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2015/08/26(水曜) 21:37

ジャン・ブリュワーが見る預言者ムハンマド

ジャン・ブリュワーが見る預言者ムハンマド

預言者ムハンマドは、人類史において最も優れた人物です。人間を善と幸福に導くことは神がその崇高な人間に負わせた非常に重い義務であり、その人もまたその義務を十分に果たしてきました。イスラムの預言者ムハンマドは、その建設的な教えにより、世界を光で照らし、暗闇から解放しました。賢者や学問、思想を持った人々は確かに、他の人々以上に、人類を幸福に導く上でのこの偉人の類まれな影響力を理解することが出来ます。

 

ジャン・ブリュワーは、1907年生まれのフランスの著名な東洋学者です。彼は学業を終えると、新聞記者になり、世界中を訪問しました。彼はメディナのイスラムの預言者ムハンマドの宮殿を見たいと思い、1966年、メッカでイスラム教徒の巡礼に参加しました。ブリュワーは、イスラム教やイスラムの偉人に関する多くの書物を執筆し、そのうちの一つにイスラムの預言者の人物像に関するものがあります。ジャン・ブリュワーは、冒頭で次のように述べています。

「我々が暮らしている地球は、大きな展示場であり、その中では、いつでも最も驚くべき出し物が神の意志によって展示されている。そのうちの一部は、地球上で変わることなく、永遠に残されている。また別の一部は夢のようにはかなく、その痕跡は残っていない。地上に提示されている最も永続的で壮大な催し物は、ムハンマドの出現によって7世紀のイスラム教徒が世界に提示したものである」

預言者ムハンマドは、すべての善きもの、美徳を反映した鏡です。ブリュワーが何よりも真っ先に認めているのはこの点です。彼は預言者の性質と行動を賞賛しており、次のように語っています。
「ムハンマドの道徳性は類のないものであり、貧しい人々や恵まれない人々、孤児たちへの強い関心を持っており、彼らに親しみを抱き、安定をもたらしていた。ムハンマドはどの人とも心を通わせた。常に微笑をたたえ、やさしく語りかけた。自分のために何かを蓄えることはなく、手に入ったものはすべて他者に与えた。無口で、彼ほど忠誠心の強い人はいなかった」

ブリュワーは、歴史上のほかの偉大な人物と比べて、神の預言者の特徴は自分の利益を求める自己中心主義から離れていることだ、としています。彼は次のように記しています。
「預言者は、イスラム政府の樹立において、決して権力、贅沢な生活、さらなる安定を求めていたわけではなかった。彼は公正な人間性を伴う政府を樹立することだけを考えており、その中では至高なる神以外は崇拝されず、人間は神の崇拝に何者をも並べることはなかった。その政府は、すべての国の権利を平等に守り、人間の自由を維持することで、すべての人にとって健全で良好な人生を整える。彼は何百年もの間、団結と統一を失っていたアラブの民に対して、人生の崇高な計画と法律を定め、中央政府を築いた。この政府の中で、イスラム教徒は次々と神の支援を受け前進し、豊かさを享受した。こうした中、預言者は政府を率いる中で、その行動を一切変えることなく、依然として簡素な生活をし、人生の苦しみに耐えた」

ジャン・ブリュワーは、無知な人々の粗野な行動、中傷は、預言者の疲れを知らない崇高な精神にそぐわないものだとし、次のように述べています。
「ムハンマドは決して、人間の能力を超える力を持つと主張しなかったことを覚えておくべきだ。啓示を下されたのは人間だった。メッカの人々から奇跡を求められた際、彼は神の啓示を美しいアラビア語で受け、それをこの類まれなコーランの形ですべての人に明らかにすることが自分の奇跡だと言った。ムハンマドは自分が啓示を受ける手段であることを知っていた。彼の同胞が彼にそのメッセージが正しいものであることを奇跡によって示すよう求めたとき、彼に啓示が下された。『言え!たとえ人間とジンが一緒になって、一方がもう一方を助けたとしても、コーランを下すことはできない、と』
アラブ人は文学に長けており、詩作において崇高で古い伝統を有していたにもかかわらず、コーランのような分を作ることができなかったのである」

このフランス人の新聞記者は、自著の中で、美しい言葉を用いて預言者を説明しており、次のように記しています。
「神の預言者は、すべての人の指導者であり、自由な意志を有している。しかし彼は人間の利益と幸福、団結のために、神から下された啓示に従う。預言者はすべての権力を持ちながら、その生涯を通して非常に寛容であり、メッカやその周辺の人々が彼に対して行った嫌がらせに目をつぶった」

彼は預言者の寛容に関して別の例を挙げて、次のように語っています。
「預言者が一度、自分の服を洗い、それを干した後、木に寄りかかり、眠っていたことがあった。敵の一人がそれを見て、彼に攻撃を仕掛けた。その敵は剣を預言者の頭上に掲げて言った。『ムハンマドよ、今や誰がお前を助けようか?』。預言者は怒りを抑えながら『それは神だ』と言った。この預言者の言葉に敵の手は振るえ、ついにその剣を地面に下した。預言者は剣をとって、敵のほうにかざし、言った。『さあ今や誰がお前を救うだろうか?』。敵の男は答えた。『それはあなたの赦しである』。預言者は彼の命を奪おうとするのをやめ、これによって自らの敵に寛容と赦しの最良の教訓をもたらした」

ジャン・ブリュワーはムハンマドを好戦的な人物だとする作家たちを批判し、次のように述べています。
「預言者ムハンマドは道徳に反する行動を合法と見るような人ではなかった。彼の最大の目的は自ら受けた託宣を世界のすべての人々に伝えることだった。家族の問題、生活の問題は決して彼にこの託宣の実行をやめさせることはなかった、クライシュ族やメッカの人々が彼に反発し、陰謀を企て、すべての部族を彼との戦争に駆り立てたにもかかわらず、預言者は最初、彼らとの戦闘に向かわず、侵略に対しても侵略で応えなかった。しかし侵略が繰り返された後、神から、今や侵略者と戦うことが彼にとって合法なことである、という啓示が下された。コーラン第22章アルハッジ章「巡礼」第39節と第40節には次のようにある。
「戦争を仕掛けられた人々にジハードの許しを出した。なぜなら彼らは圧制を受けていたからである。そして神が彼らを援助することを知るだろう。彼らは、『我々の神は唯一の神である』と言っただけで、家と町から不当にも追い出された」

預言者に関するブリュワーの書物の一部では、イスラム教の特徴に言及されており、この宗教が広がった理由について書かれています。
「イスラムの教義は非常にシンプルで簡単なものだ。その中には理性や知性、論理に反するものは見られない。イスラムは社会的な統一を継続させるために、集団礼拝を 強調している。ムハンマドの教えにより、すべての人が同胞となり、イスラムの政府は行動の平等と公正、人間の自由に基づいて打ち立てられた。イスラム教徒以外も、神とその預言者の保護のもとで、安定や安寧を享受する。彼らは宗教的信条において自由であり、イスラム教徒が取り決めを守ることを確信し、イスラム教徒と悲しみや喜びを分かち合った。神はイスラムの最初の政府を自らの預言者の手によって築くことを願った」

ブリュワーは「神は預言者に誇りを与えた」としています。彼の名前は広まっていき、全世界で知られるほどになりました。ムハンマドは偉大な預言者、神の法を実施するもの、公正な裁判官、能力のある雄弁家、有能な司令官でした。彼は学校で学問を修めたわけではありませんが、アラブの社会で彼ほど名声を得た人がいないというくらい知られた存在なのです。

 

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