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2015/12/14(月曜) 21:24

ヤズド州(4)、メイボド

ヤズド州(4)、メイボド

前回の番組では、イラン中部、砂漠の傍らにあるヤズド州を旅し、この州の州都、ヤズドについてご紹介しました。今回の番組では、ヤズド州第二の町で、商業の中心地でもある、メイボド行政区についてお話してまいりましょう。

 

メイボド行政区は、面積1271平方キロメートル、ヤズド市に次ぐ人口密度を持ち、歴史的なまち、メイボドが行政区の中心都市となっています。メイボドの人々はペルシャ語を話しますが、地域によって様々な方言があります。メイボドは昔から農業が盛んであり、農業はこの地域の重要な活動の一つと見なされてきました。町の周辺の土地の大部分は、ザクロの果樹園になっており、町の郊外では、小麦、夏野菜、うまごやし、ピスタチオ、綿、その他の農作物が栽培されています。メイボドでは、牧畜も行われており、その中心地は、行政区の西の山すその村となっています。メイボド行政区はまた、イランのセラミックやタイルの主要な産地であると共に、手作りの陶器やズィールーと呼ばれる綿製のじゅうたんも生産されています。

メイボドは、イランの希少な古代都市のひとつに数えられています。その伝統的な区画は多くの損傷を受けているものの、未だに、古代の道路や建物、その廃墟など、昔の面影が数多く残っています。この町のモスクや古い城塞、隊商宿、貯水槽、氷を蓄えるための氷室・ヤフチャールが、この町の古さを物語っています。ここからは、こうした建物についてご紹介しましょう。

メイボドのジャーメモスクは、イスラム時代から残る最も重要な歴史的建造物です。それが建っている場所から、このモスクがメイボドの古代の町の中心地にあったと推測されます。ジャーメモスクの敷地面積は、およそ3000平方メートルで、幾つかの空間とモスクで構成されています。モスクの中心は、大きな中庭、ドームとエイヴァーンと呼ばれるテラス、夏用の礼拝所があり、東と西、北側には冬用の礼拝所とされる温室があります。

メイボドのジャーメモスクには、この他、特別な日干し煉瓦でできたドームの部屋と最も北に位置する礼拝所を持つイマームハサン・モスク、そして北東には、ハージー・ハサンアリー・モスクがあります。この他、これらの建物群に続く空間には、隊商宿や貯水槽がありましたが、それらは完全に失われてしまっています。

メイボドのジャーメモスクの重要な特徴は、現在の建物の中に垣間見られる様々な歴史の建築様式です。それらはイスラム初期に始まり、今日まで続いてきました。そしてそのために、この建物は、この地域の建築の博物館と見なされています。モスクの建物の変化の歴史を辿っていくと、メイボドとヤズドの歴史の古さを目にすることができます。ジャーメモスクの最も古い構造は、イスラム初期のものであり、最も北側に礼拝所があることから、およそ8世紀のものと見られ、イスラム初期の多くのモスクに匹敵するものです。

メイボドのナーリーン城塞は、ヤズド最古の史跡であり、この地域の都市開発の始まりを示すものです。この建物は、練り固めただけのレンガで建てられたイランの最も古い建物で、イスラム以前の最も重要な史跡と見なされています。最新の考古学調査から、この建物の歴史は、紀元前3000年期までさかのぼると推測されています。ナーリーン城塞の建物は、海抜25メートルの町の最も高い丘の上、面積4ヘクタールの土地に建設されており、町全体を見渡すことができ、遠くからもその存在が明らかです。この建物を周囲と切り離す城壁や塔、複数の小さな壁と共に複雑に入り組んだ石の壁が、ナーリーン城塞を形作っています。この建物は、様々な時代に、統治政府の城塞として、時には避難所として使われていました。

メイボドのシャーアッバースの隊商宿は、さらに古い隊商宿の後に建設されたものと考えられ、サファヴィー朝様式の、街道上にある最も完全な隊商宿と見なされています。この隊商宿は、レンガ造りで、4つのテラスを持つ、よく知られたスタイルで建てられていますが、様々な空間があること、古い時代の安全設備が整っていること、常に水が流れていること、衛生的であることから、地域でも類の稀少とされる隊商宿の一つです。

この隊商宿には、外側に配置されたテラス、玄関、中庭、池、4つの美しい入り口、東と西の屋根で覆われた広間があり、宿泊客が利用するための窯や部屋、テラスは全部で100個もあります。現在は、メイボド文化遺産・資料図書館が、建物の一部に設置されており、東側の広間は、メイボドの歴史的な敷物・ズィールーの博物館として、西側の広間は、伝統的なレストランとカフェテラスとして一般の人々のために開放されています。

シャーアッバースの隊商宿の入り口の正面には、ケラールと呼ばれる古い貯水槽があり、周囲の空間に美しい建築のバランスを生み出しています。この貯水槽が建設されたのは、石碑に刻まれている内容によれば、1070年のことであり、旅人たちがおいしい水を利用できるようにという建築家の願いが表れています。ケラール貯水槽の特徴は、その貯水槽と階段の建設において、建築家が地形をうまく活用していることです。疲れた旅人が、いくつかの階段をのぼるだけで、蛇口にたどり着けるようになっています。ケラール貯水槽は今も飲料水の水源として利用されています。

メイボドの飛脚宿も、この町の見所のひとつです。この宿はガージャール朝時代のもので、テヘラン南方の町、レイと、ここケルマーンを結ぶ古代の街道の途中、メイボド隊商宿の傍らに建設されました。この建物は、政府からの預かり物や書簡、メッセージなどが保管されていたことから、大きな重要性を持っており、きちんと保護されるように城塞の形で建設されています。その建物の重要性は、背の高い壁や塔、監視窓、防衛を意識した状況からも明らかです。この宿には、開かれた空間、屋根のある2つの空間、宿の主人が使う部屋、使者や見張り番の滞在場所、馬小屋などがあります。レンガ造りのこの建物は、郵便博物館として利用するために、ヤズド州の郵便局に、その管理が委ねられています。

メイボドの、氷を蓄えておくための氷室・ヤフチャールについて最後にご紹介しましょう。このヤフチャールは、ガージャール朝以前のもので、ヤズド州に残る数少ないヤフチャールのうちの一つです。メイボドのヤフチャールの建物は、砂漠地帯にある他のヤフチャールと同じように、泥土とレンガで作られており、その建築様式は、気候条件を考慮したものとなっています。

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