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2015/11/16(月曜) 19:10

メナーの惨事の人権的な側面

メナーの惨事の人権的な側面

9月24日のイスラム教の犠牲祭の日、イラン人数百人を含む数千人の巡礼者が、サウジアラビア西部の聖地メッカ近くのメナーで、サウジアラビアの関係者が巡礼者の順路をふさいだために将棋倒しになり、命を落としました。しかし、サウジアラビアはイスラム教徒に謝罪することも、この惨事の責任を負うこともなく、この惨事は、巡礼者の秩序のなさ、あるいは天命によって起こったものだとしました。

 

今回の番組では、メナーの惨事を人権的な側面から見ていくことにいたしましょう。

メナーの惨事から40日以上が経過しましたが、いまだに安否がわからない人たちがいます。この痛ましい惨事により、神の家の巡礼者7000人以上が命を落とし、多数が負傷しました。多くの人が家族を失い、子供たちが親を失いました。この惨事は、イスラム教徒の社会に大きな肉体的、精神的なダメージを与えました。

メナーの人道的な惨事は、死者の数の多さの点から大虐殺と比較することができるでしょう。たとえば、旧ユーゴ・ボスニアへルツェゴビナで発生したスレブレニツァの大虐殺でも、およそ8000人が殺害され、第二次世界大戦後、ヨーロッパ最大の大虐殺とみなされます。この事件は、今なお、痛ましい悲劇として人々の記憶に残っています。しかし、驚くべきことに国連やその他の国際機関は、メナーの惨事で多数の人が亡くなったことに無関心であり、沈黙という政策を取っています。

メナーの惨事を引き起こした原因が何であろうと、これほど多くの人間が死亡した出来事に対し、国連、OICイスラム強力機構、その他の国際機関、各国の政府や人権活動家はこの惨事に注目すべきでしょう。また、サウジアラビア政府は、メッカ巡礼の際に外国人巡礼者数千人が死亡したことについて、国際社会に対して責任を取る必要があるのではないでしょうか。

サウジアラビアはこれまで、メナーの惨事が起こった責任を受け入れていません。国際法の点から、各国の政府の責任は、それらの国の政府に受け入れられるか否かには関係なく、国際法への違反が見られるやいなや、その責任が発生し、国際社会に対して責任を取り、賠償を支払う必要があります。では、サウジアラビア政府にはどのような責任があり、どのような国際法規に違反したのでしょうか。

国際法によれば、各国の政府は、自国を訪れる外国人の受け入れにおいて自主的な権限を持っていますが、外国人が法的にその国に入った後は、そこに滞在する限り、さまざまな権利を有します。そのため、国際法規において、外国人の権利が定められています。外国人は実際、一般的な権利と特別な権利を持つことになります。

外国を訪れる人の一般的な権利とは、生存や安全など、すべての人間が持つ人権で、人間の尊厳を維持する上で必要な最低限の権利です。そのため、サウジアラビアをはじめとする各国の政府は、外国人に対して人間としての権利を守る責任があるのです。

世界人権宣言によれば、すべての国の政府は、人権に関する法規を守ることが義務付けられています。いかなる国も、どのような状況にあっても、人間としての最低限の権利を侵害する権利はなく、侵害が行われた場合、国際法の点から責任が発生し、国際社会に対して責任を負う必要があります。残念ながら、さまざまな状況証拠から、メナーの惨事においては、巡礼者の人権が侵害されたことがわかります。

人間の最低限の権利のひとつは、生存する権利、命の安全が保障される権利です。政府は、国民が安心して暮らし、自由が奪われないようにするために、彼らの安全を確保する義務があります。そこに市民と外国人の違いはありません。法的に他国に入った外国人は安全が保障され、政府は彼らの安全を完全に確保する義務を負っています。このことは、世界人権宣言や欧米、アフリカ、その他の国の人権条約にも言及されています。明らかに、7000人以上の巡礼者が死亡したことは、巡礼者の安全確保に対するサウジアラビアの取り決め違反を示す証拠になっているのです。

メナーの惨事とその後の人権違反として、巡礼者の健康が損なわれ、適切な医療サービスが受けられなかったことが挙げられます。健康は、人間が誇らしく生きるうえで最低限の権利であり、他の権利や自由を享受する上で不可欠のものです。

健康に生きる権利は、一般的な権利です。健康が話題にのぼるとき、頭に浮かぶのは、適切な医療サービスが受けられることです。国際社会でもこの問題が取り上げられています。世界人権宣言や経済的、社会的及び文化的権利に関する国際条約でも健康に生きる権利の問題が取り上げられており、「加盟国は、あらゆる人が肉体的、精神的に最高レベルの健康を享受する権利を認めること」とされています。

国際法により、政府はすべての人の健康と衛生を実現し、国家レベルで統一の取れた計画的な保健衛生制度を打ち立てることが義務付けられています。この健康制度は、保健衛生に適した計画、健康を守る上でのインフラの実現を含んでいます。サウジアラビアの政府は、外国人の健康を守ることに対しても責任を負っています。なぜなら、健康に生きる権利は人間の最低限の権利であり、そこに外国人と市民の違いはないからです。

この人間の権利に関するサウジアラビアの責任は、市民よりも外国人に対するものの方がはるかに重要です。なぜなら、メッカ巡礼の儀式は、毎年、決まった時期に決まった場所で行われるからです。さらに、巡礼者の数もだいたい決まっています。そのため、サウジアラビアの政府の責任はさらに高まります。このことから、サウジアラビアは、このような決まった数の巡礼者を管理し、彼らの権利を守る力を持っていなければなりません。さらに、このような惨事を予想し、それに対処できるように、危機管理能力をつけておく必要があります。

メナーの惨事の後、救援活動は遅々として進まず、負傷者が何時間も倒れたまま放置されていたという証言があります。また、メナーの惨事に遭遇した他国の医師や救援隊の話によれば、サウジアラビアの救援隊は非常に若く、危機の際の教育も受けていなければ、最低限の対処法すらも知らなかったということです。

国際法で触れられているもうひとつの点は、差別のない、保健衛生サービスの公正で適した提供です。差別なく、という原則は、国際的な人権制度における基盤です。国際人権条約でも、加盟国には、すべての人への差別のない権利の保証が義務付けられています。特に、女性や子供、高齢者や障害者は特別な配慮が必要になっています。

残念ながら、目撃者の話によれば、サウジアラビア政府の関係者や救援隊は、一部の国の巡礼者に対して差別的な対応を取っていたようです。このような差別の結果、一部の負傷者は長時間放置され、そのために命を落としたり、長い間苦しんだりしました。まだ息をしていた人たちが、遺体と一緒にコンテナーに入れられ、その中で多くの負傷者がゆっくりと亡くなっていきました。

さらにひどいことに、サウジアラビア政府は、イランをはじめとする他国の人道支援の度重なる要請を拒否し、負傷者の治療を手伝おうとする他国の救援チームにその許可を与えませんでした。

他国の救援隊によれば、サウジアラビアの警察と警備隊は、負傷者や遺体の周りをかこみ、他国の救援隊に活動の許可を与えなかったということです。イランメッカ巡礼機関の医療センターのマルアシー所長は次のように語っています。

「我々は本部の人間を総動員して救急車で現場に向かい、すぐにおよそ600人の巡礼者の命を救った。そのうち110人がイラン人だった。だが、救助活動を続ける中で、サウジアラビアの関係者に妨害され、我々のスタッフの中には身柄を拘束された者もいた」

こうした中、国際法によれば、ある国の政府が外国人の安全を確保できなければ、人道支援を受け入れるべきだとされています。

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