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2015/11/21(土曜) 19:12

ヤズドの人々の風俗習慣(2)

ヤズドの人々の風俗習慣(2)

前回の番組では、イラン中部の沙漠地帯に住むヤズドの人々の風俗習慣、この地域の建築と人々の特徴、従事している職業についてお話しました。

 

今回の番組では、地下水を確保するための沙漠地帯の人々の類稀なる革新技術、カナートについてお話しすることにいたしましょう。

沙漠地帯にあるヤズドの地理的な状況に注目すると、この州は水資源の乏しい地域と見なされ、その水資源は多くが地下水に限られています。地下水資源を利用するために、遠い昔からこの地域では3000箇所のカナートが掘られ、その多くが今も使われています。

カナートは沙漠地帯のイラン人の伝統的な灌漑施設であり、革新的な技術の一つです。実際、カナートは人類史上、最も複雑で驚異的な革新と見なされ、人類社会の重要なニーズを満たすため、つまり水の乏しい地域への水の確保のために生まれました。この灌漑方法は、数千年以上前から、農業や高原の灌漑、人類社会の繁栄に大きな影響を及ぼしてきました。

最初のカナート作りの発想は、イランの沙漠地帯で生じました。沙漠地帯は激しい太陽の光が照りつけることから、大量の水が蒸発する一方で、砂漠に吹く様々な風のために、川が砂や土ぼこりで満たされてしまいます。このため、イラン人はこの生命の源である水を多く維持するために、地下から水をくみ上げる方法を発明しました。イランのカナートは全部で3万箇所以上にもなります。

カナートのシステムは、全体的に見ると非常にシンプルな作りになっており、傾斜のついたトンネルに、空気を取り入れ、土ぼこりや沈殿物を取り除くための数十もの穴が掘られています。注目に値する点は、このシンプルな方法が数千年前から現在まで変わっていないということで、その構造はシンプルなまま今日残されています。カナートの水路と穴は、ほぼ全域で、普通の人が屈んで動けるような大きさとなっています。

イランの伝統的な灌漑方法についての著書を持つサフィーネジャード氏は、イランのカナートを世界の優れた技術に並ぶとしています。彼によれば、イランのカナートの総数を3万箇所、長さを平均6キロメートルとすれば、その水路は合わせて18万キロにも達するということです。空気を取り込むために作られた穴の長さも加えれば、それは熟考に値するものとなります。というのも、この穴は20メートルから30メートル間隔で掘られているからです。このため、イラン人がその昔、非常に簡素な道具で、どれほど広い範囲のトンネルと穴を掘ったのかということが分かるでしょう。

カナートの建設と拡大に関して、イランの各地では多くの伝説や物語が広まっています。伝説に加えて、カナートの歴史的な認識を深めるために、多くの資料が残されています。これに関する資料の中で、ギリシャのものを挙げることができます。この資料によれば、イランの多くのカナートの古さは、アケメネス朝時代に遡るということです。この時代、イランのカナート技術はエジプト、そしてシリアに広まっていました。ギリシャの軍司令官は、「私はペルシャの灌漑の方法をエジプトに広めた」と述べています。

アケメネス朝の後のパルティア帝国、サーサーン朝時代にも、カナートは大きく拡大しました。これらの政府の支配するほぼ全域で、この技術が利用されていました。実際、この時代に、カナートは中国と中央アジアのトルキスタンにも伝わりました。イスラム時代にも、カナートはよく知られた確実な灌漑方法として使用されていました。この時代には一般の人々や村人、農民に加えて、為政者や富裕層の一部もカナートの建設と拡大に尽力しました。

イスラム時代にカナートに関して見られていた最も興味深い現象は、世界各地へのその拡大です。イスラム教徒とスペインの関係などにより、カナートの技術はこの地域にも伝わり
そこから世界各地に広がりました。現在、カナートは世界35カ国に存在し、22の様々な名前で呼ばれています。しかしながらあらゆる場所で、カナートと言えばそれはイランのものを指します。今日、イランでは近代的な灌漑方法が広まっていますが、イランの多くの沙漠地域でカナートは灌漑の主な役割を果たしています。

カナートの利用と維持は、特別な伝統を有しています。イラン各地では水を利用するために、完全に公正な方法がとられています。農地の灌漑においては、合意によって定められた順番と期間によって各農家がカナートの水を利用するようになっています。

カナートの利用において広まっている慣習の一つは、カナートの再建と沈殿物の除去を集団で行うことです。かつて宗教的な信条や同胞・友好人道的な精神は、多くのカナートの基盤となっていました。これに関して先人たちによる多くのワクフ証書が残されており、それは彼らが水を公益事業で使用されるために寄進し、厳しい状況の中で確保した水を仲間に分け与えてしていたことを示すものです。

 

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