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2013/02/24(日曜) 18:06

格闘技の選手

格闘技の選手

昔々のこと。一人の年老いた格闘技の選手が暮らしていました。彼は、格闘技の技術にかけては他を寄せ付けず、彼に匹敵する者は誰もいないほどでした。多くの著名な勇者たちを地面にたたきつけ、格闘技の師匠の座にたどり着きました。この年老いた格闘技の選手は、360もの重要な技術を習得し、その一部を弟子たちにも教えていました。彼は閑静な場所で若い格闘家を育成し、自分で試合をすることはありませんでした。全ての格闘家が彼に敬意を表し、彼を師匠として認めていました。

年老いた格闘家は、自分が教えていた多くの弟子たちの中で、ひとりの力強い若者に特別な思い入れを持ち始め、自分の持っている技術の全てを彼に教えました。この若者の中に、輝ける未来を見たからです。師匠は、この若者が近い将来、全ての格闘家のトップに立つことを知っていました。この力強い若者は、日々、技術を磨き、試合でもライバルを打ち倒していきました。

年老いた師匠は、彼が知っている限りの技術を、この若者に伝授することに決めました。若者は、そのことを知ると、たいそう喜びました。なぜなら師匠から全ての技術を教えてもらえる人間など、ほとんどいなかったからです。しかし、若い格闘家は、全ての技術を習得したと感じたとき、悪魔に誘惑され、彼の全身は、悪魔の自尊心と高慢さに包まれました。若者は自らを、地球上で、最強かつ最高の格闘家であると考えていました。その日まで、この若者が誰かに負けたことはなく、そのために、これほどの自尊心と高慢さにおぼれてしまったのです。

自分の力に誇りを感じていた若い格闘家は、師匠への敬意を忘れ、どこへ行っても、「私は師匠よりも多くの技術を知っている。私が師匠に敬意を抱くのは、ただ、その階級、地位のためである。そうでなかったら、彼は格闘において、私の足元にも及ばない」などと語っていました。こうしたある日のこと。若い格闘家は、王の前でこの言葉を語りました。王は若者の高慢さと自尊心に不快さを感じ、それなら、この若者と師匠を対決させてやろうと、試合の準備を命じました。賢い王は、この試合で、若者が年老いた師匠に敗北すること、それが彼にとってよい懲らしめになることを知っていました。

 こうして試合当日がやってきました。人々は広い場所に集まっていました。王も姿を現し、特別な席に座りました。多くの格闘家たちも、その時代の最強の格闘家と、その師匠との試合を一目見ようと、そこに集まってきました。若い格闘家は、力強い肉体を誇り、リングに上がりました。師匠は若者の力強い腕を一目見て、若者が本当に、力の点では、自分を上回っていること、彼が腕の力だけに頼ったとしても、自分は弟子に負ける可能性があるということを悟りました。そこで、師匠は弟子に勝つために、頭を使う必要があったのです。

試合が始まりました。人々は熱狂的に、どちらが勝つかを見守っていました。若者たちは、若い格闘家が勝つ方にかけていました。ほとんど誰もが、年老いた師匠の負けは確実だと見ていましたが、心の中では、師匠が勝利し、人々の心にある師匠への敬意が打ち砕かれないようにと祈っていました。師匠が若者に襲い掛かりました。若者はその攻撃を防ぐことができず、二人は組み合いました。師匠は両腕で若者を頭の上まで持ち上げてから、地面に叩きつけました。観客席から歓喜の声が上がりました。人々は年老いた師匠の勝利を目にし、喜びに沸きあがりました。王も立ち上がり、年老いた師匠に握手を求めました。そして、相応しい衣服を彼にやるよう命じました。一方、自分の師匠への恩を忘れた若者を叱責しました。

若者は王に言いました。「この年老いた格闘家は、力で私に勝利したわけではない。彼は私が知らない格闘の技術を使って私に勝ったんだ。彼はその技術を私に教えてくれなかった」。年老いた師匠は、ずっと以前から、こんな日が訪れることを知っていました。恩知らずな若者が、自分は師匠に対抗できると主張し、彼との試合を申し出てくることを知っていたのです。師匠は、自分が知っている360の技術のうち、359個のみを若者に教えていました。そして最後の技術は、自分のため、こんな日のために残しておいたのです。年老いた師匠は、王の横に立ち、力強い若者に向かって言いました。「なぜ、最後の技術を君に教えなかったか分かったかい?こんな先人たちの言葉を聞いたことがあるだろう。『友人にそれほど力をつけてはいけない、いつの日か敵となり、あなたを打ち負かす日がやってくる』」

 

それでは、今回のことわざです。

「私のための水はないが、あなたのためには収入がある」

その昔、イランの飲料水や農業用水は、灌漑水路から手に入れられていました。そして、善良な者の善行の一つが、人々に水を届けるため、井戸を掘ったり、水路を作ったりすることでした。ある日、ひとりの善良な男が、いくつかの井戸を掘って、水路を作り、人々に水を届けようと決意しました。彼は一人の熟練した井戸掘りを雇い、作業のために丘を与えました。井戸掘りは、数人を雇って、皆で水路作りに励みました。

数日が過ぎ、数週間が経ち、井戸を掘り続けましたが、水は出てきませんでした。毎日夕方になると、善良な男は、井戸掘りたちの様子を見にやって来て、彼らにその日の賃金を払い、水は出てきたかと尋ねていました。数日、数週間が経っても、井戸掘りは、「もうすぐ水にたどり着きますよ」と、期待を持たせるような答えを返していました。しかし、時が経つにつれ、彼の希望も失望に変わっていきました。もはや作業をする気も起きません。彼らが掘っていた穴はどれも、水に至っていませんでした。

掘った穴のほうが、別の水路の穴よりも深かったにも拘らず、どの穴からも、地下水は湧き出てきませんでした。井戸掘りは、少しずつ文句を言い始め、善良な男が水路をほるために選んだ丘や土地が悪かったのだと主張しました。善良な男は、もっと早く井戸掘りに失望するべきでしたが、そのようなことは起こりませんでした。毎晩、井戸掘りと同僚たちの賃金を与えた後、「神に頼って、作業を続けてください。きっと水が出てくるでしょう」と語っていました。

井戸掘りの作業は続けられました。そうしたある日のこと。井戸掘りがとうとう雇い主に言いました。「この穴が水に達するとは思いません。私たちは冷たい鉄を叩き、時間を無駄にしています。あなたも無駄に金を費やしています。これ以上損をする前に、もうやめた方がいい。そして水路を掘るのにもっと適した場所を選んだ方がいいでしょう」

善良な男は言いました。「ここはいい丘なんだ。この近くに多くの村落があって、人々が水を必要としている。作業を続けよう。神の恩恵に希望を託すんだ」。井戸掘りの男は言いました。「これまで10個の水路を作ってきましが、どれもこれほど苦労せずに水に達しました。私にはもう、作業を続ける気力が残っていません」。善良な男は言いました。「水に達するのが遅ければ遅いほどよいのだ。地下深くにある水につきあたって、より良質な水が人々に届けられる。希望を失わず、作業を続けるんだ」

井戸掘りは言いました。「私は井戸掘りです。この丘の上の穴が、水に達しないことを知っています。どうか作業を止めて、帰らせてください。私はもう疲れました」

善良な男は言いました。「全く!毎日金を払っても、何の成果も上がらない。疲れて希望を失うのは、あなたではなくて、私の方だ!これらの穴が水に達しようと達すまいと、あなた方は作業を続けて、金を得ているのじゃないか?それなのになぜ文句ばかりいうのだ?これらの穴から水が出なくても、あなたたちは収入を得ている。さあ、頭を垂れて作業を続けるんだ。もうこれ以上、希望を失うような言葉を口にしないように」

井戸掘りと同僚たちは、他に術がありませんでした。善良な男の言うことは本当でした。いずれにせよ、彼らが損をすることはなく、毎日、賃金を得ていたからです。彼らは再び、井戸掘りの作業に戻りました。こうして穴を掘り続け、とうとう水に達しました。そこには、澄み切った甘い水が、大量にあったのです。

そのときから、ためになることをする時に、言い訳を並べる人に対し、なぜそうしないのか、という意味を込めて、このように言うようになりました。「私のための水はないが、あなたのためには収入がある」

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