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ギヤーソッディーン・ジャムシード・カーシャーニーは、イスラム暦790年に当たる西暦1388年ごろに、イラン中部・カーシャーンで、優れた医師の息子として出生しました。当時は、ティムール朝がイランを支配していました。カーシャーニーは『ハーガーニー天文図』という貴重な書籍を記した後、それをティムールの孫でティムール朝の君主、ウルグ・ベクに贈呈し、ティムール朝の本拠 …
今回は、イスラム時代のイランの傑出した天文学者で、数学者でもあるギヤーソッディン・ジャムシード・カーシャーニーをご紹介することにいたしましょう。彼は、旧式の基本的な四則計算を修正して完成させ、これらを刷新してより簡便な方法を編み出した人物です。 … …
ハージェ・ナスィーロッディーン・トゥースィーは西暦1201年にあたるイスラム暦597年、イラン北東部のトゥースに生まれ、コーランやイスラム法学や原理を父の下で、その後おじのヌーロッディーン・ムハンマドの下でイスラムの伝承・ハディースや論理学や哲学を学びました。その後彼は、学問を修めるために、当時イスラム世界の学問の中心の1つとみなされていたイラン北東部のネイ …
トゥースィーが、イスラム暦の597年に当たる西暦1201年にイラン北東部の町トゥースで生まれたことについては、先週もお話しました。彼は、コーランやイスラム法学や原理を父の下で、その後おじのヌーロッディーン・ムハンマドの下でイスラムの伝承・ハディースや論理学や哲学を学びました。その後彼は、学問を修めるために、当時イスラム世界の学問の中心の1つとみなされていたイ …
ナスィーロッディーン・トゥースィーは1201年、イラン北東部の町トゥースに生まれました。彼は、コーランや学問の基礎、イスラム法学や原理を父の下で、その後おじのヌーロッディーン・ムハンマドの下で、イスラムの伝承・ハディースや論理学や哲学を学びました。 … …
13世紀のイランの偉大な学者、ナスィーロッディーン・トゥースィーは西暦1201年にあたるイスラム暦597年に、イラン北東部の町トゥースで生まれました。彼の名前や称号、出生年月日、出生地、父親の名前などで、見解の対立は存在せず、彼自身も自分の出生地をトゥースとしています。これについて、ハムドッラー・モストウフィーなどの一部の歴史家は、次のように記しています。「 …
ジョルジャーニーが西暦1043年、現在のイラン北部の町ゴルガーンの付近で、カスピ海の沿岸に位置するジョルジャーンで生まれたことは、前回のこの時間でお話しました。彼は、この町で初等教育を受け、その後、さらに高等な学問を修めるため現在のトルクメニスタンに当たるマルヴ、現在のアフガニスタンにあるバルフ、イラン北東部のネイシャーブールを訪れ、当時の偉大な学者から学問 …
11世紀の医学者、セイエド・イスマーイール・ジョルジャーニーはイランの有名な医学者で、非常に知名度が高い人物であるものの、その生涯についてはあまり知られていません。ジョルジャーニーはイランの、そしてイスラムの医学の頂点に君臨しており、イランの最も高い栄誉を受けています。残念ながら、ジョルジャーニーに関して、彼の伝記や様々な資料、そして彼自身の作品に至るまで、 …
2015/03/10(火曜) 20:22

ハーラズミー(2)

アメリカの歴史家サートゥンは、西暦の9世紀前半の時代をハーラズミーの時代と名づけ、またフランスの歴史家マールは、彼について次のように記しています。「ハーラズミーが、新しいヨーロッパの人々にとって代数学の教師だったという歴史的事実は、今や否定できない」 … …
2015/03/01(日曜) 18:17

ハーラズミー

フワーリズミーとして知られるムハンマド・ビン・ムーサー・ハーラズミーは、アッバース時代のイランの歴史的な天文学者、数学者、哲学者、地理学者、歴史家です。彼の生没年について、正確なことはわかっていませんが、イスラム暦2世紀後半、即ち西暦801年以前に、現在の中央アジアにあたるハーラズムで生まれたと言われています。イブン・キトフィーとイブン・ナディームの2人のイ …
ビールーニーの最も重要な業績のひとつは、『古代民族年代記』の執筆です。これは昔からヨーロッパで翻訳、出版され、世界史に関する作品の最高傑作とされています。ビールーニーはこの本の一部で、平面図の作成方法を検討しており、この中で、地図の作成における新たな独自の方法を提示しました。ヨーロッパの思想家はこの本を根拠に、地球を円筒形に模し、平面図としたメルカトル(正角 …
オーストリア・ウィーンの国連事務所のビルの前には、4人の歴史上の偉大な学者、天文学者、医学者の像が建てられています。この4人の偉大な学者は、世界のどこの出身で、どの国に属している人々なのでしょうか。まず一つ目の像は、イランの哲学者、医学者であるイブン・スィーナーです。彼は包括的な学術書で、哲学書でもある『治癒の書』の著者であり、彼の『医学典範』は、世界の医学 …
アブーレイハーン・ビールーニーは数学、地理学、地学、人類学、物理学、天文学などの様々な学術分野における、当時の傑出した学者でした。彼は、著作の中である学術的な問題の歴史的な経緯について扱った、最初の学者だったのです。18の金属や高価な石の密度の測定、地球の直径と円周の測量、地図の新たな作成方法の考案、各都市の間隔の測定、インドの人々の歴史と信仰についての調査 …
2015/01/26(月曜) 21:31

ファーラービー

イランやイラン国外のあらゆる学者や歴史家は、ファーラービーがイラン系であることに疑いはないとしてこれを強調し、ソグド語やペルシャ語によって書かれた文書など、正確で信頼ある資料により、ファーラービーがトルコ系であるとする人物の主張を否定しています。また、ファーラービーが様々な学問において、他に類がないほど優れている人物であり、当時の大半の学問に関する著作を執筆 …
今回からは、新たなテーマに入ります。前回までは歴史の中での、イランの文化や、イランの文化的、地理的な領域の広がりについてお伝えしてまいりました。今週からはイランの広大な文化圏の中で生き、現在、イラン国外にその廟があるイランの思想家を取り上げます。これらの思想家や著名人の思想や作品の多くは、イランや世界に影響を及ぼし、世界的な遺産とされています。ルーミー、ある …
2015/01/03(土曜) 22:01

イランの偉大な学者

イランの人々、そして世界の人々の思想や作品に影響を及ぼした思想家やその名声は、世界的な遺産とされています。ルーミー、あるいはモウラーナーとして知られている13世紀の神秘主義詩人モウラヴィーや、12世紀の詩人ニザーミー、神秘主義哲学者ソフラヴァルディー、10世紀から11世紀の学者ビールーニー、13世紀の学者ナスロッディーン・トゥースィーなどの人物はイランが誇る …
2014/12/29(月曜) 20:06

ペルシャ語の広がり

ペルシャ語はサーマーン朝時代、民族語と見なされていましたが、イランのトルコ系の為政者によって公用語となりました。また、イスラム世界の様々な人々や文化のなかで使われている語彙や概念を受容することができたため、国際語としての力を示したのです。12世紀には、広大なイスラム世界の多くの地域が、イランの文化の影響を受けていた、トルコ系王朝の軍事的、政治的な支配下に置か …
イラン人によって整備され、使用されるようになった学術的、文学的なアラビア語は10世紀から11世紀ごろの時期まで、もっぱらイランの文化人たちの中で、専用言語として使われていました。しかしこの時代以降、古いペルシャ語であるダリー語が次第に文化的、学術的、文学的な言語となりました。イランの文化人はこの学術的な言語を発展し、完成させることで、その後この言語を国際的な …
言語とは、あらゆる文化にとって決定的で重要な要素の1つです。文化の最も重要な要素で、後の世代に文化を伝達する手段であるため、言語は文化の存続の中心的な役割や機能を果たします。言語の盛衰や変化は、実際に1つの文化的な社会が見てきた、様々な教えや経験を反映しているのです。このため、言語の変化の調査は、あらゆる文化的な社会が生活環境と社会的な関係において示している …
2014/12/08(月曜) 18:04

イラン文化の影響

トルコ系の人々は、部族的なつながりや所属性がない中で、イランのソルターン、つまり君主のように行動し、また一部の人々は、自分がイラン系であることを示すために、イラン人の家系図を偽造しようとしたのです。新たにイスラム教に改宗したセルジューク朝のトルコ系のイスラム教徒は、当初は牧草地が少なかったことから、またイランの北の境で侵入者を防ぐという約束で、イランに入って …