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2015/08/12(水曜) 20:48

ヴォルテールが見る預言者ムハンマド

ヴォルテールが見る預言者ムハンマド

今回の番組では、イスラムの預言者に最初激しい憎悪を抱き、批判的な論文を書いていた作家の見解についてお話しましょう。とはいえ、この作家は、真理を追求していたので、その深みのある研究は、新たな地平線を押し広げ、彼はついにイスラムの預言者に関して誤って考えていたことを悟ったのでした。

 

ヴォルテールは、フランスの作家で、詩人です。彼は最初、中世の布教者による偽りの話やマイナスの影響を受けて、イスラムや預言者に反する論文を執筆していました。彼のイスラムの預言者に関する最初の戯曲『マホメット』では、イスラムの預言者の偽りの伝説や物語が扱われています。ヴォルテールは、この戯曲の執筆に4年の歳月を費やし、その執筆の中で、最も明らかな歴史的事実を見逃していました。ナポレオンの言葉を借りれば、「ヴォルテールは歴史と人類の良心を裏切った。なぜなら、ムハンマドの崇高な性質を冒涜し、世界に神の光をもたらした偉大な人物を不当さと結びつけたからだ」とされています。

ヴォルテールは、この戯曲を執筆しながらも、常に、イスラムが拡大した理由は何か、ムハンマドの信奉者はどのようにしてこのような文明の利権と科学の発展を享受したのか、という問題を考えていました。彼はその回答を得るために、イスラムの研究に没頭し、ムハンマドが自分の書いた戯曲のそれとは全く異なることを知りました。彼は自身の内面的な変化を受けて、キリスト教の宣教師や司祭の批判に反して、ムハンマドの宗教が理性から離れた悪魔の教えではなく、キリスト教に非常に近く、歴史的にそれよりも完全な宗教であることを理解しました。ムハンマドはキリスト教の三位一体を否定し、神の認識において、はるかに強力な神性の観念を提示しました。ヴォルテールはこの他、イスラム初期の時代のイスラム教徒の精神性や知性はキリスト教徒よりも高かったとしています。これに関してヴォルテールが最も重視していた文献は、イギリスの学者ジョージ・セールの「コーランの冒頭」です。

ジョージ・セールは、著書の冒頭で、イスラム以前のアラブの様々な慣習や宗教について記しています。彼はこれに関して非常に深く探求しており、ヴォルテールは、この書物の影響を受け、イスラム教徒による科学・技術の発展を次々と研究し、次のような結論に至りました。
「どの時代においても、ユダヤ民族には完全な技術は存在しなかった。こうした中、イスラム教徒はイスラム初期から当時の科学や技術のすべてにおいてヨーロッパ人の師匠となった」
彼によれば、無明時代において、ローマ皇帝が衰退した後、キリスト教徒は天文学、化学、医学、数学といったすべてのものをイスラム教徒から学び、そのときから彼らの方向に向かっていきました。彼はそのため、キリスト教徒の歴史家を、なぜイスラムの征服と彼らの精神的、科学的発展に沈黙するのかと強く非難し、「敗北したキリスト教徒の愚かな狂信と歴史の真実を捻じ曲げ、ムハンマドに不適切な中傷を浴びせた浅はかな考えを持つ歴史家に強い嫌悪を感じる」と述べています。

ヴォルテールは、長年、宗教の真理を得るために、書籍を読み、多くの調査を行いました。懸命にあらゆる事柄を追求することで、預言者の真の人物像を再認識しようとしました。彼は、この作業に非常に集中したため、社会的義務の一部を怠るほどでした。彼は自らに向けられた批判に対して、「私の親愛なるムハンマドは、書簡を書く機会すらも私から奪うほど夢中にさせた」と皮肉を述べています。

1763年はヴォルテールの思想史において転換点と見なされています。その年、ついに預言者ムハンマドとその支持者たちの新たな姿が彼の頭の中に描かれました。常に批判の対象になっていたイスラムの預言者の人格に関する彼の見方は変化しました。彼は50年の文学と歴史研究の人生を経て、真理をつかんだそのとき、預言者ムハンマドに関して次のように述べています。
「ムハンマドは疑いなく非常に偉大な人物であり、また偉大な人々を自らの道徳と教養の中で育てた。彼は聡明な立法者、能力ある公正な指揮官、禁欲的な預言者であり、地球上で最大の革命を起こした」

明らかにイスラムとコーランを守るために執筆されたヴォルテールの最初の作品は、『気高い人のイスラム法の教え』という作品です。彼はこの中で、「地球上のすべての宗教は、大衆扇動や詭弁などによって広まったが、イスラム教だけは人の手によって作られた宗教の間で、唯一の神の宗教とみなされる。なぜならその法規は、数百年たっても、世界中で実行されているからである」と述べています。ヴォルテールは、「本性によって神の唯一性を信じることは、地球上のすべての宗教の母体である」と述べています。彼はイスラムの信者は、他の宗教の信者に比べて、本性によって神の唯一性を信じている状態に近い、としています。ヴォルテールは、ユダヤ教とキリスト教の聖典に対して、イスラムの聖典であるコーランを守り、コーランを伝説と呼ぶユダヤ教の聖典の解釈者を強く批判しています。彼はこのように述べています。「コーランは実際、道徳的な助言、宗教的な指示、神の御前での祈祷、世界の人々への警告と奨励、神の使者の生涯に関する話を含んだものである。このような書物を伝説と呼べるだろうか?」

ヴォルテールは、かつて、預言者ムハンマドの信奉者は無知な人々だというキリスト教の過激な宣教師の言葉を受け入れていましたが、ある日、なぜキリスト教徒の過激な宣教師の影響を受けて、ムハンマドの名のもと、狂信主義を顕示していたのかと良心を痛めました。このため、1748年、長い冒頭を持つ戯曲を書き上げ、過去を償おうとしました。彼は友人にあてた書簡の中で、次のように書いています。「私はムハンマドに対して非常に悪いことをした」。このため、その後、ヴォルテールの関心は、イスラムや、人類に大きな恩恵をもたらした最も穢れのない人間である預言者という存在を広めることに向かったのでした。

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