イスラム社会文化論 http://japanese.irib.ir Fri, 20 Oct 2017 16:08:25 +0900 ja-jp 世界人道デーに寄せて http://japanese.irib.ir/component/k2/item/57329-世界人道デーに寄せて http://japanese.irib.ir/component/k2/item/57329-世界人道デーに寄せて


この事件を受けて2008年12月、国連総会は毎年8月19日を世界人道デーに制定し、人道支援活動に対する一般の人々の理解を促そうとしています。
この日が制定されたことにより、このような人道に反するテロ攻撃は起こらなくなるとの期待が生まれていました。しかし、残念ながらその後も毎年、人類に対する犯罪行為の嘆かわしい統計が発表されています。それらは、世界での暴力や過激派による悲劇を示しており、特に中東地域のものが多くなっています。今回は、世界人道デーにちなんだ話題をお届けすることにいたしましょう。

人類の歴史には、大量の人的被害を引き起こした恐ろしい戦争が溢れており、これらの戦争はあらゆる時代において多くの社会の基盤を破壊しました。様々な文明における改革者や思想家は最初の段階で平和の利点を指摘し、戦争による弊害を嫌悪することで戦争の阻止に努めました。彼らは、次の段階では仮に戦争を回避できない状態となった場合にも、出来る限り戦争に人道法を適用し、人間の尊厳が蹂躙されないよう、また民間人が戦禍から最大限に守られるべく、戦争による被害を減らすことに努力したのです。
残念ながら、現代においては国際的な人道法が発展しているものの、世界では女性や子ども、高齢者を初めとする民間人の大量虐殺が行われています。防衛手段を持たない人々の殺害や、学校、病院、民家の破壊といった行動は全て、文明人としての道に外れた思想に基づく政策の実例です。こうした犯罪行為は、パレスチナ・ガザ地区、イエメン、アフガニスタン、南スーダン、イラク、シリアを初めとした世界各地で見られます。

世界人道デーに因んだ行事を催すにも、世界の多くの地域における民間人やボランティアの救援隊員の危機的な状況に注目しなかったのでは、事実上この日を無視したことになります。特に、女性や子どもの殺害というシオニスト政権イスラエルの虐殺行為は、人権という原則に反する恐ろしい大惨事と見なされます。また、今年の3月26日からは、サウジアラビアが主導する地域諸国の連合が、イエメンへの軍事介入を開始しており、現在も継続されています。しかし、これはサウジアラビアとその同盟国が主張する目的を達成しなかったのみならず、事実上イエメンの民間人がその最大の犠牲者となっています。
サウジアラビアによるイエメンの攻撃は、全ての人々から違法行為とされていますが、その合法性に対する疑問はさておき、サウジアラビアとその同盟国の一部がこの攻撃で使用している手段は、国際人道法から見て禁止事項とされています。
国際人道法の視点から見ると、民間人に対する意図的な攻撃や無差別攻撃、民間人にとって重要な施設を破壊すること、民間人に対する略奪は国際人道法への違反の実例とされ、国際法廷での訴追の対象とすることができます。こうした攻撃で多数の民間人が犠牲になっていることは、この種の攻撃が国際人道法に反していることの明白な証拠となります。

残念ながらこの数十年間、多数のテロ組織が勢力を拡大したことにより、世界では想像し難い、新しい形の残忍な暴力行為が発生しています。例えば、イデオロギー的な思想を基盤として出現し、イスラム政権の樹立を主張するテロ組織ISISは、イスラムの中でも強硬な原理主義の一派であるサラフィー派、タクフィール派の教令に基づく思想を有しています。このテロ組織がそうした思想に基づいてこれまで行ってきた犯罪行為には、虐殺や女性の尊厳の侵害、イスラムやそのほかの宗教の信者の宗教施設の破壊などがあります。
ナイジェリアのテロ組織ボコ・ハラムも、サラフィー主義の思想の影響のもとに近年、同国北東部での活動を増やしており、同国の広範囲を占領しています。この組織の指導者は、テロ組織ISISの指導者と同様に、イスラム政権の樹立を主張しています。
ボコ・ハラムは、ナイジェリアの東部と北部の大都市に対してテロ攻撃を行っており、同国の遠隔地の村の住民をも殺害し、時には隣国でもテロ攻撃を実行しています。ボコ・ハラムは、2009年から現在までナイジェリアで活動しており、この組織のテロ攻撃により1万3000人以上が死亡するとともに、150万人以上が難民となっています。ナイジェリア北東部の漁業の町バガに対するこの組織のテロ攻撃で、この町の市民およそ2000人が1日のうちに殺害されました。ボコ・ハラムがナイジェリアの人々に対して行なっていた残忍な犯罪行為には、首を斬る、見せしめとして耳や鼻を切り落とすこと、繰り返しの鞭打ちなどがあります。
サラフィー派の原理主義テロ組織は、ナイジェリア以外の他のアフリカ諸国でも急激に成長しています。アフリカで成長しつつあるテロ組織の例としては、ソマリアのアル・シャバブ、エジプトのアンサール・バイト・アル・マクディス、モロッコの「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」、リビアのアンサール・アルシャリーアなどが挙げられます。テロ組織はいずれも、残忍極まりない暴力に手を染めており、これらのテロ組織の勢力範囲にある国々で活動するボランティアの救援隊員も、そうしたテロ組織の犯罪行為に巻き込まれているのです。

2013年に救援隊員の死傷事件に発展した暴力行為の4分の3は、アフガニスタン、シリア、南スーダン、パキスタン、スーダンの5カ国で発生しました。国際社会は、イスラムを名乗るテロ組織と真のイスラムを区別することで、世界各国の若者の見識を高める下地を作り、他人に対する支援という気高い思想の伝播に努力する必要があります。

世界人道デーは実際に、全世界で博愛の精神を価値ある物として奨励するための運動です。この日を尊重することは、イランのローハーニー大統領のイニシアチブにより、国連総会で採択された、過激派や暴力の存在しない世界の実現に向けた努力です。国際社会は、戦闘地域での虐殺の停止という目的をもって、犠牲者に対する人道支援や救助を行なう中、そうした虐殺行為に対して断固たる態度を示すべきなのです。
今日、世界は平和な世界の実現に向けて皆が役割を果たすことを必要としています。博愛主義という概念は、友情のもう1つの意味で解釈されるべきであり、この場合に博愛主義は正しい形、即ち自分の家族や同国人のみを愛するのではなく、全世界の人々を自分と同じ仲間として捉えるという形で現れ、実行されます。博愛の精神を持つ人々は、世界のどこの地域であれ人々が苦しんでいるというニュースを聞くと、同胞を助けたいという思いに駆られるのです。

イラン人は、世界で最も友愛の精神に溢れた国民の1つとされ、イランの歴史はこのことを裏付ける確固たる証拠です。イスラムは、憐れみ、友愛、平和、そして安らぎの宗教であり、預言者ムハンマドに下され、最も優れた聖典であるコーランでは、人類がこの上ない尊厳のある存在、そして他のどの存在物より優れたものとして捉えられています。戦争捕虜に対する待遇や戦闘方法に対する制限、子どもや女性への侵略の禁止、自然環境を破壊してはならないことといった人道的な価値観の代表的な例は、イスラムの指導者たちの語った内容に結集されています。この意味において、またイスラムの教えに基づき、イランは常に戦争や自然災害に見舞われている国の人々に対する人道支援の用意があることを表明しており、赤十字国際委員会といった国際機関と惜しみない協力を行なっているのです。

 

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イスラム社会文化論 Thu, 20 Aug 2015 16:30:49 +0900
国際青少年デーに寄せて http://japanese.irib.ir/component/k2/item/57106-国際青少年デーに寄せて http://japanese.irib.ir/component/k2/item/57106-国際青少年デーに寄せて

 

今回の番組では、国際青少年デーに際し、現代の世界の若者たちの状況についてお話してまいりましょう。

若者の世界は、情熱、意欲、感情、思考の世界です。若者たちは、社会の動脈であり、人々の目覚めた良心、政府の優秀な戦力と見なされます。そのため、若者たちに価値を置き、決定や計画に若者たちを参加させることが、これまで以上に、世界の人々の注目を浴びています。

相談の扉を開くこと、若者に意見を求め、若者と話し合うこと、それは政治家の目標の実現を促すだけでなく、若者の活動や計画への興味や能力を拡大させます。このような可能性が与えられれば、若者は、落ち着き、確信を持って自分の要求や考え方、感情を表現することができます。そのため、若者の問題に注目することは、社会や国民の幸福と安全を実現する上で根本的な問題となっています。

国連は、「今日の若者は、困難な雇用状況、職業の安全の低さ、重要な決定からの阻害により、自信を持つことができていない。そのため各国の政府、民間団体、大学、善意の市民は、労働状況を整え、若者に機会を与えることで、国家の未来を担う若者たちを支援することができる」としています。

数々の統計は、世界の人口の半分以上は30歳以下であることを示しています。この階層の問題や可能性を理解することが重要なのは、この若者世代の問題が、未来だけでなく、現在にも関係しているためです。各国の政府は、職業や収入がなく、教育の面で文化的な貧困に陥っている、数百万人の25歳以下の若者に注目していますが、国連のパン事務総長は次のように語っています。

「若者にとって、教育を受ける権利は改善されたが、今もおよそ7500万人の若者が学校に言っておらず、しかるべき教育を受けていない。また必要な技術も学んでいない。この技術の向上は、貧困の減少につながり、若者は適した職業を見つける準備を行う。また能力を伸ばし、自信が生まれる。これは全ての人のためである。この日、私は若者たちの技術の拡大への政治的、財政的な投資を求める。その結果、彼らは全ての人類のために、より恒久的で公正な未来を築くことができるようになるだろう」

イランは若年人口の多い国として、若者の能力の育成と開花に取り組み、文化・社会政策において、若者を特に重視しています。政府は、国家の管理や建設の様々な分野において、若者の能力やエネルギーを正しく利用するために全力を尽くし、若者の情熱や力が、社会の現在と今後のニーズを満たすために建設的に導かれるようにしています。

イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、若者の重要な特徴として、エネルギー、希望、独創力の3つを挙げ、彼らの最大のニーズは、技術を向上させるためのアイデンティティの確認であるとしています。ハーメネイー師は、「若者は自分のアイデンティティや目標を知るべきであり、自分が誰であるのか、何のために努力するのかを認識すべきだ」としています。根源のある純粋な文化を持つこと、正しい思想の基盤や原則に頼ることは、他の悪影響を受けない成功した若者を作ります。これらの価値観の基盤や思想的な原則は、その人の知識や道徳、精神性への注目の度合い、あるいは娯楽の選択、性質において完全に明らかになります。

ハーメネイー師によれば、基盤を持たず、考えない若者は、何をしたら良いのか分からない当惑した状態にあり、社会や両親に対してさえ、疎外感を持ちます。知識の発展に注目せず、宗教や道徳、精神性から離れます。目的のない友人を持ち、化粧が濃く、言葉が乱暴で、欲望の身に従って行動する人々の影響を強く受けます。また外国の病的な文化の影響を受けます。そのため、確かな基盤を持たない限り、その人は強い悪影響を受け、決して成功を収めることはありません。

ハーメネイー師は、若者の学術的な基盤の強化は、思想的、精神的な成長を伴ったものでなければならず、文化的な活動や手段を若者に委ね、社会が若者の能力や成長を目にすることができるようにすべきだとしています。
アナ2
ハーメネイー師は、今日、イランの若者は、知識や洞察力、見識を持ち、政治的で分析力もあるとし、このように語っています。「若者に何を求めているかと聞かれれば、私は、学問、心の清らかさ、運動だと答える。若者はこの3つを追い求めるべきだ。学問は、研究など学術活動である。若者はその力を持っており、学問の習得に努めるべきだ。若いうちはしたいことが何でもできる。つまり、学問、心の浄化、運動のいずれも、若いときに努力することが可能な事柄である」

若年期は、人生の中でも活力と情熱に溢れた時代であると同時に、最も欺かれやすい時期でもあります。成功した人間とは、若さという原動力を動かし、明らかな目標へと正しい道を歩むことができた人です。そのためイスラムは、活力や革新を若年期の産物とし、若さという貴重な宝石を守り、その価値を知ることを強調しています。イスラムの預言者ムハンマドは、このように語っています。「人間は最後の審判に立ったとき、若い時期をどのように過ごしたかが問われる」

若年期は重要な時期であるため、預言者ムハンマドの若者への優しいまなざしは、彼らに価値を与え、その人格を尊重し、感情を称賛するものでした。預言者ムハンマドはこのように語っています。「あなた方に勧告する。若者たちに良い態度で接しなさい。なぜなら彼らは繊細な心を持っているからだ」

歴史によれば、預言者の統治構造には常に、有能な若者が存在していました。預言者の基準は、様々な分野に立つ人々のふさわしさにありましたが、それは時に若者にも見られるものでした。そのため、預言者は若者に注目し、彼らを重視していたのです。

イスラムの預言者ムハンマドは、聖なる戦いの全てにおいて、軍の若い司令官であったシーア派初代イマーム、アリーに旗手を任せていました。預言者はまた、イスラム暦8年、2人の勇敢な若者を軍司令官に任命し、10年にはイスラム軍の司令官を18歳の若者に委ねました。経験を積んだ年上の多くの人々は、この司令官が年若いことを理由に抗議や不満を口にし、この措置に反対しました。

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イスラム社会文化論 Thu, 13 Aug 2015 16:12:11 +0900
イスラムにおける人権 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56901-イスラムにおける人権 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56901-イスラムにおける人権

 

8月5日は、イスラムの尊厳とイスラムの人権の日とされています。

 

この日、OIC・イスラム協力機構により、スラム人権宣言が発表されました。これにより、イスラム諸国も、純粋なイスラムの思想に倣い、イスラム法の観点から人権に価値をおくための集団のアプローチが可能となるよう、人権と人間の尊厳の枠組みに関する宣言を発表することになりました。

 

世界人権宣言を初めとする人権規約は、一部の原則や規範において、人間の本質にかなったものであるため、イスラムの人権の戒律の本質とも調和しています。しかし、その他の一部の条文は宗教的でない世俗的な基盤に基づいて制定されたものであることから、矛盾を拡大しています。このため、イスラム諸国の思想家たちは、独立した成文法を作ることで、現在の世界人権宣言などが持つ弱点を補うことにしました。イスラム諸国におけるこうした動きの結果が、「イスラムにおける人権に関するカイロ宣言」の発布です。この宣言は1990年8月5日、エジプトの首都カイロで行なわれた、第19回OIC外相会合で決議として採択されました。

 

イスラム人権宣言の内容は、世界人権宣言のそれと同様に、政治的、社会的な自由や、その他の多くの分野での自由を人権として認めており、こうした権利を享受できるよう、環境を整える責任は政府や社会にあるとしています。しかし、世界人権宣言やこれに関するその他の国際的な文書に見られる最大の欠陥は、人権が哲学的な事柄を基本にする以上に、西側の文化の変遷の中でもまれ、その文化の一部と貸した西洋文化の産物になっていることです。イスラム人権宣言と世界人権宣言は、多くの点で非常に類似しており、イスラム宣言は、宗教法に沿って、他人の権利や利権を尊重していますが、同時にこの2つの宣言は、根本的な違いを有しています。

 

イスラムの思想家と西洋の思想家との間には、人権に関して根本的な見解の違いが存在します。西洋の視点では、人権は人間個人からスタートし、人間個人で終わります。そこでは、法的な主張を判断するのは、人間の理性のみです。言い換えれば、個人の権利は世俗的な権利であり、神や神の啓示、或いは宗教とは関係ありません。これに対し、イスラム的な視点ではまず、人間は神に従属した存在、かつ神の創造物であり、神から独立した存在とは見なされません。それは、人間の存在の根源がまさに崇高で全能の神であるからです。このため、人間は自らの出現の源を無視することはできません。第2に、人間は神の影響力のもとに置かれており、人間に対する処遇は人間を創造した神の手に委ねられていることが指摘できます。

 

このため、人間は根本的な対立やその他の問題においては、正しく有効な法律の定義に立ち返ります。西洋の思想家は人間の要求に適い、人間中心主義に基づいた法律を有効なものと見なしているため、法律の有効性の原点は人々の要求や意見にあると考えています。しかし、イスラムの視点では、神から啓示され、人間の本当の幸福にかなった法律こそが、正当で有効だと見なされています。このため、法律の価値は人間の物質的、精神的な要求や幸福に合致しています。こうした見解により、人間を神に対しても自由な存在と見なす西洋の思想家とは違って、人間が神の命令に従うことが強調されています。

 

イスラム人権宣言の序文では、次のように述べられています。「人類に対し、神以外のものを崇めず、他のものを神と同列しないよう勧告し、イスラムの構造の基盤となっている、預言者ムハンマドの純粋な唯一神信仰を考慮し、イスラム法は精神性と物質性を混合させた」 法律の制定と法的な決まり事の合法性におけるイスラム思想の基本は、神とその啓示ですが、西洋思想では、人間と人間の欲求を基本とし、人間中心主義が基軸となっています。

 

西洋では、人権の法体系の立案と決定は世俗的な生活の枠組みだけを拠り所とし、来世の生活を無視したまま行なわれています。しかし、人間や人権に対するイスラムの見解は、世俗的な要求だけに限定されず、現世と来世を複合したものとなっており、イスラムでは現世は来世のための手段とさえされています。

 

西洋的な捉え方では、権利の目的は、政府やその他の機関に対して個人を擁護することにあります。西洋の思想や哲学では、政府や社会、他人は無慈悲な圧制者と見なされます。こうした見解では、権利は個人のものであり、集団のものではありません。そして権利は通常、ある種の足かせとも見なされる社会関係や家族関係から自らを切り離し、個人的な独立や自由を得られるようにするためのものとなります。しかし、イスラム的な捉え方では、権利の目的は、個人と社会の権利の実現、正義と平等の徹底にあり、最終的に人間が神にまみえる高い地位に到達することにあります。こうした哲学的、根本的な違いにより、イスラム人権宣言は一部の条文において世界人権宣言とは根本的に異なっているのです。

 

イスラム人権宣言の最も価値ある特徴の1つは、世界人権宣言では注目されていない点に着目していることです。イスラム人権宣言は、明らかに人権の範囲に含まれていながら、世界人権宣言では疎かにされている権利を支持し、刷新的な内容を持つ宣言として、その位置づけを世界の人々に証明し、イスラムにおける人権の価値と重要性を提示しました。また、植民地主義者と植民地主義を禁止することにより、これらとの戦いを全人類のために認め、各種の植民地主義を最悪の奴隷制として厳しく禁じています。イスラム人権宣言は、植民地政策に苦しめられてきた全ての国の国民のために、自由と自らの運命を決定する権利を正式に認めており、また全ての国とその国民に対し、植民地主義の犠牲者を援助し、この破壊的な現象を根絶することを義務付けています。

 

イスラム人権宣言はまた、道徳的な退廃のない清らかな環境の中で生活する権利と、人間の死後の尊厳の維持の必要性を指摘し、受け入れています。さらに、この宣言は政府の権限を、統治者に委託されたある種の預かり物と解釈し、これを預かる人に対しては、それを悪用してはならないとしています。このため、専制や独裁、その他のあらゆる形での政権の悪用は裏切り行為と見なされ、禁じられています。ですから当然、政府がそれを破れば、その合法性が失われることになります。これについて、イスラム人権宣言第23条のA項には、次のように述べられています。「統治権は預かり物であり、専制・独裁やその悪用は固く禁じられている。それは、こうした方法により基本的人権が保証されるためである」

 

西洋諸国は常に、イスラム諸国を初めとする異文化の信条をないがしろにすることで、世界に人権を拡大する中で、自らの社会に対し、世俗的、リベラル的な価値観を強要しようとしてきました。この点において、イスラムの人権と人間の尊厳の日は、西洋諸国の文化的、政治的な覇権主義や拡張主義に対する、イスラム諸国の抵抗の象徴と見なされています。イスラム人権宣言は実際、世界規模でイスラムの本質をアピールし、人権に関するイスラムの見解を表明するためのイスラム社会の努力となっています。このため、この日を大切にすることは、イスラムにおける人権の基盤を紹介し、イスラムの視点から見た人権の分野での概念の形成を目的とした、学術的、文化的な協力を円滑化する下地を整えることになります。

 

イスラムの人権と人間の尊厳の日が制定された目的の一つは、国際社会の人権に、イスラムの人権の価値観や文化が盛り込まれるのを拡大し、現代社会の人権問題をめぐる意見交換の下地を作ること、国際社会にこれまで以上にイスラム的な文化や価値観を参入させ、国際社会の人権の基準を充実化するために宗教の重要な役割を確認すること、そして、イスラムと人権の間の交流に国際社会を注目させ、宗教的なアプローチに基づく基本的な自由と人権の尊重を教示するために努力することとなっています。

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イスラム社会文化論 Thu, 06 Aug 2015 15:10:17 +0900
イマーム・アリーの言葉に見る政府と国民の相互の権利 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56768-イマーム・アリーの言葉に見る政府と国民の相互の権利 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56768-イマーム・アリーの言葉に見る政府と国民の相互の権利 イスラム社会文化論 Thu, 30 Jul 2015 17:30:17 +0900 西側で犠牲にされる貞節 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56580-西側の貞節 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56580-西側の貞節

 

 

へジャーブ傾倒とは相容れない西洋社会

宗教の教えにおいて、貞節さの維持は常に特別な重要性と価値を有してきました。言うまでもなく、公の節度を守ることは、男女双方の責務とされています。個人的、社会的な自尊心を持つ男性、また奥ゆかしさや恥じらいのある女性は社会の貞節さを守る必要があります。今日、特に西洋社会におけるイスラム教徒の女性は、貞節さを守り自重することが自らの精神的な健康に大きな影響を及ぼすことに気づいています。このため、こうした社会で貞節を守り自重し、体を覆うヘジャーブをはじめとする、その他の宗教的な価値観を守ろうとする傾向が、多くの女性たちに見られます。しかし、こうした傾向は、そうした国々の政治家の趣向に叶うものではありません。

 

それでは、西側諸国の政治家たちはなぜ最近、貞節さを自らの政策を脅かすものと見なしているのでしょうか?現実に、覇権主義的な文化が目指しているのは、女性の人間的な位置づけを抹殺し、女性を性的な道具という枠組みに押し込め、世界市場を征服してあらゆる社会や国民の間に消費文化を広めるためだけに、女性の立場を固定することです。また、西側諸国で貞節さが否定されるその他の理由としては、女性が性の商品、また一般的、商業的な商品として、男性による不当な利用のために求められていること、そして女性の自由を口実に彼女たちをみだらな状態へと仕向けることが指摘できます。アメリカ・ニューヨークで活動するある女性活動家は、次のように述べています。

「私たちの社会では、女性は毎日、男性から認められる為に表面的な魅力に縛られざるを得なくなっている。私たちは、自由という名前のごみ箱を設け、女性に制限を加えるものの全てを、そこに捨ててきた」

 

残念ながら、現在自由と民主主義、人権の発祥地と自称する西側諸国の政府は、そうしたスローガンとは矛盾する行動をとっています。例えば、彼らはイスラム式の装い・ヘジャーブを着用した女性に、徹底して厳しい態度をとり、こうした女性たちの活動に多くの障害を設けているのです。フランス、アメリカ、ベルギー、ドイツ、デンマークなど、ヘジャーブをつけた女性の存在に反対する多くの西側諸国は、学校などの教育機関や役所などにおいてヘジャーブや宗教的なシンボルを身につけることを禁じる法案を施行し、これを拡大しています。もっとも、このような禁止措置は、1945年に採択された国連の世界人権宣言や、1950年に採択されたヨーロッパ人権条約に記載されている、宗教信仰の自由の原則に悖るものです。

 

西側におけるヘジャーブ排斥の実例

現在、西側諸国は貞節な女性が犠牲になる場となっています。最近、フランス・パリ北部で、ユダヤ教徒の家庭の2人のフランス人の娘が、イスラムに改宗しました。彼女たちは、完全なイスラム式の服装を着用し通学していましたが、その後しばらくして、退学処分を受けました。アルマ、そしてレイラという名前のこの2人の女の子の父親は、学校に抗議しましたが受け入れられず、彼女たちは自宅で勉強を続けざるを得なくなりました。これらの女子の父親は、自分の娘たちは自らの意思で、イスラム式の服装を選んだのだと語っています。

この2人の女の子の父親はユダヤ教徒ですが、自らはそれほど宗教心を持っていません。彼は、自分の娘たちのへジャーブについて、次のように述べています。

「娘たちのこの選択に、私は少々苦しんだ。それは間違いだ。世界による悪い解釈だ。私は、非常に懸念している。イスラムでは、1人の女性の生活が自分に対する自信に繋がることはありえない」 

彼の娘の1人アルマは、これに対し笑いながら、次のように答えました。

「イスラムが私たちに自信を与えてくれなかったなら、私たちはイスラムを選んでいなかったと思う」

 

さらに、ニューヨーク市議会選挙の際、イスラム教徒の女性が立候補したことがヘジャーブの写真付きで報じられた後には、この女性候補の自宅が襲撃され、破壊されるという事件が発生しました。また、デンマークの首都コペンハーゲンのチェーン・ストアで働くある女性は、職場でヘジャーブを着用していたことを理由に解雇されています。

 

ヘジャーブの殉教者マルワ・シェルビニさんの実例

しかし、西洋社会におけるイスラム教徒の女性の扱いで最悪の例としては、ヘジャーブの着用の継続を理由に、人種差別主義者により殺害されたエジプト人女性のマルワ・シェルビニさんをあげることができます。

2009年7月1日、エジプト人女性、マルワ・シェルビニさんが、ドイツ・ドレスデンでヘジャーブの着用を理由に、過激派のヨーロッパ人により、18回にわたって刃物で刺されて殉教しました。彼女は、1977年にエジプトのアレクサンドリアで生まれました。彼女の両親はいずれも化学者で、彼女自身は1995年に英語圏の女子大学を卒業しました。2002年からは、夫と共にドイツに渡り、当初は北部の町ブレーメンに、そして2008年からはドレスデンに居住していました。彼女の夫も、大学の奨学金を得て遺伝子工学を専攻し、博士論文の執筆のためにシェルビニさんを伴ってドイツにやってきました。

シェルビニさんは、殺害される前にドイツの裁判所に対し、2003年からドイツに移住していたドイツ系ロシア人の男性アレックス・ダブリュー氏を相手取って訴訟を起こしました。彼女は、裁判所に対し、公園で息子と遊んでいた際に、ダブリュー氏から侮辱され、ヘジャーブをつけていたことを理由にテロリストと呼ばれたと話しています。ドイツの裁判所は、シェルビニさんの訴えを受け入れ、ダブリュー氏に対し750ユーロの罰金の支払いを命じました。しかし、彼はこの判決を不服とし、控訴審が行なわれている法廷で、裁判官や傍聴人らの面前でシェルビニさんに刃物で襲い掛かり、当時妊娠3ヶ月だったシェルビニさんを殺害したのです。現在、シェルビニさんは、「ヘジャーブの殉教者」として、西側諸国におけるイスラム排斥に対するデモにおいて、抗議者たちのシンボルとなっています。

 

テヘランで、「西側諸国の犠牲となる貞節さ」国際会議開催

最近、テヘランにおいて150年間にわたる西側諸国での貞節の排除を描き出す目的で、全世界からのエリート、大学教授、ゲストなどが出席し、「西側諸国の犠牲となる貞節さ」をテーマとする初の国際会議が開かれました。イラン人女性のコミュニティーを取りまとめる組織の会長を務めるミノ・アスラーニーさんは、この会合で次のように語っています。

「今からおよそ90年前に、イラン北東部の聖地マシュハドの人々は、ヘジャーブを脱ぎ捨てるようにとするレザー・ハーン国王の命令に反対し、ゴウハルシャード・モスクに集結した。だが、王制側はこのモスクで人々を虐殺した。これと同じことがにヨーロッパの中心部で再発し、マルワ・シェルビニさんという若い女性が、裁判所で自分の夫と子どもの目の前で襲撃され、刃物で刺されて殉教している。この事件は、西側諸国では人権が単なる主張に過ぎないことを示している」

アスラーニーさんは、さらに次のように述べています。

「西洋諸国は、これまでおよそ100年間にわたって人間の本質と戦っており、今や人種差別的なヘジャーブ禁止法を政策の筆頭に掲げている。西側諸国では、ヘジャーブ恐怖症はもはや1つの問題となっている。このため、西洋諸国は、1979年にイランで勃発したイスラム革命に対する大規模な攻撃を開始しており、120もの衛星通信チャンネルにより、ヘジャーブ着用という現象を消滅させようとしている。ヘジャーブの着用と貞節さは、極めて重要で欠かせないものであり、イスラム革命の理念もそれを真剣に受け止め、広めている」

 

さらに、テヘランでの国際会議では、西洋の文化的な問題を専門とするミールロウヒー博士も講演を行いました。そこでは、次のように述べられています。

「アメリカは、1930年から50年にかけて、社会に存在する腐敗と格闘していたことを認めている。アメリカには、低俗な内容のメッセージを他人に送付してはならないとする法律が存在していた。アメリカではまた、アルコール飲料の売買や輸出入が禁止されていた。これについては、数多くの公示が発表されており、ある場所でのアルコール飲料の販売を許可すれば、そこであらゆる種類の低俗な行動が発生すると考えていた。だから、アメリカの人々は多くの場合において、アルコール飲料が不幸を生み出すが故に、集団での抗議デモを開催した。アメリカでは、非嫡子が出生した場合、裁判所で罰せられ、女性たちは完全に肌を覆い、ゆったりとした衣服を着ていた。だが、今や女性のヘジャーブに対抗する動きが出ている」 

ミールロウヒー博士によれば、女性をこのように軽視し、女性を世界共通の商品としてアピールしようとしているのは、シオニストであるということです。

 

米人ジャーナリストが、イスラム教徒の女性に宛てたメッセージ

最後に、アメリカ人ジャーナリストのジョアンナ・フランシス氏が、貞節と服装に関して、特にレバノン人女性を初めとするイスラム教徒の女性に宛てた書簡をご紹介しましょう。フランシス氏は、次のように述べています。

「レバノンでのイスラエルによる攻撃と、シオニストによる戦争やテロの狭間で、現在国際問題はアメリカの家庭の基本的な問題となっている。私は、レバノンで起こった虐殺や死亡、滅亡を目の当たりにしているが、他の事柄も見ている。私にはあなたのことが見える。殆ど全ての女性たちは、子どもを抱いているか、子どもたちに囲まれている。彼女たちはヘジャーブをつけても、その美しさは輝いている。しかし、私に見えるものは表面的な美しさではない。私は、自分の内面に驚くべき何かを感じており、それに陶酔している。しかし、私には何も言えない。私は力と美しさ、貞節、そして何よりもあなたの満足と喜びを褒め称える。そう、私の脳裏に焼きついているのは、あなたたちが敵に爆撃されていても、私達より喜びに溢れていることである。なぜなら、あなたはまだ1人の女性としてごく自然な生き方、即ち、女性が当初から常に維持してきた生活様式を守っているからである」

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イスラム社会文化論 Thu, 23 Jul 2015 17:48:39 +0900
ヘジャーブと女性 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56350-ヘジャーブと女性 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/56350-ヘジャーブと女性

 

イランのイスラム共和制の中で、イスラム的な装いをすることは、ひとつの価値ある行為とみなされています。そのためイランは、イラン暦ティール月21日を「ヘジャーブと貞淑の日」としました。この日に際して、毎年イランではこの日を祝い、多くの機関や関係する文化団体が、より多くの女性にヘジャーブについて知ってもらうために、この日にあわせた催しものを行います。

ヘジャーブと貞淑さを守ることは、イスラムの教えの中でも特別な重要性を持ち、倫理上の美徳とみなされています。

今夜の番組では、イランにおけるヘジャーブとその歴史についてお話しする中で、イスラムにおいてヘジャーブを強調する哲学や、ヘジャーブと貞淑さを守った上での結果についてお話ししましょう。

イラン近代史の中で、イスラムの敵によるもっとも低俗な陰謀のひとつは、ヘジャーブの廃止です。1921年、イギリスの支持を受けて政権を握ったレザーハーンは、イスラムを排除し、その代わりに自由主義思想をイラン社会に据える構想を実行しようとしました。この計画で最も重要なものは、ヘジャーブの禁止でした。つまり、ヘジャーブ禁止の下地作りのために、1929年、国会は服装に関する法律を可決しました。

レザー・ハーンの努力により、西側にかぶれた女性のほとんど、特にパフラヴィー朝の女性や政府関係者の妻たちは、ヘジャーブをつけない姿で、あるいは乱れたヘジャーブで公的な場所に現れるようになりました。1935年、レザー・ハーンはトルコを訪問し、ケマル・アタチュルクの指導により、トルコ社会を西洋化したトルコの世俗主義政権による変化を目の当たりにし、これに影響を受け、過去よりもさらに過激な形でイスラムの排斥、特にヘジャーブの撤廃に向け歩みを進めました。レザー・ハーンは同じ年、テヘラン大学の開校式で、女子学生はヘジャーブをつけずに授業を受けるよう指示しました。

この方向性でのレザー・ハーンの政策は、イスラム以前からヘジャーブが定着していたイラン社会で、イスラム聖職者の指導による人々の反対や反発を引き起こしました。この蜂起の中で最も重要なものとして、イラン北東部の聖地マシュハドのゴーハルシャード・モスクの蜂起をあげることができます。この蜂起とパフラヴィー朝による人々の殺害からおよそ6ヵ月後、レザー・ハーンはイスラム法学者や人々の声を無視し、1936年、テヘランにある女子初等学校の卒業式で、女性のヘジャーブを禁止する法を正式に発表し、ヘジャーブをつけない妻と娘とともに、この卒業式に参加しました。

しかしながら、ヘジャーブの禁止によって、西側からではなく、預言者ムハンマドの純粋なイスラムから行動の模範を学び、預言者ムハンマドの娘・ファーティマのような女性を模範とするイラン人の女性たちがヘジャーブを捨てることにはなりませんでした。パフラヴィー朝政権は、確かに全力を尽くしてイランでヘジャーブを廃止しようとしましたが、イランのイスラム教徒の女性は常に、ヘジャーブを支持していることを証明して、ヘジャーブを守ることで、男性と共に、パフラヴィー朝に対するあらゆる闘争の場で戦ってきました。

1979年のイスラム革命以後の現在でも、たとえイランの敵がヘジャーブのない文化をイランに広めようとしても、イランの有能な女性たちはヘジャーブを着用し、あらゆる場で社会的に活躍しています。

ヘジャーブは、人間の本能に関するものであり、全ての啓示宗教、特にイスラム教は、これを守ることを強調しています。イスラムの聖典コーランは、10以上の節でヘジャーブについて語っています。コーラン第33章アル・アハザーブ章部族連合、第59節には、次のようにあります。

「預言者よ、妻や娘たち、敬虔な女たちに言え、長い覆いによって自身を隠すようにと。このことは、人々に知られ、被害を受けないためによりよい。もしこれまでの過ちを悔いるのなら、神は慈悲深く寛容な方である」

イスラムにおけるヘジャーブの目的とは、女性を覆い、閉じ込めることではありません。他人の接触から身を守ったり、体を見せびらかすのを防ぐことです。実際、ヘジャーブは、女性が、様々な能力を活かし、成功を手にするために安全を保障するための手段なのです。

ヘジャーブはイスラムの最も先進的な戒律として、女性の個人的、社会的な健全性に多くの効果をもたらしています。ヘジャーブの効果とは、女性を独自の特徴を持った人間として認めることです。女性の貞淑さと覆いは、あらゆる侮辱行為から女性を守る壁のようなものです。イスラムではヘジャーブを義務とすることで、女性が男性によって利用されるのを防いでいます。また、イスラムはヘジャーブにより、女性が個人的、社会的な害悪から守られるようにしています。イランのハッダードアーデル元国会議長は、著書の中で、次のように記しています。

「乱れたヘジャーブは女性の価値を失わせ、女性を商品ほどの価値にまで貶める。自分の体を見せびらかし、性的な事柄を公的の場に晒す女性は、実際、自身が女性であることを売りにして、社会で居場所を得ている。そういった女性は自分の人間性を考慮していない。このような女性は、なによりも、自分自身にとらわれてしまっている」

女性の個人的、社会的な安全も、覆いやヘジャーブで守られることになります。安全は人間にとってもっとも必要なものです。人間性運動の父として知られる心理学者マズローは、安全への欲求を、人格の成長のための基本的な欲求のひとつとしています。マズローはまた、この欲求が満たされない場合、人格の成長が阻まれるとしています。女性はその個人的な特性や社会的な位置づけにより、より被害を受けやすい存在で、自然と安全に対する感覚が強くなります。つまり多くの社会では、男性が正しい教育を受けていなかったり、逸脱していたりすることから、女性を性的に利用しようとしています。コーランによると、彼らは精神的な病気にかかっており、機会があれば、女性を貶め、女性の精神的な健康や安らぎを脅かしています。

ヘジャーブは、女性の人格の完成や成長に大きな影響を及ぼします。女性が人格的成長を遂げ、自分をひけらかすことから解放されるための最善の方法は、きちんとした衣服を着ることです。服を着て覆い隠すことは、少女たちにとって、若い時代に遂げられるべき成長や成熟のための、基本的なニーズのひとつです。また、少女たちは家庭の外できちんとした服を着ることで、他人の視線から守られることを学び、後には家庭内でもその魅力を有効に活用し、この神聖な家庭という集団を強固なものにします。女性に対する神の恩恵は、外面的な美しさだけではなく、女性の価値は人間としての美徳と完成を獲得し、神の満足をえることによるものです。

思想家は、イスラムにおけるヘジャーブの普及は、社会的な清らかさと家庭の基盤の強化をもたらすものとしています。モタハッリー師は次のように記しています。「イスラム的な服装の哲学は、根本的な事柄に端を発している。それは、イスラムが、視覚的なものであれ、感覚的なものであれ、あるいはほかの種のものであれ、性的な問題を合法的な結婚や家庭環境の中に限定し、社会はもっぱら労働し、活動するためにあるべきだ、と望んでいるということだ」 このように、女性のヘジャーブは、倫理的に好ましくないものから社会を健全で清らかに保つ要因のひとつとなりえます。この場合、人々は心の安らぎを得て、知識や礼儀、倫理の道を進み、自身の能力や創造性を開花することができるのです。

貞淑さとヘジャーブの文化の普及は、家庭の基盤を強化し、社会の健全さや安全を確立する上で、よい影響を及ぼします。社会にこれらの文化を深く浸透させるために努力することで、一般の人々の文化が向上し、家庭の基盤が強まります。家庭とは、男女の最も神聖な結びつきの場です。この組織を安定させるために、ヘジャーブと貞淑さは最も重要な要素です。もし女性が他人の欲望の目にさらされることがなければ、家庭の崩壊を防ぐことができます。西側の専門家ポール・ヴィッツは、著作の中で、次のように記しています。「宗教は家庭の存続と関係しており、世俗主義、個人主義、消費主義が西洋文明を支配している限り、家庭の崩壊と道徳の退廃の流れは続く」

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イスラム社会文化論 Thu, 16 Jul 2015 10:34:11 +0900
キリスト教におけるモラルの退廃 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/55456-キリスト教におけるモラルの退廃 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/55456-キリスト教におけるモラルの退廃

 

フランスでは、同性結婚の合法化2周年を迎え、同国のプロテスタント教会が牧師たちに対し、教会での挙式を希望する同性カップルに対し、婚礼の儀式を執り行う許可を与えました。フランスのプロテスタント教会連盟の代表者100名のうち、94人はこれに賛成票を投じ、反対票は僅か3票のみでした。それから数日後の先月22日には、アイルランドで国民投票が行なわれ、同性結婚が正式に承認されています。
同性結婚の合法化という国民投票の結果が発表されたことを受け、アイルランドは同性結婚を法律で認めた18番目の国となりました。これらの18カ国のうち、13カ国はヨーロッパの国々であり、アイルランドは世界で初めて同性結婚を国民投票により合法化した国となっています。この国民投票の結果は、社会で厳格なカトリック教の伝統やしきたりが依然として強い影響力を持っているヨーロッパ諸国で、カトリック教の勢力が弱まってきていることを示しています。
現在、多くの西側諸国とは異なり、アイルランドでは現在も中絶が禁じられており、婚姻全体の70%以上がカトリック教会で行なわれるとともに、同国の小学校の90%は宗教組織の支援や監督のもとに置かれています。しかし、アイルランドは敬虔なカトリック教国でありながら、つい最近、同国の保健大臣自身が異例の措置として自らが同性愛者であることを公表しました。そして、同性結婚の是非を問う国民投票の実施を歓迎するとともに、この国民投票の成功に向けて全力を尽くすことを発表したのです。
アイルランドでは、カトリック教の司祭たちが数ヶ月前から、同性結婚を認める法案の可決に対し、強い反対を示してきました。アイルランドのカトリック教の大司教は、同国の国民に対し、5月22日の国民投票に参加しないよう求めると共に、結婚の意味や意義の変更への反対を表明し、次のように述べています。「同性愛者同士が、家庭を形成し共に暮らすということは、神が定めた家庭の形成や結婚の概念には全くそぐわないものである。結婚が本当の意味を持つのは、同性愛者でない異性同士による場合のみである」
しかし、今や最も厳格なカトリック教国であるヨーロッパ諸国においてさえも、カトリック教会はもはや人間的で倫理的な価値観を維持する上での影響力を失っています。フランスのプロテスタント教会が同性結婚の挙式を認め、またアイルランドのカトリック教徒の国民の多数が同性結婚に賛成票を投じたことは、キリスト教におけるモラルの退廃としか解釈できないと思われます。

自らをイエス・キリストに従うものと見なす欧米諸国では、今やキリスト教の価値観や教えが凋落し、精神的、倫理的な危機に瀕しています。そもそも、家庭は社会を構成する最も基本的な単位として、全ての宗教においてこれを維持することが強調されているにもかかわらず、欧米諸国ではその家庭が脆弱化しています。裸体主義・ヌーディズムや同性愛といった道徳の乱れは、もはや1つの価値観と化してしまっています。キリストの教えを最も忠実に守り、10億人近い信者を有する最大級の宗教であるカトリック教でさえも、人間的でモラルに沿った価値観を守る力を持たず、多くの場合において時代の流れに自らを適応させ、社会的な立場を維持するために、同性愛といったモラルに反する行動を認めてしまっているのです。

昨年、ローマ法王フランシスコは、カトリック教の世界最高指導者として、同性愛に関する新たな見解を表明し、国際世論の驚愕を引き起こしました。彼は、ブラジルから帰国した際、次のように述べています。
「同性愛者であっても、神を求め善良な要求を持っているなら、私にはその人について判断を下す権利はない」
この発言は、同性愛者を初め、西側諸国でこの倫理に外れた行動を支持する政治グループなどの歓迎を受けました。
この発言を、前ローマ法王ベネディクト16世の見解と比較すると、同性愛に関するローマ・カトリック教会内部での根深い対立が明白になります。ベネディクト16世は2008年に、「同性愛は、人類の存続にとって気候変動よりも危険である」と語りました。彼は、特に司祭たちによる子どもへの性的虐待をはじめとした、ローマ教皇庁内のモラル的、財政的な不祥事に直面していたことから、2013年2月に退任に追い込まれました。その1ヵ月後、今日の人類社会が抱えている多くの問題へのローマ教会の対処や教え、その構造面での見直しという、全世界の人々の期待が集まる中、フランシスコ法王が就任しました。しかし、彼は現代における人間的なモラル上の最大の違反行為である同性愛の拡大を受け、キリスト教の中軸的な原則に反し、これを合法と認めてしまったのです。

同性愛に合法性を与えることは、女性の裸体主義や不適切な関係の拡大、そして倫理に反するその他の現象と並んで、人間的、倫理的な価値観の凋落を示すものです。同性愛は、どの角度から見ても、人間として自然な行動と見なすことはできません。このことから、人間の本質や啓示宗教の基本、さらには人体構造の解剖学的な側面に照らしても、同性愛を普通の行動とすることはできないのです。このため、同性愛はあらゆる社会にとって非常に悪影響をもたらすものであり、最低でも家庭崩壊という結果を招きます。
解剖学的に見て、人間の体は1人の女性と1人の男性が性的関係を持つように造られており、生物学も男女1人ずつによる関係を認めています。これに対し、生物学的な要素のいずれも、同性愛者同士の関係を認めていません。また動物の世界でもオスとメスのつがいによる交尾により、次の世代を生み育てる生殖が可能となっています。
もっとも、神が男性と女性という2つの性に分けて人間を創造したのは、単に子どもを生むことだけが理由ではありません。妻と夫が性的に惹かれあうことで生じる親密さは、双方にとって数多くの効果をもたらします。神は、より強い絆をもたらすために、男女の間に満足感や心地よさを与え、最終的に正式な結婚のもとでの生殖行為を定めているのです。

啓示宗教の視点から見ても、同性愛は強く嫌悪されており、大罪とされています。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の3大啓示宗教は、同性愛に強く反対してきました。たとえば、ユダヤ教では、同性愛者同士の性的関係は許されない行為とされ、キリスト教では現代と古代のいずれにおいても同性愛が非難されています。ローマ・カトリック教会の神学者の多くは、聖典に定められた法律のほか、自然法を論拠として同性愛を否定しています。
同性愛は、次に上げる2つの点から自然法に反しています。第1の理由として、大半の人々は本能的に同性の人との性的関係を、人間と動物の性的交渉と同様に忌み嫌うべき異常な行動と見なしていることが挙げられます。そのため、中世ヨーロッパの哲学者トマス・アクィナスは同性愛を動物的な行為だとしています。第2に、人間の体は異性と性的関係を持ち、新しい命を生み出すように造られていることです。この点に基づき、ローマ教会は古来から、同性愛が聖書に違反するのみならず、自然法にも反する行為だと見なしてきました。
そして、最終的には家庭形態に対する神の意志に触れる必要があるでしょう。これについては、聖書でも次のように述べられています。
「神は、家庭という最初の組織において、男性ではなく女性をアーダムの親交の相手として創造する。そして、男性に対しては親元を離れて配偶者と繋がり、彼女と一体化して新しい家庭にいるよう命令した」
このことは、聖書のほかの部分でも、イエス・キリストによって繰り返し述べられています。
このことから、キリスト教会は常に、正式に結婚した男性と女性により構成される組織を、家庭であると定義しています。このため、ローマ・カトリック教会は結婚を7つの秘跡の1つであるとし、これを超自然的な価値のあるものと見なしています。それは、家庭の存在により子どもが自然に誕生するためです。同性愛は、その本質に照らし、必然的に家族制度のためのこうした宗教的な手順の枠外のものとされ、キリスト教会の見解では当然社会の健全性に弊害をもたらすものと見なされます。
人間が最初に生まれた地点に対する信仰や、倫理的な問題全般に対する見解をもってしても、人間の行動や傾向は倫理や理性の枠を常に維持していなければなりません。もし、私たちが偶発的に生まれて生き残るために努力することで、忌み嫌われるべき粘着力のある物質から生まれてきたならば、ほかにもっと優れたものは絶対に存在せず、生き続けるために私たち自身で、自分たちの法律を提案し、これを実施することは正しいこととして認められます。しかし、人智を超えた神というものが存在し、私たちが現世での命を授かるということが神によって計画され、私たちの存続も神の命令により可能となっているという考えをもとにするなら、私たちは神に従わなければなりません。
神はコーランにおいて、自らの見本や普遍的な基準を人類に示しており、幸せの基本を教示し、人間が神に従うことで健康と幸せを得られるように導いています。こうして見ると、同性愛は倫理に外れた行動であり、大罪であるとともに、人類の衰退の印だといえます。過去には、人々が同性愛に走ったことで没落、滅亡に追い込まれた文明も存在しています。自然法や宗教法に反したいかがわしい行動に出ることは、聡明さや進歩の証ではなく、逆に人類の没落と無知を示すものです。同性愛を合法化することでは、社会は完成せず、逆に退廃と滅亡の道を歩むことになるのです。

 

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イスラム社会文化論 Thu, 11 Jun 2015 18:07:54 +0900
家族の絆、国際社会の必要条件 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/55056-家族の絆、国際社会の必要条件 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/55056-家族の絆、国際社会の必要条件


人間社会を、人間の体に例えるなら、家庭はそれを生み出す最初の細胞だといえるでしょう。人類が地球上に出現した当時から、常に男性と女性が家庭という中心を作って一生を共に過ごし、愛情により子どもたちを育ててきました。今回は、国際社会に必要とされる家庭の絆についてお話することにいたしましょう。

家庭は、社会的な害が及ぶのを防ぐ上で、極めて重要な役割を果たしており、そうした役割は家庭の正しい教育により果たされます。精神的な混乱や家庭教育が存在しないこと、経済問題、夫婦生活以外の場での性的な交渉は、夫婦や家族の関係に重大な影響を及ぼします。さらに、麻薬の常習や相互理解の欠如なども、家庭内の危機を増大させます。家庭問題の専門家は、今日の夫婦生活において、多くの家庭や子どもを持つ親が、家族に対する相互的な責務を認識していない、と考えています。
今日、西洋社会は様々な学術や産業の分野で大きな発展を遂げたにもかかわらず、家庭問題において大きな困難に直面しています。現在、特にアメリカを初めとする西側諸国の社会では、家庭の機能が低下し、教育的な機能や社会性を失っています。残念ながら現在、アメリカでは家庭という組織は崩壊しつつあります。
複数の統計からは、今日アメリカでは家庭が過去最悪の状態にあることが分かっています。現在、アメリカでは婚姻率が過去最低に達しており、25歳から34歳までの年齢層のうちで既婚者は44.2%に留まっています。アメリカの調査会社ピュー・リサーチセンターの統計によりますと、アメリカの成人全体のうち、既婚者はわずか51%だということです。アメリカの若者に対して、結婚して家庭を作ることが最優先事項ではないという教育が行われており、結婚した人々の多くは家庭の経済を支える職業を見つけられない状態にあります。
さらに、アメリカは世界で最も離婚率が高い国でもあります。特に、結婚して間もない夫婦の方が、そうでない夫婦よりも離婚率が高くなっています。また、アメリカ人の子どものおよそ3分の1は、父親のいない家庭で育てられています。

現在、西側諸国では片親のみの家庭という形態が、ごく普通になっています。夫婦と子どもという典型的な家庭のモデルが、片親のみの家庭、保護者のいない子どものみの家庭、特にシングルマザーという形態に変わってきているのです。社会学者のサイモン・ダンカン氏とリンダ・エドワーズ氏は、家庭のモデルや男女関係のあり方に長期的な変化が生じてきている、と考えています。
さらに、一部の社会学者は、片親のみの家庭という形態が、西洋文明や制約のない生活様式の産物であると見なしています。正式な離婚手続きを経ないままの気ままな別居、背信行為、不倫、望まない妊娠などは、西洋社会で片親のみの家庭が生じる最大の要因とされています。
アメリカは、世界で最も片親のみの家庭の占める比率が高い国です。現在、アメリカでは、非常に多くの母親たちが、父親の存在なしに最低限の生活を維持するために大変な努力を払っているのです。アメリカ国勢調査局の情報によりますと、アメリカでは2012年の時点で1200万世帯以上が片親のみの家庭であり、さらにそのうちの84%に相当する1000万世帯以上が、シングルマザーによる家庭だということです。このことは、アメリカでは子どもの3人に1人が父親なしに育てられるということを意味しています。

一部の文化で家庭が重視されているとはいえ、イスラムほど個人的、社会的な生活や社会における家庭の役割を重視している文化は無いと言えます。イスラムは、家庭を非常に重視していますが、それは家庭が人間社会を形成する中核だからです。イスラムが家庭にとって理想的なモデルの提示を追求していることから、家族の絆が強いものとなるよう、家庭内での家族関係が考慮されています。
イスラムでは、全ての物事は家庭から始まります。イスラムで認められている家庭には、特定の秩序があります。こうした家庭では、家族1人1人が特別な位置づけにあり、彼らの領分がそれぞれ明確に決まっていて、互いに位置づけを侵害することはありません。男性は家庭の父親や夫としての役割を果たし、女性も妻や母親としての役割を果たすとともに、子どもたちも位置づけと役割を持っています。
ここで注目すべきことは、イスラムが人間形成のための宗教として、家庭の絆に最大限の注目を注いでおり、この聖なる組織を安らぎと恩恵の中心と見なしていることです。このため、社会の不幸と幸福は、家庭のあり方にかかっており、家庭を作る目的は安らぎなどの感情を生み出し、物質的、精神的なニーズを確保することだとされています。このことから、家庭を維持するためには、あらゆるレベルで将来を見据えた、宗教的な見解を模範として、家族の利益に沿った計画や方策が必要になります。愛情や親密さ、心地よさ、団結、協力、寛大さ、貞節さ、敬虔さに沿った生活を送ることこそが、家庭の堅実さの秘密なのです。
信仰心と道徳は、家庭を維持する上での夫婦の重要な影響力ある2つの柱となり、この2つに基づいて信頼が生まれます。イスラムの見識では、夫婦も子どもも神からの預かり物とされ、それぞれが相手に対して責任を負っているのです。この義務を守らないことで、彼らに害が及ぶようになり、神から罪を問われ、処罰を受ける原因となります。

イランでも、家庭は人々や社会の健全さに重要な役割を果たしています。イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、家庭問題について深遠かつ進歩的な考えを持っており、家庭は社会の基本的な細胞のようなもので、この細胞が健全であれば、社会の他の部分も健全になると考えています。彼はまた、イスラム社会の発展は、国家が喜び溢れる家庭の恩恵を得ていない場合には不可能であるとしています。
1979年のイランイスラム革命後、これまでにイスラム的な生活様式と家庭の重要性と位置づけが何度も強調されており、家庭を強化するための組織や機関も創設されています。イランの社会は革命後、神を中心とした宗教的な社会として、イスラムの教えに従って生きる道を選んでいます。それは、イスラム的な生活様式が、啓示宗教の戒律や原則の影響を受けているからです。
幸いにも、イスラム革命後のイランでは、様々な法案という形で、イスラム的で健全な生活様式に沿った家庭の強化が提起されています。イスラム的な生活様式におけるアプローチの多くは宗教的なものです。この点で、家庭の強化は、イスラム的な倫理や法律にそって家族関係の基盤を固め、結婚しやすい条件を作ることに基づいています。さらに、コーランや習慣、憲法、その他の法律、イスラム革命の創始者ホメイニー師や最高指導者ハーメネイー師の教えを活用することで、家庭を築いてこれを強化し、高める方針を作り出します。
イランの憲法は、家庭をイスラム社会の基本的な単位であるとし、家庭を作りやすい条件作りや、聖なる存在としての家庭の保護、イスラム法やイスラム法的な倫理に沿った家族関係作りを、政府に義務付けています。この点に関する実例として、イスラム革命後には、物質的な華やかさから離れた簡素な生活をモットーとする、集団での学生結婚が見られるようになりました。言い換えれば、精神的な雰囲気の中で簡単な結婚式をあげ、家庭生活をスタートする学生が出てきているということです。

イスラム的な生活様式における、配偶者の役割は、法律や政策の中で考慮されています。こうした中、夫婦それぞれが家庭の基盤を維持するために、他者の権利と義務に注目する責務を負っています。
夫は、家庭の監督者として妻や子どもたちの幸せと安らぎのために努力する義務があり、妻にも家庭の中心として、家庭生活に温もりとエネルギーを与えることが求められます。一方で、家庭の構築と強化の支援、家庭崩壊の阻止、社会の改革と文化形成における基本的な役割を果たす目的での、家庭の文化レベルの向上、家族のメンバーの権利と義務に対する誤った考え方をなくしていくことも、イランでは家庭の維持のための計画として考慮されています。さらに、家庭や社会に対して責任を負い、信仰心のある健全な世代を育てるために家庭内でイスラム本来の文化を広め、深めること、社会的な危機や害悪に負けない家庭を作ること、損なわれた家庭を支援することなども、家庭の基盤の強化を目指すイランのイスラム的な生活様式での政策の目的となっています。
家庭の基盤を強化するための重要な歩みとして、文化革命高等評議会における家庭の構築と強化、信仰心の醸成に関する文書の採択が挙げられます。この文書には、4つの壮大な戦略が含まれており、その一部は、良識ある結婚の円滑化、イスラムの教えに基づく簡素で堅実な生活、家族1人1人が果たすことの出来る様々な役割の明確化による家庭の基盤の強化、非常事態に対する、計画を伴った賢明で正しい対処です。これらの文書や政策は、イランのイスラム革命が西洋諸国で広まっている無計画な状態とは異なり、家庭の維持と安定という政策を追求し、人々のためにイスラム的な生活様式に基づいた健全な社会を形成しようとしていることを示しているのです。

 

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イスラム社会文化論 Thu, 28 May 2015 17:12:29 +0900
イスラム教徒にとっての一大事件、キブラの方角の変更 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/54681-イスラム教徒にとっての一大事件、キブラの方角の変更 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/54681-イスラム教徒にとっての一大事件、キブラの方角の変更


しばらくの間、イスラムの預言者ムハンマドは天を仰いでいました。それはあたかも、彼が懸念している、何か特別なことに関する新たな知らせを待ちわびているようでした。遂に、西暦624年に当たるイスラム暦2年ラジャブ月15日、神の啓示である大天使ガブリエルが預言者ムハンマドに遣わされ、彼の懸念を払拭したのです。大天使ガブリエルは、コーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」、第144節において、預言者ムハンマドに対し次のように告げました。
"我々には、何かを待ちわびるそなたの視線が、天に向けられているのが見える。我らは今、そなたが喜ぶ礼拝の方向にそなたを戻すのである。だから、自分の顔をメッカに向けよ。そして、どこにいてもメッカの方角を向くがよい"
預言者ムハンマドは、キブラと呼ばれる礼拝の方角が、ベイトルモガッダスのアクサーモスクからメッカのカアバ神殿に変更されるよう求めていました。神もまた、自らの最後の預言者のこの願いを聞き届け、彼を喜ばせたのです。興味深いことに、コーランのこの節は、預言者ムハンマドがメディナにあるバニーサーレム・ブンオウフ・モスクで、正午の礼拝を行なっていた最中に下され、彼はベイトルモガッダスに向かっての礼拝の前半を行い、残りの半分をメッカに向かって行なったのです。このため、このモスクは2つのキブラのあるモスクと呼ばれるようになりました。

キブラという特別の方角を向くことは、神がその場所にしかいないという意味ではなく、神は全ての場所に存在することを意味しています。コーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」第115節では、次のように述べられています。
"東も西も、神のものであり、あなたが何処を向いても、神はそこにおられる。まことに神は広大無辺にして全知であられる"
しかし、キブラが定められたのは、イスラム教徒が自分たち専用の拠点や中心地を持ち、特に礼拝の際に全員がその方向を向くためなのです。このことにより、イスラム教徒の間に団結の精神と一体感が高まり、互いの心を近づけることになります。特に、イスラム教徒がカアバ神殿の周りに一堂に会する巡礼の儀式においては、こうした一体感や連帯感が高まります。
イランの偉大なコーラン解釈者アッラーメ・タバータバーイー師は、キブラがもたらす社会的な効果について、次のように述べています。
「キブラがもたらす社会的な効果は、より不思議なものであり、明白で心に染みるものである。それぞれ異なる時間帯や場所にいる人々を1つの地点に注目させ、それによって彼らを思想面で統一し、包括的な交流や、心の和解を実現させていることから、これは全人類の心に湧き上がることのできる最も優雅な精神である」

しかし、西暦624年にキブラが変更された経緯をめぐっては、一連の疑問が提示されています。そうした疑問として、なぜキブラが当初はベイトルモガッダスだったのか、なぜ、約14年半も経ってから、この聖地に向かって礼拝を行なう人々が、キブラの方向をメッカに変更するよう求められたのか、といったものが挙げられます。
多くの歴史家の記録によりますと、イスラム教徒がメッカにいたときのキブラの方向はベイトルモガッダスだったとされています。その理由は当時、多神教徒たちがメッカのカアバ神殿に自分たちの崇める偶像を安置し、それに向かって礼拝していたことによります。イスラム教徒たちは、自らを偶像崇拝者から切り離し、偶像が置かれている場所に向かって礼拝を行なわないために、神の命に従いベイトルモガッダスに向かって礼拝していました。ベイトルモガッダスは、天啓の宗教の注目の的であり、礼拝の対象となる方向であったと共に、神の預言者たちの一部は、この聖地を一神教の拡大の中心地だとしていたのです。さらに、この町にあるアクサーモスクは、歴史的な視点から、一神教の信者の礼拝のために造られた場所としては、カアバ神殿のあるアルハラーム・モスクに次ぐ第2のモスクとなっています。
預言者ムハンマドと彼に従う人々がメディナに移住してから、状況は一変しました。この町では、多神教徒や偶像崇拝者は多くなかったものの、常にイスラムのあら捜しをするユダヤ教徒が存在していたのです。彼らは、預言者ムハンマドはユダヤ教徒に反対しているにもかかわらず、我々のキブラに向かって礼拝していると主張していました。こうした声が高まったため、預言者ムハンマドはキブラの方向をメッカのアルハラーム・モスク(カアバ神殿)に変更するよう求めたのです。この聖地は、預言者アーダムによって建てられ、預言者イブラーヒームが息子の預言者イスマーイールの助けによりこれを再建して、これに向かって礼拝しています。神は、これについて、コーラン第3章、アール・イムラーン章、「イムラーン家」第96節において、次のように述べています。
"誠に、人々のため、そして神を称えるために最初に建立された家は、メッカにあるそのものであり、それは恩恵にあふれ、世界の人々を導く源である"

預言者ムハンマドの求めにより、神からキブラの方向を変更する最終的な命令が下され、最後の啓示宗教としてのイスラム教の信者の独立とアイデンティティが確立しました。これについて、神はコーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」、第149節において次のように述べています。
"いずれの場所や地点、町から出てきたとしても、礼拝を行なう際にはメッカのアルハラーム・モスクの方向を向くがよい。これは、あなた方の創造主からの命令であり、神はあなた方の行いに無関心ではない"
もっとも、キブラの方角が変更されてからは、特にユダヤ教徒を初めとする反対派の不満が高まるであろうことは明らかでした。彼らは、ベイトルモガッダスに向かって礼拝することが正しかったならば、なぜキブラの方角を変更したのか、またカアバ神殿が本当のキブラの方角ならば、なぜ過去にはベイトルモガッダスがイスラム教徒にとってのキブラの方角だったのか、と訴えていたのです。興味深いことに、コーランはキブラの方角の変更に関する節が下された当時、既に反対の声が上がることを予測し、これに対する反論を示しています、例えば、ユダヤ教徒の反対に対しては、コーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」、第142節の中で次のように述べられています。
"近いうちに、人々の中でも愚かな者は次のように言うだろう。『なぜ、イスラム教徒は、それまで守っていたキブラの方角を変更したのか?" これに対しては、次のように答えるがよい。"東も西も、神が所有されるものである。神は、御心にかなう者を、正しい道へと導かれる"
このように、神は世界と地球の全ての場所が神のものであり、いつでも、どこでも自らが適切と判断した場所を、信者たちにとってのキブラの方角として定める、と述べています。また、コーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」第144節は、さらに興味深い注釈を行なっており、啓典の民がイスラム教徒にとってのキブラの方角の変更は正当なものであることを熟知していると強調しています。その理由は、聖書の中に、神の最後の預言者が2つのキブラに向かって礼拝することが記されていたにも関わらず、彼らがそれを表明して預言者ムハンマドの正当性を認めようとしなかったことにあります。

しかし、キブラの方角の変更は、イスラム共同体にとって数多くの効果をもたらしました。おそらく、その最も重要な効果は、イスラム教徒に他者とは違う独立したアイデンティティや威厳をもたらしたことではないでしょうか。彼らは、今や自分たち専用のキブラを有しており、彼らは全員それに向かって礼拝していました。特に6年後、メッカがイスラム軍により征服されたときには、カアバ神殿にあった偶像も預言者ムハンマドとその娘婿のアリーの手によって破壊され、イスラム教徒はより落ち着いた心持で、カアバ神殿に向かって礼拝を行なったのです。
一方で、キブラの変更は過去にユダヤ教徒やキリスト教徒であり、今やメッカのカアバ神殿に向かって礼拝する気のないイスラム教徒にとっての、1つの試練でもありました。一方、イスラムが出現して間もないころ、カアバ神殿に愛着を抱いていた入信したばかりのイスラム教徒の一部は、ベイトルモガッダスに向かって礼拝する気持ちがなかったのです。この2つの事柄において、イスラム教徒が神の命令に従う度合いや彼らの信仰心が明らかになりました。
さらに、神の崇拝の最も古い中心地であり、イブラーヒームやイスマーイールといった預言者が、イスラムを広める為の拠点でもあったカアバ神殿がキブラとして定まったことは、イスラム教徒にとって精神力を高める名誉なことでもあり、それは現在でも変わりません。さらに、この措置により、カアバ神殿に特別な敬意を払っていたアラビア半島の人々の間に、イスラムを受け入れるより多くの下地が整ったのです。
もっとも、キブラをベイトルモガッダスからメッカに変更したことは決して、ベイトルモガッダスにあるアクサーモスクの重要性が低下したという意味ではありません。コーラン第17章、アル・イスラー章「イスラエル」の最初の節は、アクサーモスクの重要性を指摘しており、イスラム教徒は常に様々な預言者の時代における圧制との戦いと一神教のシンボルであったこの聖地を、特に重視しています。彼らは、アクサーモスクを第1のキブラ、そして預言者ムハンマドが昇天した場所として敬意を払い、現在も自分たちにはこれをシオニストの占領者から守る責務があると考えています。イスラム諸国の一部の支配者に対するイスラム教徒の批判のうち、最も重要なのは、アクサーモスクを破壊し、イスラム教徒をベイトルモガッダスから追放しようとするシオニストの陰謀に対し、イスラム諸国の一部の政治家が無力のままであるということなのです。
キブラがメッカのカアバ神殿に変更されたことが、イスラムの歴史における重要な出来事であり、その後のイスラムの運命を決定付けたこと、そしてその主な結果としてイスラム教徒が依然として団結していることに疑いの余地はありません。実際に、現在イスラム共同体の間に対立や争いを起こす人々は、すべてのイスラム教徒が1つの決まった方角であるキブラ、即ち一神教の中心地に向かって礼拝することの意味を理解できていないといえるでしょう。

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イスラム社会文化論 Thu, 14 May 2015 16:59:43 +0900
イマーム・アリーの政策における統治の目的と原則 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/54483-イマーム・アリーの政策における統治の目的と原則 http://japanese.irib.ir/component/k2/item/54483-イマーム・アリーの政策における統治の目的と原則

 

預言者ムハンマドがこの世を去ってから25年後、イマーム・アリーは政権を掌握した際に、イスラム政権の様相が完全に変化し、預言者ムハンマドが掲げる目的から遠ざかっていることに気づきました。即ち、イマーム・アリーが社会を預言者ムハンマドの言動やコーランの教えに沿った状態に戻すために、辛抱強く努力しなければならない事態が生じていたのです。それではここで、イマーム・アリーが統治という概念をどのように捉え、4年余りという短い在位期間において、どのような原則を視野に入れていたかについて考えることにいたしましょう。
イマーム・アリーは、ナフジョルバラーガ・『雄弁の道』と呼ばれる言行録において、統治の責務を引き受けた動機について、次のように述べています。
「おお、神よ、あなたは次のことをご存知であられる。我々の行ってきた物事の目的は、国家や支配権を手に入れること、或いは現世の低俗な物資の中から何かを手に入れるためではない。即ち、失われてしまったあなたの宗教の印を取り戻し、あなたの街を改善して平和なものとし、抑圧されたあなたの僕たちが平穏な状態に置かれ、忘却されたあなたの掟や定めが再び実行されることである」
言い伝えによりますと、預言者ムハンマドの父方のいとこに当たるイブン・アッバースは、イマーム・アリーの在任中に、アリーが自らの手で古くなった自分の靴を修繕しているのを目にしました。この時、イマーム・アリーはイブン・アッバースに次のように問いかけました。「アッバースよ、この靴の値段はどの位だろうか?」 イブン・アッバースは、こう答えました。「いくらにもならないでしょう」 そこで、イマーム・アリーは次のように述べました。「私から見れば、今あなたが置かれている統治体制よりは、この古びた靴のほうが遥かに価値がある。もっとも、今の統治体制において正義が実現され、然るべき人々に権利が行き渡り、偽りがなくなれば話は別である」

イマーム・アリーは、現世での地位や名誉、そして人間の野望を満たすものとしての統治や政権を強くさげすみ、これを現世におけるその他の物質的な他の現象と同類であるとしています。しかし、この統治体制が正義の実現や権利の回復、社会への貢献といった、本来あるべき道にそっていれば、この上なく聖なるものになると考えています。イマーム・アリーから見て、統治体制の構造は単に経済・社会的な運営や治安の維持、人々の幸福や繁栄における役割を担っているだけではなく、政権が社会のモラルや動向、精神面での人々の運命を決定付ける役割にあることから、特に重要で傑出した位置づけに置かれているとされています。
イマーム・アリーの思想における統治の目的は、人々が物質面と精神面の双方において進歩することです。こうした思想の枠組みにおける統治は、人々を従わせ同調させたり、支配者の要求を満たすためのものではありません。統治体制に同調させるべく人々を秩序だてるイマーム・アリーの目的は、宗教的な理想、即ちイスラム共同体の発展を中軸とした聖なる理想の実現なのです。

それではここで、イマーム・アリーの統治体制における最も重要な原則の一部について見て行くことにいたしましょう。その原則の1つは、神を中軸に据えることです。社会の行政や政治の問題に足を踏み入れ、人々に貢献したいと考える人は、あらゆる状況において神を信じ、神を中心に考えなければなりません。なぜなら、権力や国家社会の統率者という地位は、傲慢さを生み出すのが普通だからです。このため、政治家は一般人よりも凋落や失敗に陥りやすい状態にあります。神を思い起こし、注目することは、恒常的に人間を危険や過失から守る力なのです。
神を中心に考えることは、誠実な行動や犯罪の回避といった多くの効果をもたらします。社会の運営をつかさどる人々や政治家が神を信じ、これを中心にして行動し、神の道を歩めば、神も彼らの情愛を人々に伝達してくれるのです。
イマーム・アリーの統治におけるもう1つの重要な原則は、誠実さです。歴史を通して、政治家の多くは政権を掌握するために、出来うる限り人々に根拠のない偽りの約束をし、人々の賛成を取り付けて政権の座に就こうとしてきました。しかし、イマーム・アリーは、誠実に、しかも敢然と、自分が預言者ムハンマドの伝統と自らの立法行為に基づいて行動することを断言していました。しかも、人々が彼に忠誠を誓った場合にも、為政者になるために偽ることなく、神の道からそれることはないと明言していたのです。彼は、この上ない勇敢さにより、人々が彼に忠誠を誓った当初から、数多くの反対派を生み出しながらも、断固とした態度をとり、政権を掌握し、反対派を自分の側に寝返らせるために、便宜的に虚偽を述べることはなかったのです。
真理を元に行動し、虚偽を回避することも、特にイマーム在位中を初めとするイマーム・アリーの一生における原則の1つでした。彼のそうした行動の例として、国庫から奪われた財産を取り返し、不当な行動に手を染める司令官を解任すること、神の掟を実施することが挙げられます。さらに、彼が配慮していたもう1つの原則は、神が定めた法律を中心にし、これを実行することでした。法律に違反した人がいれば、イマーム・アリーは違反者の立場や地位を考慮することなく、宗教的、法的な掟をその人に対して行使し、一切の仲裁やとりなしを認めませんでした。
イマーム・アリーの統治における最大の原則と機能は、圧制の排除と社会正義の確立、不平等の撤廃でした。この重要な事柄は、神への信仰心や敬虔さの度合いによるもの以外、人々を差別しないという彼の奥深い捉え方に端を発するものです。この点から、イマーム・アリーはこの原則からの逸脱や異端の発生に、常に不満をもらし、社会的な地位や人々が各種の特権を得る際の判断基準が血縁関係によるものであったことを、強く嫌悪していました。

イマーム・アリーから見て、統治体制とは正義の確立や圧制の排除のための手段であり、彼がある統治体制を受け入れる動機は、抑圧された人々の権利を守り、圧制者を弾圧することにありました。彼は、こうした動機により統治の現場に出てきて、啓蒙的な措置により人民に対する支配から圧制者を退かせたのです。
イマーム・アリーは、為政者たちに対する命令の中で、常に人々の間における正義と公正さの遵守を強調していました。彼は、自分がエジプトの為政者に任命した教友マーレク・アシュタルに宛てた書簡において、次のように述べています。
「マーレク・アシュタルよ、神と人間の間の公正さの一方で、自分と自分の側近や、自分が支持する人々の間の公正さをも配慮するがよい」

これまでお話しましたことに注目すると、統治に対するイマーム・アリーの捉えかたが、神の目から見た宗教的なものであったことが分かります。アリーは、世界を神の創造物と見なし、神を創造世界の絶対的な支配者であるとしています。神は、創造物を決して放置することなく、預言者たちを任命することにより、真の完全の極致へと創造物を導く下地を整えています。この導きが実現されるのは、統治によって社会と環境にその下地が整った時なのです。

 

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イスラム社会文化論 Thu, 07 May 2015 16:55:13 +0900