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2015/03/12(木曜) 00:58

ウィリアム・モンゴメリー・ワットが見る預言者ムハンマド

ウィリアム・モンゴメリー・ワットが見る預言者ムハンマド

「マルヤムの子イーサーが、こう言ったときのことを思い起こしなさい。『イスラエルの民よ、私は神があなた方に遣わした使徒である。私は私の前に下された書物を承認し、私の後に現れる使徒についての吉報を与える。その名前はアフマドである』」



イーサー・マスィーフ、つまりイエス・キリストの死からおよそ600年後に、一人の預言者が神から遣わされました。彼は、唯一神信仰、慈悲、公正、人間の尊厳を神の教えに基づいて伝える人でした。この神の預言者こそが、イーサーがその出現の吉報を与えた恩恵溢れる存在だったのです。彼の名前はムハンマドで、神の最後の預言者です。彼は以前の預言者たちに敬意を表し、彼らの託宣を承認しました。預言者ムハンマドは、世界の神を唯一の偉大な存在であるとし、他の創造主に関して主張された神性は、無効だとしました。キリスト教会の狂信的な指導者の中には、最後の預言者の教えは、キリストの教えと矛盾していることから、イスラムの教えに抗う道を選択すると主張する者もいました。

一方で、18世紀末から現在まで、一部のヨーロッパの研究者や名士は、預言者ムハンマドについて異なった評価を提示しています。ドイツの有名な詩人ゲーテは、預言者の人物像に関する最初の作品の中で、預言者を、思想や精神性の特別な魅力を持った偉大な人物として注目を寄せています。19世紀半ば、スコットランドの歴史家、トマス・カーライルはロンドンで行った英雄たちに関する有名な演説の中で、歴史の中の真の偉大な人間としてイスラムの預言者を賞賛し、ムハンマドとその宗教に関する西洋人の悪意ある見方を非難しました。

この時代、ヨーロッパの東洋学者はイスラムの地に赴き、間近からイスラム教徒の文化や文明、信条に触れました。とはいえ、彼らの多くが先入観によって、イスラムの真の文化や教えとは異なる点を提示していました。彼らのやったことは実際、イスラムに対するキリスト教徒の抵抗を継続するものだったのです。

一方で、ヨーロッパにはイスラム神秘主義やアジアの伝統への一種の傾倒が広がりました。こうした傾倒に注目し、イスラムは純粋な思想や精神的な価値を持った本質的な宗教として定義されるようになりました。ドイツの詩人リルケは、ムハンマドの教えの影響を深く受けた一人です。彼は、イスラム教を、信者が神と直接関係を持ち、神に到達するために仲介を必要としない宗教として賞賛しました。1950年代以降、ヨーロッパのイスラム学者や東洋学者は、西側の狂信的な見方ではなく、イスラムの源に向かいました。この作家たちのグループは、コーランを自国語に翻訳した後、そのとき広まっていた見解とは異なり、ムハンマドは特別で偉大、気高い人間であるという結論に達したのです。

イスラムについて得られた新たな認識により、有識者は、イスラムの価値をより深く理解するために、この宗教の社会的思想や信条の一部を新たな側面から検討し、再考しました。このため近年、預言者について執筆した一部のヨーロッパの学者は、前の世代の作品よりも現実的な見方を持っていました。彼らはその能力の範囲で、最後の預言者について詳しく書き記そうとしました。ウィリアム・モンゴメリー・ワットの『ムハンマド―預言者と政治家』は、こうした研究の最も有名なものです。

ワットは、イギリスのイスラム学者、東洋学者で、エディンバラ大学の教授でした。彼の専門は、預言者の人物像、コーラン解釈、イスラム世界の歴史と神秘主義哲学でした。彼は1937年、ある出来事をきっかけに、イスラムに傾倒しました。そのとき、ワットの家を借りていたのが、パキスタン出身のイスラム教徒の学生でした。ワットは彼と知り合い、ほとんど知らなかったイスラムの理解を深めていったのでした。

ワットは、イスラムの至高なる教えを知った後、預言者の生涯について研究を始めました。彼は1953年『メッカのムハンマド』を、1956年に『メディナのムハンマド』を執筆しました。その後、この二つの作品を『ムハンマド―預言者と政治家』という一冊の本にまとめました。彼は次のように書いています。
「私は40年前から、ムハンマドについて書いたもののすべてにおいて、『ムハンマドはコーランは自分の作品ではなく、神から彼に下されたものであると述べていた』と常に強調してきた。私は1953年から『メッカのムハンマド』を執筆し、常にコーランは神の言葉であると信じてきた」

ワットは、『ムハンマド―預言者と政治家』という作品の中で、預言者ムハンマドについて、次のように記しています。
「預言者の大きな特徴とは、彼の思想が話しかけている人々の注目を集めていたことである。ムハンマドという人物は、宗教的な努力や、勇気、決断力、寛大な行動といった優れた性質によって、人々に尊敬され、信頼を得ていた。その道徳や行動は賞賛に値するものであり、人々が愛すべき存在、身を捧げる存在になっていた。ペルシャ帝国やローマ帝国が衰退し、社会的な不満が高まったことにより、イスラムは拡大したが、実際、この宗教の普及は、イスラムの預言者の品行方正抜きには不可能だった」

ワットの作品は、イスラム教徒の注目と賞賛を浴びており、彼の複数の作品が翻訳されています。彼の作品に関するイランやアラブの研究者の批評も出されており、彼らのすべてが、ワットは公正な東洋学者であり、学者たちの誤りやイスラムの優れた点、預言者の素晴らしい人物を認めている、という点で一致しています。彼は中東学者に次のように勧告しています。「イスラム教徒と良い関係を築くためには、私たちがイスラム文化の恩恵を受けていることを認めることが必要だ。こうした問題を認めないのは、間違った高慢さの現れである」。彼はイスラム教徒は大きな業績を持つ文明の代表者であり、ヨーロッパ人は現代において、イスラム世界の大きな恩義を受けていることを認めるべきだとしています。

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