このサイトは更新されていません。新サイトはこちらです。 Parstoday Japanese
2015/06/24(水曜) 22:59

ビクトル・ユーゴーが見る預言者ムハンマド

ビクトル・ユーゴーが見る預言者ムハンマド

預言者ムハンマドは、イスラム史上最大の人物であり、人類を光に導きました。彼は、世界を無知と野蛮、迷信から唯一神信仰、友愛、見識に導きました。このため、数百年前から、この偉大な人物の生涯は、世界の研究の対象になってきました。とはいえ、一部の反イスラムの人々も、預言者の真の姿を捻じ曲げて伝えようとしました。ヨーロッパでは16世紀から18世紀にイスラムの預言者に対し、憎しみと嫌悪に満ちた見方が高まりました。18世紀後半には、多かれ少なかれ、預言者に対する現実的な見方がされるようになり、19世紀にはこうした見方がさらに真剣味を帯びました。

 

イスラムの預言者の生涯や宗教の検討は特定の個人やグループに限定されませんでした。言い換えれば、学者や作家だけがこれに注目を寄せたのではなく、詩人や文学者もそれからインスピレーションを得たのです。フランスの詩人、アルフォンス・ド・ラマルティーヌは、1854年の著書の中で、一章をイスラムの預言者の生涯にあてています。
19世紀のフランスの作家、ビクトル・ユーゴーは、『レ・ミゼラブル』という作品で知られていますが、おそらく、この偉大な文学者が、『ヒジュラの9年目』という詩の中で、イスラムの預言者を賞賛していることはほとんど知られていないでしょう。

ユーゴーは、イスラムの歴史や文化に精通していました。彼は『ヒジュラの9年目』という詩を作る上で、イスラムの預言者の生涯について、詳細な研究を行いました。預言者の特性を語る上でのユーゴーの見方、賞賛に満ちた口調、預言者の晩年についての語りは、多くの敬意を示すものであり、彼が、預言者個人やその託宣を認めていたことを表しています。『ヒジュラの9年目』は、イスラムの預言者に関する作品集です。今夜は、このユーゴーの詩を取り上げることにいたしましょう。

ビクトル・ユーゴーは、この作品の中で、イスラムの預言者の精神性あふれる神々しい姿を示すと共に、西洋の利己的、あるいは無知な作家が預言者に対して長年描き続けてきたイメージを打ち消し、その代わりに預言者の正しい姿を定着させようとしました。ユーゴーは次のように書いています。
"彼はまるでノアのように、洪水のような大雨の秘密を知っていた
忍耐強い裁判官のようで、時に人々は自分たちの問題を彼のもとに持ってきた
一人に判断を委ね、もう一人がそれを否定したり嘲笑するのを許していた"

冷静沈着な行動、魅力的な演説、品行方正、慈悲、友愛といったことが、イスラムの偉大な預言者のもつ明らかな特徴でした。こうした性質は彼のすべての行動や姿に表れていました、魅力的で心に染み入る言葉を話しました。その光り輝く微笑んだ顔は、神から彼に与えられた恩恵でした。庶民と共に、慎ましく生きていたことも、その特徴でした。ユーゴーはこの預言者の性質について次のように述べています。

"彼は非常に威厳があったため、誰の非難も引き起こさなかった
路地を歩いていると、人々があちらこちらから声をかけた
彼はそれに優しく答えた
その額は広く、頬はわずかに出ていた(上品な顔立ちをしていた)
細い眉と鋭い目つき
食事はわずかな量しかとらず、ときに空腹に耐えた
羊の乳を自分で絞った
貧しい人々と同じように地面に座った
自分の着物をつぎあてていた"

預言者の明らかな特質の中で、神の徴において熟考していたことが挙げられます。彼はしばらくの間、ハラーの洞窟で、創造主に対して祈りを捧げていました。ユーゴーは、預言者の英知について、次のように歌っています。
"まるで楽園を見たかのようだった、愛情を
未来の時代を、過去の時代を
彼はほとんど沈黙し、耳を澄ませていた
言葉を発した最後の人だった
常に祈祷していた

ムハンマドが預言者に任命された召命の恩恵と彼の23年間の真剣な努力は、世界の唯一神信仰を拡大しています。彼は清らかで差別や不平等のない社会を作ることで、人類に愛情と友好をもたらし、コーランの生き生きとした教えによって、幸福の道を教えました。ユーゴーはこのように記しています。
"彼は神から人々に下されたコーランをすべて読み上げ、このように述べた。
人々よ
永遠で、唯一であるのは神のみ
唯一神以外に神はない
人々よ、もし神の意志がなければ、私も無知で愚かであっただろう
本当に人間は神の道以外において、卑しく嫌悪すべき生き物"

預言者ムハンマドは、神の最後の使徒であり、過去の預言者たちの道を継続する者です。彼は神の指導者たちの輪を補完する存在であり、召命により、人類の歴史を変えました。ユーゴーは預言者の言葉を引用して、このように歌っています。
"私の言葉は神の言葉
他の預言者たちと同様、温かみと明るさを与える
キリストは私の前置き
日の出の吉報を与える夜明けのように
彼は処女マリアから生まれた
マリアの子は穏かで心地よい言葉を発した
子供のように
私はイエスの光を完全にする力だった"

ユーゴーは、預言者への敬意を示し、それを文学、とくに詩に反映させることに勤しみ、それにより彼は、預言者の最期について、悲痛で優美な詩を歌っています。ユーゴーは、"預言者はついにイスラムの旗をアリーの手に委ね、最後の瞬間まで誕生の日と同様に瞳の中の輝きを失わなかった"という事実を再び語っています。彼は預言者がイスラム共同体に向けた最後の言葉について、このように詩にうたっています。
"今、私は
長年闘争し、死を前にしている
私の前には神が、後ろにはあなた方の世界が
あなた方の一部は私に歩調を合わせる中で非常に苦しんだ
だが夜明けを目にするだろう
信仰を寄せよ、夜を復活させよ
神を崇拝し、神を畏れよ
壁の後ろに留まらないように
楽園を地獄の断崖から遠ざけるのである
過ちを避けることができる者は誰もいない
だが報いを受けないように努力せよ"

Add comment


Security code
Refresh