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2013/05/19(日曜) 21:53

福島原発事故後の核産業

福島原発事故後の核産業

プレスTV、イーゴリ・アレクシフ氏

福島第一原子力発電所の事故の後、核エネルギーへの信頼を取り戻すには、長く苦しい道のりが待っていることだろう。特に開発途上国のエネルギー需要が高まっていることから、核エネルギーは、これらの国の燃料消費の注目に値する部分を占めると思われる。これに関するロシアの経験は、関係者にとって良い解決策を示すだろう。

 

福島原発事故は、核エネルギーが大きな危険をはらむものであり、そのリスクを背負うこともまた、危険であるということを確信させるものとなった。それにも拘らず、核に関する国際的な機関の統計によれば、世界32カ国の原子力発電所の述べ活動年数は1万4500年にも及ぶが、そのうち事故を起こしたのはほんの一部である。特に大きかったのが、アメリカ・スリーマイル島、チェルノブイリと福島のものである。世論の正当な懸念と、経済成長のための核エネルギーの必要性の間でバランスを取ることは可能であろうか? 核エネルギーに対する国際的な信用を取り戻す上でのロシアの経験は、福島原発事故後の世界にとって、注目に値する解決策を提示してくれるだろう。

先進国では、核エネルギーの利用に対する理にかなわない恐怖が広がっている。放射能に汚染された不毛の土地や酸性雨の映像が、数十年前から、世紀末論やドラマのジャンルを生み出し、西側の燃料消費者たちの恐怖や不安を招いている。福島原発事故がEU諸国の核産業の衰退を招いたことも、驚くようなことではない。ドイツは核エネルギーを完全に禁止し、スイスとスペインも、新たな原子炉の建設を禁じた。

独立系の分析データによれば、こうした極端な決定の根源は、社会心理学的な分野に求めることができる。環境保護ロビーの影響下にある政治家たちは、このような核への恐怖を抑えるしかなかった。それにも拘らず、エネルギーの専門家たちは、核エネルギーの分野の人間による潜在的なミスの影響は大幅に減っているとしている。OECD経済開発協力機構の危険性の統計に関する報告によれば、天然ガスと核産業は、表向きには安全で確かな燃料、エネルギー資源であるとされ、現実的な選択肢としての他のエネルギー資源とは大きな差がある。

イギリスの新聞ガーディアンのデータ・ジャーナリスト、サイモン・ロジャーズ氏は、2011年の福島原発事故後の原発に関する事故を挙げ、こう語っている。「私が確認しただけで、アメリカで6件、日本で5件の事故が起きており、イギリスとロシアでもそれぞれ3件ずつの事故が発生した」

このことは、なぜ中国やインド、イランといった多くの国が、核の平和利用を計画していながら、ロシアの企業アトムストロイ・エクスポルトにその建設などを請け負わせようとしているのか、その理由を明らかにしている。今年4月、フィンランドの電力産業企業フェンノボイマも、東芝とロシアのアトムストロイ・エクスポルトに、フィンランドで6基目の原子炉建設の入札に参加するよう呼びかけた。フィンランドの最初の2基の原子炉もロシアの専門家によって建設され、3基目と4基目はスウェーデンの企業が建設した。5基目は現在、フランスとドイツの企業によって建設が進められている。

イラン南部のブーシェフル原子力発電所は、高度な技術と専門性を利用した独自の明らかな例である。ロシアの専門家たちは、多くの技術問題を解決し、新たな原子炉にドイツの構造上の技術を駆使している。ドイツのシーメンスは、90年代初め、政治的な理由から、このプロジェクトを手放し、数トンの古い装備も置き去りにした。こうした中、アトム・ストロイ・エクスポルトは、昨年、「イランの学者たちの協力を得て、2012年8月30日、ブーシェフル原発の一号機が完全に稼動を開始した」と発表した。思想やイデオロギー面での注意点はさておき、地震多発地帯でのこのプロジェクトの完成は、実際、世界の核産業の歴史において、優れた重要な出来事だと言える。ブーシェフルの最近の地震の後、この原発は、無事にこの危機を乗り越えた。

アメリカ・ペンシルバニア州で1979年に起こったスリーマイル島原発事故は、反核という大規模な抗議を引き起こし、アメリカの社会学者、チャールズ・ペローは、これを、「ノーマルアクシデント、当たり前の事故」とした。この抗議とペロー氏の見解は、共に、アメリカの平和的な核産業の発展を遅らせた。概して、この考え方によれば、高いリスクや危険を伴ったシステムは、たとえ十分な管理が行われていても、破綻しがちである。実際、西側の企業は、様々な原発を巡る事故で起きる状況について、現場から得られたある程度の十分な情報やデータを入手していた。

それに対し、ロシアの専門家は、チェルノブイリの事故が起きた後、行動と理論の面で、安全問題に取り組み、悲劇を防ぐことに必死になった。例えば、ロシアの原子炉は、飛行機が直接墜落してもそれに耐えうるようにできている。9.11アメリカ同時多発テロ事件前には、誰がこれほどの抵抗力を必要だと考えただろうか? それ以前にこれほどの準備をしておくべきだと考えた人などいただろうか? もし、ロスアトムの現代的な原発が日本に建設されていたら、福島原発の事故は起きていなかったかもしれない。あるいは少なくとも、あれほどの被害は出なかったかもしれない。

今年4月26日で、チェルノブイリの事故から27年が経った。この事故はロシアに教訓を与えた。ロシアは現在、自らのすべきことを成し遂げており、この国の原発は、市場で最も進歩的で確かなものになっている。

世界の政治家がいつの日か、時には、利益の多い経済協定に対して、安全への懸念を優先させる必要があることを悟るよう期待するしかないだろう。核産業においても、有名なスローガンを用いるのも悪くないだろう。「最高のものを持つか、あるいは何も持たないかだ」

このような戦略により、核プロジェクトの関係者たちは、燃料の需要と安全性への懸念の間のバランスを保つことができるかもしれない。

作者 イーゴリ・アレクシフ氏

ロシアのジャーナリストで、アラスカ地方の石油・天然ガス、燃料の安全といった分野を専門とする。

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