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2015/08/22(土曜) 17:38

ケルマーン州・スィールジャーン

ケルマーン州・スィールジャーン

前回、イラン南東部のケルマーン州を訪れてきました。今回は、この州にあるスィールジャーン行政区をご紹介しましょう。

 

スィールジャーン行政区は、面積1万7481平方キロメートル、ケルマーン州の南西部に位置し、ファールス、ケルマーン、ホルモズガーン、ヤズドの4つの州が交差する場所にあります。また、首都テヘランとペルシャ湾岸のバンダルアッバースを結ぶ街道上に位置しているため、交通の便に恵まれています。スィールジャーン行政区の標高は1730メートル、ザグロス山脈の東と中央の山々の間にあります。西部のキャフェナマックと東部のイブラヒームアーバードの肥沃な平原地帯が、この行政区の中での平らな土地です。スィールジャーン行政区は、乾燥した温暖な気候を有し、夏の暑さはそれほどではありませんが、冬は寒さが厳しく、雪や雨が降り、春にも降雨があります。この行政区の雨は、西からの気圧とインド洋の湿った空気によってもたらされます。スィールジャーンの重要な河川には、タングーイーエとホセインアーバードがあります。

スィールジャーンでは、砂漠性、半砂漠性の気候、降雨量、季節風、そして時に気温の大きな変化により、植物はところどころに生える程度です。スィールジャーンの山岳地帯には、アーモンドやへびのぼらずといった潅木やあざみが生えています。この行政区の平原と山岳地帯の間には、ハマビシ科の低木が見られます。この一帯に生える植物の種類は、およそ1000種類と言われています。降雨量が多く、湿度が少ないために、スィールジャーンの西側では、針葉樹や葉のない木が生えています。スィールジャーンは、ケルマーンやラフサンジャーンと共に、ピスタチオの産地となっています。スィールジャーンのピスタチオは品質がよく、世界的に勇名で、毎年、世界各地に輸出されています。また、クルミ、ザクロ、りんご、さくらんぼも収穫されています。

スィールジャーン行政区の中心は、歴史的な都市であるスィールジャーンで、人口と面積の点で、ケルマーン州の第二の都市となっています。歴史資料によれば、スィールジャーンの歴史は、イスラム以前にさかのぼり、パルティア帝国時代にバラーシュ王によって建設されたと言われています。マケドニアの王、アレキサンダーは、インド遠征から戻る際、スィールジャーンを通過し、ボヴァーナートと呼ばれる町を通って、パーサールガード、その後シューシュに向かいました。スィールジャーンは、その昔、栄えた大都市であり、パルティア帝国時代の統治の中心地は、現在のケルマーンにありました。西暦652年にイスラム帝国の第三代カリフ、ウスマーンが、アブドッラー・イブン・アーメルにケルマーンの征服を命じたとき、彼はスィールジャーンに軍隊を送り込み、この町を制圧しました。そして9世紀半ばにヤアグーブ・レイス・サッファーリーが政権を握ると、スィールジャーンは、彼の統治下に置かれました。

スィールジャーンは、ヤズド、バンダルアッバース、ケルマーン、シーラーズを結ぶ要衝に位置するため、昔から注目を集めてきました。この町は、テヘランから960キロ、ケルマーンからは175キロの距離にあります。スィールジャーンの町は、古い歴史を持つことから、その建物には、イランの様々な時代の面影が残されています。

スィールジャーンの建築は、バードギーレ・チョポギーと呼ばれる風採り塔で有名です。上にキセルのような煙突が何本もあるこの風採り塔は、建物の中に空気の流れを作り出すため、太陽のエネルギーを利用しています。太陽の光がこの塔に差すとき、レンガが温まって塔全体の温度が高くなり、内部の気温が上がって空気が上昇し、塔から外に流れ出すのです。暖かい空気が上昇することによって、建物の下の部分は空気を吸い込もうとし、扉や窓から、建物の中に空気が採り込まれます。こうして冷たい空気が下から入り、暖かい空気が建物の上部にある煙突から外に吐き出されます。中に入ってくる空気を冷やすため、水の上を通過させたり、地下の空気を建物の内部に導きいれることもできます。この方法は、昔から、イランの砂漠地帯、特にケルマーンで用いられ、バードギール・風採り塔として知られています。現在、世界の建築家や専門家たちが、建物の中に冷たい空気や暖かい空気を自然に取り入れるために、この方法を活かした新しいシステムを生み出そうとしています

スィールジャーンは、重要な経済都市であり、豊かな鉱物資源に恵まれています。スィールジャーン経済特別区は、イランの経済特別区の開発モデルとされており、イランで最初の多目的地区とされています。つまり、投資家は、工業、貿易、サービスの部門であらゆる経済活動を行うことができるのです。スィールジャーン経済特別区は、国際的な貿易や生産に必要なあらゆる可能性を手にすることができ、工業、生産、貿易、サービスといった部門への投資に関する条件や状況は、他に類を見ません。スィールジャーン経済特別区は、スィールジャーンの町の北西3キロのところに位置し、面積は1380ヘクタールです。

スィールジャーンは地質学の点で、イランでも類を見ない状況を有しています。スィールジャーンの塩の砂漠は、スィールジャーンの町から西に30キロの場所にあります。この砂漠は、南北の長さがおよそ50キロ、中央部は東西の長さが20キロとなっており、北、あるいは南に行くにつれて、その幅は短くなっています。スィールジャーンの塩の砂漠は、現在、溶けた塩の塊になっており、スィールジャーン平原の周辺に間接的に影響を及ぼしています。塩の湖、塩湖の水量が多ければ、そこは塩の沼地になり、乾いていれば、表面が塩の塊で覆われます。塩の沼は、スィールジャーン平原の北西から西、西から南西にかけてを帯のような形で覆っており、切れ切れに、バーバクの町の平原まで続いています。

スィールジャーンの町には、多くの古代遺跡も存在します。スィールジャーンの岩の城塞は強固な砦であり、歴史の中で様々な出来事を経験してきました。岩の砦は、美しい芸術的な岩の壇と共に、1387年、一枚岩で建設され、非常に興味深いものとなっています。この砦は、実際、町の軍事的な城塞であり、その岩の壇は、モザッファル朝の王の時代のものです。この壇は岩を削って作られており、2トンの重さがあります。この城塞の中には、廃墟となった倉庫、岩の階段、岩の壇など、数多くの建物があり、スィールジャーンの南にある丘の上に、大きな廃墟となって残っています。

スィールジャーンは、手織りじゅうたんとゲリームと呼ばれる敷物の産地です。スィールジャーンのゲリームは、ゲリームの地にじゅうたんの織り目が使われています。これは、スィールジャーンの芸術家が編み出した方法であり、世界中に輸出されています。この他、ピスタチオ、ゼリー菓子のマスガティーなども、スィールジャーン行政区のおみやげとして有名です。

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