリカの早期警戒管制機をレンタルすることで、石油収入をイランに対する敵対的な立場の強化やスパイ活動に使用しました。イラクのサッダーム政権がクウェートに侵攻した際、彼らはイラン・イラク戦争でサッダーム政権を支持したことについて後悔しているとしました。しかし現在、過去を忘れ、自らが正しい立場をとっているとして、イランの脅威に対抗する中で、集合的な決定を行い、イランと断交すべきだとしています。

シオニスト政権イスラエルと並行する、イラン核協議に関するサウジ政府の行動や、石油価格の暴落のために行ってきた措置は、サウジアラビアの非論理的な行動の一例ですが、イランはこれらに対して、最大限寛大に対応してきました。

イランのザリーフ外務大臣が語ったように、テヘランやマシュハドのサウジアラビア政治代表部で起こった事件は、決して受け入れられるものではありません。イランの政府関係者すべてはこの行動を強く非難しました。ザリーフ外務大臣は、イスラム法、憲法により、全ての国の外交官を守る責務が自国にはあるとして、サウジアラビアの政治代表部に対する侵害行為を行った人物に対して、厳正に対応するとしました。しかし、問題となるのは、サウジアラビアが中東や欧米でよい印象をもたれるために、あらゆる行動を取っているということです。

サウジアラビアの政府関係者は、アメリカの広報企業がサウジアラビアのよいイメージを提示するよう、これらの企業に毎年数百万ドルを支払っています。これらの企業は全力を注ぎ、サウジアラビアの過去を覆い隠し、サウジの政治的な反対者の死刑執行を重要でないと、そしてサウジアラビアが中東地域におけるグループ間の緊張拡大に関与していないと見せかけようとしています。

これに関して、サウジアラビアが最も多くの資金を提供しているのは、アメリカの企業コーヴィス・MSLグループです。報道によりますと、この企業はサウジアラビアの地位とイメージを改善し、テロ対策を行い、中東和平を推進しているイメージを強化するための措置を組織化していることで、毎月24万ドルをサウジアラビアから受領しています。アメリカの新聞ニューヨークタイムズはこれに関して、この企業はサウジ政府高官のツイッターと、サウジのイエメンにおける軍事介入に関するインターネットのページを立ち上げたとしました。

サウジアラビアはこの行動により、地域の情勢不安を悪化させている要因となっているだけで、この行動はサウジのイメージをよくするどころか、サウジ政府関係者の弱点を明らかにしています。この消極的な行動はまた、サウジ当局が自らの過失を隠すために誤った計画を立ててしまったことを示しています。彼らはイランと断交することで、ほかの国に対して、その行動に追従するよう圧力をかけています。

サウジ政府は、こうした行動のすべてを、イランを孤立させ、イランよりも優位に立つために行っていますが、実際にイエメンとシリアで緊張を高め、戦火を起こし、シリアとイラクにおけるテロ組織ISISの活動の拡大を引き起こしています。この状況は、おそらく、しばらくの間その計画者にとってはプロパガンダの機能を持つものかもしれませんが、その一方でサウジアラビアはイスラム世界を分断しているのです。サウジの政策は矛盾に満ち、国際社会の慣例からかけ離れているのです。彼らがこの政治ゲームの敗者となるのは確実でしょう。

]]>
世界の情勢 Tue, 19 Jan 2016 19:43:42 +0900
サウジアラビアのシーア派指導者の死刑執行 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61424-サウジアラビアのシーア派指導者の死刑執行 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61424-サウジアラビアのシーア派指導者の死刑執行

 

サウジアラビア内務省の声明では、このシーア派指導者は騒擾罪と扇動罪の容疑がかけられていましたが、彼はサウジアラビアのシーア派の権利を実現する平和的な活動により、逮捕され、処刑されました。

サウジアラビアは3年半近く、この人物を拘束してきました。ここで、なぜ現在の地域の状況下でこの指導者の死刑を執行したのか、という疑問が浮上してきます。あるいは彼の死刑執行による結果について意識していなかったのでしょうか、またはその結果を恐れてはいなかったのでしょうか。一部の地域のメディアでは、サウジアラビアはおそらく、シリアの戦闘でサウジが支援していたイスラム運動の司令官が死亡したため、シーア派指導者を殺害することでこの復讐を果たそうとしていた、とされています。

このような見解は、一部の専門家がこの処刑者のリストの原則に関して疑いを持っている中で提示されています。テレビチャンネル・バーレーン・アルヨウムは、この公開されたリストの中には、アルカイダと関係していた43人と政治活動家4人が見られ、これらの政治活動家は2011年にサウジアラビア東部で、人々の抗議運動に参加し、平等と公正を求めていたとつたえました。ナムル(ニムル)師の名前は、この4人の中の一人として記されていたのです。

もっとも、このことは43人のテロリストの死刑執行の真相に関する大きな疑念を呼んでいます。一方、これらのテロリストの処刑は、シリアやイラク、イエメンにおけるテロ組織の支援というサウジの政策にそぐわないものです。つまり一部の有識者は、サウジ側が処刑したと主張するこの43人のテロリストが処刑されていないことも考えられるとし、その理由として、これらの人物がワッハーブ主義者で、10年前から投獄されていたことを指摘しています。

ある団体は、サウジがこれらのテロリストの多くを過去数年間に釈放し、彼らをシリアやイラクの戦争に派遣し、彼らはそこで死亡したとしています。この仮説は、サウジ当局がこれらの人物の遺体を家族に引き渡すのを禁止したことによって裏付けられています。これらの人物はサウジの宗教機関で訓練を受けたとみなされており、彼らが処刑される理由は存在しません。

サウジアラビアの政府関係者は、この指導者の死刑執行に関する警告を無視しました。現在、サウジは大きな代償を支払わなければならず、無意味な嫌疑により、自身の犯罪を隠そうとしています。

イギリスの新聞ガーディアンによりますと、この指導者は、テロ組織アルカイダの活動に参加したという容疑で処刑された多くのスンニー派の人々とは違い、サウジ政府に対する、平和的な抵抗運動を行っていたということです。彼は2012年、サウード政権を批判したことから、サウジ政府により拘束されました。彼の見解は、サウジアラビアの人口のおよそ15%を占める少数派、シーア派の苦難を反映しています。彼らは昔から差別や弾圧、危険にさらされています。サウジアラビア東部カティーフでは少なくとも30年間、政権に対する抗議が行われてきました。

ナムル(ニムル)師を投獄し、処刑した理由とは、彼がサウード政権の政策を批判していたことだと、全ての人々が認めていますが、彼にはテロ容疑がかけられていました。この指導者は常に演説の中で、特にサウジ東部のカティーフとアフサーにおけるサウード政権の組織的な差別政策を批判していました。彼はまた、他のシーア派の人々と同じように、平和な抗議運動を行っていました。彼の親族は死刑執行後も、彼の支持者に対して、平和的に、サウジ政府の行動に抗議するよう求めています。

サウジアラビアの人々は長年、最低限の権利や人権すらも制限されていました。サウジの人権侵害は新たな問題ではなく、ナムル(ニムル)師はあえてこれに対して、弾圧を受けながらも批判を行い、命を懸けて抵抗した宗教界の要人の1人でした。

サウジ政府の関係者はこの人物がテロと暴力を広めたとしています。一方で、彼らは暴力とテロの要因であるワッハーブ主義を宣伝し、地域や世界で活動しています。サウジ政府の支援により、ISIS、ヌスラ戦線など、様々なテロ組織がシリアやイラクで活動しています。ナムル(ニムル)師は実際に、サウジの権力争いと利己主義の犠牲となりました。このため、現状において、処刑の理由を理解するには、サウジの地域における隠れた目的を知る必要があります。

サウジアラビアはアブドラ国王が死亡し、サルマン国王が即位した後、国内外で侵害政策を展開しました。サウジ当局はこの変化を受けて調整を行いました。国内では、速やかに東部のシーア派居住地域、つまりひどい差別を受けている地域の抗議を弾圧しようとしています。

また、国外でも、石油収入と西側諸国の支援により、イエメンに対する戦争を開始し、シリア、バーレーン、レバノン、イラクに対する介入を拡大しました。これらの事例の多くにおいて、サウード政権は大きな失敗にあい、これまでその目的を果たすことができていません。一部の有識者の見解では、この時期におけるこの指導者の処刑は地域におけるサウジの政治的失敗の隠蔽のための試みとみられるとされています。

いずれにせよ、サウジ政府がその合法性について懸念を抱いているのには、多くの理由があるということです。その理由の一つが、西側では「アラブの春」とされる、地域におけるイスラムの目覚めの拡大です。この変化は、現在の地域情勢の中で、サウジ王政の基盤を揺るがせています。このため、サウジ政府関係者は、戦略的に誤った方向を進んでいます。

サウジ政府は、経済戦争においても、世界市場における原油価格下落の要因となりました。サウジは現在、厳しい予算不足に苦しみ、またこの問題は、政治に対する不満の拡大を促進しています。原油価格の下落は、サウジ政府の経済問題が悪化する要因となるでしょう。その結果は、サウジ政府にとって予想不能なものです。

サウジはシリア、イエメン、そしてバーレーンにおける地域の危機においても、自身の行動によって苦しんでいます。

一部の有識者は、現状におけるナムル(ニムル)師の死刑執行は、サウジ領内の過激派思想から外れるものではに解釈しています。サルマン国王は、最近になって権力を掌握したサウード家の過激派の行動を管理できるほど強くないということが明らかにされています。

昨年のメッカ巡礼の儀式中に発生したメナーの惨事は、サウジ当局の能力のなさによるものであり、これにより数千人の巡礼者が死亡しましたが、サウジ側はこれを運命によるものだとしました。これは、サウジアラビアが危険な衰退に向かっていることを示しています。実際、この問題に関する最も重要な人物はサウジの副皇太子のサルマン国防大臣です。サルマン国王も処刑の指示を出していることで、力のない政治家として、状況の混乱に大きな役割を果たしました。

イギリスの新聞フィナンシャルタイムズは、記事の中で、サウジアラビアは日々弱体化しているとしています。この新聞はこの指導者の処刑という性急な決定は、サウジ政府の被害者意識によるものだとしました。さらに、サウジにとって暗い時代が待っているとしました。つまり、第一次世界大戦後に植民地主義勢力によって作り出されたアラブの政治体制は、現在消滅に向かっているのです。

フォーブスのインターネットサイトも、アメリカの政府関係者は数十年間、サウジアラビアの王族に対して、親しい友人のように振舞ってきたとしています。昨年、アブドラ国王が死亡した後も、オバマ政権は彼を賞賛しました。一方、サウジ王家は独裁政権であり、7000人の王族や王子は、略奪のための道具のように行動しています。

サウジアラビアは、国際NGOのフリーダムハウスが提示した、人々の自由や政治的権利に関するランキングで最下位となっています。多くの人権擁護団体は、2015年、サウジがこれまで同様、平和的な活動を理由とした反体制派や人権活動家に対する告訴や拘束のほか、女性や宗教少数派に対する組織化された差別を継続していると報告しています。

カナダの新聞トロントスターは、記事の中で、サウジ政府はナムル(ニムル)師を処刑したことで、単に弱点をさらけ出しただけだった、この行動はサウジアラビアの弱さのしるしであり、強さではない、つまり、本当に治安が保たれていると感じている政権は、このような危険な行動を行わないと記しました。

サウジアラビアのジュベイル外務大臣は、アメリカのニュースチャンネルCNBCのインタビューで、ナムル(ニムル)師をテロ組織アルカイダの指導者ビンラディンと比較し、この指導者の処刑を正当化し、次のように語りました。「我々は、彼がテロリストであり、ビンラディンと同様の人物だと答えている。彼は人々を扇動し、味方につける中で、武器などを集めていた。また、罪のない人々が犠牲となった、治安関係者や警察署への攻撃に関与した」ジュベイル大臣はまた、「サウジアラビアは罪のない人々を殺害した人物に対する断固とした立場を示したことで賞賛されるべきであり、これに関して非難されるべきではない」と述べました。

この恥ずべき表明はサウジの政府関係者が、すべての政治的、外交的資本を使って、その間違いを最も愚かなうそにより正当化しようとしていることを示しているのです。

]]>
世界の情勢 Tue, 12 Jan 2016 16:20:27 +0900
包括的共同行動計画の現状と結果 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61223-包括的共同行動計画の現状と結果 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61223-包括的共同行動計画の現状と結果

 

最終的に、2年近くの紆余曲折を経て、イランの原子力外交は2015年7月14日、ウィーンで実を結び、イランと6カ国の協議は明白な結論に至りました。この合意の結果としての計画は、包括的共同行動計画と呼ばれたのです。

2015年の暮れにあたる12月15日、IAEA・国際原子力機関の理事会で決議が採択され、イラン核問題のPMD・軍事的側面の可能性の問題が終結したと報じられました。この決議内容は、イラン核活動の軍事的な側面の可能性に関する主張に基づいた、過去と現在の物議をかもす問題はすべて最終的に解決したとされました。この決議はIAEA理事会において全会一致で採択され、イランの過去の核計画に関する問題は永遠に終結しました。この決議の採択により、包括的共同行動計画の実施が始まり、対イラン制裁は解除されます。PMDはイランに対する多くの制裁や圧力、疑惑の理由とされました。

IAEA理事会は、2006年3月、イラン核問題を国連安保理に付託しました。その後、イランに対する6つの決議が出されました。国連安保理は国連憲章第7章のもとで出したこの決議の中で、イランのウラン濃縮計画を国際的な平和・安全保障上の脅威だとしました。一方、現在国連安保理は、決議を採択し、イランの核活動のすべての合法性を承認しています。

国連安保理のこの決議にもかかわらず、昨年の暮れ、IAEAの天野事務局長の最新の報告はまたも、ウィーンで開催されたIAEA理事会に対する疑念を含んだ形で提示されました。天野事務局長の報告は、完全に白でもなく、黒でもありませんでした。天野事務局長は最近、灰色の報告を出し、PMD問題の終結を宣言した決議に関して採決をとる前の最終報告で、IAEA理事国の35カ国に対して、彼の調査はイランの過去の核活動に関する詳細の全てを明らかにすることはできなかった、としています。

天野事務局長は事務局長在任中、イランと6カ国の核合意に基づき、過去と現在の問題を解決するためにイランとIAEAが最終合意を締結するまで、常に二面的な報告を提出し、何の証拠も存在しない主張を繰り返そうとしてきました。この主張は、一方に偏った政治的な目的で提示されたものでしかありません。

この問題は、最終的に、イランとIAEAの間のロードマップの実行の枠内で終結しました。このように、IAEA理事会が決議を採択することで、過去の決議は無効となり、イランに関するIAEAの業務内容は、新たな段階に入りました。包括的共同行動計画の実施に対するIAEAの監視は、IAEAの以前の責務、つまりイラン核計画のPMD問題に代わる責務となりました。

IAEA理事会の決議は、イランの核計画に関する過去の険悪なムードを払拭し、PMD問題は過去の歴史となりました。これにより、相互の信頼構築と尊重に基づいた協力の新たな下地を作り出し、一回で恒久的にイランの核計画に対する偽の主張の提示を終わらせることになります。この見解から、包括的共同行動計画は、集合知と努力による成果であり、これにより、イラン核問題の解決の道が作り出され、イランの核の権利がこの枠内で、正式に認定される要因となりました。

過去を見ると、欧米諸国の数カ国は12年以上、問題を作り出すことで、イランの平和的な核計画を脅威と見せようとしたことが明らかになっています。アメリカは始め、この主張をIAEAに提起し、その後、IAEA事務局長の報告を通じて、イランの核計画の懸念に関する主張という形で、国連安保理にこれを付託しました。

国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国は、根拠のない主張に基づき、政治的な行動の中で、国連憲章第7章と国連安保理決議により、イランに対して不公正な制裁を課しました。実際、ウィーンの協議以前のアメリカの役割は、制裁や脅迫によりイランの核計画を完全に停止することでした。IAEAもイランの核計画を軍事的なものとして、この試みを後押ししました。

しかし、最終的な合意の締結は、イランの敵が意図するシナリオを無意味なものにし、それを国連憲章第7章の適用外とすることで、イランに対する脅迫を無効なものにしました。この合意は、シオニスト政権イスラエルのネタニヤフ首相がアメリカを何度も訪問するほど、イランの核計画に対するシオニスト政権のプロパガンダ活動をも混乱させました。彼は国連総会で消極的な反応を見せることで、この合意を妨害しようとしました。

核合意は、欠点や問題点はあるものの、イランに対する敵対的な一連の圧力と複雑な状況を考慮すると、それ自体、1つの成果であるといえます。国際法の観点から、イランは外交の枠内で、国連憲章第7章の適用外となることができ、同時に、自国の核の権利と、国連安保理の理事国の数カ国が反対していたウラン濃縮を継続する権利を獲得しました。この成果は、英雄的な柔軟さによる政治的勝利であり、イランの核活動の平和性に関するIAEA理事会決議は、この成果に客観性を与えました。

現在、包括的共同行動計画に基づき、イランは平和的な核保有国として、完全な核燃料サイクルとウラン濃縮の権利を持つ国とされています、イランの原子力関連のインフラは、維持されることになります。もっとも、信頼醸成のしるしとして、イランは核計画において期限付きの一部の制限を受け入れています。

このように、IAEA理事会はイラン核問題のPMD問題に関する調査の終了を宣言することで、対イラン制裁の終了に向けた重要な歩みを踏み出しました。遠心分離機の数と濃縮ウランの保有量の削減、アラーク重水施設の炉心の撤去などは、イランが合意の実行のはじめの段階として行う措置の一部です。包括的共同行動計画により、イランが保有する濃縮ウラン10トンと、イエローケーキおよそ200トンの交換が行われました。アラーク重水施設の再設計に関する公式文書も、締結された核合意により署名が行われました。

包括的共同行動計画は核問題の中での合意ですが、明らかに政治的、経済的に大きな影響を持っています。昨年のイランの政治・経済関係におけるこの変化の影響は、特に昨年の後半の数ヶ月の、ヨーロッパ諸国やアジア諸国の大規模な政治使節団や経済使節団のテヘラン訪問に現れています。

現在、イランに対する見方は、過去のそれとは異なっています。この変化は、イランの優れた地位とイスラム体制の前進を示す特別な意味を持っています。しかし同様に、イラン国民に対する敵対が終わっていないということを忘れるべきではありません。イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師が、包括的共同行動計画を枠組みにして形作られた協議の結果は、構造的な弱点やあいまいな点があり、正確な注意を怠れば、イランの現在と未来への大きな損害につながる可能性のある問題が多く含まれていると強調した形で、核合意は締結されています。これに関して、イラン国会の国家安全保障最高評議会は、政府がそれを考慮することが必須だと指摘しています。

核問題の今後に関する計画に関して、ハーメネイー師は、責任者は国会が承認した事柄を実施すべきだとしています。これに関して、原子力エネルギーの中期的成長を目的として実施し、国家安全保障最高評議会で、注意深く検討が行われるべきなのです。イランの原子力庁は、これに関して、諸側面における調査と開発を、今後8年間、包括的共同行動計画の中で、受容可能な濃縮活動に技術的な不備がないような形で組織化する義務を負っています。

ハーメネイー師はイラン国会で包括的共同行動計画が審理された後、ローハーニー大統領と国家安全保障最高評議会書記に書簡を送り、この義務について触れ、「テロや人権といった繰り返しの偽りの口実により、協議の相手側のいずれかの国によって行使される制裁はどのようなレベルであれ、合意への違反と見なされ、イラン政府は、国会で承認された第3条の規約に基づき、その活動を停止する義務がある」としました。

包括的共同行動計画という名のイランと6カ国の核合意は、政治アナリストの見解では、さまざまな結果を伴うことになるとされています。その最も重要なものは、NPT核兵器不拡散条約の強化と、イランとIAEA、核技術保有国の間の、原子力によるイランの生産物の商業化における、原子力協力の拡大だと指摘されています。イランの核の権利が世界の大国によって正式に認められたことで、地域的、国際的協力におけるイランの地位も向上し、イランは外部による多くの問題から解放され、国際的な政治協力、とりわけ地域の危機に関する協力の中で、その決定的な役割を果たすことになるのです。

]]>
世界の情勢 Mon, 04 Jan 2016 21:34:38 +0900
最高指導者の欧米の若者への書簡におけるテロの問題 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61036-最高指導者の欧米の若者への書簡におけるテロの問題 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/61036-最高指導者の欧米の若者への書簡におけるテロの問題

 

ハーメネイー師はこの書簡の中で、より安全な将来のための策を考える上で、テロリズムをイスラム世界と西側社会の共通の理解の基盤だとしています。

ハーメネイー師は欧米諸国の若者に向けた2通目の書簡で、次のように語りました。「フランスでの最近の出来事の中で経験した情勢不安や緊張、そしてイラク、イエメン、シリア、アフガニスタンの人々が長年強いられてきた苦しみとの間には、主に二つの違いがある」 ハーメネイー師はこの違いを明らかにする中で、「第1の違いは、イスラム世界はより広い側面で、より大きな規模で、より長い年月において、恐怖にさらされ、暴力の犠牲になってきたということだ」と述べました。そして、第2の違いとして、こうした暴力が常に一部の大国によって、さまざまな手段、効果的な形で支持されていることを指摘しました。その実例として、アルカイダやタリバン、彼らに追随する悪しきグループの強化と武装化に、アメリカが関与していることが挙げられます。

ハーメネイー師の西側の若者に語りかけている書簡は、確かに多くの外国メディアの注目を集めましたが、一部のメディアはそれを無視し、この書簡の一部だけを一方的な見方により、あるいはテロに関する西側のダブルスタンダードな定義により解釈し、評価しています。

ハーメネイー師の西側諸国の若者に向けた書簡は、あらゆる視点から、西側の社会と文化の根源が抱えている問題を再び考える必要性を強調しています。ハーメネイー師がこの書簡のはじめで強調したように、フランスであれ他の地域であれ、世界のどの地域にあっても、全ての人間の苦しみはそれ自体、同胞たちにとっては悲しいものであるものの、今日の情勢不安から学ぶことで、現在起こっている惨事のない未来を作る道を開くことができます。

最高指導者の書簡で詳細に、そして注意深く、若者の間の過激派思想の根源を説明する中で触れられていることは、西側の人間であれ、アジアやイスラム世界の人間であれ、全ての人間の運命に関係しています。このため、明らかに、最高指導者の第1の書簡で示されたように、西側メディアは真実を示す傾向になく、むしろ、この書簡のメッセージの深い影響力の拡大を防ぐため、この書簡で示されている、西側の政治体制や、テロや過激派に対するダブルスタンダード政策に疑問を呈しているという一部の重要な点を、それほど重要なものとして取り上げなかったり、あるいは全く取り上げないという行動に出ています。

最高指導者の若者に向けた書簡は、西側メディアのボイコットにもかかわらず、世論、とくに若者に対する、仲介なく真理を語ることの影響力を証明しました。このメッセージの影響は、ネットワーク上の論文や、インターネットサイト、ソーシャルサイトという形で、西側政府に対する政治的な批判を行う見解表明の中で見られます。

西側世界は、常に大小のテロ事件の後、いつもどおりの方法に従い、自身を俯瞰するのではなく、暴力を拡大したとしてイスラムやイスラム教徒を非難するという、性急な手段を選択することに慣れてしまっています。その性急な反応の結果は、表面的な措置や、感情的で性急な行動です。この行動は現実逃避であり、このため西側はこの方向で歩みを進め、毎回、暴力の実質的な根源を認識することから遠ざかっています。これこそはまさに、テロ対策における西側諸国の大きな誤りなのです。

ハーメネイー師はこの書簡の中で、次のように語りました。「数百万人の活動的で責任ある人々で構成される、ヨーロッパやアメリカに住むムスリムの社会を、孤立、あるいは恐怖や動揺の中に置き、これまで以上に、彼らの基本的な権利を奪い、社会の中心から外すようなあらゆる性急で感情的な動きは、問題を解決するどころか、溝を深め、わだかまりを広めるだろう」

最高指導者のこの書簡は、主に西側の若者に語りかけており、西側の文化や教育の影響を受け、暴力的な行動や攻撃的な性質に向かう若者に対して、真理を語っています。ハーメネイー師はこれに関して、イスラム世界などのほかの国の人々と西側の文化との相互的な影響や結びつきという問題を指摘し、「この不適切な結びつきの影響を受けて、実際に、西側の文化で慣習となった過激な行動や性質の一部が、他の国の国民に強要されている」と述べています。

もっとも、おそらく初めのうちは、ISISのような犯罪集団が表面的にはイスラム諸国で、しかもイスラムの名で犯罪や過激な行動を行っていながら、それがなぜ西側の文化的中心から外に出たのかということは驚きに感じられるでしょう。明らかにこの疑問対する答えは、テロに視線を向ける中での西側の思想や行動の中に探るべきものです。これに関する研究や調査は、西側の若者よって行われるべき、最も重要な業務でしょう。これに関するはじめの問いは、テロに対する西側のダブルスタンダードに関するものであるべきです。なぜなら、西側の政策をダブルスタンダードが占め、テロがその支持者の見解において、中道派と過激派があるとして、西側で彼らが支援を受けている限り、この共通の痛みに対する共通理解にいたることはできないからです。

この考察における2つ目の疑問とは、西側がテロに対する一方的で恣意的な解釈に頼り、シオニスト政権イスラエルがパレスチナ人に対して行っている圧政、犯罪、テロを常に支持している一方で、なぜ西側の有識者は暴力の根源を常に別の場所に求めるのか、という疑問です。西側はイスラエルの犯罪を、テロや暴力的な行動、過激派の拡大とはみなしていません。しかし、占領者に対するパレスチナ人の合法的な防衛は、西側の政府関係者などの見解では、テロにあたるとされています。

このような行動や思想は、長年、西側社会における政治文化の一部となっており、次第に社会における暴力的な行動の傾向を強めています。この行動は今日、特にイスラム世界などの相対するほかの文化に抵抗しています。まさに問題は、テロの根源が西側の政策にありながら、西側自身をテロ対策における先駆者であるかのように示していることにあります。西側の政治におけるこの

ダブルスタンダードにより、過去数十年間で、嘘にまみれた内面があらわになっています。

西洋の行動や文化的規範には、暴力の拡大に向けた下地が用意されており、このような環境で安全と平穏を確立する方法を見出すのは非現実的です。この現実に注目し、ハーメネイー師の欧米諸国の若者に向けた書簡では、西側で暴力を生み出す思想を改め、性急な反応を避けることが、暴力と過激派の根源に対処するうえでの注意事項の一部であることが指摘されています。ハーメネイー師はこれに基づき、西側の若者に対して、正しい理解と苦い経験の活用により、イスラム世界との正しく栄誉ある交流の土台を築くよう求めました。

最高指導者の欧米諸国の若者に向けた2通目の書簡も、フランスで再びテロが起こった際に記されました。確かにイスラム過激派というグループがパリのテロを起こしましたが、この過激派組織は、西側の大国、とりわけアメリカによって作られ、強化されたものです。

ハーメネイー師の書簡における、西側の体制の思想的、道徳的基盤が崩壊に向かっているという現実の指摘は、欧米社会に大変多くみられる目撃証言に基づいています。西側の思想体系は、表面的には西側の観点による価値ある主張に基づき、自由、民主主義、人権、各国の国民の防衛といった魅力あふれるスローガンが入り混じっており、表面的には西洋の文明の配色を帯びています。しかし、これは表面的なものでしかなく、その内部では、真理ある内容は欠如しており、それは単に西側の政治的、プロパガンダ的な道具とされ、その目的とは、西側の価値体系が他の国のそれよりも優れているという吹き込みです。

いわゆる西側の価値体系を揺るがしている要素の一部は、西側で拡大しつつある道徳的、精神的危機です。これは、西側で人々、特に若者の間で、むなしさや精神的な安全のなさという感覚が拡大している明らかな表れです。こうした中、西側の家庭が揺らぎ崩壊しており、今や数十年前に始まった西側社会の女性の役割に対する見解としてのフェミニズム運動に対し、思想家や精神科医が疑問を呈しています。西側では、1つの価値観とされている同性愛を初めとする道徳に反する現象も、倫理体系を退廃に追い込んでおり、もはや西側の価値体系には、崩壊する運命しか残されていません。

政治的な面においても、西側の大国が民主主義や人権のスローガンを掲げていますが、ハーメネイー師は西側の若者に対して、「最も遅れた政治体制が、常に西側の同盟者の列に位置している中、地域の躍動的な民主主義から立ち上った、最も明らかで発展した思想は冷酷に弾圧されている」としています。この明らかな矛盾は、西側の政策の中に見られます。

一方、西側は、この矛盾とダブルスタンダードに対して、どのような答えを持っているのでしょうか。西側はパレスチナ、シリアなど、西アジアの危機の中心地において、過激派の支援以外にどのようなことを行ったのでしょうか。アメリカ同時多発テロ以来、西側やNATO・北大西洋条約機構の軍事勢力に対するアプローチは、テロ対策ではなく、テロや戦争、過激派の拡大となっており、これは西側が世界にもたらしたと主張する秩序と治安の確立において、西側が失敗したことを表すものです。最高指導者ハーメネイー師の欧米の若者に向けた書簡は、大いに考える余地のあるこのような問題に目を向けているのです。

]]>
世界の情勢 Mon, 28 Dec 2015 18:46:05 +0900
メナーの惨事の人権的な側面(4) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60668-メナーの惨事の人権的な側面(4) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60668-メナーの惨事の人権的な側面(4)

 

2ヵ月以上が経過しても、多くの巡礼者が行方不明のままであることから、この問題の側面は拡大しています。確実に、サウジアラビア政府はメナーの惨事に関して、国際的な責任を負っています。人権に関する文書や国際的な文書では、政府はさまざまなアクシデントに対して、外国人の権利を擁護する義務を負っているとされています。いずれにせよ、もし政府が観光や巡礼、商業活動のために入国許可を出せば、彼らの生命の安全を確保する責務を負い、安全確保と人命保護に向けた行動をとる必要が生じます。つまり、サウジ政府は、この惨事で死亡し、負傷した人の損害を賠償し、遺族に対応する義務があります。このため、この惨事の犠牲者も、法的な形で失われた権利を賠償させるために行動する権利があります。犯罪国に対する法的な係争の提起や、法的追及は、今後このような惨事が繰り返されるのを防ぐことができます。

世界人権宣言によりますと、身体的、精神的、あるいは物的な被害をこうむった人は誰でも、失われた権利の賠償を求める権利を持っており、これに関して、本人やその親族は行動することができます。つまり、他国で抑圧を受けた外国人は、その国の裁判所に異議申し立てや法的訴追をおこなうべきなのです。1963年に締結された領事関連のウィーン条約では、国外で被害を受けた外国人は、所属する国の大使館や領事代表部に問い合わせ、彼らの問題を追求するために必要な支援をこれらの機関に求めるべきだとされています。

国際的な法的訴訟の提起のためには、まずはじめに、サウジ国内の裁判所に法的訴訟を行う必要があります。サウジアラビアの法的機関が公正な措置をとることができない場合には、国際裁判所に提訴する方法をとることになります。国際裁判所は、いくつかのケースにおいて、外交機関の支援による法的係争の提起を受諾しています。このため、政府はその国民の代理として、その人物の権利を守るために、犯罪国に異議申し立てを行うことになります。つまり、最初の措置で、メナーの惨事の被害者は、サウジ国内の裁判で法的訴訟を提起すべきであり、またサウジ国内の裁判所も、法的な基準に従い、公正な判決を出すことを義務づけられています。もしサウジの裁判所がこれに関して責務の履行を怠ったり、適切な審理を行わなかった場合、被害者が所属する国は、自国民の権利を擁護するために、外交的支援の下、国際裁判所に法的訴訟を提起することができます。

国際裁判所において訴えを起こすには、まずはじめに巡礼者に対するサウジの国際的な責務の履行の違反に関する証拠や原因を集め、サウジアラビアと提訴する国が批准している国際条約と照合されることが必須です。また、もしサウジアラビアと提訴する国の間に合意が存在する場合、その条項も留意されるべきでしょう。サウジアラビアによる領事関連のウィーン条約への違反は、法的訴訟の提起のために精査することが必要となるケースです。

メナーの惨事で多くのイスラム教徒が死亡した事件により、イスラム世界は喪に服すことになりました。つまり、イスラム世界は8000人のイスラム教徒の人命が失われたことに関して、大きな責任を負っているのです。OIC・イスラム協力機構は、大変真剣にこの問題を追求すべきなのです。また、この機関はイスラム諸国の首脳レベルの会合を開催し、国際的な特別調査委員会を結成によりこの問題を検討し、サウジアラビアに責務の履行を義務づけるべきです。

一方で、イスラム協力機構は、イスラム諸国の政府の間の合意により、巡礼者調停裁判所といった裁判を立ち上げることができます。この裁判所は、メナーの惨事の調査委員会の結成、そのほかの法的訴追とともに、毎年のメッカ巡礼儀式における巡礼者の安全と福祉を確保することを可能とするのです。

確かに、イスラム協力機構には、公正裁判所という裁判所があります。この裁判所は、国際裁判所のような法的機関であり、イスラム諸国間で発生が予想される法的係争のためのものですが、これまで一度も訴訟が行われていません。

イスラム教徒にとって最大の集会としてのメッカ巡礼儀式の催行の管理は、国際的な体制を有するべき、といえます。また、必要であれば、規約という形で、巡礼者の安全確保の責任を明確にし、整備する可能性が整えられ、今後同じような問題に直面した場合に、どのようなケースを考慮するかを明確にすべきです。同様に、イスラム協力機構はこの問題に介入し、巡礼儀式のプロセスに対する計画の立案とまとまった管理により、合同委員会という形で監視すべきなのです。もっとも、これが実現されるのは、イスラム諸国の外交が活発化したときです。また、イスラム諸国が苦しんでいる問題については、そのニーズに対応し、各国の国民の権利を守ることのできる国際的な組織が結成されるべきでしょう。

メナーの惨事の法的追及を行う中で、国連安保理や国連人権理事会のような国際機関も、調査委員会を結成し、その法的な側面について調査すべきなのです。一部のアナリストは、この惨事は故意に起こされたとしています。明らかに、調査委員会はそれが故意に起きたものなのか、あるいはそうでないのかを明確にすることができます。もし、調査委員会がイスラム諸国やそれ以外の各国から結成されれば、巡礼者の管理が適切だったとするサウジアラビアの主張の真偽を調査することができます。

国連安保理や人権理事会による調査委員会の結成に関しては、前例があります。レバノンのハリリ首相がテロによって暗殺されたとき、調査委員会が結成されました。調査委員会が国連によって結成された際に、国際的な支援があるのは、当然のことです。国連人権理事会もシオニスト政権のガザ攻撃に関して、調査委員会を設置しました。明らかに、サウジアラビアも国連加盟国として国連憲章を受諾しており、この委員会に積極的に協力しなければなりません。

国際司法裁判所におけるメナーの惨事の刑事的な審理に関しては、一部のアナリストが国際刑事裁判所で争うべきだとしています。しかし、これについてはいくつかの問題があります。第1に、国際刑事裁判所では、大量虐殺や人道に反する犯罪、戦争犯罪の裁判を担当します。第2に、この裁判所の裁判は、対立する双方の政府が、その正当性を認めた場合に執行が認められますが、サウジアラビアは国際刑事裁判所の規約を承認していません。国際的な裁判に関しては、提訴された国の政府も承諾する必要があります。このことから、この問題の法的訴追ができる唯一の裁判所は、サウジアラビア国内の裁判所となります。ここから、メナーの事件に関して、サウジアラビアの裁判所に提訴しなくて済むような、国際的な裁判所が存在しないということになります。

被害国は、調査委員会の支援の名目で、国連総会や人権理事会など、国連機関の支援を得ることができます。もしこれらの機関が問題を審理し、その訴追が国際法において有効であると認められ、もし損害賠償の段階に至った場合、国際的な形で実行されることになります。また、国連総会の枠内で、国連事務総長との書簡を交わすのも、実行可能な措置です。

重要なのは、8000人近くが死亡し、巡礼者の権利が侵害されたことです。統計は、この惨事が大量虐殺にほぼ等しいとしています。この問題は国際人権機関にとって、懸念すべき、そして追求に値する問題です。人権問題が議論される場合、イランのような国において麻薬の密輸で4人が死刑となった場合には、人権侵害という主張を行い、圧力を加えます。一方、どのようにして、国連は巡礼儀式の中で8000人近くが死亡した事件を見逃すことができるのでしょうか。

現在、国際機関や国連はこの惨事に関して、消極的な対応をとっています。イスラム諸国やこの惨事の被害国は、真剣に自国の法的な権利を追求すべきであり、また国連は国連憲章にしたがって、人権侵害に対して必要な措置をとる義務があります。

]]>
世界の情勢 Mon, 14 Dec 2015 23:12:14 +0900
メナーの惨事の人権的な側面(3) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60476-メナーの惨事の人権的な側面(3) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60476-メナーの惨事の人権的な側面(3)


サウジ政府は、国際的な基準に従い、巡礼者の基本的人権を尊重し、保証することが義務とされています。もし、受入国がこれを怠れば、国際的な責任を負うことになり、それに応えなければなりません。すべての国際機関のメンバーも、世界各国に人権関連の法規を遵守するよう勧める義務があります。
残念ながら、メナーの惨事では当然の、基本的な権利の多くが侵害されました。サウジ政府は、多くの人権を遵守せず、この惨事をさらに悪化させました。生存権、安全の権利、衛生的な保護を利用する権利、水を飲む権利、遺体の尊厳が保護される権利など、これらは、この惨事で侵害された巡礼者の権利でした。また、サウジ政府関係者は、ほかの国の人道支援の受け入れを禁止し、侮辱的な行動、非人道的な罰則や拷問により、人権の多くを蹂躙してきたのです。
実際のところ、サウジの政治体制は巡礼者の受入国として、ビザを取り、サウジアラビアに入国した人々の安全を保証することができていません。それどころか逆に、命を危険に陥れていれていることについて、完全な責任を持っています。最も重要な事柄のひとつは、国際的な人権、個人の安全で、それは国際レベルで最も基本的な権利であり、また、人権に関して最も基本的なものです。
各国の政府や国民は、特に、巡礼者や観光客がビザの発給により、完全に合法的な形で入国した場合、彼らの安全を完全に確保する義務があります。これに関する世界人権宣言の内容は、明らかに、集団的安全の問題として扱われています。
巡礼者の安全の確保におけるサウジアラビアの前歴は、大いに批判すべきものだといえます。この15年間で、多くの巡礼者が巡礼儀式の中で命を落としています。つまり、死亡事故が起きることは、予想可能であり、また防ぐことができました。公式統計によると、1990年に死亡した巡礼者は1426人、1994年には270人です。また、1997年の火災では340人が死亡、1998年、2001年、2004年、2006年にも、数百人がサウジ当局の管理不足と無関心、怠慢の犠牲となっています。今年も、毎年の問題に加えて、不透明な理由によりサウジアラビア軍によって順路がふさがれ、事前に調整することなく、巡礼者の進行方向を変えたことから、大規模な惨事が発生しました。このため、今年の巡礼はこの40年間で最大の犠牲者を出した巡礼となりました。
今年のメナーの惨事は、巡礼者の人権の多くが侵害されたことに加えて、巡礼者の遺体に対する尊厳が守られなかった事件でもありました。サウジ政府は、当初から各国に情報を提供することなく、殉教者の遺体の埋葬を始めました。メナーの惨事の犠牲者の遺体を埋葬することの法的な側面については、これはサウジ政府の権利とは見なされません。サウジ政府は、国際法規に照らして、犠牲者の遺体をそれぞれの出身国に返す義務を負っていたのです。
外国人の遺体を他国に埋葬できるのは、その遺族やその外国人の出身国の政府が同意した場合です。このため、サウジ政府がこの措置を自らの判断で直接行うことはできません。各国間同士の取り決めでは、どのような理由であれ他国で死亡した外国人の遺体は、死亡した先の国で埋葬できないことになっています。実際に、受入国の政府は、死亡した外国人の遺体を、その外国人の国に返すことができるのです。つまり、もし、巡礼者の遺体が、各国の政府や家族に対する通達や、これらとの合意なしに行われれば、サウジ政府は国際法規に違反することになり、これに関して対応する必要が出てきます。
そのほかの注目すべき点には、メナーの惨事による行方不明者に関する疑惑やあいまいな状況、というものがあります。サウジ政府は国際社会に対して、なぜこれまでおよそ2ヶ月が経過していながら、行方不明者の捜索・特定の義務を行わなかったのかについて回答する必要があります。
明らかなのは、メナーの惨事ではサウジアラビアによって世界人権宣言が明白な形で侵害されたことです。サウジアラビアの執行機関や軍は、国際法規に反する行動により、国際的な責任が成立する要因を作り出しています。国際的な責任は、国際法に従って精神的、物質的な損害を賠償することを義務とし、その損害とは、非合法的な行動、あるいは国際法規の違反により生じている可能性があります。
不快な惨事が繰り返されることで、サウジアラビアはどのようなときも、法的な釈明の場に呼び出されていないということが示されています。つまり、犠牲者となった巡礼者の出身国は、政治的な関係、一部は自国の利益を守るため、この惨事の法的追及を放棄しました。そうした国は、問題を政治化することで、政治的な見解に大きな影響を受けた立場をとっています。一方で、法的係争を追求する計画は、多くの経費を必要とし、時間もかかり、その結果も予想することができません。法的措置は、その前に何よりも、法的に認められる決定的な証拠と原因の収集、各条約や2国間、数カ国間の合意文書の調査、国際的な慣例法の精査が必要です。
サウジアラビアによる巡礼者に対する権利侵害は、明白であり、サウジ政府はメナーの惨事に責任があります。サウジ政府が責任を受け入れない、または責任者を探すための調査を行うことは、、国際法から、この惨事に関するサウジアラビアの国際的な責任に影響を及ぼすことはありません。なぜなら、合法的な形で入国した巡礼者に対するサウジアラビア政府の責任は、国際的に特別な位置づけにある、人権における責任であるからなのです。
人権上の責任とは、全ての人々に適用される責務です。この意味で、この責務は集団の利益を守るための、国際社会に関連するものです。つまり、損害をこうむった政府だけでなく、そのほかの政府も、人権侵害を立証することができます。もし、サウジアラビアが責務を守らず、何もしない場合、国際社会は沈黙することはできません。このため、損害をこうむったイスラム諸国の政府や、そのほかの政府、国際社会全体、あるいは国連やOICイスラム協力機構でも、国際法規に沿って、この問題に介入すべきなのです。
被害国の政府は政治的・法的な形で、協議、仲介、国連やOIC、国際司法裁判所などの国際機関への提訴などを活用し、この惨事の犠牲者の権利の擁護と、サウジ政府の責任の立証を追求すべきなのです。もっとも、協議、仲介、裁判、国際司法裁判所などへの提訴は、サウジアラビア政府の同意を必要とします。
これまで、サウジ政府関係者は国際法規の点から責任を負うべきだということが明らかになっています。つまりサウジ政府は、通常の、そして精神的な損害に対して補填し、この惨事を繰り返さないようにする責務を果たすだけでなく、全てのイスラム教徒とイスラム諸国の政府に正式に謝罪する義務があります。簡単に言えば、物的、精神的な損害をこうむった国に対して、賠償しなければなりません。この惨事はイスラム諸国の人々の感情を傷つけ、尊厳を貶め、人権を侵害し、巡礼者の家族などの人々の心を大いに傷つけました。このため、正式な、外交上の謝罪が必要なのです。最終的に、サウジ政府は、この惨事の原因となった人物や責任者の法的な追及や処罰によって、この惨事の被害者の苦痛を、わずかばかりでも軽減するべきです。
8000人の巡礼者の死亡は、イスラム世界にとって大変痛ましいものです。将来の惨事を防ぐためにも、犠牲者や被害国、国際社会は、真剣にこの問題を法的に追及する義務があります。一方で、各国の外務省の義務や権限のひとつとは、自国民の権利を追求することです。被害国の外務省は、使命と責務を遂行する中で、国際社会、イスラム協力機構、国連安保理などを通じて、サウジアラビアの法的訴訟の問題を、政治的、外交的、法的に取り上げることが期待されています。

]]>
世界の情勢 Mon, 07 Dec 2015 22:56:14 +0900
メナーの惨事の人権的な側面(2) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60032-メナーの惨事の人権的な側面(2) http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/60032-メナーの惨事の人権的な側面(2)

 

メッカ巡礼儀式を開催するサウジアラビアは、すべての巡礼者にサービスを提供し、巡礼という宗教義務を行うために聖地を訪れた人々の安全を確保する義務を負っています。国際法に基づき、サウジアラビア政府は、巡礼者の権利を侵害したことになり、国際社会に対して責任を取る必要があります。

巡礼者の安全確保は、巡礼者にとって最低限守られるべき明らかな権利ですが、メナーの惨事ではそれが侵害されました。残念ながら、この惨事では、8000人近い巡礼者が亡くなりました。こうした中、サウジアラビア政府には、国際法に則り、査証を発給した外国人に対し、生存権を含む権利を保障することが義務付けられていました。

保健衛生サービスを受ける権利も、巡礼者が損なわれた権利のひとつです。サウジアラビアは、すぐに負傷者を助け出すべきでしたが、目撃者によれば、彼らはこの人道的、法的責務を怠ったということです。多くの負傷者、助けを必要としていた人たちが、暑さの中、圧迫され、命を落としていきました。サウジアラビアの救援隊が十分な訓練を受けておらず、危機管理ができていなかったこと、サウジアラビアが他国の救援隊の支援を拒否したことから、この惨事は拡大しました。

この他、飲料水に関する権利も、この惨事では損なわれました。世界人権宣言第25条では、誰でも衣食住、医療及び社会的なサービスから、自分と家族の健康と福祉に十分な生活水準を確保することができるとあります。人間は、最低限の生活レベルを享受する必要があり、飲料水を利用する権利も、人間の経済的、社会的な権利のひとつとして定められています。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第11条は、はっきりと、この権利に触れています。

目撃者によれば、巡礼者の多くは、暑さ、のどの渇き、酸素不足によって命を落としました。助かった人たちは、惨事のあった日は非常に暑く、日差しが強くて、負傷した人々は暑さに苦しんでいたと話しています。彼らはのどの渇きに苦しみ、水を強く欲し、そのうちに気を失っていきました。

サウジアラビアの治安部隊や救援隊は、負傷者に簡単に飲料水を届けたり、彼らに水をかけたりできたはずでした。惨事の現場近くには、消防署があり、水もありました。惨事のあと、現場上空を飛行したヘリコプターからも、放水することが可能でした。しかし、それらはまったく行われなかったのです。

いかなる政府も、人民に対して侮辱的な対応を取ったり、非人道的な処罰、あるいは拷問を行ってはなりません。国際人権規約の第7条では、誰も拷問、侮辱的な扱い、非人道的な処罰を受けないとされています。この他、世界人権宣言やイスラム人権宣言でも、「誰も肉体的、精神的な拷問を受けることはない」とされています。

拷問等禁止条約の第1条によれば、拷問とは、公務員などが、身体的、精神的な思い苦痛を故意に与える行為と定義されています。

では、死の危険が迫っている人々に水を与えず、そのまま放置することは、拷問には相当しないのでしょうか?目撃者によれば、遺体としてコンテナに積み込まれた人々について、生きているかどうかはチェックされていなかったということです。彼らによれば、コンテナに詰め込まれた人々の中には、気を失っていただけで、まだ生きている人もいたということです。その中に遺体と一緒に詰め込まれ、ただ死を待つことは、拷問ではないのでしょうか?

差別的な行動を制限する権利も、各国が守るべき権利のひとつです。しかし、惨事で助かった人や目撃者の証言は、衝撃的なものです。一部の負傷者は、その国籍を理由に意図的に放置され、抗議すると、ぶしつけな対応や侮辱にあったというのです。

巡礼者のこの他の人権は、人間、遺体の尊厳の維持です。1990年に採択されたイスラム人権宣言では、「遺体の尊厳が維持されるべきであり、それを守るのは政府の責務である」とされています。しかし、残念ながら、サウジアラビアは、巡礼者が亡くなった後も、遺体を正しく管理しませんでした。最後の遺体が惨事の現場から集められたのは、惨事が起こってから何時間も経った後のことでした。遺体は暑さの中で何時間も通りに重ねられていたため、腐敗が進んでいました。

また、遺体の数は、メッカ、ジッダ、ターイフの遺体安置所の許容量を超えるものでした。そのため、遺体の一部は、冷凍コンテナの中で保管されましたが、残念ながら、それも遺体の保管に適した状況にはありませんでした。

目撃者の証言は、惨事を防止するための措置だけでなく、被害を抑えるための措置も取られなかったことを示しています。目撃証言は、負傷者への配慮がなかったことを明らかにしています。もし負傷者への対応が十分に行われていたら、おそらく、犠牲者の数はこれほど増えていなかったことでしょう。現場に居合わせた一人は、次のように語っています。

「メッカ巡礼者は、一人ひとり、命を落としていったが、サウジアラビア当局は何の反応も示さなかった。だが彼らは負傷者を治療したり、助けたりするための措置を講じるべきだった。10以上あった出口を開放すべきだったが、それらはすべて閉鎖されていた。これらの緊急通路には、各国の巡礼者のテントが張られていたが、これらの通路が解放されれば、けがをした巡礼者を移送する道ができた。人々は通路の外で、負傷者への支援を待っていたが、サウジアラビア当局は何の措置も講じず、これらの通路は結局最後まで閉ざされたままだった。もしサウジアラビアの関係者が責任感を持ち、警察に連絡し、警察が救援ヘリコプターで放水したり、風を送っていたりしていたら、巡礼者の酸素不足や呼吸困難が軽減していたことだろう。サウジアラビア当局の惨事の後の対応の遅れ、怠慢は、彼らが巡礼者の身の安全に対して責任を感じていないことを示している」

最後に、この惨事に巻き込まれた、と見られるイランの元駐レバノン大使をはじめ、一部のイラン政府高官など、各国の要人の安否が、いまだに分かっていません。概して、法に則って他国を訪問した場合、国際法に基づいて、その人の安否に対して責任が取られるべきです。そのため、サウジアラビアは、これらの巡礼者に何が起こったのかを明らかにする必要があるのです。

]]>
世界の情勢 Mon, 23 Nov 2015 17:29:26 +0900
メナーの惨事の人権的な側面 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/59818-メナーの惨事の人権的な側面 http://japanese.irib.ir/programs/世界の情勢/item/59818-メナーの惨事の人権的な側面

 

今回の番組では、メナーの惨事を人権的な側面から見ていくことにいたしましょう。

メナーの惨事から40日以上が経過しましたが、いまだに安否がわからない人たちがいます。この痛ましい惨事により、神の家の巡礼者7000人以上が命を落とし、多数が負傷しました。多くの人が家族を失い、子供たちが親を失いました。この惨事は、イスラム教徒の社会に大きな肉体的、精神的なダメージを与えました。

メナーの人道的な惨事は、死者の数の多さの点から大虐殺と比較することができるでしょう。たとえば、旧ユーゴ・ボスニアへルツェゴビナで発生したスレブレニツァの大虐殺でも、およそ8000人が殺害され、第二次世界大戦後、ヨーロッパ最大の大虐殺とみなされます。この事件は、今なお、痛ましい悲劇として人々の記憶に残っています。しかし、驚くべきことに国連やその他の国際機関は、メナーの惨事で多数の人が亡くなったことに無関心であり、沈黙という政策を取っています。

メナーの惨事を引き起こした原因が何であろうと、これほど多くの人間が死亡した出来事に対し、国連、OICイスラム強力機構、その他の国際機関、各国の政府や人権活動家はこの惨事に注目すべきでしょう。また、サウジアラビア政府は、メッカ巡礼の際に外国人巡礼者数千人が死亡したことについて、国際社会に対して責任を取る必要があるのではないでしょうか。

サウジアラビアはこれまで、メナーの惨事が起こった責任を受け入れていません。国際法の点から、各国の政府の責任は、それらの国の政府に受け入れられるか否かには関係なく、国際法への違反が見られるやいなや、その責任が発生し、国際社会に対して責任を取り、賠償を支払う必要があります。では、サウジアラビア政府にはどのような責任があり、どのような国際法規に違反したのでしょうか。

国際法によれば、各国の政府は、自国を訪れる外国人の受け入れにおいて自主的な権限を持っていますが、外国人が法的にその国に入った後は、そこに滞在する限り、さまざまな権利を有します。そのため、国際法規において、外国人の権利が定められています。外国人は実際、一般的な権利と特別な権利を持つことになります。

外国を訪れる人の一般的な権利とは、生存や安全など、すべての人間が持つ人権で、人間の尊厳を維持する上で必要な最低限の権利です。そのため、サウジアラビアをはじめとする各国の政府は、外国人に対して人間としての権利を守る責任があるのです。

世界人権宣言によれば、すべての国の政府は、人権に関する法規を守ることが義務付けられています。いかなる国も、どのような状況にあっても、人間としての最低限の権利を侵害する権利はなく、侵害が行われた場合、国際法の点から責任が発生し、国際社会に対して責任を負う必要があります。残念ながら、さまざまな状況証拠から、メナーの惨事においては、巡礼者の人権が侵害されたことがわかります。

人間の最低限の権利のひとつは、生存する権利、命の安全が保障される権利です。政府は、国民が安心して暮らし、自由が奪われないようにするために、彼らの安全を確保する義務があります。そこに市民と外国人の違いはありません。法的に他国に入った外国人は安全が保障され、政府は彼らの安全を完全に確保する義務を負っています。このことは、世界人権宣言や欧米、アフリカ、その他の国の人権条約にも言及されています。明らかに、7000人以上の巡礼者が死亡したことは、巡礼者の安全確保に対するサウジアラビアの取り決め違反を示す証拠になっているのです。

メナーの惨事とその後の人権違反として、巡礼者の健康が損なわれ、適切な医療サービスが受けられなかったことが挙げられます。健康は、人間が誇らしく生きるうえで最低限の権利であり、他の権利や自由を享受する上で不可欠のものです。

健康に生きる権利は、一般的な権利です。健康が話題にのぼるとき、頭に浮かぶのは、適切な医療サービスが受けられることです。国際社会でもこの問題が取り上げられています。世界人権宣言や経済的、社会的及び文化的権利に関する国際条約でも健康に生きる権利の問題が取り上げられており、「加盟国は、あらゆる人が肉体的、精神的に最高レベルの健康を享受する権利を認めること」とされています。

国際法により、政府はすべての人の健康と衛生を実現し、国家レベルで統一の取れた計画的な保健衛生制度を打ち立てることが義務付けられています。この健康制度は、保健衛生に適した計画、健康を守る上でのインフラの実現を含んでいます。サウジアラビアの政府は、外国人の健康を守ることに対しても責任を負っています。なぜなら、健康に生きる権利は人間の最低限の権利であり、そこに外国人と市民の違いはないからです。

この人間の権利に関するサウジアラビアの責任は、市民よりも外国人に対するものの方がはるかに重要です。なぜなら、メッカ巡礼の儀式は、毎年、決まった時期に決まった場所で行われるからです。さらに、巡礼者の数もだいたい決まっています。そのため、サウジアラビアの政府の責任はさらに高まります。このことから、サウジアラビアは、このような決まった数の巡礼者を管理し、彼らの権利を守る力を持っていなければなりません。さらに、このような惨事を予想し、それに対処できるように、危機管理能力をつけておく必要があります。

メナーの惨事の後、救援活動は遅々として進まず、負傷者が何時間も倒れたまま放置されていたという証言があります。また、メナーの惨事に遭遇した他国の医師や救援隊の話によれば、サウジアラビアの救援隊は非常に若く、危機の際の教育も受けていなければ、最低限の対処法すらも知らなかったということです。

国際法で触れられているもうひとつの点は、差別のない、保健衛生サービスの公正で適した提供です。差別なく、という原則は、国際的な人権制度における基盤です。国際人権条約でも、加盟国には、すべての人への差別のない権利の保証が義務付けられています。特に、女性や子供、高齢者や障害者は特別な配慮が必要になっています。

残念ながら、目撃者の話によれば、サウジアラビア政府の関係者や救援隊は、一部の国の巡礼者に対して差別的な対応を取っていたようです。このような差別の結果、一部の負傷者は長時間放置され、そのために命を落としたり、長い間苦しんだりしました。まだ息をしていた人たちが、遺体と一緒にコンテナーに入れられ、その中で多くの負傷者がゆっくりと亡くなっていきました。

さらにひどいことに、サウジアラビア政府は、イランをはじめとする他国の人道支援の度重なる要請を拒否し、負傷者の治療を手伝おうとする他国の救援チームにその許可を与えませんでした。

他国の救援隊によれば、サウジアラビアの警察と警備隊は、負傷者や遺体の周りをかこみ、他国の救援隊に活動の許可を与えなかったということです。イランメッカ巡礼機関の医療センターのマルアシー所長は次のように語っています。

「我々は本部の人間を総動員して救急車で現場に向かい、すぐにおよそ600人の巡礼者の命を救った。そのうち110人がイラン人だった。だが、救助活動を続ける中で、サウジアラビアの関係者に妨害され、我々のスタッフの中には身柄を拘束された者もいた」

こうした中、国際法によれば、ある国の政府が外国人の安全を確保できなければ、人道支援を受け入れるべきだとされています。

]]>
世界の情勢 Mon, 16 Nov 2015 19:10:35 +0900