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2015/12/07(月曜) 22:56

メナーの惨事の人権的な側面(3)

メナーの惨事の人権的な側面(3)

9月24日に発生し、8000人以上が命を落としたメナーの惨事は、今年イスラム世界で発生したもっとも痛ましい事件のひとつです。この事件では、多くの人が遺族となり、また多くの子供が孤児となりました。
この痛ましい惨事を調査する中で、改めて明らかになったのは、サウジアラビアが人間の尊厳を無視し、巡礼者の人権を侵害していることでした。


サウジ政府は、国際的な基準に従い、巡礼者の基本的人権を尊重し、保証することが義務とされています。もし、受入国がこれを怠れば、国際的な責任を負うことになり、それに応えなければなりません。すべての国際機関のメンバーも、世界各国に人権関連の法規を遵守するよう勧める義務があります。
残念ながら、メナーの惨事では当然の、基本的な権利の多くが侵害されました。サウジ政府は、多くの人権を遵守せず、この惨事をさらに悪化させました。生存権、安全の権利、衛生的な保護を利用する権利、水を飲む権利、遺体の尊厳が保護される権利など、これらは、この惨事で侵害された巡礼者の権利でした。また、サウジ政府関係者は、ほかの国の人道支援の受け入れを禁止し、侮辱的な行動、非人道的な罰則や拷問により、人権の多くを蹂躙してきたのです。
実際のところ、サウジの政治体制は巡礼者の受入国として、ビザを取り、サウジアラビアに入国した人々の安全を保証することができていません。それどころか逆に、命を危険に陥れていれていることについて、完全な責任を持っています。最も重要な事柄のひとつは、国際的な人権、個人の安全で、それは国際レベルで最も基本的な権利であり、また、人権に関して最も基本的なものです。
各国の政府や国民は、特に、巡礼者や観光客がビザの発給により、完全に合法的な形で入国した場合、彼らの安全を完全に確保する義務があります。これに関する世界人権宣言の内容は、明らかに、集団的安全の問題として扱われています。
巡礼者の安全の確保におけるサウジアラビアの前歴は、大いに批判すべきものだといえます。この15年間で、多くの巡礼者が巡礼儀式の中で命を落としています。つまり、死亡事故が起きることは、予想可能であり、また防ぐことができました。公式統計によると、1990年に死亡した巡礼者は1426人、1994年には270人です。また、1997年の火災では340人が死亡、1998年、2001年、2004年、2006年にも、数百人がサウジ当局の管理不足と無関心、怠慢の犠牲となっています。今年も、毎年の問題に加えて、不透明な理由によりサウジアラビア軍によって順路がふさがれ、事前に調整することなく、巡礼者の進行方向を変えたことから、大規模な惨事が発生しました。このため、今年の巡礼はこの40年間で最大の犠牲者を出した巡礼となりました。
今年のメナーの惨事は、巡礼者の人権の多くが侵害されたことに加えて、巡礼者の遺体に対する尊厳が守られなかった事件でもありました。サウジ政府は、当初から各国に情報を提供することなく、殉教者の遺体の埋葬を始めました。メナーの惨事の犠牲者の遺体を埋葬することの法的な側面については、これはサウジ政府の権利とは見なされません。サウジ政府は、国際法規に照らして、犠牲者の遺体をそれぞれの出身国に返す義務を負っていたのです。
外国人の遺体を他国に埋葬できるのは、その遺族やその外国人の出身国の政府が同意した場合です。このため、サウジ政府がこの措置を自らの判断で直接行うことはできません。各国間同士の取り決めでは、どのような理由であれ他国で死亡した外国人の遺体は、死亡した先の国で埋葬できないことになっています。実際に、受入国の政府は、死亡した外国人の遺体を、その外国人の国に返すことができるのです。つまり、もし、巡礼者の遺体が、各国の政府や家族に対する通達や、これらとの合意なしに行われれば、サウジ政府は国際法規に違反することになり、これに関して対応する必要が出てきます。
そのほかの注目すべき点には、メナーの惨事による行方不明者に関する疑惑やあいまいな状況、というものがあります。サウジ政府は国際社会に対して、なぜこれまでおよそ2ヶ月が経過していながら、行方不明者の捜索・特定の義務を行わなかったのかについて回答する必要があります。
明らかなのは、メナーの惨事ではサウジアラビアによって世界人権宣言が明白な形で侵害されたことです。サウジアラビアの執行機関や軍は、国際法規に反する行動により、国際的な責任が成立する要因を作り出しています。国際的な責任は、国際法に従って精神的、物質的な損害を賠償することを義務とし、その損害とは、非合法的な行動、あるいは国際法規の違反により生じている可能性があります。
不快な惨事が繰り返されることで、サウジアラビアはどのようなときも、法的な釈明の場に呼び出されていないということが示されています。つまり、犠牲者となった巡礼者の出身国は、政治的な関係、一部は自国の利益を守るため、この惨事の法的追及を放棄しました。そうした国は、問題を政治化することで、政治的な見解に大きな影響を受けた立場をとっています。一方で、法的係争を追求する計画は、多くの経費を必要とし、時間もかかり、その結果も予想することができません。法的措置は、その前に何よりも、法的に認められる決定的な証拠と原因の収集、各条約や2国間、数カ国間の合意文書の調査、国際的な慣例法の精査が必要です。
サウジアラビアによる巡礼者に対する権利侵害は、明白であり、サウジ政府はメナーの惨事に責任があります。サウジ政府が責任を受け入れない、または責任者を探すための調査を行うことは、、国際法から、この惨事に関するサウジアラビアの国際的な責任に影響を及ぼすことはありません。なぜなら、合法的な形で入国した巡礼者に対するサウジアラビア政府の責任は、国際的に特別な位置づけにある、人権における責任であるからなのです。
人権上の責任とは、全ての人々に適用される責務です。この意味で、この責務は集団の利益を守るための、国際社会に関連するものです。つまり、損害をこうむった政府だけでなく、そのほかの政府も、人権侵害を立証することができます。もし、サウジアラビアが責務を守らず、何もしない場合、国際社会は沈黙することはできません。このため、損害をこうむったイスラム諸国の政府や、そのほかの政府、国際社会全体、あるいは国連やOICイスラム協力機構でも、国際法規に沿って、この問題に介入すべきなのです。
被害国の政府は政治的・法的な形で、協議、仲介、国連やOIC、国際司法裁判所などの国際機関への提訴などを活用し、この惨事の犠牲者の権利の擁護と、サウジ政府の責任の立証を追求すべきなのです。もっとも、協議、仲介、裁判、国際司法裁判所などへの提訴は、サウジアラビア政府の同意を必要とします。
これまで、サウジ政府関係者は国際法規の点から責任を負うべきだということが明らかになっています。つまりサウジ政府は、通常の、そして精神的な損害に対して補填し、この惨事を繰り返さないようにする責務を果たすだけでなく、全てのイスラム教徒とイスラム諸国の政府に正式に謝罪する義務があります。簡単に言えば、物的、精神的な損害をこうむった国に対して、賠償しなければなりません。この惨事はイスラム諸国の人々の感情を傷つけ、尊厳を貶め、人権を侵害し、巡礼者の家族などの人々の心を大いに傷つけました。このため、正式な、外交上の謝罪が必要なのです。最終的に、サウジ政府は、この惨事の原因となった人物や責任者の法的な追及や処罰によって、この惨事の被害者の苦痛を、わずかばかりでも軽減するべきです。
8000人の巡礼者の死亡は、イスラム世界にとって大変痛ましいものです。将来の惨事を防ぐためにも、犠牲者や被害国、国際社会は、真剣にこの問題を法的に追及する義務があります。一方で、各国の外務省の義務や権限のひとつとは、自国民の権利を追求することです。被害国の外務省は、使命と責務を遂行する中で、国際社会、イスラム協力機構、国連安保理などを通じて、サウジアラビアの法的訴訟の問題を、政治的、外交的、法的に取り上げることが期待されています。

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