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2015/03/25(水曜) 14:17

カール・エルンストが見る預言者モハンマド

カール・エルンストが見る預言者モハンマド

アメリカ・ノースカロライナ大学の宗教学専門のカール・エルンスト教授は、次のように述べています。


「神の預言者たちは、最も完全な人間と見なされ、神は彼らを逸脱と汚れから守っている。というのも、そうでなければ、彼らは人類の道徳や宗教の師とはなりえないからだ。神の啓示を通してのみ、創造世界や過去、未来に関する真の知識や真理は、人類にもたらされる。こうした論理に基づき、アラビア半島の無明時代におけるムハンマドという偉大な宗教指導者の出現は、人類への神の恩恵の明らかな現れといえる」

エルンスト教授は、イスラムに関して多くの研究を行っており、現在も、イスラムの歴史を研究しています。彼は、神秘主義的な側面からイスラムを見ています。彼は、イスラムほど無慈悲な扱いを受け、西洋においてマイナスの見方をされている宗教はないとしています。エルンスト教授は、イスラムやその預言者に対する西洋人の印象を変えるために、2002年、『ムハンマドへの追従』という著書を刊行しました。彼はこのように語っています。

「現代世界のイスラムは、二つの方向から攻撃を受けており、はさみの二つの刃の間に置かれている。一つは、イスラムに関して何も知らないか、あるいは悪い印象を持ち、その見方を広めようとする欧米の東洋学者たち、もう一つはイスラム諸国におけるアルカイダやタリバン、ワッハーブ派といった過激派であり、彼らは西洋のメディアのプロパガンダの餌食となっている。この中で踏みにじられているのは、現代世界に生きる数億人のイスラム教徒である。彼らは、西洋文明に属するのでも、ビンラディンのような暴力的で偏向した思想を持っているのでもない」

カール・エルンスト教授の著書『ムハンマドへの追従』は、6章に渡って執筆されています。第3章は、「イスラムの聖なる原典」というタイトルで、コーランとイスラムの預言者にあてられています。この章で伝えられているエルンスト教授の西洋へのメッセージは、次のようなものです。「あなたたちは無知のベールをとうしてイスラムの預言者の姿を見ている。イスラム初期のユダヤ教徒やキリスト教徒は、預言者に対してそのような見方をしていなかった」
エルンスト教授は次のように記しています。

「ムハンマドの完全な人間性と幾つかの側面に関して、この人物を単に一部の事実に基づいて、簡単に紹介するのはふさわしくない。イエス・キリストの生涯に関して、職業や出生についてのみ語るのがふさわしくないように。その代わりに、彼を芸術作品を介して知るのがよいだろう。イスラムの預言者に関するこのような作品は数多くある。ある書道作品において、優れた例を目にすることができる。その中で神はムハンマドの普遍的な地位について、このように語っている。『ムハンマドよ、我はあなたを世界の住人にとっての慈愛となるよう遣わした』。また別の部分では、預言者の義理の息子であるアリーが、彼の清らかな精神について優美にこのように語っている。『ムハンマドは中肉中背で、巻き髪を有していた。肌が白く、丸顔で、目は大きく黒く、まつ毛は長かった。(カット)彼の肩には預言者の印が押されていた。その顔はまるで14日目の夜の月のように輝いていた』。この言葉は、神のもとで高い地位を持つイスラムの預言者の類まれな存在を人々の頭に焼付けている。ムハンマドは慈愛の預言者なのである」

エルンスト教授は、さらに続けてこのように述べています。
「すべての人がムハンマドは非常に魅力的な人物であり、誠実で正直者であることで有名だったと認めている。このため、ムハンマドは正直者を意味するアミーンという称号を持っていた。若いときから、中立な調停人としてすべての人に認められていた。ムハンマドが通達したものは明白で、驚くべきものだった。このメッセージの最も重要な特徴は、冒涜行為や多神教に対する神への信仰提示であった。ムハンマドは明らかに社会の道徳的な基盤を改善した」

この西洋の教授は、有力で有能な指導者としてのムハンマドと、慈愛の象徴としてのムハンマドは矛盾しないと見ています。イスラムの聖典コーランは、預言者を善行の指導者と呼んでいます。このことから、彼の宗教の信奉者は、あらゆる慎重さを持って、彼の習慣や性質にならい、それを道徳的導き、人生の原則として使用しようとしました。ムハンマドは、有力者であろうとなかろうと、他者を同等に扱い、こうした自らの行動によって、公正の手本を見せていました。エルンスト教授は、「この偉大な人物について言及されている数々の特徴の中でも、社会的な公正と自由の理念の象徴だったという点を挙げるべきだろう」と述べています。ムハンマドの信仰と精神性は、彼を道徳の師というだけでなく、常に世界に輝く永遠の光として描いています。

エルンスト教授は、現代世界における宗教革命の出現は、西洋の作家によって提示されたイスラムの預言者のマイナスのイメージに対する回答だとしています。彼は次のように記しています。
「新たな変動は、イスラム諸国における学術的な成長の現われであり、もはやイスラムの預言者を、預言の力を持った半伝説的な人物と見なすことはできないということを示している。彼は現在、世界の政治的、社会的改革者として提示されており、先見の明をもって反対者に対峙し、また同時に、人類社会の完全な模範となりうる社会を生み出した」

イスラムの預言者の結婚問題は、『ムハンマドへの追従』というエルンスト教授の著書の中で提示されています。彼は預言者の結婚に対する抗議を驚くべきことだとし、次のように記しています。「キリスト教徒は、とくにイエスが生涯独身だったことを挙げ、ムハンマドが何人かの妻を持ったことを、反ムハンマドのプロパガンダに用いている。おそらくキリスト教徒はマリアの処女性とその信心深い生涯を第一に強調し、ムハンマドの結婚を否定するように仕向けている。こうした中、現代の欧米諸国での清らかな生活、禁欲生活は減少している。扇動的な性的映像で溢れている今日の西洋の社会において、イスラムの預言者の結婚に対する否定的な見方は、疑問を引き起こすものである」

エルンスト教授は、「実際、ムハンマドは影響力のある指導者であり、優しく誇り高き夫であり父親であった」と述べています。ムハンマドは、預言者、政治的な指導者として行動していた際、同時に父親、夫としての義務を果たしていた。彼は家族や子供たちと強く結びついていた。妻のハディージャが亡くなった後、ムハンマドは何人かの妻を持った。これらの結婚の一部は政治的な側面を伴っており、部族の連帯を強化するためのものだった。多くの問題にもかかわらず、預言者の人生の主要な部分は家族に費やされていた」

エルンスト教授は、この章のまとめとして、このように記しています。
「ムハンマドはその生涯の終わりに、社会の指導者となった。彼はアラビア半島のすべての部族を連帯させた。何よりも重要なのは、彼の教えが、神への信仰に基づいて、道徳的な理想や社会的な構造を整えたということであり、それはしっかりと歴史の中で語り継がれている」

 

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